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第51話 待ちに待った二回目

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 ジークルドに淡い恋をしたことに気がついてから、一週間後。ジークルドは相も変わらず、激忙げきぼうの日々を送っていた。なかなか共に過ごせる夜は少ない。恋を自覚する以前も、あまり一緒に過ごすことはなかったが、恋を自覚してしまってから余計に寂しさを感じてしまう。せっかく彼に恋をしたのに、これではただただ虚しいだけ。もちろん、もっと会いたい、構ってほしいなどと言うつもりはないし、困らせるつもりもない。困惑させたいわけではないのだ。ただ、好きな人に会いたいというのは、年頃の女性の心理だろう。
 ラダベルは長嘆息をついて、時計を見遣る。時刻は既に夜の10時を回っている。

「寝ようかな」

 ラダベルはそう呟き、膝の上に開いていた本を閉じる。物語のヒロインのように、好きな人に愛される日は来るのだろうか。そもそもこの世界自体が、ラダベルが元いた世界で作られた物語であるため、ヒロインになることは叶わない。この世界の主人公たちは、アデルとカトリーナ。ラダベルは所詮しょせん、物語にスパイスを加える役割、アデルの許嫁という悪女にしか過ぎない。だがしかし、現実は違う。別に彼女は、アデルと幸せになりたいわけではないのだ。実際に、婚約破棄をして死亡ルートから逃れた。そのため、物語の主要人物ではないジークルドと幸せになることは、許されてもいいのではなかろうか。
 そんなことを考えながらソファーから立ち上がった瞬間、コンコンと扉を軽く叩く音が聞こえた。ミアかセリーヌだろうか。

「ラダベル、俺だが……」
「ひゅっ……」

 ジークルドの声が聞こえ、ラダベルの喉からなんとも間抜けな声が漏れた。ラダベルは口元を瞬時に押さえる。キョロキョロと黒目を動かし、部屋の中を見渡した。

「ラダベル……? やはり眠っているか?」

 ジークルドの切ない声色に、ラダベルはいてもたってもいられなくなり、意を決して扉に向かった。取っ手を掴み、ゆっくりと開く。眼前には、驚いた顔をしているジークルドが。

「こ、こんばんは……。ジークルド様」
「……あぁ。起きていたか? それとも起こしてしまっただろうか……」
「起きていたので、ご心配なさらず。さぁ、どうぞ」

 ラダベルは室内にジークルドを招き入れる。ジークルドは、軍服のままだった。恐らく仕事終わりに、彼女のもとに寄ってくれたのだろう。

「お仕事お疲れ様です。お疲れでしょう? お座りくださいな」

 ラダベルがソファーに座るよう促すが、ジークルドは扉の前からちっとも動かない。何か考え事をしているのか、瞳を伏せていた。

「ジークルド様?」
「………………」

 ジークルドが緩慢に目を開ける。薄明かりの部屋の中、光る眼にラダベルは吸い込まれそうになった。全身の細胞が警告を鳴らす。説明のつかない危機感を覚えた彼女は、瞬時に顔を背けた。

「あっ、えっと……そうだ、喉は乾いておりませんか? よろしければ私が紅茶をお淹れしましょうか?」
「ラダベル」
「や、やっぱり侍女に頼んできますねっ!」

 ラダベルが小走りでジークルドの隣を通り過ぎようとした刹那、二の腕を掴まれる。

「ラダベル」

 はっきりと名を呼ばれ、ラダベルは生唾を呑み込んだ。ジークルドの熱を孕んだ目を見て、彼女は気づいてしまった。あぁ、二回目があるんだ、と。頬に紅葉を散らして俯く。あんなにも、好きな人に、ジークルドに会いたかったのに、いざ会うと素直になれず、上手く顔も合わせられない。気恥ずかしくなって、どうしようもなくなる。逃げたくなるのだ。

「意図的に、避けているか?」

 ジークルドの問いかけに、弾かれたように顔をあげるラダベル。薄らと暗い部屋の中でも分かる、彼女の真っ赤に染まった美貌を見て、ジークルドが目を細めた。

「やはり……初夜が退屈だったか……」
「はい?」
「俺が未熟みじゅくなばかりに、お前を満足させることができなかった。そこは反省しよう。だが二度目のチャンスがないまま、時が過ぎてしまうのはさすがの俺も……耐えられない。ラダベル、頼む」

 ジークルドが一歩近づく。ラダベルが一歩後退る。それに対して、ジークルドがムッとした不機嫌な顔をしてさらに近寄った。逃げようとするラダベルは、ドンッと背を扉に当ててしまう。恐る恐る、ジークルドを見上げる。彼は身を屈めて、ラダベルの耳元に口元を寄せた。沸騰ふっとうしそうな熱い吐息がかかる。

「今度こそ、お前を満足させられるよう尽力じんりょくする。だから俺に、チャンスをくれないか」

 ただでさえ甘いクリームにさらにたっぷりと砂糖やら蜂蜜はちみつやらを加えたかの如く、甘すぎる言葉と声音に、ラダベルの腰が小刻みに震える。

(こ、こんなの……こんなの、反則……。好きな人にそんなこと言われたらっ)

 黄玉の瞳が涙で潤む。それに気づいたジークルドが慌ててラダベルから距離を取った。

「す、すまないっ、ラダベル。お前を怖がらせようとしたわけではっ、」
「ジークルド様」

 ラダベルはジークルドの弁明を遮って、たくましい胸の中に飛び込んだ。それを難なく受け止めるジークルド。至近距離で、見つめ合うふたり。どちらからともなく近づいて、火傷してしまいそうなほどに熱いキスをした。

(今夜は、寝られないかも)

 そう思いながら、幸せすぎる夜に浸ったのであった。
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