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第23話 飲みたくなる時
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「お前なんてさっさと捨てられてしまえばいい」
心を抉る言葉に、ラダベルは大きく目を見開いた。もう二度と戻れない、なかったことにはできない、一線を遥かに越えてしまったアデルの捨て台詞に、ラダベルは唇を噛みしめた。
魂が変わる以前のラダベルも、今の彼女のように悔しくて悲しい思いをしたのだろうか。だとしたら、アデルを一途に想っている彼女にとって、それほど辛苦を感じたことはなかっただろう。
ただ、恋をしただけ。ただ、愛しただけ。それなのに、何度も何度も繰り返し傷つけられる。肉体の神秘により自然と治癒する体の傷とは違い、言葉の刃で傷つけられた心は、その場面を思い出す限り、完全に治癒することはないのだ。ラダベルもかなり疲弊していただろうに。毎度毎度、傷ついて泣いて、そしてヤケになってアデルの婚約者の座にしがみついたのだ。傷つけられると分かっていながらも、想いを殺すのは不可能。婚約者からも蔑ろにされ、悪女と罵られ、そんな辛い思いを我慢した先には、きっと幸せが広がっていると信じていた。いつかは、アデルが自分を愛してくれるだろうと希望を抱いて……。だがそれは、今となっては、無駄に近い想いであったのだ。
以前のラダベルの思いを想像し尽くした彼女は、目をギュッと瞑ったあと、大きく深呼吸をする。黄玉をはめ込んだ色味の瞳が姿を現す。
「冗談だとしても、元婚約者になんの躊躇もなくそんな言葉を投げつけることができる第二皇子殿下の倫理観を疑います」
激憤を抑え込んで、あくまで冷静沈着に言い返す。左目元のほくろも相まって、随分と強気の視線に見える。不倶戴天の敵を見つめる眼には、膨大な憎しみが込められていた。
「あなたという人間を愛したことは、一生の恥でございます」
先程のお返しと言わんばかりに、言葉の刃にたっぷりと毒を塗りたくり、アデルに投げつける。その刃は軌道を変えることなく、まっすぐとアデルの胸目がけて飛んでいき、彼の心臓部分に深く深く突き刺さった。思わず吐血してしまいそうになるのを我慢して、アデルは口を噤む。そして、憂愁の色に滲む表情をした。被害者なのは自分だと主張するかのような顔に、ラダベルは怒りを覚える。
(なんであなたがそんな顔をするの? 傷つきたいのは私よ!)
心中にて、声を大にして叫ぶ。許されることならば、アデルの頬を思いっきり打っ叩きたいくらいだ。軍の指揮権を持つ皇族としがない伯爵夫人では、身分に大きな差がある。頬を叩いてしまえば、生ける伝説である軍人の妻と言えど、重い処罰は免れないだろう。ラダベルは怒気を無理やり抑え込む。
「僕だって……僕だってお前なんかを婚約者にしたことは一生の恥だ!」
アデルは漆黒のマントを翻し、踵を返して去っていく。ズカズカと足音が聞こえるが、それさえ惨めで溜まったものではない。
「ダサい捨て台詞」
ラダベルは溜息混じりにそう言って、アデルの背中にトドメの一言を刺す。アデルは一瞬立ち止まったものの、振り返ることはせず、そのまま立ち去ったのであった。ラダベルも彼とは反対方向へと歩く。その光景はまさしく、ふたりの決別を表しているかのようであった。
セリーヌに手伝ってもらいながら無事に御手洗を終えたラダベルは、宴会が行われている間へと戻ってきていた。何事もなかったと装って、ジークルドの隣の椅子に腰掛ける。グラスを半分染めている赤ワインが目に入り、ラダベルはそれを一気に飲み干した。彼女の飲みっぷりに、ギョッと驚くジークルド。一体いくらするのかも予想つかないワインボトルを鷲掴み、空になったグラスへなみなみと注ぎ入れる。もはや貴族としての作法など、どうでもいいと言わんばかり。ラダベルはワインボトルをテーブルの上に置き、再びワインを呷った。赤いワインは、ラダベルの体内へと見事に吸い込まれていく。宴会を楽しんでいた貴族たちや軍人たちは、新婦の豪快な酒の飲み方を目の当たりにして、ザワザワと騒ぎ始める。周囲の視線にも気がつかぬまま、ラダベルは三杯目のワインを呷ろうとするも、それは思わぬ人物によって止められてしまった。想像よりもずっと大きな手がラダベルの腕を掴み上げる。
「おい、それ以上はやめておけ」
ジークルドだ。
「アルコールは普段からあまり摂取しないと聞いている。飲みすぎは体によくない」
「……なぜよくないのですか? 私だって飲みたくなる時はあるんですから、止めないでくださいな」
ラダベルはジークルドの手を払い、三杯目のワインを飲み干した。視界の傍ら、ラダベルの言葉を耳にしたジークルドは、どことなく傷ついた顔をしていた。ラダベルは、イケメンの憂いを帯びた顔容も、目の保養だと思ったのであった。
心を抉る言葉に、ラダベルは大きく目を見開いた。もう二度と戻れない、なかったことにはできない、一線を遥かに越えてしまったアデルの捨て台詞に、ラダベルは唇を噛みしめた。
魂が変わる以前のラダベルも、今の彼女のように悔しくて悲しい思いをしたのだろうか。だとしたら、アデルを一途に想っている彼女にとって、それほど辛苦を感じたことはなかっただろう。
ただ、恋をしただけ。ただ、愛しただけ。それなのに、何度も何度も繰り返し傷つけられる。肉体の神秘により自然と治癒する体の傷とは違い、言葉の刃で傷つけられた心は、その場面を思い出す限り、完全に治癒することはないのだ。ラダベルもかなり疲弊していただろうに。毎度毎度、傷ついて泣いて、そしてヤケになってアデルの婚約者の座にしがみついたのだ。傷つけられると分かっていながらも、想いを殺すのは不可能。婚約者からも蔑ろにされ、悪女と罵られ、そんな辛い思いを我慢した先には、きっと幸せが広がっていると信じていた。いつかは、アデルが自分を愛してくれるだろうと希望を抱いて……。だがそれは、今となっては、無駄に近い想いであったのだ。
以前のラダベルの思いを想像し尽くした彼女は、目をギュッと瞑ったあと、大きく深呼吸をする。黄玉をはめ込んだ色味の瞳が姿を現す。
「冗談だとしても、元婚約者になんの躊躇もなくそんな言葉を投げつけることができる第二皇子殿下の倫理観を疑います」
激憤を抑え込んで、あくまで冷静沈着に言い返す。左目元のほくろも相まって、随分と強気の視線に見える。不倶戴天の敵を見つめる眼には、膨大な憎しみが込められていた。
「あなたという人間を愛したことは、一生の恥でございます」
先程のお返しと言わんばかりに、言葉の刃にたっぷりと毒を塗りたくり、アデルに投げつける。その刃は軌道を変えることなく、まっすぐとアデルの胸目がけて飛んでいき、彼の心臓部分に深く深く突き刺さった。思わず吐血してしまいそうになるのを我慢して、アデルは口を噤む。そして、憂愁の色に滲む表情をした。被害者なのは自分だと主張するかのような顔に、ラダベルは怒りを覚える。
(なんであなたがそんな顔をするの? 傷つきたいのは私よ!)
心中にて、声を大にして叫ぶ。許されることならば、アデルの頬を思いっきり打っ叩きたいくらいだ。軍の指揮権を持つ皇族としがない伯爵夫人では、身分に大きな差がある。頬を叩いてしまえば、生ける伝説である軍人の妻と言えど、重い処罰は免れないだろう。ラダベルは怒気を無理やり抑え込む。
「僕だって……僕だってお前なんかを婚約者にしたことは一生の恥だ!」
アデルは漆黒のマントを翻し、踵を返して去っていく。ズカズカと足音が聞こえるが、それさえ惨めで溜まったものではない。
「ダサい捨て台詞」
ラダベルは溜息混じりにそう言って、アデルの背中にトドメの一言を刺す。アデルは一瞬立ち止まったものの、振り返ることはせず、そのまま立ち去ったのであった。ラダベルも彼とは反対方向へと歩く。その光景はまさしく、ふたりの決別を表しているかのようであった。
セリーヌに手伝ってもらいながら無事に御手洗を終えたラダベルは、宴会が行われている間へと戻ってきていた。何事もなかったと装って、ジークルドの隣の椅子に腰掛ける。グラスを半分染めている赤ワインが目に入り、ラダベルはそれを一気に飲み干した。彼女の飲みっぷりに、ギョッと驚くジークルド。一体いくらするのかも予想つかないワインボトルを鷲掴み、空になったグラスへなみなみと注ぎ入れる。もはや貴族としての作法など、どうでもいいと言わんばかり。ラダベルはワインボトルをテーブルの上に置き、再びワインを呷った。赤いワインは、ラダベルの体内へと見事に吸い込まれていく。宴会を楽しんでいた貴族たちや軍人たちは、新婦の豪快な酒の飲み方を目の当たりにして、ザワザワと騒ぎ始める。周囲の視線にも気がつかぬまま、ラダベルは三杯目のワインを呷ろうとするも、それは思わぬ人物によって止められてしまった。想像よりもずっと大きな手がラダベルの腕を掴み上げる。
「おい、それ以上はやめておけ」
ジークルドだ。
「アルコールは普段からあまり摂取しないと聞いている。飲みすぎは体によくない」
「……なぜよくないのですか? 私だって飲みたくなる時はあるんですから、止めないでくださいな」
ラダベルはジークルドの手を払い、三杯目のワインを飲み干した。視界の傍ら、ラダベルの言葉を耳にしたジークルドは、どことなく傷ついた顔をしていた。ラダベルは、イケメンの憂いを帯びた顔容も、目の保養だと思ったのであった。
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