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第59話 絶体絶命の大ピンチ

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 後日。朝日が世界を照らす準備を始めた頃。家の前にて、ラダベルはエナリアに深く頭を下げた。

「短い間でしたが、お世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ。ランとレンの面倒まで見てくださり……とても助かりました。こんな家で良ければ、またいらしてください」

 エナリアも一礼しようとする。ラダベルがそれを制止しようと手を伸ばすと、エナリアの背後から顔を覗かせるランの姿に気がついた。早朝だというのに、すっかり目覚めてしまったのだろうか。

「ラダベルおねえちゃん……。帰っちゃうの……?」
「うん、ごめんね……」

 ラダベルは身を屈めて、ランの頭を撫でた。ランの後ろからレンも顔を覗かせる。

「レンも、また会いましょう」
「……うん」

 レンは、可愛らしく頷く。どこか寂しそうだ。

「ほら、行くぞ」
「はいはい」

 ラダベルは立ち上がり、エナリアに向かって再び頭を下げると、エリアスの後ろに続く。そして彼の手を借りて、乗馬した。振り向くと、ランとレンが大きく手を振っていた。双子の可愛さに胸を打たれながら、ラダベルは手を振り返したのであった。


 城の近くまで帰還した頃には、既に朝日は昇っていた。茫々とした草原の先、姿を現した太陽に惚れ惚れとしていると、いつの間にか城門前までやって来ていた。
 城の正門の見張りを担当していたのは、昨日と同じ騎士たちであった。事情を説明するまでもなく、易々と城内に入るふたり。門を潜り抜けたところで、ラダベルは馬から降りる。

「ありがとうございました」
「……別に、大したことはしてねぇよ」

 エリアスは馬から降りながらそう言った。
 彼のおかげで、随分と頭を冷やすことができた。ジークルドに面と向かって謝罪しなければならないが、まだ少しだけ、時間が欲しい。

「本当に助かったわ。またお願いしますね」
「また……? またがあんのか? 勘弁してくれ。テメェの問題はテメェで解決しろ」

 エリアスは長嘆息をつく。呆れながらもラダベルが困った時には、なんだかんだ助けてくれる。頼れる兄貴肌だ。

「なんだか、私のお兄様よりもお兄様してるわね」

 ラダベルが本音を漏らすと、エリアスはギョッとした表情を浮かべる。

「おい、俺はテメェみてぇな手のかかる妹はいらねぇぞ」
「あら? ランも私に似た気質があると思っているのだけど」
「……頼むから、変なことは吹き込んでくれるなよ」
「私のこと好きみたいだし、影響は受けちゃうかもしれませんね?」

 ラダベルは口元を隠して、人の悪い笑みを浮かべる。エリアスが額に手を当てて、悩ましげな面様となった次の瞬間、突如として彼の顔色が青白くなる。それを見て、首を傾げるラダベル。エリアスの目線が自身の背後に向けられていることに気づいて、振り返った。
 そこには、なんと、ジークルドがいた。ラダベルの美貌が驚きに満ちているのと同様に、彼も同じ顔をしているだろう。彼の後ろには、側近のウィルと、軍医のセドリックの姿もあった。

「………………」
「………………」

 ラダベルとジークルドは、何も言わず互いに見つめ合う。

「あ、あわわわ……」

 セドリックは口に手を押し当て、変な声を漏らしている。鈍感そうだと思っていたが、意外にも勘が鋭いらしい。ラダベルとエリアスが共にいる場面を目撃してしまったことに、かなり危機感を覚えているようだ。

「う、浮気……」

 ウィルが思わぬ言葉をこぼす。いつもは鉄仮面のウィルも愕然としていた。彼が発した一言に、ラダベルは異常に反応を示す。

「浮気ですって? 人聞きが悪いですね。そんなんじゃありません」

 ラダベルは、眉間に皺を寄せながら、針の如くチクリとした言葉を投げかける。ウィルは心情を口に出してしまっていたことに反省してすっかり縮こまってしまった。

「失礼いたしました……」

 ウィルは、ラダベルに向かって謝罪する。刹那、ジークルドの低い声が轟いた。

「どういうことだ」

 傍らに立っていたセドリックが悲鳴を上げながら、後退る。殺意のこもった声色に、ラダベルは身を震わせた。彼女は昨日と同じ格好をしている。もはや言い逃れはできない。深く息を吸って、吐いた。

「ジークルド様と言い争いをしたあと、頭を冷やしたくて……たまたま通りがかったバート少尉に無理を言って城外に出たのです」

 それを告げると、ウィルが勢いよくジークルドを見た。どうやらジークルドは、喧嘩したことをウィルにも言っていなかったらしい。
 エリアスがラダベルに囁く。

「おい……」
「いいからあなたは黙っててください」

 エリアスは後味の悪そうな顔をして溜息をついた。まさか本当にラダベルが自らを売るとは考えていなかったのだろう。だがしかし、ここで口を挟んでしまえばさらに厄介なことになる。エリアスは、ラダベルの忠告通り、大人しく口を噤む選択をした。

「勝手に城外に出かけたことが原因で喧嘩をしたというのに……またも同じ過ちを犯すか、ラダベル」

 ジークルドの表情が険しくなる。責められて当然だろう。ラダベルは分かっているからこそ、何も言えず、俯いてしまった。それを見たジークルドは、ハッとした顔をする。
 ラダベルは、昨晩引っ込んだはずの涙がまたも出てきてしまいそうになり、なんとか堪える。そして謝罪を口にしようとした。その時、ジークルドは何も言わずにその場を立ち去る。ラダベルは絶望に打ちひしがれたあと、グッと唇を噛みしめた。

(本当に、飽きられてしまったわね……。どうしようもないバカで、ひとりじゃ何もできない私なんて、ジークルド様にはふさわしくないでしょう)

 ラダベルは全て、見事にから回ってしまう自分に嫌気が差した。救いようがない、と。

「ウィル、セドリック、困らせてしまってごめんなさい。ジークルド様のこと、よろしくお願いいたします」

 ラダベルは深く頭を垂れ、その場をひとり、立ち去ったのであった。その背は、酷く疲れきってしまっているように見えた。
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