238 / 273
第十二章 皇太子妃への道
3 世代交代の皮算用
しおりを挟む
「予算のシーズンと、秋の社交シーズンが重なっているのは困るわ~」
ユーリは、シュミット卿の元に届く予算案の山が、雪崩落ちそうなのを手で押さえて溜め息をつく。今年はグレゴリウスも国務省での見習い実習なので、半分は手伝って貰えるかなと甘い考えを持っていたが期待外れだ。
「グレゴリウス様は、書類仕事より全体を把握する方面で忙しそうだから、仕方ないわね~」
同じシュミット卿の見習い竜騎士といえども、将来の国王教育の一環として、予算編集会議や、予算案を出した部署への質問とかで全く別々だった。
「でも、ランチは一緒に食べられるよ」
グレゴリウスは、前からユーリがアンリやユングフラウ大学の実習生達とランチを取るのを嫉妬していたので、国務相達の誘いを振り切って食堂へ急ぐ日々を送る。予算案が本格的に届き出すと、ユーリはシュミット卿に人の使い方を覚えるようにと指示される。
「ユーリ、ユングフラウ大学からの実習生を数人サブにつけるから、教育しなさい。もう直ぐ竜騎士になるのだから、人を教育して使う方法も覚えないといけない」
ユーリは自分でするより、実習生に任せる方がしんどいのを初めて知る。算盤の使い方を教えたり、何故ミスを附箋に書いて返却した方が良いのかを説明したり、ミスが無いと回された予算案をチェックしたりと、去年までと変わらないのではと溜め息をつく。しかし、数週間すると、実習生達は仕事に慣れて処理が早くなり、ミスも少なくなる。
「なるほど、人に任せるってこういう事なのね」
ユーリはグレゴリウスと食堂でランチを食べながら、今年は残業が少なくて済みそうだと言う。
「残業なんかしなくて、良いのに……」
どう考えてもユーリの実習は、見習い竜騎士の範疇を超えている気がするのだ。それにユングフラウ大学の実習生達と仕事だからとはいえ、親しくしている姿にグレゴリウスは嫉妬する。これがジークフリート卿なら相談できるのになぁと、冷血の金庫番のシュミット卿に嫉妬してしまう相談など出来ないなと溜め息をつく。
シュミット卿も、グレゴリウスの扱いに苦慮していた。本来なら国務次官のナイジェル卿辺りに付いて実習すべきなのだろうが、竜騎士でなくてはいけない規則が馬鹿馬鹿しく感じる。
その上、どうやら自分も一番性に合っている財務室から、他の部署に配置換えされそうな雰囲気を感じてウンザリする。目の前の若い皇太子殿下が即位した後の人事を、ゆっくりと国王が国務相や外務相と話し合って進めようとしているのを感じていた。
「確かに、重臣達は高齢者ばかりだな」
フィリップ皇太子が亡くなっているので、一世代古い重臣達が居残る形になっているイルバニア王国では、グレゴリウスの即位に向かって徐々に新旧交代が進められる。
国務相と外務相はライバル同士で一緒に引退する決意していたし、それぞれ次官がいたのでスムーズに交代出来そうだ。シュミット卿は、自分がナイジェル卿が国務相になった後の国務次官に推挙されるのではと困惑していた。
「金庫番が、性に合っているのですが……」
国務相からの暗に国務次官へとの言葉にシュミット卿は断ってはいたが、グレゴリウスと共に国務省の他の部署の会議に出席させられたりと網を絞り込まれている気分になる。
「いっそ、田舎の財務官にでも左遷してくれたら良いのに……」
財務室の激務で妻のジョージィナを構ってやれない負い目を感じているシュミット卿は、国務次官になどなったら社交が苦手な妻も苦労するのではと心配していた。
アルフォンスは確かにグレゴリウスが即位する時の為に、人事を少しづつ刷新しようと国務相や外務相と話し合っていた。
「次の外務次官は、カザリア王国駐在大使のクレスト卿で良いだろう。国務次官はシュミット卿で決定だし、残るは竜騎士隊だな……」
国王、国務相、外務相は、誰がアリスト卿の跡を継げるのかと溜め息をつく。
「副隊長は、サザーランド公爵でしたよね。では、それで……」
言った国務相も、気の良いサザーランド公爵は副隊長はできても、隊長は無理ではと困惑する。
「竜騎士隊は、プライドの高い竜騎士達の集まりだ。ナサニエル卿では抑えられないだろう。マキシウス卿がいるから、副隊長が勤まっているのだ。それとナサニエル卿には、グレゴリウスの相談役に就任して貰うつもりだ。少し頼りないが、性質は真っ直ぐな男なので、間違った方向には、進ませないだろう」
国務相は、グレゴリウスの方がナサニエルよりしっかりしていると内心で呟く。
「若い王には、身内の相談役が必要でしょう。サザーランド公爵は皇太子妃になられるユーリ嬢と血縁関係ですし、メルローズ王女様の御夫君ですから、皇太子殿下の義理の叔父になります。外交的にも、良い選択だと思います」
本来なら伯父のロシュフォール卿が相談役になるべきなのだろうが、全員が変人に国をかき乱されたくないとスルーする。
「竜騎士は、自分より能力の劣った指揮官を認めないだろう。マキシウス卿は偉大過ぎたからなぁ。竜騎士の能力としてはユーリが群を抜いているのだが、武術が駄目だ。でも、あれだけの武勲をあげたのだから、ユーリが男であれば皆も納得しただろうに……ウィリアムが生きていたら、問題は無かったのだ……」
国務相は国王がまた愚痴りだしたので、無意味な事を言うのを止める。
「ユーリ嬢は、竜騎士隊長などなりたがりませんよ。それに皇太子妃として、大事な勤めがあります。他の竜騎士で、一番能力の高いのは誰ですか?」
「それはジークフリート卿だろう。絆の竜騎士だし、武術も外交官にしておくのは惜しいと前から思っていた。戦術も……怒るな外務相」
「国王陛下、ジークフリート卿は次の次の外務次官なんですよ! 絶対に竜騎士隊には、渡しませんからね」
大事に育てている部下を渡すものかとプンプン怒る外務相を、国王と国務相とで宥める。
「では、ユージーン卿でも良いぞ。彼はフォン・アリスト家の血筋だし、今から竜騎士隊で鍛えれば良い指揮官になりそうだ。フランツ卿でも良いぞ。どうやらルースと絆を結ぶみたいだからな。マキシウス卿は、あと10年ぐらい現役でもいけるだろう」
外務相は顔を真っ赤にして、部下は渡しませんと怒鳴りだす。
「え~っと、ジークフリート卿もフォン・アリスト家の遠縁だった筈だぞ。マキシウス卿とモガーナ殿が知り合ったのは、確かフォン・アリスト家からフォン・キャシディ家に嫁いだ大叔母かなんかの葬式だったと聞いた覚えがある。だから、ハインリッヒ卿、ジークフリート卿と、絆の竜騎士を輩出しているのだと納得したからな」
国王はユージーンよりジークフリートの方が年齢的にも竜騎士隊長に向いていると考えて、記憶の奥から昔話を引っ張り出す。
「葬式で、アリスト卿はモガーナ様と恋に落ちたのですか……」
何となく縁起が悪いと、全員が少し口を噤む。
「ジークフリート卿は、外交官として一流です。実家からも結婚しろと矢の催促みたいですが、身を固めたら大使として派遣して、経験を積ませようと計画しているのです。ユージーン卿、フランツ卿は、大切に育成中なのですから、渡しませんからね」
結婚話から、外務相はジークフリートを結婚させて、大使として夫婦で派遣する計画を思い出して抗議する。
「イルバニア王国一の色男が、身を固めますかねぇ。ハインリッヒ卿も未だに独身でしたよね。プレーボーイを独身で大使として派遣したら、相手国の貴婦人方は喜ぶでしょうが、決闘騒ぎになりますな。まぁ、ジークフリート卿なら、殺さずに適当に軽傷を与える程度で切り抜けるでしょうが。ああ、やはりジークフリート卿が、竜騎士隊長に良いと思いますよ。皇太子殿下を、ケイロンから守り通して連れ帰りましたしね。彼なら竜騎士隊も、納得するでしょう。それに文句を付けたら嫉妬していると思われると、全員が口を閉じますよ」
国務相の言葉に外務相は激怒したが、絆の竜騎士はジークフリート卿かユージーン卿しか居ないのだ。
「そうだ! グレゴリウス皇太子殿下に、竜騎士隊長をして貰えば良いのでは……」
口にした瞬間から無理だと、外務相は国王に睨まれてしまう。
「王子が竜騎士隊長になった例もあるが、今はグレゴリウスしか男の王位継承者が居ない状況なのだぞ。まぁ、ユーリとメルローズが産む子供が竜騎士になれば考えなくもないが、前線に立つ竜騎士隊長にはグレゴリウスは出来ない」
形勢が不利だと見抜いた外務相は、アリスト卿はあと20年は現役で頑張れますよと無責任な発言をして、あたふたと逃げ出す。
「あと20年、無茶苦茶ですなぁ。まぁ、お若く見えますから80才過ぎても現役でいられるかもしれませんが……」
国王は自分も年齢からの疲れを感じていたので、同世代のマキシウスがバロア城に詰めているのが気の毒に思える。
「文官ならいざ知らず、竜騎士隊長は80才過ぎては無理だろう。年齢的にも、ジークフリート卿が最適なのだ。これから10年副隊長を勤めれば、スムーズに交代出来るだろう」
「ランドルフ外務相は、自分が育てた優れた外交官であるジークフリート卿を素直に手放さないでしょう。マッカートニー外務相に代わってからの方が、攻めやすいかもしれませんな。それにクレスト大使は話がわかる常識人ですから、竜騎士隊の窮状を訴えれば落とせますよ」
国務省には痛手の無いので冷静に話すマキャベリ卿を、国王陛下はこれがシュミット卿を差し出せと言ったら、怒髪天を突くだろうにと苦笑する。
「アリスト卿がバロア城から帰ったら、話し合ってみよう。彼はサザーランド公爵を副隊長に指名しているのだし…う~ん、ナサニエルもマキシウスの甥なのだがなぁ。しかし、シャルロット、マリアンヌ、ナサニエルは気が良すぎて……」
国務相は、サザーランド公爵にグレゴリウスの相談役は荷が重いのではと言ってみる。
「まぁ、グレゴリウスが政務に慣れるまでだ。どうせ頼り無い相談役だと見抜いて、ナイジェル国務相とマッカートニー外務相とジークフリート竜騎士副隊長が支えるさ。ナサニエル卿はともかくとして、上に立つ者は気が良い方がいいのだ。ゲオルク王が悪い見本だ、彼は有能だったのだろうが、性質が残忍で悪い結果をもたらした」
重臣達は、ゲオルク王は性格が悪いだけでは済まされないと内心で毒づく。
「幸いグレゴリウスは出来も良いし、性格も……ユーリ関連以外は寛大で王者に相応しい性格だ。国務相、アンリ卿を次の次の国務次官に考えているなら、ユーリと何もなかった事をハッキリさせた方が良いぞ。グレゴリウスは、嫉妬深いからな」
国務相は、アンリの熱心なアプローチにも、良い先輩として接していたユーリの鈍感さに感謝する。
「アンリ卿や竜騎士のシャルル卿は、たいした問題にはならないでしょう。ですが……エドアルド皇太子殿下は……かなりユーリ嬢も親密な御様子でしたから、グレゴリウス皇太子殿下も気にされているのではないでしょうか」
国王と国務相は、エドアルドが遊学中にどれほど冷や冷やしたかと溜め息をつく。
「カザリア王国もエドアルド皇太子殿下しか跡取りはいないのだから、早々に結婚させるだろう。まぁ、それまではカザリア王国への皇太子夫妻の訪問は無しだな。もう気の早い国から訪問を申し込む書簡が届いているが、世継ぎが先であろう」
国王と国務相は、ユーリが絆の竜騎士を産むとイリスが宣言したのを思い出して、捕らぬ狸の皮算用を始める。
「王子を2、3人産んでくれたら、ジークフリート卿の後の竜騎士隊長に任命しても良いなぁ。そうだ、アリスト公爵にすればよい!」
「おお、アリスト公爵ですか、名門復活ですなぁ。王子様も嬉しいですが、王女様も2、3人欲しいですなぁ。カザリア王国に嫁がせて、同盟国の友好関係を強化しても宜しいですし、竜騎士を輩出していた名門に嫁がせて恩を売るのも良いですなぁ」
グレゴリウスとユーリが聞いたら怒りそうな、いやグレゴリウスは王族として育ったから納得するかもしれない皮算用を、二人は夜まで続ける。
ジークフリートは何故だか背中がゾクッとして、実家の父親が見合いでも計画しているのではと怖気を感じる。
自分達が産んでもない王子達や王女達の事をあれこれ話し合われているとも知らないユーリとグレゴリウスは、寮で呑気にルナ達と遊んでいた。
ユーリは、シュミット卿の元に届く予算案の山が、雪崩落ちそうなのを手で押さえて溜め息をつく。今年はグレゴリウスも国務省での見習い実習なので、半分は手伝って貰えるかなと甘い考えを持っていたが期待外れだ。
「グレゴリウス様は、書類仕事より全体を把握する方面で忙しそうだから、仕方ないわね~」
同じシュミット卿の見習い竜騎士といえども、将来の国王教育の一環として、予算編集会議や、予算案を出した部署への質問とかで全く別々だった。
「でも、ランチは一緒に食べられるよ」
グレゴリウスは、前からユーリがアンリやユングフラウ大学の実習生達とランチを取るのを嫉妬していたので、国務相達の誘いを振り切って食堂へ急ぐ日々を送る。予算案が本格的に届き出すと、ユーリはシュミット卿に人の使い方を覚えるようにと指示される。
「ユーリ、ユングフラウ大学からの実習生を数人サブにつけるから、教育しなさい。もう直ぐ竜騎士になるのだから、人を教育して使う方法も覚えないといけない」
ユーリは自分でするより、実習生に任せる方がしんどいのを初めて知る。算盤の使い方を教えたり、何故ミスを附箋に書いて返却した方が良いのかを説明したり、ミスが無いと回された予算案をチェックしたりと、去年までと変わらないのではと溜め息をつく。しかし、数週間すると、実習生達は仕事に慣れて処理が早くなり、ミスも少なくなる。
「なるほど、人に任せるってこういう事なのね」
ユーリはグレゴリウスと食堂でランチを食べながら、今年は残業が少なくて済みそうだと言う。
「残業なんかしなくて、良いのに……」
どう考えてもユーリの実習は、見習い竜騎士の範疇を超えている気がするのだ。それにユングフラウ大学の実習生達と仕事だからとはいえ、親しくしている姿にグレゴリウスは嫉妬する。これがジークフリート卿なら相談できるのになぁと、冷血の金庫番のシュミット卿に嫉妬してしまう相談など出来ないなと溜め息をつく。
シュミット卿も、グレゴリウスの扱いに苦慮していた。本来なら国務次官のナイジェル卿辺りに付いて実習すべきなのだろうが、竜騎士でなくてはいけない規則が馬鹿馬鹿しく感じる。
その上、どうやら自分も一番性に合っている財務室から、他の部署に配置換えされそうな雰囲気を感じてウンザリする。目の前の若い皇太子殿下が即位した後の人事を、ゆっくりと国王が国務相や外務相と話し合って進めようとしているのを感じていた。
「確かに、重臣達は高齢者ばかりだな」
フィリップ皇太子が亡くなっているので、一世代古い重臣達が居残る形になっているイルバニア王国では、グレゴリウスの即位に向かって徐々に新旧交代が進められる。
国務相と外務相はライバル同士で一緒に引退する決意していたし、それぞれ次官がいたのでスムーズに交代出来そうだ。シュミット卿は、自分がナイジェル卿が国務相になった後の国務次官に推挙されるのではと困惑していた。
「金庫番が、性に合っているのですが……」
国務相からの暗に国務次官へとの言葉にシュミット卿は断ってはいたが、グレゴリウスと共に国務省の他の部署の会議に出席させられたりと網を絞り込まれている気分になる。
「いっそ、田舎の財務官にでも左遷してくれたら良いのに……」
財務室の激務で妻のジョージィナを構ってやれない負い目を感じているシュミット卿は、国務次官になどなったら社交が苦手な妻も苦労するのではと心配していた。
アルフォンスは確かにグレゴリウスが即位する時の為に、人事を少しづつ刷新しようと国務相や外務相と話し合っていた。
「次の外務次官は、カザリア王国駐在大使のクレスト卿で良いだろう。国務次官はシュミット卿で決定だし、残るは竜騎士隊だな……」
国王、国務相、外務相は、誰がアリスト卿の跡を継げるのかと溜め息をつく。
「副隊長は、サザーランド公爵でしたよね。では、それで……」
言った国務相も、気の良いサザーランド公爵は副隊長はできても、隊長は無理ではと困惑する。
「竜騎士隊は、プライドの高い竜騎士達の集まりだ。ナサニエル卿では抑えられないだろう。マキシウス卿がいるから、副隊長が勤まっているのだ。それとナサニエル卿には、グレゴリウスの相談役に就任して貰うつもりだ。少し頼りないが、性質は真っ直ぐな男なので、間違った方向には、進ませないだろう」
国務相は、グレゴリウスの方がナサニエルよりしっかりしていると内心で呟く。
「若い王には、身内の相談役が必要でしょう。サザーランド公爵は皇太子妃になられるユーリ嬢と血縁関係ですし、メルローズ王女様の御夫君ですから、皇太子殿下の義理の叔父になります。外交的にも、良い選択だと思います」
本来なら伯父のロシュフォール卿が相談役になるべきなのだろうが、全員が変人に国をかき乱されたくないとスルーする。
「竜騎士は、自分より能力の劣った指揮官を認めないだろう。マキシウス卿は偉大過ぎたからなぁ。竜騎士の能力としてはユーリが群を抜いているのだが、武術が駄目だ。でも、あれだけの武勲をあげたのだから、ユーリが男であれば皆も納得しただろうに……ウィリアムが生きていたら、問題は無かったのだ……」
国務相は国王がまた愚痴りだしたので、無意味な事を言うのを止める。
「ユーリ嬢は、竜騎士隊長などなりたがりませんよ。それに皇太子妃として、大事な勤めがあります。他の竜騎士で、一番能力の高いのは誰ですか?」
「それはジークフリート卿だろう。絆の竜騎士だし、武術も外交官にしておくのは惜しいと前から思っていた。戦術も……怒るな外務相」
「国王陛下、ジークフリート卿は次の次の外務次官なんですよ! 絶対に竜騎士隊には、渡しませんからね」
大事に育てている部下を渡すものかとプンプン怒る外務相を、国王と国務相とで宥める。
「では、ユージーン卿でも良いぞ。彼はフォン・アリスト家の血筋だし、今から竜騎士隊で鍛えれば良い指揮官になりそうだ。フランツ卿でも良いぞ。どうやらルースと絆を結ぶみたいだからな。マキシウス卿は、あと10年ぐらい現役でもいけるだろう」
外務相は顔を真っ赤にして、部下は渡しませんと怒鳴りだす。
「え~っと、ジークフリート卿もフォン・アリスト家の遠縁だった筈だぞ。マキシウス卿とモガーナ殿が知り合ったのは、確かフォン・アリスト家からフォン・キャシディ家に嫁いだ大叔母かなんかの葬式だったと聞いた覚えがある。だから、ハインリッヒ卿、ジークフリート卿と、絆の竜騎士を輩出しているのだと納得したからな」
国王はユージーンよりジークフリートの方が年齢的にも竜騎士隊長に向いていると考えて、記憶の奥から昔話を引っ張り出す。
「葬式で、アリスト卿はモガーナ様と恋に落ちたのですか……」
何となく縁起が悪いと、全員が少し口を噤む。
「ジークフリート卿は、外交官として一流です。実家からも結婚しろと矢の催促みたいですが、身を固めたら大使として派遣して、経験を積ませようと計画しているのです。ユージーン卿、フランツ卿は、大切に育成中なのですから、渡しませんからね」
結婚話から、外務相はジークフリートを結婚させて、大使として夫婦で派遣する計画を思い出して抗議する。
「イルバニア王国一の色男が、身を固めますかねぇ。ハインリッヒ卿も未だに独身でしたよね。プレーボーイを独身で大使として派遣したら、相手国の貴婦人方は喜ぶでしょうが、決闘騒ぎになりますな。まぁ、ジークフリート卿なら、殺さずに適当に軽傷を与える程度で切り抜けるでしょうが。ああ、やはりジークフリート卿が、竜騎士隊長に良いと思いますよ。皇太子殿下を、ケイロンから守り通して連れ帰りましたしね。彼なら竜騎士隊も、納得するでしょう。それに文句を付けたら嫉妬していると思われると、全員が口を閉じますよ」
国務相の言葉に外務相は激怒したが、絆の竜騎士はジークフリート卿かユージーン卿しか居ないのだ。
「そうだ! グレゴリウス皇太子殿下に、竜騎士隊長をして貰えば良いのでは……」
口にした瞬間から無理だと、外務相は国王に睨まれてしまう。
「王子が竜騎士隊長になった例もあるが、今はグレゴリウスしか男の王位継承者が居ない状況なのだぞ。まぁ、ユーリとメルローズが産む子供が竜騎士になれば考えなくもないが、前線に立つ竜騎士隊長にはグレゴリウスは出来ない」
形勢が不利だと見抜いた外務相は、アリスト卿はあと20年は現役で頑張れますよと無責任な発言をして、あたふたと逃げ出す。
「あと20年、無茶苦茶ですなぁ。まぁ、お若く見えますから80才過ぎても現役でいられるかもしれませんが……」
国王は自分も年齢からの疲れを感じていたので、同世代のマキシウスがバロア城に詰めているのが気の毒に思える。
「文官ならいざ知らず、竜騎士隊長は80才過ぎては無理だろう。年齢的にも、ジークフリート卿が最適なのだ。これから10年副隊長を勤めれば、スムーズに交代出来るだろう」
「ランドルフ外務相は、自分が育てた優れた外交官であるジークフリート卿を素直に手放さないでしょう。マッカートニー外務相に代わってからの方が、攻めやすいかもしれませんな。それにクレスト大使は話がわかる常識人ですから、竜騎士隊の窮状を訴えれば落とせますよ」
国務省には痛手の無いので冷静に話すマキャベリ卿を、国王陛下はこれがシュミット卿を差し出せと言ったら、怒髪天を突くだろうにと苦笑する。
「アリスト卿がバロア城から帰ったら、話し合ってみよう。彼はサザーランド公爵を副隊長に指名しているのだし…う~ん、ナサニエルもマキシウスの甥なのだがなぁ。しかし、シャルロット、マリアンヌ、ナサニエルは気が良すぎて……」
国務相は、サザーランド公爵にグレゴリウスの相談役は荷が重いのではと言ってみる。
「まぁ、グレゴリウスが政務に慣れるまでだ。どうせ頼り無い相談役だと見抜いて、ナイジェル国務相とマッカートニー外務相とジークフリート竜騎士副隊長が支えるさ。ナサニエル卿はともかくとして、上に立つ者は気が良い方がいいのだ。ゲオルク王が悪い見本だ、彼は有能だったのだろうが、性質が残忍で悪い結果をもたらした」
重臣達は、ゲオルク王は性格が悪いだけでは済まされないと内心で毒づく。
「幸いグレゴリウスは出来も良いし、性格も……ユーリ関連以外は寛大で王者に相応しい性格だ。国務相、アンリ卿を次の次の国務次官に考えているなら、ユーリと何もなかった事をハッキリさせた方が良いぞ。グレゴリウスは、嫉妬深いからな」
国務相は、アンリの熱心なアプローチにも、良い先輩として接していたユーリの鈍感さに感謝する。
「アンリ卿や竜騎士のシャルル卿は、たいした問題にはならないでしょう。ですが……エドアルド皇太子殿下は……かなりユーリ嬢も親密な御様子でしたから、グレゴリウス皇太子殿下も気にされているのではないでしょうか」
国王と国務相は、エドアルドが遊学中にどれほど冷や冷やしたかと溜め息をつく。
「カザリア王国もエドアルド皇太子殿下しか跡取りはいないのだから、早々に結婚させるだろう。まぁ、それまではカザリア王国への皇太子夫妻の訪問は無しだな。もう気の早い国から訪問を申し込む書簡が届いているが、世継ぎが先であろう」
国王と国務相は、ユーリが絆の竜騎士を産むとイリスが宣言したのを思い出して、捕らぬ狸の皮算用を始める。
「王子を2、3人産んでくれたら、ジークフリート卿の後の竜騎士隊長に任命しても良いなぁ。そうだ、アリスト公爵にすればよい!」
「おお、アリスト公爵ですか、名門復活ですなぁ。王子様も嬉しいですが、王女様も2、3人欲しいですなぁ。カザリア王国に嫁がせて、同盟国の友好関係を強化しても宜しいですし、竜騎士を輩出していた名門に嫁がせて恩を売るのも良いですなぁ」
グレゴリウスとユーリが聞いたら怒りそうな、いやグレゴリウスは王族として育ったから納得するかもしれない皮算用を、二人は夜まで続ける。
ジークフリートは何故だか背中がゾクッとして、実家の父親が見合いでも計画しているのではと怖気を感じる。
自分達が産んでもない王子達や王女達の事をあれこれ話し合われているとも知らないユーリとグレゴリウスは、寮で呑気にルナ達と遊んでいた。
2
お気に入りに追加
1,982
あなたにおすすめの小説

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?


少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる