スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

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第十二章  皇太子妃への道

3  世代交代の皮算用

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「予算のシーズンと、秋の社交シーズンが重なっているのは困るわ~」

 ユーリは、シュミット卿の元に届く予算案の山が、雪崩落ちそうなのを手で押さえて溜め息をつく。今年はグレゴリウスも国務省での見習い実習なので、半分は手伝って貰えるかなと甘い考えを持っていたが期待外れだ。

「グレゴリウス様は、書類仕事より全体を把握する方面で忙しそうだから、仕方ないわね~」

 同じシュミット卿の見習い竜騎士といえども、将来の国王教育の一環として、予算編集会議や、予算案を出した部署への質問とかで全く別々だった。

「でも、ランチは一緒に食べられるよ」

 グレゴリウスは、前からユーリがアンリやユングフラウ大学の実習生達とランチを取るのを嫉妬していたので、国務相達の誘いを振り切って食堂へ急ぐ日々を送る。予算案が本格的に届き出すと、ユーリはシュミット卿に人の使い方を覚えるようにと指示される。 

「ユーリ、ユングフラウ大学からの実習生を数人サブにつけるから、教育しなさい。もう直ぐ竜騎士になるのだから、人を教育して使う方法も覚えないといけない」

 ユーリは自分でするより、実習生に任せる方がしんどいのを初めて知る。算盤の使い方を教えたり、何故ミスを附箋に書いて返却した方が良いのかを説明したり、ミスが無いと回された予算案をチェックしたりと、去年までと変わらないのではと溜め息をつく。しかし、数週間すると、実習生達は仕事に慣れて処理が早くなり、ミスも少なくなる。

「なるほど、人に任せるってこういう事なのね」

 ユーリはグレゴリウスと食堂でランチを食べながら、今年は残業が少なくて済みそうだと言う。

「残業なんかしなくて、良いのに……」

 どう考えてもユーリの実習は、見習い竜騎士の範疇を超えている気がするのだ。それにユングフラウ大学の実習生達と仕事だからとはいえ、親しくしている姿にグレゴリウスは嫉妬する。これがジークフリート卿なら相談できるのになぁと、冷血の金庫番のシュミット卿に嫉妬してしまう相談など出来ないなと溜め息をつく。

 シュミット卿も、グレゴリウスの扱いに苦慮していた。本来なら国務次官のナイジェル卿辺りに付いて実習すべきなのだろうが、竜騎士でなくてはいけない規則が馬鹿馬鹿しく感じる。

 その上、どうやら自分も一番性に合っている財務室から、他の部署に配置換えされそうな雰囲気を感じてウンザリする。目の前の若い皇太子殿下が即位した後の人事を、ゆっくりと国王が国務相や外務相と話し合って進めようとしているのを感じていた。

「確かに、重臣達は高齢者ばかりだな」

 フィリップ皇太子が亡くなっているので、一世代古い重臣達が居残る形になっているイルバニア王国では、グレゴリウスの即位に向かって徐々に新旧交代が進められる。

 国務相と外務相はライバル同士で一緒に引退する決意していたし、それぞれ次官がいたのでスムーズに交代出来そうだ。シュミット卿は、自分がナイジェル卿が国務相になった後の国務次官に推挙されるのではと困惑していた。

「金庫番が、性に合っているのですが……」

 国務相からの暗に国務次官へとの言葉にシュミット卿は断ってはいたが、グレゴリウスと共に国務省の他の部署の会議に出席させられたりと網を絞り込まれている気分になる。

「いっそ、田舎の財務官にでも左遷してくれたら良いのに……」

 財務室の激務で妻のジョージィナを構ってやれない負い目を感じているシュミット卿は、国務次官になどなったら社交が苦手な妻も苦労するのではと心配していた。



 アルフォンスは確かにグレゴリウスが即位する時の為に、人事を少しづつ刷新しようと国務相や外務相と話し合っていた。

「次の外務次官は、カザリア王国駐在大使のクレスト卿で良いだろう。国務次官はシュミット卿で決定だし、残るは竜騎士隊だな……」

 国王、国務相、外務相は、誰がアリスト卿の跡を継げるのかと溜め息をつく。

「副隊長は、サザーランド公爵でしたよね。では、それで……」

 言った国務相も、気の良いサザーランド公爵は副隊長はできても、隊長は無理ではと困惑する。

「竜騎士隊は、プライドの高い竜騎士達の集まりだ。ナサニエル卿では抑えられないだろう。マキシウス卿がいるから、副隊長が勤まっているのだ。それとナサニエル卿には、グレゴリウスの相談役に就任して貰うつもりだ。少し頼りないが、性質は真っ直ぐな男なので、間違った方向には、進ませないだろう」

 国務相は、グレゴリウスの方がナサニエルよりしっかりしていると内心で呟く。

「若い王には、身内の相談役が必要でしょう。サザーランド公爵は皇太子妃になられるユーリ嬢と血縁関係ですし、メルローズ王女様の御夫君ですから、皇太子殿下の義理の叔父になります。外交的にも、良い選択だと思います」

 本来なら伯父のロシュフォール卿が相談役になるべきなのだろうが、全員が変人に国をかき乱されたくないとスルーする。

「竜騎士は、自分より能力の劣った指揮官を認めないだろう。マキシウス卿は偉大過ぎたからなぁ。竜騎士の能力としてはユーリが群を抜いているのだが、武術が駄目だ。でも、あれだけの武勲をあげたのだから、ユーリが男であれば皆も納得しただろうに……ウィリアムが生きていたら、問題は無かったのだ……」

 国務相は国王がまた愚痴りだしたので、無意味な事を言うのを止める。

「ユーリ嬢は、竜騎士隊長などなりたがりませんよ。それに皇太子妃として、大事な勤めがあります。他の竜騎士で、一番能力の高いのは誰ですか?」

「それはジークフリート卿だろう。絆の竜騎士だし、武術も外交官にしておくのは惜しいと前から思っていた。戦術も……怒るな外務相」

「国王陛下、ジークフリート卿は次の次の外務次官なんですよ! 絶対に竜騎士隊には、渡しませんからね」

 大事に育てている部下を渡すものかとプンプン怒る外務相を、国王と国務相とで宥める。

「では、ユージーン卿でも良いぞ。彼はフォン・アリスト家の血筋だし、今から竜騎士隊で鍛えれば良い指揮官になりそうだ。フランツ卿でも良いぞ。どうやらルースと絆を結ぶみたいだからな。マキシウス卿は、あと10年ぐらい現役でもいけるだろう」

 外務相は顔を真っ赤にして、部下は渡しませんと怒鳴りだす。

「え~っと、ジークフリート卿もフォン・アリスト家の遠縁だった筈だぞ。マキシウス卿とモガーナ殿が知り合ったのは、確かフォン・アリスト家からフォン・キャシディ家に嫁いだ大叔母かなんかの葬式だったと聞いた覚えがある。だから、ハインリッヒ卿、ジークフリート卿と、絆の竜騎士を輩出しているのだと納得したからな」

 国王はユージーンよりジークフリートの方が年齢的にも竜騎士隊長に向いていると考えて、記憶の奥から昔話を引っ張り出す。

「葬式で、アリスト卿はモガーナ様と恋に落ちたのですか……」

 何となく縁起が悪いと、全員が少し口を噤む。

「ジークフリート卿は、外交官として一流です。実家からも結婚しろと矢の催促みたいですが、身を固めたら大使として派遣して、経験を積ませようと計画しているのです。ユージーン卿、フランツ卿は、大切に育成中なのですから、渡しませんからね」

 結婚話から、外務相はジークフリートを結婚させて、大使として夫婦で派遣する計画を思い出して抗議する。

「イルバニア王国一の色男が、身を固めますかねぇ。ハインリッヒ卿も未だに独身でしたよね。プレーボーイを独身で大使として派遣したら、相手国の貴婦人方は喜ぶでしょうが、決闘騒ぎになりますな。まぁ、ジークフリート卿なら、殺さずに適当に軽傷を与える程度で切り抜けるでしょうが。ああ、やはりジークフリート卿が、竜騎士隊長に良いと思いますよ。皇太子殿下を、ケイロンから守り通して連れ帰りましたしね。彼なら竜騎士隊も、納得するでしょう。それに文句を付けたら嫉妬していると思われると、全員が口を閉じますよ」

 国務相の言葉に外務相は激怒したが、絆の竜騎士はジークフリート卿かユージーン卿しか居ないのだ。

「そうだ! グレゴリウス皇太子殿下に、竜騎士隊長をして貰えば良いのでは……」

 口にした瞬間から無理だと、外務相は国王に睨まれてしまう。

「王子が竜騎士隊長になった例もあるが、今はグレゴリウスしか男の王位継承者が居ない状況なのだぞ。まぁ、ユーリとメルローズが産む子供が竜騎士になれば考えなくもないが、前線に立つ竜騎士隊長にはグレゴリウスは出来ない」

 形勢が不利だと見抜いた外務相は、アリスト卿はあと20年は現役で頑張れますよと無責任な発言をして、あたふたと逃げ出す。

「あと20年、無茶苦茶ですなぁ。まぁ、お若く見えますから80才過ぎても現役でいられるかもしれませんが……」

 国王は自分も年齢からの疲れを感じていたので、同世代のマキシウスがバロア城に詰めているのが気の毒に思える。

「文官ならいざ知らず、竜騎士隊長は80才過ぎては無理だろう。年齢的にも、ジークフリート卿が最適なのだ。これから10年副隊長を勤めれば、スムーズに交代出来るだろう」

「ランドルフ外務相は、自分が育てた優れた外交官であるジークフリート卿を素直に手放さないでしょう。マッカートニー外務相に代わってからの方が、攻めやすいかもしれませんな。それにクレスト大使は話がわかる常識人ですから、竜騎士隊の窮状を訴えれば落とせますよ」

 国務省には痛手の無いので冷静に話すマキャベリ卿を、国王陛下はこれがシュミット卿を差し出せと言ったら、怒髪天を突くだろうにと苦笑する。 

「アリスト卿がバロア城から帰ったら、話し合ってみよう。彼はサザーランド公爵を副隊長に指名しているのだし…う~ん、ナサニエルもマキシウスの甥なのだがなぁ。しかし、シャルロット、マリアンヌ、ナサニエルは気が良すぎて……」

 国務相は、サザーランド公爵にグレゴリウスの相談役は荷が重いのではと言ってみる。

「まぁ、グレゴリウスが政務に慣れるまでだ。どうせ頼り無い相談役だと見抜いて、ナイジェル国務相とマッカートニー外務相とジークフリート竜騎士副隊長が支えるさ。ナサニエル卿はともかくとして、上に立つ者は気が良い方がいいのだ。ゲオルク王が悪い見本だ、彼は有能だったのだろうが、性質が残忍で悪い結果をもたらした」

 重臣達は、ゲオルク王は性格が悪いだけでは済まされないと内心で毒づく。

「幸いグレゴリウスは出来も良いし、性格も……ユーリ関連以外は寛大で王者に相応しい性格だ。国務相、アンリ卿を次の次の国務次官に考えているなら、ユーリと何もなかった事をハッキリさせた方が良いぞ。グレゴリウスは、嫉妬深いからな」

 国務相は、アンリの熱心なアプローチにも、良い先輩として接していたユーリの鈍感さに感謝する。

「アンリ卿や竜騎士のシャルル卿は、たいした問題にはならないでしょう。ですが……エドアルド皇太子殿下は……かなりユーリ嬢も親密な御様子でしたから、グレゴリウス皇太子殿下も気にされているのではないでしょうか」

 国王と国務相は、エドアルドが遊学中にどれほど冷や冷やしたかと溜め息をつく。

「カザリア王国もエドアルド皇太子殿下しか跡取りはいないのだから、早々に結婚させるだろう。まぁ、それまではカザリア王国への皇太子夫妻の訪問は無しだな。もう気の早い国から訪問を申し込む書簡が届いているが、世継ぎが先であろう」

 国王と国務相は、ユーリが絆の竜騎士を産むとイリスが宣言したのを思い出して、捕らぬ狸の皮算用を始める。

「王子を2、3人産んでくれたら、ジークフリート卿の後の竜騎士隊長に任命しても良いなぁ。そうだ、アリスト公爵にすればよい!」

「おお、アリスト公爵ですか、名門復活ですなぁ。王子様も嬉しいですが、王女様も2、3人欲しいですなぁ。カザリア王国に嫁がせて、同盟国の友好関係を強化しても宜しいですし、竜騎士を輩出していた名門に嫁がせて恩を売るのも良いですなぁ」

 グレゴリウスとユーリが聞いたら怒りそうな、いやグレゴリウスは王族として育ったから納得するかもしれない皮算用を、二人は夜まで続ける。



 ジークフリートは何故だか背中がゾクッとして、実家の父親が見合いでも計画しているのではと怖気を感じる。

 自分達が産んでもない王子達や王女達の事をあれこれ話し合われているとも知らないユーリとグレゴリウスは、寮で呑気にルナ達と遊んでいた。 
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