54 / 158
第54話 秘密はいつかバレる
しおりを挟む
市場に到着してから、ラダベルとジークルドは手を繋ぎながら、様々な店に立ち寄った。途中の店にて、軽食を買って食べ歩きをしたり、貴重な宝石類やアクセサリー類を見たりなど、ふたりだけの充実した時間を過ごした。
やはりジークルドは、この辺りではかなり顔が知れているようで、道行く人は皆、彼の顔を注視していく。男性たちは、憧れの極東部の軍人に尊敬の眼差しを向けた。女性たちは頬を赤らめて騒いでおり、中には容姿に自信のある女性が彼に話しかけようとしていた。しかし、艶やかな珍しい黒髪を持つラダベルの姿を発見するなり、すぐに身を引いた。ラダベルはこの時ばかりは、自身の容姿に感謝したのであった。
夕刻に近づく時間帯となった頃、相変わらずラダベルとジークルドは、手を繋いで歩いている。
「おや、あの時のお嬢ちゃんじゃねぇか!」
突然、大声が聞こえてきた。ラダベルが思わずそちらを見遣る。すると彼女は、愕然とした。絶望に染まる表情を浮かべる。彼女の視線の先には、見覚えのある男の姿が。男の正体は、以前ジークルドへの誕生日プレゼントを買った店の店主であった。あまりの衝撃に、ラダベルは息を止めてしまう。そんな彼女の様子に、ジークルドは異変を察知した。
「どうかしたか?」
「い、いいいいいいえ! なんでもございませんっ! さぁ参りましょう!」
ラダベルはジークルドの腕を強く掴み、無理に引き摺ろうとする。しかし店主は、まったくもって空気を読まず、声を張り上げてラダベルを呼んだ。
「おーおーおー! 無視かぁ!? 黒髪の美人なお嬢ちゃん! あの時は贔屓にしてもらったからなぁ、良い物が入ったんだ。見てってくれ!」
店主の声に、ラダベルは大きく呆れ果てる。不穏に漂う空気を読まない店主にも、そして恐ろしく間抜けで馬鹿な自分にも。なぜ、もしかしたら以前に世話になった店主と鉢合わせるかもしれないという危険性を考慮しなかったのか。ジークルドとデートができるという事実に浮かれ、店主の存在をすっかり忘れていたのだ。ジークルドには、彼への誕生日プレゼントを市場で買ったこと、そして市場に出かけたことは言っていない。万が一、彼にバレてしまったら……。ラダベルは恐る恐る、ジークルドの顔を見上げる。ジークルドは、店主に対して敵意のこもった目を向けていた。彼の全身からは、殺気が溢れ出ている。周囲を歩く人々は自然とその殺気を感じ取り、彼から距離を取った。ジークルドは、腕に回ったラダベルの手を優しく払い、店主に歩み寄る、
「待って詰んだじゃん」
思わず本音が口から漏れた。大人しく見守っている場合ではないと我に返ったラダベルは、ジークルドの背を追う。しかし、まったく追いつくことができない。あと少し、あと少しでジークルドと店主が真っ向から対峙してしまう。危機感をあらわにした彼女は、奇跡を願って必死で手を伸ばした。そんな彼女の懇願も虚しく、ジークルドは店主の前で立ち止まる。ドドンッと音が聞こえてきそうなほどの威圧感。店主は、ジークルドから放たれる殺気に圧倒されて、押し黙ってしまった。
「貴様、俺の妻をなんと呼んだ」
ジークルドの低音ボイス。問いかけられた店主は、何も言えない。産まれたての子鹿のように、ガクブルと震えてしまっている。
「なぜ、妻を知っている? 贔屓とはどういうことだ」
怒涛に畳み掛けるも、店主は答えない。否、答えられないのだ。それがさらに癪に障ったのか、ジークルドの眉間の皺が濃くなる。殺気が一段と強まった。
「質問に答えろ」
ジークルドが冷たく店主を見下ろす。店主は、ぴゃっと表に出てくると、その場で土下座をした。地面に額を擦りつける見事な土下座だ。
「も、申し訳ございませんっ!!! まさか、け、“剣王”様であったとはっ!!! ご無礼をお許しください!!!」
「謝罪は求めていない。質問に答えろと言っている」
ジークルドが店主に重圧をかける。ラダベルはジー彼を止めなければいけないと、ジークルドの拳をするりと握った。
「ジークルド様。私のほうから説明をいたします。ですから、どうかこの場は、」
お収めください、とは言えなかった。ジークルドに睥睨されたから。パープルダイヤモンド色の眼が憤怒に染まる様を見て、ラダベルは手を放した。
(本気だ、本気で、怒ってる)
明らかに、ラダベルの知っているジークルドではなかった。ふたりの間に流れる雰囲気を壊すように、店主が口を開く。
「い、以前、俺の店で……お嬢ちゃん……お、奥様が旦那様のプレゼントを買われたんです……。そのせいで、思わず馴れ馴れしく話しかけてしまいました……。申し訳ございませんっ!」
店主が深々と頭を下げる。ラダベルは大きく天を仰ぎ、目を瞑る。彼女は小さく呟いた。
(今日までありがとう、神様)
返答を聞いたジークルドは店主から離れ、ラダベルの手を掴む。そして、半ば無理やり引き摺る形で歩き出した。どこまで行っても、ラダベルに触れる手は怖いくらいに優しい。怒っているはずなのに、優しいなんて……ずるい、とラダベルは思うのであった。
やはりジークルドは、この辺りではかなり顔が知れているようで、道行く人は皆、彼の顔を注視していく。男性たちは、憧れの極東部の軍人に尊敬の眼差しを向けた。女性たちは頬を赤らめて騒いでおり、中には容姿に自信のある女性が彼に話しかけようとしていた。しかし、艶やかな珍しい黒髪を持つラダベルの姿を発見するなり、すぐに身を引いた。ラダベルはこの時ばかりは、自身の容姿に感謝したのであった。
夕刻に近づく時間帯となった頃、相変わらずラダベルとジークルドは、手を繋いで歩いている。
「おや、あの時のお嬢ちゃんじゃねぇか!」
突然、大声が聞こえてきた。ラダベルが思わずそちらを見遣る。すると彼女は、愕然とした。絶望に染まる表情を浮かべる。彼女の視線の先には、見覚えのある男の姿が。男の正体は、以前ジークルドへの誕生日プレゼントを買った店の店主であった。あまりの衝撃に、ラダベルは息を止めてしまう。そんな彼女の様子に、ジークルドは異変を察知した。
「どうかしたか?」
「い、いいいいいいえ! なんでもございませんっ! さぁ参りましょう!」
ラダベルはジークルドの腕を強く掴み、無理に引き摺ろうとする。しかし店主は、まったくもって空気を読まず、声を張り上げてラダベルを呼んだ。
「おーおーおー! 無視かぁ!? 黒髪の美人なお嬢ちゃん! あの時は贔屓にしてもらったからなぁ、良い物が入ったんだ。見てってくれ!」
店主の声に、ラダベルは大きく呆れ果てる。不穏に漂う空気を読まない店主にも、そして恐ろしく間抜けで馬鹿な自分にも。なぜ、もしかしたら以前に世話になった店主と鉢合わせるかもしれないという危険性を考慮しなかったのか。ジークルドとデートができるという事実に浮かれ、店主の存在をすっかり忘れていたのだ。ジークルドには、彼への誕生日プレゼントを市場で買ったこと、そして市場に出かけたことは言っていない。万が一、彼にバレてしまったら……。ラダベルは恐る恐る、ジークルドの顔を見上げる。ジークルドは、店主に対して敵意のこもった目を向けていた。彼の全身からは、殺気が溢れ出ている。周囲を歩く人々は自然とその殺気を感じ取り、彼から距離を取った。ジークルドは、腕に回ったラダベルの手を優しく払い、店主に歩み寄る、
「待って詰んだじゃん」
思わず本音が口から漏れた。大人しく見守っている場合ではないと我に返ったラダベルは、ジークルドの背を追う。しかし、まったく追いつくことができない。あと少し、あと少しでジークルドと店主が真っ向から対峙してしまう。危機感をあらわにした彼女は、奇跡を願って必死で手を伸ばした。そんな彼女の懇願も虚しく、ジークルドは店主の前で立ち止まる。ドドンッと音が聞こえてきそうなほどの威圧感。店主は、ジークルドから放たれる殺気に圧倒されて、押し黙ってしまった。
「貴様、俺の妻をなんと呼んだ」
ジークルドの低音ボイス。問いかけられた店主は、何も言えない。産まれたての子鹿のように、ガクブルと震えてしまっている。
「なぜ、妻を知っている? 贔屓とはどういうことだ」
怒涛に畳み掛けるも、店主は答えない。否、答えられないのだ。それがさらに癪に障ったのか、ジークルドの眉間の皺が濃くなる。殺気が一段と強まった。
「質問に答えろ」
ジークルドが冷たく店主を見下ろす。店主は、ぴゃっと表に出てくると、その場で土下座をした。地面に額を擦りつける見事な土下座だ。
「も、申し訳ございませんっ!!! まさか、け、“剣王”様であったとはっ!!! ご無礼をお許しください!!!」
「謝罪は求めていない。質問に答えろと言っている」
ジークルドが店主に重圧をかける。ラダベルはジー彼を止めなければいけないと、ジークルドの拳をするりと握った。
「ジークルド様。私のほうから説明をいたします。ですから、どうかこの場は、」
お収めください、とは言えなかった。ジークルドに睥睨されたから。パープルダイヤモンド色の眼が憤怒に染まる様を見て、ラダベルは手を放した。
(本気だ、本気で、怒ってる)
明らかに、ラダベルの知っているジークルドではなかった。ふたりの間に流れる雰囲気を壊すように、店主が口を開く。
「い、以前、俺の店で……お嬢ちゃん……お、奥様が旦那様のプレゼントを買われたんです……。そのせいで、思わず馴れ馴れしく話しかけてしまいました……。申し訳ございませんっ!」
店主が深々と頭を下げる。ラダベルは大きく天を仰ぎ、目を瞑る。彼女は小さく呟いた。
(今日までありがとう、神様)
返答を聞いたジークルドは店主から離れ、ラダベルの手を掴む。そして、半ば無理やり引き摺る形で歩き出した。どこまで行っても、ラダベルに触れる手は怖いくらいに優しい。怒っているはずなのに、優しいなんて……ずるい、とラダベルは思うのであった。
8
お気に入りに追加
1,657
あなたにおすすめの小説
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
謝罪のあと
基本二度寝
恋愛
王太子の婚約破棄騒動は、男爵令嬢の魅了魔法の発覚で終わりを告げた。
王族は揃いも揃って魅了魔法に操られていた。
公にできる話ではない。
下手をすれば、国が乗っ取られていたかもしれない。
男爵令嬢が執着したのが、王族の地位でも、金でもなく王太子個人だったからまだよかった。
愚かな王太子の姿を目の当たりにしていた自国の貴族には、口外せぬように箝口令を敷いた。
他国には、魅了にかかった事実は知られていない。
大きな被害はなかった。
いや、大きな被害を受けた令嬢はいた。
王太子の元婚約者だった、公爵令嬢だ。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
貴方でなくても良いのです。
豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。
公爵令嬢ディアセーラの旦那様
cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。
そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。
色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。
出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。
「しかと承りました」と応えたディアセーラ。
婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。
中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。
一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。
シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。
痛い記述があるのでR指定しました。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる