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第46話 特別な誕生日プレゼント
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ラダベルがホールケーキを自作したことを伝えると、ジークルドは激しく動揺を見せた。料理ができるのに加えて、多少不格好ながらもスイーツまで作れるとは。彼はラダベルの多才さに恐れ入っているようであった。
「そんなに驚くことでしょうか……?」
「貴族の令嬢、それも公爵家の娘ともあろう者が料理を作るなど、聞いたことがなかったからな」
ジークルドはホールケーキに目を落とし、まじまじとそれを注視する。純粋かつ熱のこもった眼差しを向けられ、ホールケーキは意思を持つ生き物のように、じわじわと汗をかいていた。
貴族令嬢の教養には、料理という項目はない。下々の人間がやることをわざわざ令嬢が率先して学ぶ必要がないからだ。これは、レイティーン帝国においての共通認識である。もちろん、ジークルドもそれを知っている。しかし世間の常識とは裏腹に、ラダベルはジークルドに料理を振る舞った。彼女は、言わずも知れた大貴族ティオーレ公爵家の娘。そんな彼女が料理を作ったことが帝国中に知れ渡ったら混乱を招くだろう。根っからの貴族ではない、軍人気質のジークルドさえも、それを理解していた。
「確かに、この世界に来てから料理を作ったことはありませんね」
「だろう、な…………?」
ジークルドは納得したように見せかけたあと、ラダベルを見遣る。当の本人は、小首を傾げていた。なぜこちらを見ているのか、とでも言いたげな目。だが、見る見るうちに、彼女の眉間に皺が寄っていく。ラダベルは自身の失言に気がついたのだ。
「………………誤解をしないでくださいね、ジークルド様。今のはこの世界に生まれて、という意味ですから」
「あ、あぁ」
有無を言わせない真剣な表情。ジークルドは頷くほかなかった。ラダベルは多大な失言を誤魔化すために、彼に対してソファーに座るよう提案した。ジークルドはそれに従い、ソファーに腰掛ける。ラダベルも同様に、座った。
「お前には驚かされてばかりだ……」
ジークルドのその言葉に、ラダベルはぽっと可愛らしく頬を赤らめた。前髪を触り、照れ隠しする。ジークルドの中で、その他大勢の女性として埋もれているわけではないらしい。それを自覚したラダベルは、昇天してしまうほど幸せな気持ちに駆られた。口の両端を吊り上げながら、笑う。
「こんな妻は、お嫌ですか?」
ラダベルが問うと、ジークルドと視線が合わさる。大窓から射し込む月明かりに照らされるラダベルの美貌。艶やかな青みがかった黒髪も相まって、神秘的だ。ジークルドは彼女の秀麗さに惹かれる。対してラダベルは、目を見開いているジークルドも魅力的だと考えていた。
ラダベルもなぜ、「こんな妻は嫌か」などと、聞いたのか分からなかった。これではまるで、ジークルドのタイプの女性になることを望んでいるみたいではないか――。
数秒の沈黙のあと、ジークルドは口を開く。
「嫌じゃない。俺にとっては、新鮮でいい」
ジークルドの周囲で花が綻ぶ。彼の笑顔に胸を撃ち抜かれたラダベルは、暫しフリーズする。そんな彼女の横で、ジークルドはホールケーキを切り分け始めた。丁寧にケーキをお皿に乗せて、ラダベルに手渡す。
「食べても、いいか?」
「え、は、はいっ、もちろんです」
我に返ったラダベルは、あたふたしながらも了承した。ジークルドは微笑み、フォークで刺したケーキのひと欠片を口へと運ぶ。
「……美味いな」
「あ、ありがとうございます」
ラダベルもケーキをゆっくりと食し始める。口内に広がる甘みに、ラダベルも素直に美味しいと思うのであった。
ケーキを作ることに関してはだいぶ不得意だが、思いのほか上手くできてよかったと感じていると、あっという間に小さめのホールケーキを食べ終わった。ぺろりとホールケーキをたいらげてしまったジークルド。意外と彼は、甘党なのかもしれない。ラダベルはジークルドの意外な一面を発見したことに対して喜びつつ、テーブルの上に置かれていたプレゼントを手を伸ばした。
「ジークルド様」
ジークルドは最後のケーキの欠片をもぐもぐとしながらラダベルを見る。無自覚で愛らしさ全開の彼に、プレゼントを手渡した。
「お誕生日、おめでとうございます」
ラダベルは、頬を真っ赤に染め上げる。ジークルドは手渡されたプレゼントを受け取り、ごくりと喉を鳴らした。そして、丁寧に丁寧に包装を解いていく。そこから現れたのは、簪と呼ばれる髪飾りであった。ジークルドはものの見事な作りの髪飾りをまじまじと見つめる。
「今日、私のわがままを聞いてくださりありがとうございます。どうしても、そのプレゼントを渡したかったのです」
ジークルドは顔を上げる。未だ羞恥に悶えているラダベルを視界に入れると、信じられないとでも言いたげな面様をしていた。
「あの、ジークルド様。もしかして、お気に召しませんでしたか……?」
ラダベルがジークルドに問いかける。もしかしたら気に入らなかったかもしれないと、尋常ではない不安に襲われたのだ。するとジークルドは、かぶりを振る。
「つけて、くれるか? ラダベル」
「そんなに驚くことでしょうか……?」
「貴族の令嬢、それも公爵家の娘ともあろう者が料理を作るなど、聞いたことがなかったからな」
ジークルドはホールケーキに目を落とし、まじまじとそれを注視する。純粋かつ熱のこもった眼差しを向けられ、ホールケーキは意思を持つ生き物のように、じわじわと汗をかいていた。
貴族令嬢の教養には、料理という項目はない。下々の人間がやることをわざわざ令嬢が率先して学ぶ必要がないからだ。これは、レイティーン帝国においての共通認識である。もちろん、ジークルドもそれを知っている。しかし世間の常識とは裏腹に、ラダベルはジークルドに料理を振る舞った。彼女は、言わずも知れた大貴族ティオーレ公爵家の娘。そんな彼女が料理を作ったことが帝国中に知れ渡ったら混乱を招くだろう。根っからの貴族ではない、軍人気質のジークルドさえも、それを理解していた。
「確かに、この世界に来てから料理を作ったことはありませんね」
「だろう、な…………?」
ジークルドは納得したように見せかけたあと、ラダベルを見遣る。当の本人は、小首を傾げていた。なぜこちらを見ているのか、とでも言いたげな目。だが、見る見るうちに、彼女の眉間に皺が寄っていく。ラダベルは自身の失言に気がついたのだ。
「………………誤解をしないでくださいね、ジークルド様。今のはこの世界に生まれて、という意味ですから」
「あ、あぁ」
有無を言わせない真剣な表情。ジークルドは頷くほかなかった。ラダベルは多大な失言を誤魔化すために、彼に対してソファーに座るよう提案した。ジークルドはそれに従い、ソファーに腰掛ける。ラダベルも同様に、座った。
「お前には驚かされてばかりだ……」
ジークルドのその言葉に、ラダベルはぽっと可愛らしく頬を赤らめた。前髪を触り、照れ隠しする。ジークルドの中で、その他大勢の女性として埋もれているわけではないらしい。それを自覚したラダベルは、昇天してしまうほど幸せな気持ちに駆られた。口の両端を吊り上げながら、笑う。
「こんな妻は、お嫌ですか?」
ラダベルが問うと、ジークルドと視線が合わさる。大窓から射し込む月明かりに照らされるラダベルの美貌。艶やかな青みがかった黒髪も相まって、神秘的だ。ジークルドは彼女の秀麗さに惹かれる。対してラダベルは、目を見開いているジークルドも魅力的だと考えていた。
ラダベルもなぜ、「こんな妻は嫌か」などと、聞いたのか分からなかった。これではまるで、ジークルドのタイプの女性になることを望んでいるみたいではないか――。
数秒の沈黙のあと、ジークルドは口を開く。
「嫌じゃない。俺にとっては、新鮮でいい」
ジークルドの周囲で花が綻ぶ。彼の笑顔に胸を撃ち抜かれたラダベルは、暫しフリーズする。そんな彼女の横で、ジークルドはホールケーキを切り分け始めた。丁寧にケーキをお皿に乗せて、ラダベルに手渡す。
「食べても、いいか?」
「え、は、はいっ、もちろんです」
我に返ったラダベルは、あたふたしながらも了承した。ジークルドは微笑み、フォークで刺したケーキのひと欠片を口へと運ぶ。
「……美味いな」
「あ、ありがとうございます」
ラダベルもケーキをゆっくりと食し始める。口内に広がる甘みに、ラダベルも素直に美味しいと思うのであった。
ケーキを作ることに関してはだいぶ不得意だが、思いのほか上手くできてよかったと感じていると、あっという間に小さめのホールケーキを食べ終わった。ぺろりとホールケーキをたいらげてしまったジークルド。意外と彼は、甘党なのかもしれない。ラダベルはジークルドの意外な一面を発見したことに対して喜びつつ、テーブルの上に置かれていたプレゼントを手を伸ばした。
「ジークルド様」
ジークルドは最後のケーキの欠片をもぐもぐとしながらラダベルを見る。無自覚で愛らしさ全開の彼に、プレゼントを手渡した。
「お誕生日、おめでとうございます」
ラダベルは、頬を真っ赤に染め上げる。ジークルドは手渡されたプレゼントを受け取り、ごくりと喉を鳴らした。そして、丁寧に丁寧に包装を解いていく。そこから現れたのは、簪と呼ばれる髪飾りであった。ジークルドはものの見事な作りの髪飾りをまじまじと見つめる。
「今日、私のわがままを聞いてくださりありがとうございます。どうしても、そのプレゼントを渡したかったのです」
ジークルドは顔を上げる。未だ羞恥に悶えているラダベルを視界に入れると、信じられないとでも言いたげな面様をしていた。
「あの、ジークルド様。もしかして、お気に召しませんでしたか……?」
ラダベルがジークルドに問いかける。もしかしたら気に入らなかったかもしれないと、尋常ではない不安に襲われたのだ。するとジークルドは、かぶりを振る。
「つけて、くれるか? ラダベル」
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