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第八章 見習い実習

46  カザリア王国大使館の舞踏会 前編

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「ユーリ、そろそろ支度をしなくては駄目よ」

 お祖母様に言われても、少しユーリはぐずぐずしていた。

「お祖母様……今夜はパスしたいわ」

 これがマリアンヌだったら、エドアルド皇太子がエスコートしに来られるのに駄目よと説得しただろうが、モガーナは落ち着いている。

「あら、そうなの? では、私も行かなくて良いから楽ですわね」

 では、と部屋を出て行こうとするお祖母様に、ユーリの方が慌ててしまって引き止める。

「行かなきゃ駄目よね! エドアルド皇太子殿下に悪いわ。少し……バツが悪い気がしたの」

 口ごもるユーリの様子に、エドアルドと何かあったのだとピンときた。

「舞踏会など行きたくなければ、行かなくても良いのですよ。貴女は、真面目に考え過ぎよ。気分がすぐれないと、断れば良いだけだわ」

 お祖母様にサボっても大丈夫なのよと言われると、逆に行かなくてはいけない気持ちにユーリはなる。

「やっぱり行くわ! だって、カザリア王国の大使館の舞踏会ですもの。ニューパロマで親切にしてして頂いたし、行かなければ失礼だわ。ちょっとエドアルド皇太子殿下と、顔を合わせるのがバツが悪く感じたの」

 やはり昨夜の舞踏会で何かあったのだわ。

「ユーリ? エドアルド皇太子殿下にプロポーズされたとか」

 真っ赤になったユーリに、あらまぁとモガーナは笑ってしまう。

「困った皇太子殿下ですわね。自分の思いを勝手にぶつけられても、迷惑ですのに。ユーリ、殿方の口説き文句など、一々気にしなくても良いのよ。貴女がその言葉を嬉しく思って、同じ気持ちなら受け入れれば良いだけですわ」

 お祖母様は、さぞかし若い頃にモテたのだろうと、ユーリは想像する。

「政略結婚の相手としてではなく、愛していますと言われて……皇太子妃になりたくないと断ったのエドアルド皇太子殿下は良い方だけど、無理ですもの」

 モガーナは、恋する気持ちを知らない孫娘は残酷だわと苦笑する。しかし、皇太子殿下には気の毒だけど、ユーリがキッパリ断ったのでホッとしていた。どこか気の良いユーリだから、プロポーズされると流されそうな不安を感じていたのだ。

「貴女が皇太子妃になりたくないなら、今夜の舞踏会で絶対にテラスや庭に誘われてもついて行ってはいけませんよ。若い殿方は、礼儀正しく見えても、所詮は狼ですからね。ムードに流されて、誘惑されても知りませんよ」

 ユーリは真っ赤になって、絶対にテラスや庭に行かないと言い切る。侍女に手伝って貰ってドレスに着替えているユーリを眺めながら、少しお説教が効き過ぎたかしらと、モガーナは悩んでいた。

 もともと恋愛音痴のユーリが、防御を固め過ぎるのも困るのだ。皇太子には防御して、アンリとかにはぼんやりしてくれたら良いけど、そうは都合よくはいかないわねと溜め息をつく。

「マダム・ルシアンのドレスは、貴方によく似合うわね」

 遠目で見るとレースの花模様に見えるが、小さな花がドレス一面に縫いつけられている手のこんだ作品だった。小さな花の花心に煌めく水晶が灯りを反射してキラッと輝いているドレスは、舞踏会でシャンデリアの下で映えるだろうとモガーナは感心する。

「この花を、一つ一つ縫いつけたのね~。大変な作業だわ~」

 ユーリはキャシーも花を縫ったのだろうかと想像すると、地味なドレスが良いから他の所で作って貰おうかしらと考えていたのが後ろめたく感じる。

「甘いテーストなのに、スッキリしているわ。それにダンスすると、キラッと煌めいて綺麗だわ」

 ユーリは髪を結い上げて、老公爵が作ってくれたダイヤモンドのティアラと揃いの華奢なダイヤモンドのネックレスを付けた。

「お祖母様はセンスが良いから、おまかせしておけば良いから楽だわ。マウリッツの叔母様とは少し揉めるの、飾りたてようとされるのですもの」

「マリアンヌ様は、ロマンチック趣味ですからね。でも、ユーリには似合うかもしれないわね」

 モガーナは自分と全く違った容姿と雰囲気の孫娘には、ロマンチック趣味のドレスも良く似合うだろうと笑った。 


「わざわざ、お出迎えありがとうございます」

 エドアルドは可憐なユーリに夢中だったが、マゼラン卿はモガーナ様をエスコートしながら動悸がしてきた。

「なんでもカザリア王国へ帰国されると、聞きましたの。お嬢様には、ユーリがニューパロマで親しくして頂いた御礼に、ドレスを一着お土産に用意してありますの。ジェーン様はユングフラウのドレスがお気に入りだと聞きましたので」

 マゼラン卿はモガーナの親切を素直に受け取って良いものか真意を謀りかねたが、丁重にお礼を言う。

「モガーナ様、ユーリ嬢、ようこそお越し下さいました。あちらに控え室を用意してありますの。少し早めに来て頂き、申し訳有りません」

 ユーリとお祖母様は侍女のメアリーを伴って、用意されていた控え室で他の招待客が揃うまで休憩する。

「エドアルド皇太子殿下が迎えに来られるから、少し早めに来なくちゃいけないの……どうせ帰りはお祖父様の馬車で帰るのだから、迎えなどいらないのに」

 モガーナは帰りもエドアルドは送りたいと思っておられるだろうと苦笑する。

「貴女をエドアルド皇太子殿下に送って貰うわけにいかないから変則的なのよ。クウスカ寝てしまうのですもの」 

「お祖母様、ひどいわ! 毎回は寝てないわ」

 普通、社交界にデビューした令嬢がパーティーの帰りに寝てしまうなんて有り得ない事だと笑う。


 招待客が揃ったと呼びに来られて、ユーリはエドアルドのパートナーとしてファーストダンスを踊る。モガーナは大使夫人の隣の席を遠慮したい気持ちだったが、かといって他の後見人の貴婦人方に知り合いもいなかった。

「一世代若い方ばかりだから、仕方ありませんわ」

 見た目は他の後見人より若いぐらいだが、祖母世代なので昔の顔見知りはいない。しかし、モガーナは何人かの貴婦人方の親を知っていた。ユーリの後見人を勤めるには、他の後見人との協力も必要だわと、モガーナは溜め息をつく。

「ユーリ嬢、何だか今宵はおとなしいですね」

 エドアルドの顔を見ると、昨夜の告白を思い出してしまい、いつもの様には振る舞えないユーリだ。 

「そうですか?」

 言葉少ないユーリの態度に、エドアルドは昨夜の告白のせいだと察した。

「私が愛していると告白したのを、気にされているのですね」

 この話題を避けたいから、大人しくしていたのにとユーリは困ってしまう。

「皇太子妃になりたいと望んでおられる令嬢の中にも、殿下を慕っておられる方がいらっしゃいますわ。政略結婚としても、私は国王陛下の姪の娘にすぎませんから意味ないですわ」

 恋するエドアルドは残酷な言葉にグサッときたが、政略結婚などではないと口説きだす。

「私は貴女を愛しています。政略など関係ありませんよ」

 恋愛経験のないユーリは、エドアルドに情熱的に口説かれて、クラッとしてしまい頬を染める。

「そんなの困りますわ」

 頬を染めるユーリが愛しく思えて、気持ちを聞きたくなる。

「ユーリ嬢、困るのは私が嫌いだからですか? それとも、皇太子妃になりたくないからですか?」

 ユーリは答えるのを、躊躇った。

「それは……」

 耳まで真っ赤になったユーリをダンス途中なのに抱き上げて連れ去りたくなったエドアルドだったが、無情にも曲が終わり後見人のモガーナの所へエスコートする。

「困った皇太子殿下ですわね」

 モガーナはエドアルドがファーストダンスを踊りながら、かなり強引に口説いている様子に気づいた。モガーナの隣に座っているレーデルル大使夫人は、聞こえよがしの呟きにドキッとする。

 聞こえなかったことにしてスルーしたが、動悸が激しくなったのを誤魔化そうと扇で顔をあおいだ。ユーリ嬢にこんな恐ろしいお祖母様がいるなんて聞いてませんわ! と内心で愚痴るレーデルルだ。

 グレゴリウスはユーリと踊りながら、パートナーチェンジの際にエドアルドと危うく喧嘩しそうになったのを思い出す。

「ユーリ? 何だか様子がおかしいよ」

 真っ赤になっているユーリにグレゴリウスは、エドアルドと何かあったのだとキッと睨みつけた。パートナー交代に苛ついていたエドアルドも睨みつけたので、一触即発の危なっかしい雰囲気になった。 

「あら、ユーリ、暑いのかしら? レーデルル大使夫人も、先ほどから扇を使っていらっしゃるのよ。エドアルド皇太子殿下は次の令嬢がお待ちだわ、どうぞダンスして下さいな。この娘は、華やかな舞踏会にのぼせたみたいですわ」

 マゼラン卿も、エドアルドに次の令嬢とダンスするように指示する。ユーリがジークフリートから差し出されたレモネードを飲んで落ち着くまで、グレゴリウスは行儀良く待っていた。 

「皇太子殿下、お待たせしてすみませんわね」

 やっと後見人から許可が出てユーリと踊り出したが、曲の半分は終わっていると愚痴りたいグレゴリウスだ。

 ユーリがグレゴリウスと踊るのを、ジェラルドは主催のカザリア王国側として令嬢とダンスしながらチェックしていた。大使館の大広間の豪華なシャンデリアの灯りを反射して、ユーリ嬢の白い花の可愛らしいドレスは雰囲気を変えて煌めく。

「いつもながら、ユーリ嬢のドレス姿は素晴らしいな。エドアルド様も口説かれたみたいだ。グレゴリウス皇太子は、曲の半分を損したことで御立腹みたいだったな」

 ジェラルドは曲の変わり目に、ハロルドと情報を交換した。カザリア王国大使館の主催の舞踏会なので、大使夫人に令嬢方とのダンス要員にされているので、学友達は少ししか話せないので焦りを感じている。

「ユーリ嬢、とても素敵なドレスですね。小さな花が一面に咲いているように見えます」

 アンリの褒め言葉を、ユーリは素直に受けいれる。

「ありがとうございます。こんなに花を縫いつけるなんて、お針子さんは大変だったと思うわ。マダム・ルシアンの店で、幼なじみがお針子修行しているの。キャシーも花を縫い付けてくれたのかしら?」

 ユーリの両親が駆け落ちしたのは、親戚なのでアンリも知っている。ヒースヒルで農家の娘として育ったのも、マウリッツ公爵から聞いていたので、お針子修行中の友達がいると聞いても驚かない。

「キャシーさんも、これほどドレスを見事に着こなしている貴女をご覧になれば、苦労が報われたと満足されるでしょう」

 ユーリはちょっと他の洋裁店に地味なドレスを注文しようかと考えた件で、後ろめたいのと話す。

「私はドレスに詳しくありませんが、いつも素敵なドレスを着ていらしていると賞賛していますよ。地味なドレス? ユーリ嬢はお若いし、美しいのに何故ですか」

 アンリに、美しいと言われて、少し照れる。

「美しくなんかありませんわ。ドレスが綺麗だから、そう思われるのよ。他の令嬢方はドレスを自分で選ぶと聞いて、昨日みたいな露出の多いのは着たくないと思ったの。それに他の令嬢の披露の舞踏会なのに、派手に着飾るのは、気兼ねするのですもの」

 ユーリは何度となく、他の令嬢方からマダム・ルシアンのドレスを羨ましがられたのとこぼす。

「馬鹿らしい! 貴女が美しいのは、ドレスのせいではありませんよ。ドレスで美しさが引き立っていますが、もともとデビュタントの中で一番綺麗なのですから」

「まぁ、アンリ卿はお世辞がお上手ね! 美人と言うのは、お祖母様みたいな方だわ。ママはお淑やかな美人だったけど、私はドタバタしてて。それに地味なドレスを着ていた方が、何となく安心な気がするの。でも、派手なドレスばかりなのよ」

 アンリ卿は母親から、マウリッツ公爵夫人がユーリを着飾らせるのを楽しみにしていると聞いていた。

「貴女が地味なドレスなど着たら、マウリッツ公爵夫人が悲しまれますよ。娘みたいに可愛がっておられるのですから」

「そうなのよね~。叔母様はとても優しくしていただいてるから逆らえないの~。前に比べたらロマンチック趣味は控えて下さっているけど、もう少しシンプルなのにして下さると嬉しいのに……」

 アンリはドレスについては詳しくはなかったが、男性から見ても凄く高価な素晴らしい物だと思い、溜め息をついているユーリを可笑しく感じる。

「貴女のドレスを羨ましく思っている令嬢方に、怒られますよ」

「代わって頂きたいわ。その方々はきっと皇太子妃にも、憧れていらっしゃるのね。アンリ卿? 普通の貴族の令嬢は、皇太子殿下に憧れるものなの? 私は絶対に嫌なのに、よくわからないわ~庶民として育ったからかしら?」

 アンリは名門貴族として育ったので、普通の令嬢なら若くてハンサムな皇太子に憧れて、皇太子妃に望まれれば夢心地になるだろうにと笑う。

「笑い事ではないわ! 真剣に困ってるのに。絆の竜騎士だからと、皇太子妃にしたがる人達もいるのよ。その人達は、私が田舎でスローライフしたがっている平凡な人間だと理解してないの」

「ユーリ嬢の理想が田舎でスローライフなのですか?」

 国務省での見習い実習でも、他の大学生の実習生とは格段上の仕事をこなしているし、風車、ミシン、算盤、パーラーと普通の男性より忙しくしているユーリがスローライフ? アンリは吹き出してしまう。 

「失礼ね! ドタバタして、アレコレ手を出してしまってるから、笑われても仕方ないけど、田舎暮らしが理想なの。竜騎士を早期引退して、フォン・フォレストで農場経営でもして過ごす予定だったのに……アンリ卿は、領地の管理はどうされているの?」

 舞踏会なのに領地管理の質問をされて、可笑しくなってしまったアンリだ。

「そんな話は、踊りながらは無理ですね。テラスでゆっくり話しましょう」

 ユーリはお祖母様にテラスに行かないと約束していたが、領地管理の話をダンスしながらは出来ないし、エドアルドと行かないと言ったのだからと承諾する。

 ユーリがアンリとテラスに向かうのを、モガーナはすぐに気づいた。

『お馬鹿ちゃんは、上手いこと抜けているわね~少しはロマンチックな展開になれば良いのですけど、何やら色気の無さそうな話をしていたみたいだわ』

 マゼラン卿もジークフリートも、アンリがユーリをテラスにエスコートするのに気づいたが、後見人のモガーナが放置しているので動きが取れない。

「モガーナ様、宜しいのですか?」

 ジークフリートは、勇気をだしてモガーナ様にお伺いをたてる。

「あら、ジークフリート卿らしくない、無粋なことを仰るのね。ユーリはアンリ卿と何か話があるみたいですね。あの二人がテラスに行っても、何も心配ありませんわ」

 祖母のモガーナ様に言い切られると、手も足も出せないので、この場にいないユージーンや、フランツが邪魔をしてくれることを望んだ。

 マゼラン卿は自国の大使館で、エドアルド皇太子の妃候補のユーリが他の男性に口説かれているのに、何も手が打てないのに苛立つ。モガーナ様の目の前で変な動きはできないので、ラッセル卿がハロルド達に邪魔させてくれるのを期待するしかなかった。

 アンリがユーリをテラスに連れ出したのに、ジェラルドも、フランツも気づいた。そして後見人のモガーナ様が素知らぬ顔で、ジークフリートとマゼラン卿と歓談しているのを見て、各自の判断で邪魔に入る。
 
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