上 下
28 / 158

第28話 二番目に会いたくない人

しおりを挟む
 結婚式を挙げてから、一週間。ジークルドとも比較的良好な関係を築けていた。相変わらず夫婦としての初夜は過ごせていないが、それでも構わない。急ぐことではないし、まだ機会はいくらでもあるはずだ。次の機会、お楽しみとして取っておくのもいいだろう。
 ルドルガー伯爵夫人となったラダベルは、一日の大半を城で過ごす。ぶっちゃけてしまうと、あまりやることはない。ところが今日は、久々にちょっとした用事がある。二日酔いに効く薬を提供してくれた軍医にお礼を言いに行くのだ。ちなみに、ジークルドに伝達済み。彼はラダベルの申し出をこころよく了承してくれた。
 ラダベルの案内を名乗り出た女性の軍人、ミア・ロジャーの力を借りて、セリーヌと共に、軍の施設に向かった。ミア・ロジャーは、ミルクティーベージュの短髪に、メロンイエローの瞳が美しい女性だ。階級は、准尉じゅんい。歳は、まだ20歳。ラダベルとも気が合う年頃だろう。
 ミアとセリーヌと一緒に、軍の施設へ姿を現したラダベルに、軍人たちは皆、愕然とする。次々に敬礼をして、彼女に畏怖の眼差しを向ける。結婚式の宴にて見事な飲みっぷりを披露した酒豪しゅごうの夫人として話題になっているのだが、そうとは知らないラダベルは、畏怖の視線さえも跳ね除け、堂々と歩を進めた。
 軍施設の一角、高度な医療設備が整っている建物にやって来た三人。建物の中に入り、医療品の独特な香りが漂う廊下を歩く。すると前方から、とある人物が歩いてきた。ラダベルの中で、見事に会いたくない人物ランキングの第2位に輝いた人物、エリアス・バート少尉であった。ちなみに第1位は、第二皇子アデルだ。
 エリアスは、アッシュグレイの髪を乱暴に掻き毟っている。彼はふと、ラダベルの存在に気がついた。ブルーラベンダーの瞳が鋭く細められる。ラダベルが彼を無視しようとすると、彼はラダベルの行く道を遮った。ラダベルと至近距離で、対峙する。

「おいおい、無視か? 随分と冷てぇ伯爵夫人だな」

 エリアスが眉尻を吊り上げて、下衆の表情を浮かべた。悪人さながらの顔を真っ向から見つめるラダベル。あまりにも強く突き刺さる視線に、さすがのエリアスも狼狽えた。

「もったいないわね」
「……なんだと?」
「少し厳ついけれど、せっかくいい男の部類に入っているのに、そんな顔したら台無しと言っているのですよ」

 ラダベルの言葉に、エリアスは度肝を抜かれた。
 エリアスは、十二分に美丈夫だ。レイティーン帝国軍極東部所属の軍人であり、若くして少尉の階級を賜った男でもある。品の良さは見受けられないが、そこがいいという女性も少なからずいることだろう。
 ラダベルは顎に手を当てながら、エリアスの全身を眺めて品定めをする。

野蛮やばんさが抜けきれていないけど、そこもまた魅力的だと言って騒ぎ立てる侍女や女性方も少なくないでしょうね。ですがまぁ、私の守備範囲外ですけど」

 フッ、と鼻から抜けるような笑いをこぼす。褒めておいて、最後に自然と酷いことを言う。ラダベルという女性に完全にペースを持っていかれたエリアスは、こめかみに冷や汗を流すも、いやしく笑った。ラダベルとの距離を詰める。

「オレは女からモテるぜ? 毎晩取っかえ引っ変えするくらいにはな」
「あら、特定の恋人はいないのですか?」
「あ? いるわけねぇだろ。めんどくせぇ。それともなんだ……。お前がオレの女になってくれんのか?」

 エリアスがラダベルに言い寄り、より一層距離を縮める。見兼ねたミアがエリアスを止めようとするが、ラダベルがそれを手で制した。彼女は娼婦しょうふさながらに、同時に気品さも感じられる嬌笑を浮かべて、エリアスを見つめ返した。

「あなたの相手をしている女性方のように、私は軽い女ではないのです。ほかを当たってくださいますか?」

 ラダベルは、エリアスのたくましい胸板を人差し指でトンッと押したあと、その場を立ち去る。

(かっこよく決まった……!)

 心の中で静かにガッツポーズを決め、濡羽色の艶やかな髪をなびかせながら、美しく去ろうとした次の瞬間――強く腕を引かれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛する人は、私ではない人を愛しています

ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。 物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。 母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。 『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』 だが、その約束は守られる事はなかった。 15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。 そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。 『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』 それは誰の声だったか。 でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。 もうヴィオラは約束なんてしない。 信じたって最後には裏切られるのだ。 だってこれは既に決まっているシナリオだから。 そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

処理中です...