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第1章 異世界転移

頭上の魔王とバケツ②

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『ま、魔王? まおー!』

『………』

ナナは少し焦りを感じてバケツを外そうとするも、バケツはなぜかがっちりとナナの頭部に固定されており、全く抜けない。

『あ、あれ? う………ま、まあ、あとでいっか』

『いやまてまてまてまて、まてぇえええい! おかしかろうて!』

現実逃避して問題を先送りしようとしたナナに対して、思わずアイマーも歌舞伎っぽい口調になる。
もちろんアイマーは歌舞伎を見たことがないが、彼はけっこうノリがいいのである。

『――よし、これで何とか危機は去った。間に合ってよかったわ。
お主、これが何か分かっておったのか?
これは我がカードゲームの世界観を参考に設計し、魔族領の魔導技術の粋を集めて制作した、【深淵なる暴食】だ。
容器に入れようとしたモノが何であれ、どんな大きさであれ、瞬時に圧壊、吸収し、次元の彼方に破棄する危険な代物だ。
突っ込まれたのが管理者である我の頭でなければ死んでいたぞ!』

アイマーは返事をしなかったのではなく、唐突に訪れた危機的状況への対処をしていたために、返事をする余裕がなかったようだ。

『ご、ごめんなさい』

アイマーの鬼気迫る説明に、思わず素直に謝るナナ。

『――まあ、わかればよい。
とっさのことでイチかバチかではあったが、圧縮を可逆処理に変更し、転送先を一定の空間に制限した。
無生物であれば破壊せず収納できるはずだ。
それに領域を制限したとはいえ、銀河が入るサイズだ。
人類が使うにはほぼ無限の容量だろう。
特殊な時空間ゆえに時間の経過もない。
無限収納とも呼べるな。
それに元々、半永久的な利用を目指して国家予算級の資金と国宝級の素材を採算度外視でつぎ込んで性能を追求したものだ。
我が試した限りでは破壊も不可能。
結果的にだが、存外便利なアイテムになったのではなかろうか。
ふむ、名付けて【深淵なる節食】だな』

アイマーは一気にまくしたてる。
彼はとっさに【深淵なる暴食】を改造して収納アイテムに変えてしまっていた。
腐っても魔王、その能力は本物である。
そしてその過程で、彼が生前同様に魔法を行使できることにも気づいていた。

ときおりドヤ顔を織り交ぜながら(見えないが感情が伝わるのでちょっとうっとうしい)説明するアイマーに、ナナはふと申し訳なくなる。

『うーん…うん、ありがとう、ごめんね。
それでちなみになんだけど――【深淵なる暴食】って、何だったの?
もしかして大事なものだった?
弁償……しなきゃだめかな』

ナナは厳しい予算で生活をやり繰りしていた経験から、お金の重要性については身に染みて理解している。
バケツひとつでも入手するにはお金がかかるのだ。
それにナナが頭部に装着してしまったバケツは国家予算級の資金が投入された品であり、ツヤツヤした金属光沢を放つ美しい芸術品でもあったのだ。
すぐにでも返却したいが、外せない上にアイマーによるとナナの行動が原因で改造までしてしまった。
その弁償金額は決して個人で支払えるような額ではないことを予想していた。

『クズ入れだ。紙クズ捨てるアレだ。
失敗作だったし構わん。
廃棄しようにも破壊できんから放置しておっただけだ。気にするな』

ナナの心配をよそに、アイマーは本当に何でもないという感情と共にただのゴミ箱だったと答えた。
それを聞いたナナはほっと安堵したが、国家予算級の資金と国宝級の素材をただのゴミ箱につぎ込み、馬鹿みたいな性能を追求した魔族たちを想像して、ちょっと遠い目になる。

『そ、そうなんだ、ならよかったけど……魔族ってもしかして……いや、それはいいか。
それでもう一つ大事な質問なんだけど、その……【深淵なる節食】っていうネーミング、必要?
そのままバケツとか無限収納でよくない?』

『必要であろう!
モノには名を与えてこそ、愛着がわくというものだ。
普遍的な名称では扱いも雑になるではないか!
しかし……ふむ。
なぜか【深淵なる節食】はお主の頭部装備扱いとなったようだ。
こんなものを装備できてしまうとは、どうやらお主は尋常ではない才能を秘めているようだ。
まあ元々装備品ではなかったからどのような恩恵があるのかわからぬが……なに、異世界への転移を目指す者と死人の旅だ。時間はある。
追々確認していくとしよう』

この世界では高品質な装備品はほぼ例外なく装備者を選ぶ。
なぜ装備品が人を選ぶのかはわかっていないが、装備可能な品質の上限はその者の才能次第と言われている。
また、レベルを上げることでも上限が上昇することも知られている。
ちなみに自分の上限以上の装備品を装備してしまった場合、その瞬間から行動不能に陥る。
全く動けなくなるのだ。
そのため新しい防具や武器を装備する場合は、安全な場所かつ補助者がいる状態で試すことが必要だ。
その点、今回ナナが装備できたのは運がよかったと言えるだろう。

もちろんナナにはそんな事実などよりも、厨二病っぽい上にひどく残念なネーミングの方が気になっている。
今後人前でこのバケツの名称を口にする可能性があると想像するだけで寒気がしたのだ。

とはいえアイマーの言葉の後半も気になったナナは、これからどうしようかと考え始める。
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