58 / 158
第58話 星の下の決意
しおりを挟む
食事を終えたラダベルは、エナリアの片付けを手伝ったあと、双子の遊び相手を務める。極東部を統治する伯爵の夫人にそんなことはさせられないと、エナリアに止められてしまったものの、ラダベルはそれを笑って躱し続けたのであった。
ラダベルとの遊びでランとレンは随分と疲れてしまったようで、ぐっすりと眠ってしまった。ふたりの可愛らしい寝顔を堪能したラダベルは、外の空気を吸うために家を出る。昼間はカラッとした暑さがあるが、夜は比較的寒い。夜空には、月は出ておらず、満天の星で溢れていた。その美しさに、魅了される。
家の前、庭から星空を見上げていると、ふと背後から何かをかけられた。肩に視線を落とすと、それはブランケットだった。ラダベルは振り返る。そこには、入浴を終えたエリアスが立っていた。
「何ひとりで黄昏てやがる」
「……悪いですか? 私にだってセンチメンタルになる時はあるのですよ」
「せんちめんたる……なんだそれは」
「……おバカなあなたは知らなくても良いことです」
そう言って顔を背けると、エリアスから憤怒のオーラを感じた。おバカと言われて不本意のようだが、あながち自分でも否定できないらしい。
「ったく……」
エリアスが深い溜息を吐いて、ガシガシと首の後ろを掻く。そんな彼を見て、ラダベルは目を見開いた。
「今思ったのですけど、勝手に私を連れ出してよかったのですか? 何か罰則を……」
「俺の心配をするくれぇなら自分の心配をしろ」
「そ、それはそうだけど……でも、もしこのことがジークルド様にバレてしまったら、あなたは……」
「その時はお前にどうしてもと頼まれて断れなかったと言っといてやる」
「ちょっ……!」
堂々とした裏切り宣言に、ラダベルは抗議の声を上げようとするも、次の瞬間には黙りこくる。どうしてもと頼んだわけではないが、エリアスが城から連れ出してくれて、さらに息抜きをさせてくれたのは事実だ。エリアスが悪いとは言いきれない。それに、彼には何かと世話になっている。怒ったジークルドによって、万が一にでもエリアスが解雇となってしまったら、ラダベルの後味が悪いだろう。仕方がないから、名前を売ることは許してあげようと思うのであった。
しかしそこで、とある重要なことに気がつく。もしかしたら、自身の愚行によって、ジークルドから離縁を言い渡されてしまうかもしれない、と。エリアスの言う通り、彼の心配をしている場合ではないのではないか。
『ラダベル、離婚しよう。破天荒なお前にはもうついていけない。これ以上俺の生活を乱さないでくれ』
脳内に響き渡るジークルドの声。ラダベルは、絶望の危機に瀕した。顔面を蒼白に染めて、恐怖を感じた子犬のようにプルプルと震える。そんな彼女を視界に入れたエリアス。
「おい、顔色が悪ぃぞ。寒気がすんのか?」
「……バート少尉。私、大事なことを忘れていました」
「なんだよ……」
エリアスが眉間に皺を寄せる。
「離婚されたら、離婚なんてされてしまったら、私っ、生きていけませんっ!」
「……は?」
ラダベルの悲痛な叫び声に、エリアスは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。なぜ急に、そんな離婚などという壮大な話になるのか、エリアスは理解できない様相だ。頭上に大量の疑問符を散らしている。
「ジークルド様に飽きられてしまったら……私……どうしよう……」
美貌が絶望に染まる。
ジークルドに飽きられてしまったら最後、待っているのは成れの果て。ティオーレ公爵家に帰ろうとも、ラダベルの居場所はどこにもない。またほかの貴族に嫁がされるのがオチだ。
最悪の未来を想像したラダベルは、生きた心地がしなかった。
「何がどうなって離婚の話になってんのか知んねぇが、大将はそんなことで離婚するような心の狭い男じゃねぇだろ。伴侶のテメェが一番分かってんじゃねぇのか?」
珍しく的を射る言葉を放つエリアスに対して、ラダベルは黙する。
エリアスの言う通りだ。ジークルドは深い理由もなく、一方的に離縁を突きつけるような薄情な人間ではない。だからと言って、彼の優しさに甘えて自由奔放な行動を取っていいわけでもない。自分の悪いところは直しつつ、ジークルドと深い関係になれたらいい。せっかく彼を好きなことに気がつけたのに、このままではダメだ。ジークルドに好きになってもらうことは疎か、嫌われてしまう。
ラダベルは、覚悟を決める。
「ったく……。さっさと仲直りしろよ」
「……分かっています。時が来たら、しっかり謝罪します」
ラダベルはそう言って、少しだけ拗ねたのであった。
夜空に浮かぶ美しい星は、彼女の決意を祝福するようにより一層の輝きを放ったのであった。
ラダベルとの遊びでランとレンは随分と疲れてしまったようで、ぐっすりと眠ってしまった。ふたりの可愛らしい寝顔を堪能したラダベルは、外の空気を吸うために家を出る。昼間はカラッとした暑さがあるが、夜は比較的寒い。夜空には、月は出ておらず、満天の星で溢れていた。その美しさに、魅了される。
家の前、庭から星空を見上げていると、ふと背後から何かをかけられた。肩に視線を落とすと、それはブランケットだった。ラダベルは振り返る。そこには、入浴を終えたエリアスが立っていた。
「何ひとりで黄昏てやがる」
「……悪いですか? 私にだってセンチメンタルになる時はあるのですよ」
「せんちめんたる……なんだそれは」
「……おバカなあなたは知らなくても良いことです」
そう言って顔を背けると、エリアスから憤怒のオーラを感じた。おバカと言われて不本意のようだが、あながち自分でも否定できないらしい。
「ったく……」
エリアスが深い溜息を吐いて、ガシガシと首の後ろを掻く。そんな彼を見て、ラダベルは目を見開いた。
「今思ったのですけど、勝手に私を連れ出してよかったのですか? 何か罰則を……」
「俺の心配をするくれぇなら自分の心配をしろ」
「そ、それはそうだけど……でも、もしこのことがジークルド様にバレてしまったら、あなたは……」
「その時はお前にどうしてもと頼まれて断れなかったと言っといてやる」
「ちょっ……!」
堂々とした裏切り宣言に、ラダベルは抗議の声を上げようとするも、次の瞬間には黙りこくる。どうしてもと頼んだわけではないが、エリアスが城から連れ出してくれて、さらに息抜きをさせてくれたのは事実だ。エリアスが悪いとは言いきれない。それに、彼には何かと世話になっている。怒ったジークルドによって、万が一にでもエリアスが解雇となってしまったら、ラダベルの後味が悪いだろう。仕方がないから、名前を売ることは許してあげようと思うのであった。
しかしそこで、とある重要なことに気がつく。もしかしたら、自身の愚行によって、ジークルドから離縁を言い渡されてしまうかもしれない、と。エリアスの言う通り、彼の心配をしている場合ではないのではないか。
『ラダベル、離婚しよう。破天荒なお前にはもうついていけない。これ以上俺の生活を乱さないでくれ』
脳内に響き渡るジークルドの声。ラダベルは、絶望の危機に瀕した。顔面を蒼白に染めて、恐怖を感じた子犬のようにプルプルと震える。そんな彼女を視界に入れたエリアス。
「おい、顔色が悪ぃぞ。寒気がすんのか?」
「……バート少尉。私、大事なことを忘れていました」
「なんだよ……」
エリアスが眉間に皺を寄せる。
「離婚されたら、離婚なんてされてしまったら、私っ、生きていけませんっ!」
「……は?」
ラダベルの悲痛な叫び声に、エリアスは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。なぜ急に、そんな離婚などという壮大な話になるのか、エリアスは理解できない様相だ。頭上に大量の疑問符を散らしている。
「ジークルド様に飽きられてしまったら……私……どうしよう……」
美貌が絶望に染まる。
ジークルドに飽きられてしまったら最後、待っているのは成れの果て。ティオーレ公爵家に帰ろうとも、ラダベルの居場所はどこにもない。またほかの貴族に嫁がされるのがオチだ。
最悪の未来を想像したラダベルは、生きた心地がしなかった。
「何がどうなって離婚の話になってんのか知んねぇが、大将はそんなことで離婚するような心の狭い男じゃねぇだろ。伴侶のテメェが一番分かってんじゃねぇのか?」
珍しく的を射る言葉を放つエリアスに対して、ラダベルは黙する。
エリアスの言う通りだ。ジークルドは深い理由もなく、一方的に離縁を突きつけるような薄情な人間ではない。だからと言って、彼の優しさに甘えて自由奔放な行動を取っていいわけでもない。自分の悪いところは直しつつ、ジークルドと深い関係になれたらいい。せっかく彼を好きなことに気がつけたのに、このままではダメだ。ジークルドに好きになってもらうことは疎か、嫌われてしまう。
ラダベルは、覚悟を決める。
「ったく……。さっさと仲直りしろよ」
「……分かっています。時が来たら、しっかり謝罪します」
ラダベルはそう言って、少しだけ拗ねたのであった。
夜空に浮かぶ美しい星は、彼女の決意を祝福するようにより一層の輝きを放ったのであった。
3
お気に入りに追加
1,657
あなたにおすすめの小説
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
謝罪のあと
基本二度寝
恋愛
王太子の婚約破棄騒動は、男爵令嬢の魅了魔法の発覚で終わりを告げた。
王族は揃いも揃って魅了魔法に操られていた。
公にできる話ではない。
下手をすれば、国が乗っ取られていたかもしれない。
男爵令嬢が執着したのが、王族の地位でも、金でもなく王太子個人だったからまだよかった。
愚かな王太子の姿を目の当たりにしていた自国の貴族には、口外せぬように箝口令を敷いた。
他国には、魅了にかかった事実は知られていない。
大きな被害はなかった。
いや、大きな被害を受けた令嬢はいた。
王太子の元婚約者だった、公爵令嬢だ。
公爵令嬢ディアセーラの旦那様
cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。
そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。
色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。
出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。
「しかと承りました」と応えたディアセーラ。
婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。
中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。
一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。
シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。
痛い記述があるのでR指定しました。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
貴方でなくても良いのです。
豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる