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第13話 ウェディングドレス

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 ラダベルは長旅の影響か、自室兼寝室にて爆睡してしまった。ふわふわの質感のベッドは彼女の全身を包み込み、安眠へと誘導ゆうどうしてくれた。そのため、彼女は専属侍女であるセリーヌに起こされるまで、深い睡眠を堪能たんのうしていたのであった。
 寝間着からドレスに着替え、爆発気味の癖毛の髪を整えてもらったあとは、宮の食卓の間にて優雅に朝食を取る。豪華でも質素しっそでもない、よく寝た次の日の朝でも簡単に喉を通るヘルシーな料理に、感嘆かんたんの息を漏らした。
 朝食のあとは、自室にて食後の紅茶を飲む。常に張り詰めた空気感の中で過ごしていたティオーレ公爵邸とは違う、穏和おんわな生活の幕開けに胸を躍らせる。嫁いできて昨日の今日だが、ラダベルは早速、ジークルドのもとに嫁いで来てよかったと深く安堵していた。
 紅茶をたしなみ、最高の時間に身を投じていると、扉を叩く音が聞こえる。

「奥様。セリーヌでございます」
「どうぞ」
「失礼いたします」

 セリーヌが入室する。

「奥様、一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか」

 申し訳なさそうにそう言ったセリーヌに、ラダベルは首肯する。ティータイムもそこまでに、重い腰を上げ、自室をあとにした。
 セリーヌに案内された場所は、化粧室兼衣装室であった。先程もドレスに着替えるために、利用したばかり。疑問に思っていると、セリーヌが化粧室兼衣装室の扉を緩慢な動きでゆっくりと開ける。朝の光に照らされる舞台。現れたのは、一着のドレス。あまりの神々しさに、ラダベルは絶句してしまう。雪白ではない、クリーム色と淡いピンク色を混ぜ合わせたかのような色で染色された生地。肩から胸元にかけて大きく露出するデザインと、ふんわりと膨らんだパフスリーブが上品である。背中には、巨大なリボンが。ボリューム感のあるプリンセスラインのスカート部分には、目も見張る繊細な黄金の装飾が施されている。トレーンは、ゴージャスな雰囲気をかもし出すため長い。圧倒的存在感を放つドレスの横には、宝石が埋め込まれた大きなティアラやネックレス、イヤリングなどの装飾品が飾られていた。

「旦那様と奥様の結婚式にて、奥様がお召になられるウェディングドレスでございます。早朝、仕立て屋の方から届けられたものです。奥様がティオーレ公爵邸で過ごしていた際の最新の採寸さいすんから作られた代物ですが、万が一何かあったら手直しをするとのことです」

 セリーヌの説明に、ラダベルは反応することができない。頷きのひとつですら、してみせることができなかった。
 転生前の世界では考えられない、華美なドレス。まるで本物のプリンセスのようだ。物語の主役は自分ではなく、アデルとカトリーナのはずなのに、こんなにも絢爛華麗けんらんかれいなドレスを纏ってしまえば、自分が主役だと勘違かんちがいしてしまいそうだ。

「こんな素晴らしいドレスを、私なんかが着てもいいの、かしら」
「……このドレスは、奥様ただおひとりが纏うことを許された代物しろものでございます。どうか、自信をお持ちください。きっと、よくお似合いですよ」

 セリーヌは、聖母のような微笑みを浮かべた。転生する前の世界、優しく穏やかな性格だった母の面影が重なる。ラダベルの黄金の瞳子から涙が溢れ落ちた。

「お、奥様っ」

 セリーヌは声を上げて、ラダベルの背中に手を添える。
 中途半端ちゅうとはんぱにしか覚えていない物語の世界に転生して、死ぬかもしれないという恐ろしい未来をなんとか変えようと勇気を振り絞って……。無事に未来を変えることができたと喜んだ結果、土地勘もない場所に嫁ぐ羽目になった。ラダベルの人生は、予測不可能で、波乱万丈はらんばんじょうだと理解していたが、まさか不本意に嫁いだ先で、こんなにも喜びを味わうことができる場面に出会えるとは。どうしようもない悪名が広まった自分を、ジークルドは心暖かく迎えてくれた。それだけでも幸せなのに、結婚式、さらにはウェディングドレスまで用意してくれるなんて、ラダベルはジークルドに頭が上がらないと感じる。

「ルドルガー伯爵に直接お礼を言わなければならないわね……」

 ラダベルはセリーヌに、笑いかける。セリーヌは彼女の純粋無垢な笑顔に驚愕した。何かを言いかけるも、唇を噤む。

「はい。旦那様も喜ばれると思います」

 陽の光が射し込む部屋。ウェディングドレスは煌々とした輝きを放ち、ラダベルを祝福していた。
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