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第4章 炎が呼び覚ます記憶

根を張る陰謀

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「な、なにすんだてめぇ!」

「そうだ! ふざけんな! お、俺らにこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」

ナナが冒険者登録を果たした日の夕刻。

窓のないろうそくの明かりだけで照らされた暗く冷たい部屋に、ごろつきと思われる2人の男性と、メイド服を着た少女が1人、縄で縛られて転がされていた。
アバト領主に仕える貴族、ミデールの私兵によって拉致されてきた生贄だ。

そこはミデールの邸宅地下に設けられた、古き魔族、サイラスの実験室であった。
学校の教室程の広さがある石造りの部屋の床では、赤黒い線で描かれた直径5メートルほどの複雑な魔方陣が、不気味に明滅している。

ごろつき2名はその魔方陣の中央で両手両足を縛られて倒れており、同様に縛られた少女は部屋の隅で震えながら、つい先ほど室内にやってきたもう1人の男の姿に目を釘付けにされていた。

「あなた方はこの世界が赦されるための贄となるのですよ。アァ、なんと羨ましい……くふ、くふふふふ」

「「ひぃっ⁉️」」

威勢よく怒声を浴びせていたごろつき達は、自分たちを見下ろすローブ姿の男の容姿を見て息をのんだ。
ローブのフードから覗く髪は真っ白な白髪。
その額からは、黒く捻じれた角が突き出していた。

――魔族。

それは、今やおとぎ話にのみ登場する伝説の存在、魔族が有する特徴だった。

ごろつき達は逃げようと身をよじらせるが、焦りのためかその場から全く移動することができない。
そんな2人の様子に構うこともなく、サイラスは杖を構えて何やらぶつぶつと呟き始める。
すると、サイラスの呟きに呼応するように魔法陣が強く光り始めた。

その様子に迫りくる危機を察知したごろつきの内の1人が、恥も外聞もかなぐり捨てて喚く。

「頼む、こいつはどうなってもいいから俺は見逃してくれ!
俺なら裏の連中に顔も効く!
見逃してくれたら一生あんたの子分になってやってもいい!」

これにはもう1人も黙っていられない。
唐突に仲間を裏切った男に対していきり立つ。

「てめぇ⁉ 仲間を売る気…か…」

だが、その言葉は最後まで続かなかった。

サイラスが杖を床に打ち付けたその瞬間、男たちの体が消失したのだ。

彼らを縛っていた縄と着衣が、魔法陣の上にパサリと落ちた。

次の瞬間、魔法陣がひときわ強く輝き――数秒後、光が収まったそこには12体の魔物が出現していた。

サイラスは魔物達が状況を把握できずに硬直している隙に、用意していた大量の黒焔を彼らに注入した。
魔物達の肉体が聞くに堪えない異音を発しながら変形し、肥大化する。

音が鳴りやむと、室内には体長2メートルほどの黒狼が12体、静かにサイラスに首を垂れていた。

サイラスはそれを満足気に眺めてから、少女に向かって歩き出す。
一部始終を見ていた少女は恐怖に顔を引きつらせて震えている。
その様子を嘆くかのように、サイラスは優し気な口調で話しかける。

「おやおや、そんなに震えなくても大丈夫です、心配ありません。
美しい貴女をあのようなごろつき共と同じに扱うつもりはありませんから」

だが穏やかな言葉とは裏腹に、その声は酷く冷たかった。
サイラスはちらりと一瞥した先では、ごろつき達の残した衣服が、魔物達によって無残に踏みつけられていた。
少女はサイラスの視線の先を追ってしまい、ますます顔色を悪くする。

「貴女はただ私の質問に正直に答えればいいのです。ほぉら、簡単でしょう?
……ああ、最初に言っておきますが、命が惜しいのなら噓をつこうなどとは思わないことです」

威圧を滲ませた声音に少女の喉が『ヒュッ』となる。
こくこくと頷く少女に、サイラスは満足げに声を発した。

「では、貴女の職場と、年齢を教えなさい」

有無を言わせない口調に少女は震える口を開き言葉を発する。

「りょ、領主様のお屋敷で、メ、メイドをさせていただいております。
…と、歳は16です」

緊張で裏返った細く儚い声は、石材で覆われた部屋に虚しく響いた。
少女の答えを聞いたサイラスは『よろしい、好条件ですね』と首肯する。
そして少女にぐっと顔を近づけて小声で問う。

「貴女、処女ですか?」

「……は…い。そう、です」

恐怖に震える声を必死に絞り出し、答える少女。
そんな彼女を気にせず彼は感嘆のため息を漏らした。

「ほぉ。どうやら嘘は言っていないようですね。
あのだらしない貴族にきちんと依頼をこなす能力があったとは驚きです。
……では、確認も済んだことですし、実験を始めましょう。
貴女の場合、その美しい姿はそのままに、中を造り変えて差し上げます」

その言葉に少女はガチガチと歯を鳴らして首を横に振る。
サイラスはそんな少女に構わず彼女の肩に手を添え、一切の躊躇なく大量の黒焔を流し込んだ。

「や、ヤメテェエ! ヴ、ア、ァアアアアアァァァァァァッ‼」

苦痛に暴れる少女を逃がすことなく、サイラスは黒焔による浸食を続ける。

……やがて、少女の動きが止まった。

その姿は黒焔を流し込まれる前と何ら変わりが無いように見えるが、明るかった彼女の琥珀色の瞳は光を失い、暗く濁っていた。

「完了です。貴女……確か、ミデールは『エマ』と呼んでいましたか。
エマ、貴女は私が指示したらいつでも命令に従いなさい。いいですね」

サイラスはエマの瞳を覗き込んだ。
感情が抜け落ちた彼女の瞳からは、一切の生気が感じられない。

「…はい」

「今日の出来事はすべて忘れなさい。
そして貴女は私が命ずるまで、普段通りメイドとしての生活を送るのです。
分かりましたか?」

「…はい」

「よろしい。ではなるべく早く戻りなさい」

「…はい」

エマは返事をすると、ふらふらと部屋を出て行った。
サイラスはミデールの部下を呼びつけ、エマを屋敷の外まで案内させる。

「…あの様子だと実験は成功、といえるでしょう。
やはり、ヒトにも黒焔を纏わせることが可能なようです。
くふ、くふふふふ」

ミデール邸の地下に、サイラスの暗い嗤い声が反響する。

その日の晩、街への外出中に同僚とはぐれていたエマが、ふらりと城に帰還した。
彼女は言葉少なく就寝し、翌朝いつも通りに勤務した。
生気のない彼女を同僚は心配するが、仕事は問題なくこなしているため、何か悩み事でもあるのだろうと見守ることにした。

そして誰にも気づかれぬまま、どす黒い陰謀が密かに、しかし着実に根を張る。


    ◇  ◇  ◇

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