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第34話 交渉

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 ラダベルとセリーヌ、ミアの三人は、市場を見て回る。市場は魅力的で美しい品が多く出揃っている。皇都の城下街でさえも、お目にかかれない物珍しい宝石や、駆け出しの画家や細工人などの作品が置かれている。どれも安価だ。ラダベルはそれらに魅了されながら市場を歩いていると、とある店の店主と目が合う。店主の男は無精髭ぶしょうひげを撫でて、彼女に対してニヤリと野蛮に笑いかけた。

「随分と可愛いお嬢ちゃんたちだな。少し見ていかねぇか?」

 店主の男が手招きをする。ラダベルは引き寄せられるがまま、近づいた。テーブルに並んだ品物は、どれも美しい物ばかり。装飾品が多く、中には絶賛ぜっさんラダベルが探している髪飾りもあった。

「今日はお嬢ちゃん三人で買い物か?」
「えぇ。夫へのプレゼント、髪飾りを買いに来たの」

 素直に口にすると、セリーヌとミアが同時に大きく咳き込んだ。店主の男は、驚いた顔をする。

「こりゃ魂消たまげた……。お嬢ちゃんもう伴侶がいるのかい」
「最近結婚したばかりよ」
「そうかそうか。そりゃより良い夫婦生活のために、プレゼントは必需品ひつじゅひんだな。ちょっと待ってろ。いい物を見せてやる」

 店主の男は、店頭に並んでいる品物ではなく、客側からは見えない位置に置かれた箱から、何かを取り出した。そして、テーブルに置く。店主の男が差し出した品物。それは、深い紫色の宝石が埋め込まれた髪飾りであった。

「これ、は……」

 紫色の輝きに惹かれる。ラダベルは見惚れて、思わず絶句してしまった。

「亡国から伝わる技術が使われた物だ。かんざしって言うらしい。今じゃまったくお目にかかれない代物だぜ。表の市場でもほとんど出回ってないからな、これを逃したら次はねぇぞ」

 店主の男のたくみな言葉に惑わされる。
 男の言う「亡国」とは、ラダベルの故郷を彷彿とさせる国のことだろう。ジークルドの愛剣“刀”の発祥の地でもある場所だ。亡国から伝わる技術が使われた“簪”という髪飾り。もし、これをジークルドがつけてくれたとしたら。それはもう、言い表しようがないほどに美しいだろう。

「今流行りの華やかな髪飾りとは程遠いが、つけるもんが男なら問題はねぇ。むしろこれくらいがにあ、」
「いくら?」

 話を遮って詰め寄るラダベルに、店主の男は圧倒される。

「お、お嬢ちゃん。確かに俺はいい物を見せてやるとは言ったが、こりゃさすがにあんたじゃ買えねぇほどに高価だ」
「いくらか聞いてるの。教えて」

 一歩も引かないラダベルの強気な言葉。滅多にお目にかかれない髪飾りを持っていると自慢するつもりでラダベルに見せたのかもしれないが、思いのほか、ラダベルが食いついてしまった。店主の男は引くに引けなくなる。彼は迷いに迷ったすえ、金額を口にした。それを耳にしたセリーヌとミアは、目を点にする。予算よりも、随分と金額が跳ね上がったため、愕然としたのだ。

「ほら、お友達もびっくりしてんじゃねぇか……。これはさすがにかえ、」
「買うわ」
「ほえっ」

 ラダベルの宣言に、店主の男が変な声を出す。確かに予算よりも遥かに高額な品物だ。だが、運命を感じてしまったものは仕方がない。買い取らなければ気が済まないのだ。こんな好機を逃すわけにはいかない。

「セリーヌ」
「は、はいっ」

 ラダベルに名を呼ばれ我に返ったセリーヌは、袋に入った硬貨を取り出してそれを店主の男に差し出した。袋の中身を見た店主の男は、眉を顰める。手持ちの硬貨だけでは足りなかったようだ。ラダベルは、結婚指輪ではない指輪を取り外し、テーブルの上に置いた。

「足りない分は、これでどう?」

 店主の男は指輪を手に取り、間近で見つめたあと、目をカッ開いた。

「こ、こりゃっ……!」

 どうやら十分すぎる値段であったようだ。転生前のラダベルがジュエリーなどのコレクターで助かったと安堵をする。

「あ、あんたこんな物を持っているなんて一体っ、」
「ここであったことは秘密にしてちょうだい。じゃあ、またどこかで会えるといいわね」

 ラダベルは可愛らしくウィンクをして、商品である簪を受け取る。そして、セリーヌとミアに目配せをした。ふたりは頷いた直後、店主の男に一礼をして、ラダベルの背中を追いかけた。
 ぽつんと取り残された店主の男は、硬貨と指輪を見比べて、自身と家族含め一年は食べていける売上金額にひとり仰天してしまったのであった。
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