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第32話 お願い
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ジークルドと結婚してから数週間が経った頃。湿度の低い暑さが体を取り巻く中、ラダベルはいつものように自室にて朝食後のお茶を飲んでいた。食後でも十分に飲める爽やかな味わい。鼻から抜けていくすっきりとした香りに身も心も委ねていると、彼女の傍らに立っていたセリーヌが突如として話し始めた。
「そう言えば、奥様。ご存知ですか?」
「何を?」
ラダベルは顔の近くで、ティーカップを揺らし、茶葉の香りを楽しむ。次の瞬間、セリーヌが巨大な爆弾を投下した。
「あとひと月も経たないうちに、旦那様の生誕日でございます」
投下された爆弾は、見事に大爆発を遂げる。爆弾をもろに受けたラダベルは、動きを止める。揺れていた紅茶の水面は凪いだ。長い沈黙に包まれる自室。こだまするのは、少し開けた窓元に止まる鳥の鳴き声だけだ。それがまた虚しさを醸し出す。
「待って、セリーヌ。私の勘違いでなければ、生誕日と聞こえたのだけど……一体どなたの?」
ラダベルは最大限の平常心を保って問いかけた。セリーヌは莞爾として笑う。
「旦那様です。奥様の永遠の伴侶様にございますよ」
決してラダベルの聞き間違いなどではなかった。彼女はあまりにも衝撃的すぎて、虚脱状態となってしまった。
ひと月もしないうちにやって来る、ジークルドの生誕日。そんな話は誰からも聞いていない。ジークルドとは時折夕飯を共にする仲にまで成長したが、彼の口から直接聞いていないのだ。
(待て待て、ジークルド様は自ら誕生日を教えるような方ではないでしょう。第二皇子殿下じゃないんだから……)
ラダベルは、脳内にふよふよと浮かんできたアデルを鼻で笑い飛ばす。小さなアデルは、彼女の鼻息で飛んでいってしまったのだった。
ちなみにこれは余談だが、ラダベルがアデルと婚約間近であった昔のこと、アデルは彼女に対して自ら誕生日を暴露したのだ。皇族の直系の生誕日と言えば、国を挙げて祝う祭りの一種でもあるため、ラダベルももちろんアデルの誕生日を心得ていた。しかしアデルは、わざわざラダベルに自身の誕生日を伝えてきたのだ。それほどまでに、ラダベルから高価なプレゼントが欲しかったのだろうか。底なしの金持ちのくせに小癪な……。ラダベルはかぶりを振った。
「セリーヌ。ジークルド様の生誕日は、祭りなどを行うのかしら?」
「いいえ。旦那様のご意向により、毎年、祭りも何も行っておりません」
「そう……。それは、随分と寂しいわね」
ラダベルは顎に手を添えて思案する。厳格で生真面目な性格に加え、今年の誕生日で28歳という年齢になるジークルドのことだ。生誕日など、どうでもいいと考えていることだろう。彼にとっては、いつも通り、ただの一日にしか過ぎない。だがしかし、生誕日と言えば、一年に一度しかやってこないスペシャルな日でもある。ジークルドにとって取るに足らない一日であったとしても、ラダベルにとっては特別な一日なのだから。東部を挙げた大々的なイベントは開催できなくとも、何かプレゼントをすることくらいはできそうだ。妻として、これから支え合っていく者として、ささやかに祝福する行為は、ラダベルにだってできるはずだし許される行いだろう。
彼女は、ジークルドのもとに嫁いできて、素晴らしく良い暮らしをさせてもらっている。ティオーレ公爵家、実家のような息苦しさもなければ、皇都ではないため悪女だとあからさまに後ろ指をさされることもない。もちろん、ラダベルにやたらと絡んできた軍人、エリアスのように、中には例外もいるが……。それでも十二分に平穏だ。天下泰平と言っても過言ではない良い暮らしと、ある程度の豊かさを享受できているのは、全てジークルドのおかげである。何か、恩返しをしたい。そう考えたラダベルは、ひと口紅茶を飲んだあと、セリーヌを見つめる。
「セリーヌ。ひとつ、お願いがあるの」
「そう言えば、奥様。ご存知ですか?」
「何を?」
ラダベルは顔の近くで、ティーカップを揺らし、茶葉の香りを楽しむ。次の瞬間、セリーヌが巨大な爆弾を投下した。
「あとひと月も経たないうちに、旦那様の生誕日でございます」
投下された爆弾は、見事に大爆発を遂げる。爆弾をもろに受けたラダベルは、動きを止める。揺れていた紅茶の水面は凪いだ。長い沈黙に包まれる自室。こだまするのは、少し開けた窓元に止まる鳥の鳴き声だけだ。それがまた虚しさを醸し出す。
「待って、セリーヌ。私の勘違いでなければ、生誕日と聞こえたのだけど……一体どなたの?」
ラダベルは最大限の平常心を保って問いかけた。セリーヌは莞爾として笑う。
「旦那様です。奥様の永遠の伴侶様にございますよ」
決してラダベルの聞き間違いなどではなかった。彼女はあまりにも衝撃的すぎて、虚脱状態となってしまった。
ひと月もしないうちにやって来る、ジークルドの生誕日。そんな話は誰からも聞いていない。ジークルドとは時折夕飯を共にする仲にまで成長したが、彼の口から直接聞いていないのだ。
(待て待て、ジークルド様は自ら誕生日を教えるような方ではないでしょう。第二皇子殿下じゃないんだから……)
ラダベルは、脳内にふよふよと浮かんできたアデルを鼻で笑い飛ばす。小さなアデルは、彼女の鼻息で飛んでいってしまったのだった。
ちなみにこれは余談だが、ラダベルがアデルと婚約間近であった昔のこと、アデルは彼女に対して自ら誕生日を暴露したのだ。皇族の直系の生誕日と言えば、国を挙げて祝う祭りの一種でもあるため、ラダベルももちろんアデルの誕生日を心得ていた。しかしアデルは、わざわざラダベルに自身の誕生日を伝えてきたのだ。それほどまでに、ラダベルから高価なプレゼントが欲しかったのだろうか。底なしの金持ちのくせに小癪な……。ラダベルはかぶりを振った。
「セリーヌ。ジークルド様の生誕日は、祭りなどを行うのかしら?」
「いいえ。旦那様のご意向により、毎年、祭りも何も行っておりません」
「そう……。それは、随分と寂しいわね」
ラダベルは顎に手を添えて思案する。厳格で生真面目な性格に加え、今年の誕生日で28歳という年齢になるジークルドのことだ。生誕日など、どうでもいいと考えていることだろう。彼にとっては、いつも通り、ただの一日にしか過ぎない。だがしかし、生誕日と言えば、一年に一度しかやってこないスペシャルな日でもある。ジークルドにとって取るに足らない一日であったとしても、ラダベルにとっては特別な一日なのだから。東部を挙げた大々的なイベントは開催できなくとも、何かプレゼントをすることくらいはできそうだ。妻として、これから支え合っていく者として、ささやかに祝福する行為は、ラダベルにだってできるはずだし許される行いだろう。
彼女は、ジークルドのもとに嫁いできて、素晴らしく良い暮らしをさせてもらっている。ティオーレ公爵家、実家のような息苦しさもなければ、皇都ではないため悪女だとあからさまに後ろ指をさされることもない。もちろん、ラダベルにやたらと絡んできた軍人、エリアスのように、中には例外もいるが……。それでも十二分に平穏だ。天下泰平と言っても過言ではない良い暮らしと、ある程度の豊かさを享受できているのは、全てジークルドのおかげである。何か、恩返しをしたい。そう考えたラダベルは、ひと口紅茶を飲んだあと、セリーヌを見つめる。
「セリーヌ。ひとつ、お願いがあるの」
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