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第49話 夢中になって

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 キスを交わす。隙間なく重なる唇。合わさる場所から感じられるのは、身を焦がすほどの熱であった。ジークルドはその熱を逃がそうと唇を離しかけるが、ラダベルはそれを許さない。離れてしまいそうになった唇を再び深く重ねた。ジークルドの薄めの唇は、見た目に反して柔らかく潤っている。この世界で、この体では初めての口づけに、ラダベルの心臓は激しく軋む。
 彼女はそのまま、勢いに任せてジークルドの体を押した。頑丈がんじょうな肉体のため、まったく動かないかもしれないと覚悟していたが、キスで足腰を抜かし気味になっていたのか、ジークルドは呆気なくベッドに倒れ込んだ。ふたりして、雪崩込なだれこむ。ラダベルは彼の体の上に乗り、腰元にまたがる。寝間着の裾が大きく捲れ、健康的な太さの太腿があらわになった。むっちりとした太腿は、扇情的せんじょうてきだ。そのまま腰を下ろし密着させると、ジークルドの体が震える。ラダベルはお構いなしに、上体を倒して、彼の頬に手を添えた。手のひら全体を通して伝わる温もりを堪能する。間近で見るジークルドの瞳は、劣情れつじょうはらんでいた。

「ジークルド様」

 ラダベルの熱のこもった声がジークルドの名を呼ぶ。するとジークルドは、咄嗟に口元を押さえて顔を背けた。ラダベルは、彼の手の甲に口づけを落とす。いわゆる、手のひら越しのキス。パープルダイヤモンド色の眼が見開かれる。ラダベルはジークルドの手首を掴んで、優しい声で囁きかける。

「退けてください」

 ジークルドはゆっくりと手を退けると、その手を額に持っていった。彼の美貌は、真っ赤に染まっている。

「見るな……」

 今にも消え入るか細い声。唇を噛みしめている。自分でもコントロールできない羞恥に戸惑っているらしい。ラダベルの胸は、かつてないほどに高鳴る。

(あぁ、単純にタイプの人だからじゃない)

 ラダベルは心中で呟く。


(私は、ジークルド様のことが、好きなんだ)


 ラダベルはついに、自覚した。
 ジークルドと結婚してから、約一ヶ月。出会って一年や半年すらも経っていないのにも拘わらず、短い期間でラダベルは急速に彼に惹かれていった。極東部司令官という立場なのに、礼儀と初心を忘れない人。決して、頭ごなしに否定しない。厳しい表情と態度の向こう側には、優しさと可愛さが隠れた人だ。こんなの、惚れないほうがどうかしているだろう。ラダベルは、ジークルドを好きになってしまった。愛しているのだ。今ばかりは、ジークルドのもとに嫁ぐことを強いた毒親、ティオーレ公爵に対して、全力でスライディングからの土下座もできる気分である。
 ラダベルはジークルドがどうしようもなく愛しく感じて、キスをしかける。唇と唇が触れ合う。いいや、触れ合う、と可愛らしい言葉では表現できない。深く深く、重なるものであった。ジークルドの唇を食み、激しく吸いつく。可愛いリップ音を立てて、唇が離れた。

「ラダベル……ん」

 ジークルドの口を無理に塞ぎ、舌を差し込む。唾液が混じり合うよう、舌を動かせば、水音が脳内に直接反響する。ジークルドは先程から腰を震わせている。

「ジークルド、様……」

 猫撫で声を出して、ジークルドのバスローブに手を這わせると、突如視界が反転。恐る恐る目を開けると、眼前にはジークルドの姿があった。形勢逆転。次は、ラダベルが押し倒される側だった。なんとか身を捩ろうとするも、残念ながら少しも動かない。剣術だけではなく、体術も完璧らしい。ジークルドは完全に、ラダベルの動作を封じていた。ラダベルはす術もなく、そのまま口づけられる。しょぱなから激しいキスに、彼女は翻弄される。

「んっ……はっ、ぁっ……」

 甘さに溢れるキス。どちらのものかも分からない唾液が口の端をつたうのが分かる。互いに目の前のキスに夢中になる。ジークルドの手がラダベルの寝間着を脱がせにかかる。ラダベルも負けじ、とジークルドのバスローブをはだけさせた。あられもない姿となったところで、互いに唇を離す。ジークルドの整った美しい腹筋に釘づけとなるラダベル。惹かれるがまま、腹筋におもむろに手を伸ばす。指先で腹筋に触れたあと、手のひらを這わせる。恐ろしいほどの質感。硬いのに、やけに手に馴染む。もっと、と堪能しようとすると、手を取られてしまった。中断させられたことに、ラダベルは不満をあらわにした表情で顔を上げる。しかし、ジークルドの顔を見て、瞠若する。

「煽るな、ラダベル」

 完全に雄の顔だ――。

(あ、食べられる)

 ラダベルがそう思った時、噛みつくように、首筋に痕を残されたのであった。
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