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第38話 夜の手紙

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 食事を食べ終わったラダベルは、ジークルドに自室兼寝室の前まで送ってもらった。

「ここまでで結構です。今日はありがとうございました」
「……あぁ、また明日だな。いい夢を」

 ジークルドはそう言って背を向けた。尋常じんじょうではないほどにたくましい背中をうっとりとした目で見続けるラダベル。彼の背中が見えなくなるまで、見送り続けたのであった。その傍らで女性軍人たちが、気まずい顔をしていることも気にせずに……。ジークルドの姿が見えなくなり、ラダベルは部屋に入ろうと扉に体を向ける。すると、女性軍人により呼び止められる。

「奥様」

 ラダベルは立ち止まり、声をかけてきた女性軍人を見遣る。

「何かしら?」

 ラダベルの問いかけに、女性軍人たちは互いに顔を見合わせた。そのあと、どことなく言いにくそうな顔をしている。はっきりしない態度を取る彼女たちに、ラダベルは不機嫌を露呈ろていする。呼び止めた理由を説明してもらわなければ、ラダベルはどうすることもできない。ただこの場に突っ立って無駄な時間を過ごすしかなくなってしまう。痺れを切らした彼女が口を開きかけたその時、ひとりの女性軍人の手に、一通の手紙が握られているのが目に入った。

「それは……」
「あっ……」

 女性軍人が咄嗟に手紙を隠そうとするが、時既に遅し。手紙の存在を知ったラダベルは、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べた。女性軍人は、背中に隠していた手紙を恐る恐る差し出し、ラダベルの手のひらの上に乗せる。

「誰かから預かったのね。どなたから?」
「…………それ、は……」
「言えません……」

 ふたりの女性軍人は、俯いてしまう。極力ラダベルと視線を合わせたくない様子。どうやら彼女たちは、手紙の差出人によりおどされて、口止めをされているのだろう。黙秘もくひを続けるふたりの女性軍人を前にして、ラダベルは長嘆息を吐き、封筒から便箋びんせんを取り出す。ぺらりと便箋を捲ると、やたらと綺麗な文字で、こう書いてあった。

『庭園の噴水の裏にて、待つ。ひとりで来い』

 ラダベルは首を傾げる。手紙の差出人は、やたらと彼女に絡んでくるエリアスだろうか。以前、市場に出かけた際、エリアスが双子の妹と弟のお守りをしていた場面をラダベルが目撃してしまったから、その報復ほうふくをされるのかもしれない。ラダベルは密かに怯える。しかし彼女は、首を横に振った。あのエリアスがこんなにも美しい均整きんせいの取れた文字を書くことができるだろうか。彼にはこの上なく失礼だが、そこまで器用には見えない。

「お願いします、奥様……。どうかこのことは、大将には……」
「言わないから安心して」

 間髪入かんはついれずしてラダベルが答えると、女性軍人たちはほっと安堵の息を漏らした。ラダベルは、考えている時間が無駄だと結論づけ、呼び出された現場へと行くこととした。手紙を女性軍人のひとりに預ける。

「行ってくるわ。あなたたちはここにいて」

 ラダベルはそう言って、軍人たちに背を向けたのであった。


 宮を出て、庭園に向かう。夜遅い時間ともなると、人通りは少ない。人々の目をくぐって到着した場所は、手紙に書いてあった「庭園の噴水の裏」だ。しかし、人の気配は感じない。イタズラか? と不審に思ったラダベルだが、噴水の後ろにさらに回り込む。噴水の向こう側に、背丈ほどに高い花々が咲いた見事な庭園があるのに気がつく。入り組んだ場所で、周りからはまったく目につかない場所。ラダベルがその庭園に向かい、覗き込む。すると、彼女は目を見張った。庭園には、なんとアデルがいたのだ。アデルは夜空を見上げ、憂いに満ちた表情をしている。さすがのラダベルも、彼の美貌に、彼が醸し出す雰囲気に、胸を高鳴らせてしまった。ゴールデンブロンドの髪は夜風になびき、長い睫毛が震えている。彼の横顔は、まさしく芸術であった。暫し彼の顔に見惚れていたラダベルは、ふと我に返り、軽く咳払いをした。

「夜にこんな場所に呼び出すとは、秘密の恋をする恋人たちのようですね、第二皇子殿下」

 ラダベルの声に、アデルは肩を跳ね上がらせ、ラダベルに視線を送った。皮肉ひにくを交えた言葉のつもりが、なぜかアデルは、顔に紅葉を散らした。ラダベルは目を点にして、それを見つめる。
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