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第39話 婚約破棄の理由

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 頬を赤らめるアデルに、ラダベルは疑問を抱く。なぜ顔を赤くしているのか、と。自分たちは恋人同士でもなんでもない。元婚約者という関係であるし、二度と親しい関係になることのないふたりだ。それをアデルも理解しているであろうに、皮肉めいた言葉に素直に顔を赤くするとは、意外と可愛い一面もあったものだ。いけ好かない男かと思っていたが、案外そうでもないらしい。だからと言って、決して大目には見ないが。

「私も疲れているのです。呼び出した理由を簡潔かんけつに教えてください」

 ラダベルは肩にかかった黒髪を手の甲で払いながら、高飛車たかびしゃにそう言った。さっさと話すよう促されたアデルは、戸惑った顔容となる。目を泳がせて、焦っている様子。ラダベルと話したい内容があったから、呼び出したのではないのだろうか。一体何を考えているんだこの皇子は、とラダベルは大息をついた。あからさまに呆れてものも言えない彼女に、アデルはさらに焦る。何を話すか迷ったすえ、口をいて出たのは、まさかの話題であった。

「アイツとは、どうだ……」
「アイツ……? どなたですか?」
「分かるだろうっ! アイツだ!」

 アデルは声を荒らげる。拳を握り、どこか悔しげだ。名を呼ぶのもはばかられるのだろうか。ラダベルは彼の言う「アイツ」という人物に行き着くまで四苦八苦しくはっくする。そのあと、ようやくひとりの人物に辿り着き、ラダベルはいぶかししむ。

「…………もしや、ジークルド様のことを仰っているのですか?」

 ジークルド、という名を耳にしたアデルは、唇を噛みしめて頷いた。地団駄じだんだを踏むのを必死に我慢していた。

「どうも何も、それはもう楽しく過ごさせていただいております。ジークルド様はどなたかと違ってお優しいですし、口下手なところはありますがそこもまた可愛らしいというものです。私はジークルド様のもとに嫁げて幸せ者ですよ」

 ラダベルは嫌みを交えながら百点満点の回答をした。これは全て、彼女の嘘偽りのない本音だ。ジークルドはラダベルにとって、言い方は悪いが最高の優良物件だ。婚約破棄直後、毒親であるティオーレ公爵に、「嫁げ」と言われたのは衝撃的であったが、今となってはよかった。最後の最後にいい仕事をしてくれた、とラダベルは胸中でティオーレ公爵を褒めたたえた。

「……なぜ、僕と婚約破棄をしたんだ」

 アデルがぽつりと呟く。今にも消え入りそうな声。辛うじて聞き取ったラダベルは、思わず「は?」と言ってしまった。第二皇子ともあろう人間に、驚いたとは言え、「は?」と口にしてしまうなど無礼すぎる。しまったと手のひらで口を押さえるラダベルだが、幸いなことにアデルは怒っていない様子だ。

「なぜ婚約破棄をしたんだと聞いているんだ」

 アデルはもう一度同じ言葉を口にする。どうやらラダベルが漏らした「は?」という声が、アデルの言葉が聞こえていなかった意思表示だと勘違いしたらしい。勘違いしてくれてよかった、とラダベルは心から安堵する。しかしなぜ、今さら婚約破棄の理由を聞くのか。

「お忘れですか? 第二皇子殿下。婚約破棄を申し出たのは私ではなく、あなた様ですよ」
「………………」

 ラダベルのもっともな指摘に、アデルは黙する。ラダベルはそんな彼に追い討ちをかける。

「本当に記憶喪失になってしまわれたのですか? 第二皇子殿下はこう仰いましたよね? 仕方なくお前と婚約したが、今思えば愚策だった。根っからの悪女であるお前の罪はこれ以上庇いきれない。まぁ、僕もほかにいい女性ができたし、そろそろ潮時だろう? と」

 ラダベルは婚約破棄の際、アデルによりかけられた台詞を一語一句いちごいっく違わずに告げた。アデルは俯いてしまう。顔色を窺うことはできないが、自らが口にした言葉を忘れたわけではなさそうだ。

「私は第二皇子殿下の思いを考慮したのです。まぁ正直に申し上げますと私ももうそろそろ潮時だと思っておりましたが……。今となっては、未来のない恋心に終止符しゅうしふを打てたことはよかったです。お礼を言わせていただきます。ありがとうございます」

 ラダベルが礼を言った途端、アデルが勢いよく顔を上げた。ウォーターブルーの瞳に、確かに悲哀が宿った。
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