63 / 76
第4章 炎が呼び覚ます記憶
救援①
しおりを挟む
≪グアゥッ!≫
森の中を十数匹の狼のような魔獣、茶色の毛皮を持つフォレストウルフが駆け抜ける。
体長は1メートル程とさほど大型ではないが、その動きは素早い。
1、2匹程度であれば大した相手ではないが、群れると連携して襲ってくるためかなり危険な相手となる。
そのフォレストウルフの群れが今、数人の冒険者パーティを追撃していた。
「ぐっ⁉」
剣と盾を持ったレモン色の髪の少年剣士が、飛びかかってきたフォレストウルフの爪を盾で受け流し、同時に剣を突き出して頸部に致命傷を与え、1体を倒した。
そして周囲があまり見えていないのか、何もいない方向に盾を向ける。
アバトの南東から魔族領にかけて広がるこの森は、木々の間隔が広いため見通しが効き、比較的明るい。
冒険者にとっても活動しやすく、奥に入り込まない限りは強い魔獣も出現しないため、駆け出しの冒険者にとっては人気の活動ポイントである。
……それが昼間であれば。
日没より一足先に、森の中は夕闇に包まれる。
入射角が低い夕陽は木々にさえぎられ、森の中には届かないのだ。
「くっ! 見えづらいですね!」
しかし逆に、少年剣士は眩しそうに目を細めた。
彼らはフォレストウルフに追い立てられながらも、防御に徹しつつ後退し、もう少しで森の出口という所までたどり着いていた。
だが、そのことが状況を悪化させていた。
真横――森の出口から差し込んでくる西日が、薄暗い森の中に光と影の強烈なコントラストを生み出し、ただでさえ悪い視界をさらに悪化させているのだ。
光の中をでたらめに影が踊り、少年剣士は翻弄される。
「耐えてリアム! アレンも気合い入れなさい!
もう少しよ! 森を出ればこいつらは追ってこないわ!」
リアムと呼ばれた少年剣士の後方で、赤髪を縦ロールに巻いた少女が檄を飛ばす。
少女は腰の高さほどの長さの杖を片手に、時折魔法攻撃でフォレストウルフを牽制していた。
彼女が使っているのは、石のつぶてを高速射出する【ストーンバレット】や、地面から岩の棘を突き出す【アースグレイブ】だ。
いずれもフォレストウルフに対して十分な攻撃力を持っているが、それは当たれば、の話であった。
少女が放つ魔法はそのほとんどが避けられており、敵の数を減らすまでには至っていなかった。
連射できれば効果を上げられるだろうが、詠唱を必要とする魔法使いが1人ではそれはかなわない。
「どらぁぁぁ‼」
≪ゴガァッ!≫
少年剣士の少し後ろに控え、時折前に出て打撃を繰り出しているのは、少女より少しくすんだ赤髪の少年だった。
アレンと呼ばれた格闘士の彼は、リアムが防御しきれないタイミングで仕掛けてくるフォレストウルフにカウンターを見舞うことで、戦線を維持する役を担っている。
獣人族特有の筋力を活かした攻撃力は高く、今のところ最も多くの敵を無力化している。
その数は……ようやく2匹に届いたところだったが。
残りのフォレストウルフは15匹ほど。
対して3人の少年少女は消耗を隠せない。
彼らは既に気の遠くなるような時間、追撃を受けながら逃走を続けていたのだ。
アレンはすぐそばのリアムの様子を伺う。
リアムは先ほど額に傷を負ったようで、流れる血で片目が見えなくなっている。
彼は視界不良の中、ほとんど勘で猛攻を凌いでいた。
当然、的確に攻撃を捌けるわけが無い。
受けるダメージが一気に増えてきている。
そして自分は……すでに拳を守る籠手を失い、流血する素手で敵を殴っていた。
もう、指の感覚が無い。
布を巻き付けていなければ、すでに拳を握る事すらできていなかっただろう。
アレンは考える。
(くそっ! あと少しなんっすよ! ほんの20メートルで外に出られるっす!
なのに! くそっ! くそぉっ! なんでこんなに遠いんっすか!
ダメっす! 俺たち全員、あそこには届かないっす‼
……そっか。なんだ、簡単な事っす!
全員じゃなければ届くっす!)
アレンがその考えに至った時、ふとリアムがアレンに視線を向け、2人の目が合った。
リアムは少し困ったような笑顔でアレンに頷く。
その表情にアレンはふと気づいた。
アレン自身も、苦笑いを浮かべてリアムの方を見ていたのだ。
(何だよ。いけ好かないスカした野郎だと思ってたっすけど、リアムお前いい男っすね。
もうちょっと早く気づいてたら、俺たち親友になれたかもしれないっす。
……でも、こういうのも悪くないっすよ!)
アレンはリアムに頷き返した。
それはほんの一瞬の、短いやり取りだった。
赤髪の少女を中心にパーティを組んで、まだわずか2週間と少しの2人。
互いにろくに会話したこともなかったが、この瞬間だけはそれだけで通じ合うことができた。
疲れ果てていたはずの2人の瞳に炎が宿る。
リアムは前を向き、剣と盾を構え直し、叫んだ。
「この忌々しいクソ狼ども! お前らの相手は僕だ! かかってこい! 【挑発】‼」
そして何度目かになる挑発スキルを放つ。
フォレストウルフたちの注意がリアムに集まる。
リアムが敵を引き付けた直後、アレンは自分たちの後ろにいる少女に向かって叫ぶ。
出会った瞬間から淡い想いを寄せていた、赤髪の活発な美少女を守るために。
「ミイア様! ここは俺とリアムに任せて、先に逃げてっす!
俺たち2人なら大丈夫っす!
こんな雑魚さっさと片付けて、すぐに追いつくっすよ!」
「い、いやよ‼ 3人で生き延びるのよ! ほら、もう出口は見えてるわ!」
だが、ミイアと呼ばれた赤髪の少女は首を横に振った。
その目には涙を浮かべているのに、気丈にも退こうとはしない。
「だめっす! 頼むっすミイア様! 俺たちのためにも、先に逃げてっす!」
アレンはリアムに襲い掛かるフォレストウルフに殴りかかりながら、必死にミイアに訴えた。
しかしアレンの決死の覚悟を無視して、ミイアは動かずに魔法の詠唱を始める。
2人が言い合っている間にも、リアムには攻撃が殺到し、その何割かが防御を抜けて浅くないダメージを蓄積させていく。
「【アースグレイブ】!」
ミイアが魔法を発動させる。
地面から斜めに突き出した岩の槍は、偶然にも、リアムに群がる3体のフォレストウルフを貫通し、絶命させた。
「やった! ほら、私だって――」
「ぐあぁッ‼」
ミイアが歓喜の声を上げた瞬間、フォレストウルフの一体がリアムに突進し、盾ごと彼を突き飛ばした。
背中から木に激突したリアムが血を吐き、そのまま地面に崩れる。
その身体は、ピクリとも動かない。
「いやぁぁぁぁ‼」
ミイアは思わず悲鳴を上げた。
仲間を失った衝撃に呆然とし、戦闘態勢を解いてしまう。
「ミイア様!」
そんなミイアをフォローすべく、アレンは彼女の元に駆け出した。
しかし、パーティの守りの要であったリアムが倒された今、そんな隙を敵が見逃してくれるはずもない。
これまでリアムが堰き止めていたフォレストウルフたちが、一気に残る2人に詰め寄ってくる。
そして襲い来る悪夢は、何もパーティの前方からだけではなかった。
「⁉ ミイア様、左! 避けて!」
アレンの悲痛な声に、ミイアはバッと左を向いた。
そこには鋭い牙をむき出しにして、ミイアに喰いつこうとしている一匹のフォレストウルフの姿があった。
ミイアはとっさに身体の前に杖を構えて呪文を唱えようとしたが、それは当然間に合わなかった。
フォレストウルフは杖ごとミイアの細い腹部にかぶりつき、その白い柔肌に牙を突き立てる。
杖は砕かれ、大量の鮮血を撒き散らしながら、ミイアは跳ね飛ばされた。
「ミイア様ぁぁぁ‼」
アレンがミイアを攻撃したフォレストウルフに渾身の蹴りを叩き込みながら、ミイアの方向に駆ける。
その顔に浮かんでいるのは、絶望だった。
アレンの叫び声に、横向きに倒れて一瞬意識を失っていたミイアは目を開けた。
温かい何かが、腹の傷口からどんどん流れ出している。
ミイアは声がした方に目を向けた。
かすむ視界の中、彼女の瞳に映ったのは、自分に駆け寄ってくる赤髪の少年と、その後ろから襲い掛かるフォレストウルフの群れだった。
(アレン、逃げて……)
ミイアの瞳から涙がこぼれた。
自分が無謀なクエストを受けてしまったせいで、リアムが倒されてしまった。
きっと自分もアレンも助からない。
みんなここで死ぬのだろう。
そう思うと後悔に涙が止まらなくなる。
もう、ダメだ。
ミイアはギュッと目を瞑った。
――その時、ミイアの耳に、どこかで聞いたことがある、凛とした少女の声が聞こえた。
「もう大丈夫。私に任せて」
声が聞こえたと同時に、腹部の激痛が薄れていくのをミイアは感じた。
そして前方、直前までアレンがいた辺りから爆音が聞こえた。
(え?)
ミイアは混乱する。
なにが起こったのかわからない。
「ミイア様、傷の手当てを!」
そんなミイアに、ここ2週間、嫌になるほど聞き慣れた声が届いた。
自分にやたらとなついてくる、赤髪の犬のような少年の声だ。
あんなに鬱陶しいと思っていたのに、その犬耳獣人族の無事な声が届いたことに、ミイアは心の底から感謝した。
そう、絶体絶命だと思われたアレンは、ミイアのもとにたどり着いていた。
アレンはすぐにミイアの腹部の傷を確かめる――が、そこには血にまみれているものの、一切傷の無い、キレイですべすべの女の子のお腹があった。
「あ、あれ?」
アレンが戸惑う様子を放置して、ミイアは再び目を開く。
そのクリアになった視界の先には、理解しがたい光景が広がっていた。
ミイアが無事なことに怪訝な顔をしていたアレンも、気付けばミイアの傍らでその光景を見て、口を開けて固まっていた。
ついさっきまで2人に襲い掛かっていたはずのフォレストウルフたちが、その躯体を細切れに切り刻まれながら吹き飛ばされていく。
黒い竜巻と化した少女が、次々と襲い来るフォレストウルフを切り刻み、ミンチにしているのだ。
その表情は少し嫌そうだが、気負った様子もなく、実に淡々としていてもはやただの作業のようだった。
ミイアとアレンは顔を見合わせてから、もう一度、竜巻の少女を見る。
2人にはやはり、その光景の意味を理解することができなかった。
◇
森の中を十数匹の狼のような魔獣、茶色の毛皮を持つフォレストウルフが駆け抜ける。
体長は1メートル程とさほど大型ではないが、その動きは素早い。
1、2匹程度であれば大した相手ではないが、群れると連携して襲ってくるためかなり危険な相手となる。
そのフォレストウルフの群れが今、数人の冒険者パーティを追撃していた。
「ぐっ⁉」
剣と盾を持ったレモン色の髪の少年剣士が、飛びかかってきたフォレストウルフの爪を盾で受け流し、同時に剣を突き出して頸部に致命傷を与え、1体を倒した。
そして周囲があまり見えていないのか、何もいない方向に盾を向ける。
アバトの南東から魔族領にかけて広がるこの森は、木々の間隔が広いため見通しが効き、比較的明るい。
冒険者にとっても活動しやすく、奥に入り込まない限りは強い魔獣も出現しないため、駆け出しの冒険者にとっては人気の活動ポイントである。
……それが昼間であれば。
日没より一足先に、森の中は夕闇に包まれる。
入射角が低い夕陽は木々にさえぎられ、森の中には届かないのだ。
「くっ! 見えづらいですね!」
しかし逆に、少年剣士は眩しそうに目を細めた。
彼らはフォレストウルフに追い立てられながらも、防御に徹しつつ後退し、もう少しで森の出口という所までたどり着いていた。
だが、そのことが状況を悪化させていた。
真横――森の出口から差し込んでくる西日が、薄暗い森の中に光と影の強烈なコントラストを生み出し、ただでさえ悪い視界をさらに悪化させているのだ。
光の中をでたらめに影が踊り、少年剣士は翻弄される。
「耐えてリアム! アレンも気合い入れなさい!
もう少しよ! 森を出ればこいつらは追ってこないわ!」
リアムと呼ばれた少年剣士の後方で、赤髪を縦ロールに巻いた少女が檄を飛ばす。
少女は腰の高さほどの長さの杖を片手に、時折魔法攻撃でフォレストウルフを牽制していた。
彼女が使っているのは、石のつぶてを高速射出する【ストーンバレット】や、地面から岩の棘を突き出す【アースグレイブ】だ。
いずれもフォレストウルフに対して十分な攻撃力を持っているが、それは当たれば、の話であった。
少女が放つ魔法はそのほとんどが避けられており、敵の数を減らすまでには至っていなかった。
連射できれば効果を上げられるだろうが、詠唱を必要とする魔法使いが1人ではそれはかなわない。
「どらぁぁぁ‼」
≪ゴガァッ!≫
少年剣士の少し後ろに控え、時折前に出て打撃を繰り出しているのは、少女より少しくすんだ赤髪の少年だった。
アレンと呼ばれた格闘士の彼は、リアムが防御しきれないタイミングで仕掛けてくるフォレストウルフにカウンターを見舞うことで、戦線を維持する役を担っている。
獣人族特有の筋力を活かした攻撃力は高く、今のところ最も多くの敵を無力化している。
その数は……ようやく2匹に届いたところだったが。
残りのフォレストウルフは15匹ほど。
対して3人の少年少女は消耗を隠せない。
彼らは既に気の遠くなるような時間、追撃を受けながら逃走を続けていたのだ。
アレンはすぐそばのリアムの様子を伺う。
リアムは先ほど額に傷を負ったようで、流れる血で片目が見えなくなっている。
彼は視界不良の中、ほとんど勘で猛攻を凌いでいた。
当然、的確に攻撃を捌けるわけが無い。
受けるダメージが一気に増えてきている。
そして自分は……すでに拳を守る籠手を失い、流血する素手で敵を殴っていた。
もう、指の感覚が無い。
布を巻き付けていなければ、すでに拳を握る事すらできていなかっただろう。
アレンは考える。
(くそっ! あと少しなんっすよ! ほんの20メートルで外に出られるっす!
なのに! くそっ! くそぉっ! なんでこんなに遠いんっすか!
ダメっす! 俺たち全員、あそこには届かないっす‼
……そっか。なんだ、簡単な事っす!
全員じゃなければ届くっす!)
アレンがその考えに至った時、ふとリアムがアレンに視線を向け、2人の目が合った。
リアムは少し困ったような笑顔でアレンに頷く。
その表情にアレンはふと気づいた。
アレン自身も、苦笑いを浮かべてリアムの方を見ていたのだ。
(何だよ。いけ好かないスカした野郎だと思ってたっすけど、リアムお前いい男っすね。
もうちょっと早く気づいてたら、俺たち親友になれたかもしれないっす。
……でも、こういうのも悪くないっすよ!)
アレンはリアムに頷き返した。
それはほんの一瞬の、短いやり取りだった。
赤髪の少女を中心にパーティを組んで、まだわずか2週間と少しの2人。
互いにろくに会話したこともなかったが、この瞬間だけはそれだけで通じ合うことができた。
疲れ果てていたはずの2人の瞳に炎が宿る。
リアムは前を向き、剣と盾を構え直し、叫んだ。
「この忌々しいクソ狼ども! お前らの相手は僕だ! かかってこい! 【挑発】‼」
そして何度目かになる挑発スキルを放つ。
フォレストウルフたちの注意がリアムに集まる。
リアムが敵を引き付けた直後、アレンは自分たちの後ろにいる少女に向かって叫ぶ。
出会った瞬間から淡い想いを寄せていた、赤髪の活発な美少女を守るために。
「ミイア様! ここは俺とリアムに任せて、先に逃げてっす!
俺たち2人なら大丈夫っす!
こんな雑魚さっさと片付けて、すぐに追いつくっすよ!」
「い、いやよ‼ 3人で生き延びるのよ! ほら、もう出口は見えてるわ!」
だが、ミイアと呼ばれた赤髪の少女は首を横に振った。
その目には涙を浮かべているのに、気丈にも退こうとはしない。
「だめっす! 頼むっすミイア様! 俺たちのためにも、先に逃げてっす!」
アレンはリアムに襲い掛かるフォレストウルフに殴りかかりながら、必死にミイアに訴えた。
しかしアレンの決死の覚悟を無視して、ミイアは動かずに魔法の詠唱を始める。
2人が言い合っている間にも、リアムには攻撃が殺到し、その何割かが防御を抜けて浅くないダメージを蓄積させていく。
「【アースグレイブ】!」
ミイアが魔法を発動させる。
地面から斜めに突き出した岩の槍は、偶然にも、リアムに群がる3体のフォレストウルフを貫通し、絶命させた。
「やった! ほら、私だって――」
「ぐあぁッ‼」
ミイアが歓喜の声を上げた瞬間、フォレストウルフの一体がリアムに突進し、盾ごと彼を突き飛ばした。
背中から木に激突したリアムが血を吐き、そのまま地面に崩れる。
その身体は、ピクリとも動かない。
「いやぁぁぁぁ‼」
ミイアは思わず悲鳴を上げた。
仲間を失った衝撃に呆然とし、戦闘態勢を解いてしまう。
「ミイア様!」
そんなミイアをフォローすべく、アレンは彼女の元に駆け出した。
しかし、パーティの守りの要であったリアムが倒された今、そんな隙を敵が見逃してくれるはずもない。
これまでリアムが堰き止めていたフォレストウルフたちが、一気に残る2人に詰め寄ってくる。
そして襲い来る悪夢は、何もパーティの前方からだけではなかった。
「⁉ ミイア様、左! 避けて!」
アレンの悲痛な声に、ミイアはバッと左を向いた。
そこには鋭い牙をむき出しにして、ミイアに喰いつこうとしている一匹のフォレストウルフの姿があった。
ミイアはとっさに身体の前に杖を構えて呪文を唱えようとしたが、それは当然間に合わなかった。
フォレストウルフは杖ごとミイアの細い腹部にかぶりつき、その白い柔肌に牙を突き立てる。
杖は砕かれ、大量の鮮血を撒き散らしながら、ミイアは跳ね飛ばされた。
「ミイア様ぁぁぁ‼」
アレンがミイアを攻撃したフォレストウルフに渾身の蹴りを叩き込みながら、ミイアの方向に駆ける。
その顔に浮かんでいるのは、絶望だった。
アレンの叫び声に、横向きに倒れて一瞬意識を失っていたミイアは目を開けた。
温かい何かが、腹の傷口からどんどん流れ出している。
ミイアは声がした方に目を向けた。
かすむ視界の中、彼女の瞳に映ったのは、自分に駆け寄ってくる赤髪の少年と、その後ろから襲い掛かるフォレストウルフの群れだった。
(アレン、逃げて……)
ミイアの瞳から涙がこぼれた。
自分が無謀なクエストを受けてしまったせいで、リアムが倒されてしまった。
きっと自分もアレンも助からない。
みんなここで死ぬのだろう。
そう思うと後悔に涙が止まらなくなる。
もう、ダメだ。
ミイアはギュッと目を瞑った。
――その時、ミイアの耳に、どこかで聞いたことがある、凛とした少女の声が聞こえた。
「もう大丈夫。私に任せて」
声が聞こえたと同時に、腹部の激痛が薄れていくのをミイアは感じた。
そして前方、直前までアレンがいた辺りから爆音が聞こえた。
(え?)
ミイアは混乱する。
なにが起こったのかわからない。
「ミイア様、傷の手当てを!」
そんなミイアに、ここ2週間、嫌になるほど聞き慣れた声が届いた。
自分にやたらとなついてくる、赤髪の犬のような少年の声だ。
あんなに鬱陶しいと思っていたのに、その犬耳獣人族の無事な声が届いたことに、ミイアは心の底から感謝した。
そう、絶体絶命だと思われたアレンは、ミイアのもとにたどり着いていた。
アレンはすぐにミイアの腹部の傷を確かめる――が、そこには血にまみれているものの、一切傷の無い、キレイですべすべの女の子のお腹があった。
「あ、あれ?」
アレンが戸惑う様子を放置して、ミイアは再び目を開く。
そのクリアになった視界の先には、理解しがたい光景が広がっていた。
ミイアが無事なことに怪訝な顔をしていたアレンも、気付けばミイアの傍らでその光景を見て、口を開けて固まっていた。
ついさっきまで2人に襲い掛かっていたはずのフォレストウルフたちが、その躯体を細切れに切り刻まれながら吹き飛ばされていく。
黒い竜巻と化した少女が、次々と襲い来るフォレストウルフを切り刻み、ミンチにしているのだ。
その表情は少し嫌そうだが、気負った様子もなく、実に淡々としていてもはやただの作業のようだった。
ミイアとアレンは顔を見合わせてから、もう一度、竜巻の少女を見る。
2人にはやはり、その光景の意味を理解することができなかった。
◇
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる