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第七章 忙しい夏休み

1  社交界は引退できそうにない

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 ユーリは昨夜は晩御飯も食べずに爆睡したので空腹感から目覚め、レースの天蓋を見て自室なんだとホッとする。

「お祖父様、おはようございます。昨日、帰りました」

 ユーリも基本的に早起きだが、祖父のマキシウスも武人として早起きなので、朝食を既に取っていた。今朝は 王宮で会議があるのだが、久しぶりにユーリと朝食を共にしようと思って待っていたのだ。元気そうに起きてきたユーリの顔を見て、嬉しく思う。

「ユーリ、おはよう、昨夜は寝ていたが、疲れは取れたのか?」

 パクパクと凄い勢いで食べているユーリに少し呆れながらも、ダイエットとか言って食べない令嬢などは大嫌いなマキシウスは、健康的で良いと思う。寝顔は幼いままだったが、一月見ない間にすっかり令嬢らしくなったのにマキシウスは驚く。

「そんなに食べて、大丈夫なのか?」

 朝食をおかわりして、自分の二倍は食べているユーリを少し心配する。

「だって晩御飯食べずに寝たから、お腹がすいて目が覚めたんですもの。それに、昨日はニューパロマから一気に帰ったから、お腹ぺこぺこなの」

 若さ独特の旺盛な食欲に呆れながらも、ふとマキシウスはこの異常な食欲はユーリが無意識に魔力を使っているからではないかと気づいた。ユーリがユングフラウに帰って、朝には庭のバラも満開になっているのにマキシウスは気づいたので、ロザリモンド姫から受け継いだ緑の魔力が無意識に使われて空腹感をもたらしているのではと案じた。

「あっ、お祖父様にもお土産があるのよ」

 食後のお茶を飲んでいたマキシウスに、少し待っていてと部屋から小さな箱を持って降りてくる。

「お祖母様とマウリッツの叔母様にティーセットと、ハンナの結婚祝いを買ったら、お小遣いが無くなって小さな物しか買えなかったけど」

 マキシウスは見習い竜騎士の仕事としてカザリア王国に行ったのだから、土産などいいのにと思ったが、箱を開けると使いやすそうなペーパーナイフが入っていた。

「ありがとう、使わせて貰おう」

 お土産など貰うのは初めてかもしれないと、マキシウスは自分が喜んでいるのに驚く。

「ねぇ、お祖父様、私の指導の竜騎士ってどなたか決まってるの?」

 機嫌の良さそうな祖父に一番気になっている件を聞いたユーリに雷が落ちたのは当然だ。朝食をサービスしていた執事は、マキシウスの雷を聞いて、フォン・アリスト家の日常生活が戻ったと感じる。

「チェ! お祖父様のケチ。まぁ、夏休みあけにはわかるからいいわ。それより、マウリッツ公爵家で私の為に舞踏会を開くとユージーンが言ってるのよ。本当かしら? 私はちゃんと断ったのよ。皆は社交界引退なんかできないと言うけど、私は社交界なんて苦手だし、ニューパロマで一生分のパーティーに出た気分なの。お祖父様も社交は苦手なのだから、私も引退して良いでしょ? もう舞踏会の準備をして下さっている叔母様にはお気の毒だけど、まだ断れるわよね? だって、数ヶ月先なのよ?」

 この非常識娘をニューパロマでの皇太子の社交のパートナーとして、一ヶ月面倒をみたユージーンに謝罪したい気持ちにマキシウスはなる。

「社交界引退なんか、出来るわけ無いだろう。マウリッツ公爵家は、今お前の舞踏会の為に改装までしてるのだぞ。お前がフォン・アリスト家での舞踏会を断ったし、この家にはもてなし役のご婦人がいないから、マウリッツ公爵夫人に頼んだのだ」

「私が断ったのに、お祖父様が頼んでいただなんて。なんで? 社交界なんて大嫌いなのに。知らない人とダンスするのも苦手だし、歯の浮くようなお世辞も嫌いよ。したい事が山ほどあるのに、社交になんかにさく時間が勿体ないわ。それに、デビューした令嬢の結婚相手を探すのが舞踏会の目的なんでしょ。私はマウリッツ公爵家が招待するような名門貴族の子息とは結婚するつもりはないの。こんな私の為の舞踏会なんて意味無いわ」

 なんでお祖父様とはケンカになるのだろうとユーリは後になると反省するのだが、今朝も友好的な朝食の場が大ゲンカになってしまう。

「では、一生、結婚しないつもりなのか。マウリッツ公爵夫人がお前の幸せを願っておられるのがわからないのか」

「叔母様のお気持ちはありがたいけど、名門貴族と私が結婚なんてあり得ないわ。あんな体裁を気にする人達が、奥さんが働くの許すわけないし、こちらもお断りよ。経済的に奥さんに働いて欲しい方とか、領地の管理をしたいと思ってる貧乏貴族の二男か、三男か、よほど進歩的な考えを持っている方としか結婚できないわ。叔母様には気の毒だけど、舞踏会を開くなら借金のある家の息子とか、領地を欲しがっている騎士階級の人を招待して下されば良いんだわ」

 自分の孫娘が、借金のある男や、領地目当ての男と結婚すると考えるだけで、腸が煮えくり返るマキシウスだ。

「そんな結婚認められるか!」

「別に認めて貰えなくても、駆け落ちするから平気だわ。お祖母様は、結婚なんてしなくて良いと言っておられるし。子どもを産むことだけを、要求されているのですもの。できれば、私が働くことに協力的な方と結婚したいと思ってるけど、そんな相手が見つかるか不安だわ。ああ、でも一人キープできてホッとしてるの。変わった方だし、私は好みではないそうだけど、働くのは勝手にすれば良いと思ってらっしゃるみたいだから」

 名門貴族のマキシウスには寝耳に水の話で、結婚しなくても子どもを生めば良いという非常識な言葉に、モガーナの影響力を感じて腹を立てたし、キープしていると言われた相手は誰だ! と問いただしたい。

「結婚しないで子ども産むだなんて、そんな不品行な真似は許さないぞ」

「あら、お祖父様もお祖母様と結婚してないんでしょ。だから、パパはフォン・フォレストの名前なんじゃない。第一、パパとママも駆け落ちなのよ。フォン・フォレスト家は正式な結婚とは縁が無いのよ。私だって相手構わず子どもを作るわけじゃないし、不品行だとは思わないわ」

 マキシウスは痛い所をつかれて、黙りこむ。ウィリアムにフォン・アリストの名前を名乗らすことができなかったのは、生涯の痛みになっていたのだ。

 ユーリは、自分が言い過ぎたのに気づいた。

「お祖父様、ごめんなさい! 私が言い過ぎたわ。パパはフォン・フォレストで育って幸せだったし、ママと駆け落ちしても幸せそうだったわ。私も誰と恋に落ちるのかわからないし、どうも恋愛体質では無さそうなので、愛する人を見つけれるか不安なの。まして、奥さんが働くのを許してくれそうな相手なんて、見つかりそうもないんですもの」

 ユーリが自分に抱きついて謝るので、マキシウスの怒りは解けたが、この非常識娘にモガーナは何を吹き込んでいるのかと溜め息をつく。

「ユーリ、お前は勘違いをしている。絆の竜騎士であるお前が職務を果たすのを、名門貴族の方達も名誉と考えて、邪魔はしないだろうよ。王宮にも名門貴族の奥方達が王妃様の側近として、仕えてるではないか。カザリア王国でお前の世話をして下さったクレスト大使夫人も、立派な外交官の一員だとは思わないのか?」

 お祖父様の言葉に、ユーリは真底驚く。

「え~、そうなの? だって皇太子殿下やフランツも、女性の社会進出に反対して、結婚したら奥さんには家に居てほしいと思ってるみたいだったから。あの二人ですら、そんなに保守的なんだもの、他の人達も同じだと思っていたわ」

「フランツが自分の奥方に働いて欲しいと思っているかどうかは知らないが、外交官を目指しているのだから、奥方には任務に協力的な婦人を選ぶだろう。皇太子殿下の妃は、生涯公務で忙しそうだぞ。竜騎士のお前が働くのを不名誉だとは、誰一人考えないだろう」

 目から鱗のユーリが呆然としているのを、マキシウスはこんな基本的な事も教えていないモガーナに腹を立てる。

「でも、竜騎士になれるまで結婚はしないわ。 だから、舞踏会を開いて貰っても意味ないのよ」

 フーッと大きな溜め息をついて、貴族の結婚はそんなに簡単ではないから、婚約しても1、2年はかかるし、今すぐ結婚しなくても相手探しを始めるだけだと諭す。

「そうなんだ……でも、いつ竜騎士なれるのかもわからないのに……お祖父様、国務省の指導の……」

 また雷が落ちそうな気配を感じて、ユーリは言葉を止める。

「それより、お前が結婚相手にキープしているという男性は誰なのだ!」

 厳しい視線に曝されて、ユーリはアレックスのことを白状させられた。

「そんな廃嫡寸前の男なんか許さないぞ」

「だから、私が竜騎士になって、結婚相手が見つからなくて、売れ残った時だけよ。アレックス様は私とは結婚したくないけど、ターシュの探索に協力するなら、しても良いと言われただけですもの」

 マキシウスはユーリが三国の皇太子妃にと望まれている自分の立場を、全く理解していないのに呆れ果てる。いくらカザリア国王の従兄弟とはいえ、そのような無礼なプロポーズなど考慮の価値もないだろうにと怒り心頭だ。

「あっ、そうだわ! お祖父様はストレーゼンに別荘をお持ちだったわよね。夏休みに別荘を使いたいのだけど、良いかしら? 王妃様に許可を頂いたので、公園で屋台を開きたいの。そこでパーラーを開くための資金を集める為のデモンストレーションをして、出資者を集めたいのよ」

 マキシウスは、ユーリがわけのわからないことを言いだしたので困惑する。

「お祖父様、ちょっと待っていてね」

 バダバタと自室に駆け上がり、パーラーの計画書を持ってくるとユーリは、お祖父様に見て貰う。

「この計画書は詳しく考えてある。しかし、何故パーラーを開こうなんて思ったのだ? これから国務省での見習い実習が始まるのに、パーラーなんか開いてる場合ではないだろう」

 ユーリは、ローラン王国との戦争で父親を亡くした女の子達の働く場所が無い事を訴える。

「戦死者の家族に、弔慰金が出たのは知ってるわ。でも、それでは足りないのは、お祖父様もわかってるでしょ。軍人の家庭でも大変だろうけど、農家の働き手を亡くした遺族は、経済的に不利なのよ。まして、女の子達は結婚するのに持参金がなくて困っているの。男の子達は畑で働けるし、外で働く場所も沢山あるわ。都会に出て女中や侍女になるにも紹介状が必要だし、それに信頼できる家か不安ですもの。私の侍女のメアリーもお祖母様の館にくる前は、ふしだらなご主人に困っていたそうよ」

 マキシウスも嘆かわしい事だが、侍女や女中に手を出す不心得者がいるのは知っている。 

「スレーゼンで手伝って貰うローズとマリーは、お父さんを戦争で亡くしたの。お母さんが再婚したから、食べるのには困らなかったと言ってるけど、5人も弟たちがいるから、持参金は義理の父親に頼めないの。ヒースヒルの商店で働いてるけど、雀の涙で持参金が貯まるまでにオールドミスになるか、年寄りの後添いになるしかないと泣くんですもの。パーラーで援助できるのは、ほんの一握りなのはわかってるわ。でも、困ってる人をほっとけないの」

 ユーリが目の前で困っている女の子達をどうにか助けたかったのだとマキシウスは理解する。

「竜騎士になっても、なかなか予算は獲得出来ないでしょうけど、女性の職業訓練所が必要なの。小学校しか出てない女の子達は、売り子か、女中しか働き口が無いのよ。私も、お祖母様に引き取られなかったら、今頃はスケベ親父に尻を触られて、ぶん殴ってクビになって、路頭に迷っていたかもしれないの。他人事じゃないわ」

 モガーナが引き取らなくても、自分が引き取るだろうし、マウリッツ公爵家もほって置かないだろうとマキシウスは思ったが、戦死者の遺族の窮状に気づいてなかったのを反省した。

「出資者を募集しているなら、私が出資してやろう」

 パーラーの計画書の資金ぐらいは簡単に寄付できる金額だったので、マキシウスは援助を申し出る。

「ありがとう、でも一口10クローネなのよ。大人の男の人が働いて一日の賃金が10クローネだから、そう決めたの。この問題を多くの人に考えて欲しいから、多くの人達に出資者になって貰いたいの。だから、ストレーゼンで屋台のデモンストレーションをして、出資者を募集するのよ。でも、お祖父様は特別に何口か出資して貰えると嬉しいな。ニューパロマで散財したから、お小遣いが乏しくて、パーラーの準備金が心許ないの」

 マキシウスが1000口の出資を申し込むと、ユーリは抱きついて喜ぶ。

「お祖父様、ありがとう! これでパーラーの準備金と、寮の開設資金が出来たわ。お祖父様、誰か信用のおける寮母に心当たりはないかしら? もちろん、多くは無いけど給金も出すし、下働きの女中もつけるから重労働はしなくて良いの。未婚の女の子達を教育したり、指導できる方が理想なんだけど……戦争の未亡人とか、子息を亡くされた方で協力して下さる方がいたら良いなと思っているの」

 マキシウスは軍人の家庭でも生活に困窮している未亡人がいるだろうと、探させておくと返事をする。 

「ストレーゼンの別荘だが、私は王族の方々が離宮にいらしている間は、ユングフラウの治安維持を任されているので、お前と一緒には行けない。年頃のお前一人の滞在は良くないだろう。王妃様は毎年のように離宮にご招待下さっているのだから、今年はお受けしたらどうだ?」

 毎年、王妃からの申し込みを辞退し続けているマキシウスは、渡りに船だと思った。

「う~ん、王族の方々と離宮で夏休み? 止めとくわ、肩がこりそうだし、皇太子殿下とは距離を置いた方が良いと思うの。それに、ローズとマリーが一緒なんですもの」

「何故、皇太子殿下と距離を置く必要があるんだ?」

 あちゃ~と思ったが、ユーリはお祖父様にも迷惑かけるかもと、グレゴリウスが勘違いしていると頓珍漢な説明をはじめる。

「リューデンハイムに女の子が私一人だから、皇太子殿下は恋をしてると勘違いなさっているのよ。だから距離を置いて、他に沢山のお淑やかで綺麗な令嬢がいるのに気づかせてあげないといけないの。だって、皇太子殿下は子どもの頃はケンカばかりしていたけど、近頃は良いお友達だと喜んでいたのに、あんなこと……」

 ユーリがキスを思い出して赤面し口ごもるのを、マキシウスは複雑な思いで、ニューパロマ滞在中に何があったのか調べようと思った。

「離宮が嫌なら、マウリッツ公爵家の別荘にお世話になったらどうだ? 幼なじみのローズとマリーは、侍女達と同じ扱いになるだろうが、あの別荘なら100人は泊まれるぞ」

「できれば、フォン・アリストの別荘で気楽にマリー達と過ごしたいの。侍女達もいるんだから、良いでしょう?」

 ユーリが自分の身分に無頓着なのに呆れてしまう。いくら幼なじみとはいえ、立場が違うということを自覚する時期だと、マキシウスは考える。

「お前が幼なじみを大事にするのは良いと思うが、ヒースヒルで一緒にいるのと、ユングフラウや、王族方がいらしてるストレーゼンで一緒にいるのは別だとわかるだろ。彼女たちも、マウリッツ公爵夫妻やユージーン卿と一緒のテーブルは気詰まりだろう。使用人達との食事の方が、気楽で良いと思う。後見人のいない別荘にお前を一人にできないから、離宮かマウリッツ公爵家の別荘に行きなさい。離宮に行った場合にマリーとローズが、お前のいないマウリッツ公爵家の別荘に遠慮するなら、我が家の別荘に泊まれば良い」

 マリーとローズは後見人が居なくても別荘に泊まれるのに変だわ! との苦情は却下された。

「いいわ、これから叔母様にお土産を持って行くから、聞いてみるわ。叔母様がフォン・アリスト家の別荘に泊まって良いと言われたら、良いかしら?」

 いくら呑気な姪のマリアンヌでも、許可しないのはわかりきっていたので聞いてみれば良いと答えて、王宮への会議に出かけた。
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