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第43話 約束の意味
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アデルが帰還するべく背中を向けたあと、軍人たちはジークルドの指示によりわらわらと散り、それぞれの仕事に戻っていった。
ラダベルは、アデルの意志の強い目を思い出す。久々にあんなに真剣な瞳を見た。人を戒め蔑ろにして、意地悪をすることしか脳にない皇子だと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。転生する前の自身であれば、アデルのあの目を見て、鼻血を出すほどに喜悦を感じていただろう。今では、少しだけ、ほんの少しだけかっこいいと思うくらいだが。
ラダベルが頬の赤らみをなんとか消そうと努力しながらアデルが去った方向を見つめていると、隣に佇んでいたジークルドがラダベルの眼前に立った。
「ジークルド様……?」
ジークルドは、特別不機嫌というわけではないが、どこか気難しい顔をしていた。一体どうしたのだろうか。ラダベルよりも遥かに高身長である彼に見下ろされるのは、あまり心地のよいものではない。
「元帥の言葉……あれはどういう意味だ」
ジークルドがラダベルに問いかける。ラダベルは、こてんと首を傾げた。小動物にも負けぬ可愛さに、ジークルドの男らしい喉仏が上下する。それに気がつかないラダベルは、先程のアデルの言葉を思い起こした。
『僕は、絶対にあの日の約束を果たす』
恐らくジークルドが言っているのはその言葉のこと。しかし残念ながら当の本人であるラダベルにも、心当たりはないのだ。転生したあと、以前のラダベルについての情報は、ほぼ把握済みのはず。記憶も鮮明ではないものの残っている。しかし、それも完全ではない。そのため、アデルが口にした「約束」というのも、何がなんだか分からない。考えても謎なものは謎だ。そう判断したラダベルは、ジークルドに素直にそれを伝える選択をした。
「さぁ、私には第二皇子殿下が何を仰っていたのか、よく分かりません」
「……それは本当、か?」
「はい、本当です」
ラダベルは、間髪入れずして答える。ジークルドは気まずい面様となる。そして、肩にかかった自身の長髪を後ろへ払い除けた。はらり、と髪束が落ちるのを見て、ラダベルはその仕草までもが美しいと評価をした。彼女は、ジークルドの誕生日に彼にプレゼントする予定の髪飾りを早くつけてほしいと思うのであった。
「だが……お前は、元帥のことを……その、」
「………………」
「好いていたのだろう?」
ジークルドの問いに、ラダベルはそっと目を伏せた。トパーズ色の瞳が瞼の裏に隠れる。
彼の言う通り、ラダベルはアデルを好いていた。心底、愛していたのだ。それこそ、ひとつしかないこの命を、彼のために捧げることができるくらいに。どれほど理不尽な扱いを受けても、周囲に嫌われようとも、アデルがいればそれでよかったのだ。彼だけが、ラダベルの世界の全てであったから。しかし今では、そうではない。ラダベルは転生したことをきっかけに、ついにアデルを見限った。彼のために死ねるラダベルではなくなったのだ。これからは、自分の幸せのために、そして目の前にいる夫のために、生きる――。
ラダベルは緩徐に開眼する。トパーズ色の瞳が現れる。宝石よりも輝いた澄み渡る目。ジークルドはその目に吸い込まれそうになった。
「第二皇子殿下を好いていたのは、以前のこと。今ではなんとも思っていないどころか、嫌いの域まで達しております。彼との思い出は全て抹消しました」
「……つまり、元帥との約束も覚えていないと?」
「記憶にございません。第二皇子殿下とした話も、約束も、分からないものは分からないのです」
ラダベルが顔を背けてそう言うと、ジークルドはひとつ頷いた。先程よりも明らかに不機嫌になってしまったラダベルに、これ以上アデルの話をするのはナンセンスだと思ったよう。ジークルドは追求することを止めた。
「野暮なことを尋ねてすまなかった。城まで送ろう」
ジークルドはラダベルに手を差し出した。ラダベルはその手を怪訝に見つめながらも、自身の手をそっと重ねたのであった。
ラダベルは、アデルの意志の強い目を思い出す。久々にあんなに真剣な瞳を見た。人を戒め蔑ろにして、意地悪をすることしか脳にない皇子だと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。転生する前の自身であれば、アデルのあの目を見て、鼻血を出すほどに喜悦を感じていただろう。今では、少しだけ、ほんの少しだけかっこいいと思うくらいだが。
ラダベルが頬の赤らみをなんとか消そうと努力しながらアデルが去った方向を見つめていると、隣に佇んでいたジークルドがラダベルの眼前に立った。
「ジークルド様……?」
ジークルドは、特別不機嫌というわけではないが、どこか気難しい顔をしていた。一体どうしたのだろうか。ラダベルよりも遥かに高身長である彼に見下ろされるのは、あまり心地のよいものではない。
「元帥の言葉……あれはどういう意味だ」
ジークルドがラダベルに問いかける。ラダベルは、こてんと首を傾げた。小動物にも負けぬ可愛さに、ジークルドの男らしい喉仏が上下する。それに気がつかないラダベルは、先程のアデルの言葉を思い起こした。
『僕は、絶対にあの日の約束を果たす』
恐らくジークルドが言っているのはその言葉のこと。しかし残念ながら当の本人であるラダベルにも、心当たりはないのだ。転生したあと、以前のラダベルについての情報は、ほぼ把握済みのはず。記憶も鮮明ではないものの残っている。しかし、それも完全ではない。そのため、アデルが口にした「約束」というのも、何がなんだか分からない。考えても謎なものは謎だ。そう判断したラダベルは、ジークルドに素直にそれを伝える選択をした。
「さぁ、私には第二皇子殿下が何を仰っていたのか、よく分かりません」
「……それは本当、か?」
「はい、本当です」
ラダベルは、間髪入れずして答える。ジークルドは気まずい面様となる。そして、肩にかかった自身の長髪を後ろへ払い除けた。はらり、と髪束が落ちるのを見て、ラダベルはその仕草までもが美しいと評価をした。彼女は、ジークルドの誕生日に彼にプレゼントする予定の髪飾りを早くつけてほしいと思うのであった。
「だが……お前は、元帥のことを……その、」
「………………」
「好いていたのだろう?」
ジークルドの問いに、ラダベルはそっと目を伏せた。トパーズ色の瞳が瞼の裏に隠れる。
彼の言う通り、ラダベルはアデルを好いていた。心底、愛していたのだ。それこそ、ひとつしかないこの命を、彼のために捧げることができるくらいに。どれほど理不尽な扱いを受けても、周囲に嫌われようとも、アデルがいればそれでよかったのだ。彼だけが、ラダベルの世界の全てであったから。しかし今では、そうではない。ラダベルは転生したことをきっかけに、ついにアデルを見限った。彼のために死ねるラダベルではなくなったのだ。これからは、自分の幸せのために、そして目の前にいる夫のために、生きる――。
ラダベルは緩徐に開眼する。トパーズ色の瞳が現れる。宝石よりも輝いた澄み渡る目。ジークルドはその目に吸い込まれそうになった。
「第二皇子殿下を好いていたのは、以前のこと。今ではなんとも思っていないどころか、嫌いの域まで達しております。彼との思い出は全て抹消しました」
「……つまり、元帥との約束も覚えていないと?」
「記憶にございません。第二皇子殿下とした話も、約束も、分からないものは分からないのです」
ラダベルが顔を背けてそう言うと、ジークルドはひとつ頷いた。先程よりも明らかに不機嫌になってしまったラダベルに、これ以上アデルの話をするのはナンセンスだと思ったよう。ジークルドは追求することを止めた。
「野暮なことを尋ねてすまなかった。城まで送ろう」
ジークルドはラダベルに手を差し出した。ラダベルはその手を怪訝に見つめながらも、自身の手をそっと重ねたのであった。
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