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第六章 同盟締結

13  アン・グレンジャー講師のサマースクール

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 夏休みを利用して、パロマ大学はサマースクールを開催している。大学生は勿論だが、聴講生や一般の人達に、パロマ大学で研究されている学問や知識を広める為だ。

 今日のパロマ大学のキャンバスには普段より女学生の姿が多い。

「やはり、アン・グレンジャー講師の授業を聴きに来ている女学生が多いのかな? あっ、あそこに張り紙がありますよ」

 夏休みだから、そんなに学生であふれてはいないが、女学生がちらほらいるだけでキャンバスは華やかな雰囲気になる。フランツがサマースクールの教室案内の張り紙を見つけて、どこかなと眺めていると、向こうの校舎の入り口からエドアルドが手招きをする。

「すみません、出迎えにいけなくて。ハロルド達がサマースクールの実行委員だったのですが、彼らは今それどころじゃなくて……人手が足りないから、手伝わされているのです。席は確保してありますから、先に座ってて下さい」

 受付に忙しそうなエドアルドを後にして教室に入ると、中教室にはかなりの学生達がすでに座っている。

「まさか、あそこじゃないよね」

 フランツは最前列のセンターが一列空いているのを見て、勘弁して欲しいなと思ったが、流石にエドアルドも教壇かぶりつきの席ではなく、窓際の中ぐらいの一列を確保してくれていた。

 後からエドアルドが着席するので、ユーリと隣り合わせに座らせないようにフランツとグレゴリウスで挟んで座ったが、結局は全く意味をなさなかった。

「授業を始める前に、席替えをします。さぁ、全員立って! 先ずは、今日の講義の『女性の社会進出』について、賛成の方は? 反対の方は? どちらでもない方は?  一日、嘘をつくのは時間の無駄ですから、正直に手をあげてね」

 小柄なアン・グレンジャー講師の話し方はパワフルで、教室の生徒達は最初から圧倒される。

 女性学の授業なのに、何人かの学生は反対に手をあげる。勿論、ユーリは賛成だったが、大多数はどちらでもないに手をあげる。

 真ん中に中立のどちらでもない生徒を座らせると、窓際に賛成派、廊下側に反対派の生徒を座らせる。賛成派の方が、反対派よりは多いが、廊下側に陣どった学生達が自信満々で、議論に慣れている様子が見てとれた。

 グレゴリウス、エドアルド、フランツは中立派に手をあげたので、ユーリは一人で賛成派の席に座る。

 グレンジャー講師の授業はディベートが中心で、中立派は、反対派と、賛成派から狙い打ちにされて、どんどん議論に負けて両方へと引き抜かれていく。

「なんだか、このままじゃ、まずい気がします」

 元々、中立派は女性の社会進出について余り深く考えてない学生が多かったので、議論に負けっぱなしだ。

 フランツはグレンジャー講師が賛成派と反対派の議論をさせたいが、参加する学生達はまだ自分の意見が決まっていないのも多いと見越して、先ずはどちらの立場を取るか決めさせようとしているのだと気づいた。

 エドアルド、グレゴリウス、フランツは、ユーリが竜騎士としての役目を果たすのは当然だと考えていたが、基本的には女性は結婚して家庭を守るものという反対派に属しているのをお互いわかっていたので、この状況はまずいと感じる。

 学生達は身分は関係ないとはいうものの、両国の皇太子に議論をふっかけるのを最初は遠慮していた。しかし、彼らの育ち方から反対派だと見透かされていたので、最終的には席を廊下側に移るはめになる。

「さぁ、これで自分の今の考えがわかったわね。私としては、今日一日で何人が賛成派になってくれるかが楽しみなんですけどね。最後まで反対派の人達にも、こういう考え方をする人達もいるのだと知って帰って欲しいの。勿論、賛成派も反対派はどのように考えているのか知って、打開策を出して欲しいわ」

 ユーリはディベートの授業はリューデンハイムでも受けていたが、こんなに活発な議論は初めてで、カザリア王国の人達が議論好きだと聞いてはいたが驚いて出遅れた。


 二つの派に分けた所で、少しの休憩時間が取られていて、学生達は各々の派で集まって自己紹介をする。

「ユーリ様、サマースクールに参加されてたのですね」

 賛成派には女学生が何人かいたが、前からの知り合い同士で座っていたから、遠慮したユーリは一人で少し離れた席に座っていたが、ジェーンに声をかけられた。

「ジェーン様も参加されてたのですね。それも賛成派、嬉しいですわ」

 ユーリが言うのも尤もで、最初にどちらでもない派に属していた女学生達のかなりの人数が、反対派の上手い議論に負けてしまっていたからだ。

 基本的にパロマ大学のサマースクールに参加しようなんていう女学生は貴族の子女か、裕福な商人の子女だったので、働く必要性を感じていなかった。

 去年の『男性の育児参加』なら、子守を雇う経済力とは別に、子供の人格形成に男性も必要だとの意見を持ちやすかった女学生達も、今年の『女性の社会進出』は、理論上は賛成でも自分で働く気のない令嬢方にはピンとこないものだった。

「ユーリ様は竜騎士でいらっしゃるから、まさしく働く女性なのですね。羨ましいですわ! 私も働いてみたいのですが、親が許してくれないでしょうし、何をすれば良いのかも解らないのです。だから、賛成派にいても肩身が狭い気がしますわ」

 確かに、マゼラン伯爵家の令嬢であるジェーンが働く場所は、今の社会には無いかもしれないとユーリは考える。

 ジェーンに紹介されて、賛成派の女学生と知り合いになったが、裕福な貴族の令嬢方ばかりで、親の勧める結婚はしたくないけど、さりとて今の女性がつける仕事はしたくないと思っている。

 アン・グレンジャー講師のようになりたいと憧れから、賛成派を選んだ女学生もいて、休憩後はかなり苦戦しそうだとユーリは感じる。


「女性の社会進出と言っても、範囲が広すぎて議論し難いかもしれませんね。少し、絞って論点を考えてみましょう。反対派の多くが、女性は結婚して子供を産むべきだからと言ってましたが、賛成派の反論は無いですか?」

 やはり女性の社会進出で一番の難問は、結婚と出産なのねとユーリは考え込む。

「女性が結婚しないといけないだなんて、おかしいわ。結婚なんかしないで、男性と同じように働けばいいのよ。男性は女性を家に縛りつけて支配しておきたいから、結婚させて、子供を産まそうとするのよ」

 賛成派のガチガチの意見は、反対派の反撃に火をつける。

「女性が男性と同じように働けるわけがないだろ。それに、女性が結婚して子供を産まなければ、社会は破綻してしまうじゃないか。女性の仕事は子供を産む事なのさ」

 反対派の超保守的な意見に、賛成派からのブーイングが響き渡る。

 グレンジャー講師は低俗な悪口の言い合いになりそうな雰囲気を感じ取って、授業の最初から賛成派の席に迷わず座ったのに、まだ発言をしていない女生徒を指した。

「貴女はどう思われてますの」

 ユーリは難しい問題を指されて少しビックリしたが、折角グレンジャー講師の授業を受けているのだから考えを発言する。

「女性が働きながら、結婚して、子供を持つのは無理なのでしょうか。賛成派の方の意見も、反対派の方の意見も、余りに極端過ぎるように思うのです。女性の社会進出に重要なのは、選択肢を広げる社会構造の改造だと思います。女性でも働きたいと思う人が、男性と同じように働ける職場が必要ですし。男性が働きながら結婚できるのですから、女性も働きながら結婚したい人はすれば良いと思うの。子供を持ちたい女性が、働きながら出産できる社会の仕組みを作らないと、女性の社会進出を実現にするのは難しいと思うのです」

 ユーリの意見に、アンは女性が外に出て働くという事を当たり前として考えているのに、少し驚きを感じ嬉しく思う。

「ユーリ嬢はディベートの授業を受けられたことあるのですか」

 エドアルドは反対派が黙っていないだろうと心配する。

「大丈夫ですよ、ユーリを言い負かすのは、なかなか難しいですから」

 グレゴリウスはリューデンハイムで木っ端みじんに論破された経験を思い出して少し首をすくめる。

 案の定、ユーリの意見に反対派からの反撃がおこなわれたが、ことごとく撃沈され、少し焦った学生から野次る声がかかる。

「貴女の未来の御夫君は、結婚したら大人しく家にいて欲しいと仰ってますよ」

 エドアルド、グレゴリウスは、低俗な野次に赤面して怒りを覚えたが、フランツは、ありゃ~! これはユーリを怒らしたなと首をすくめた。

 きっと手厳しい反撃がくると野次を飛ばした学生も覚悟していたが、ユーリは軽蔑を込めた眼差しを送ると優雅に席につく。

 アンは初めて見た女生徒が、ニューパロマで噂の的の女性見習い竜騎士のユーリ・フォン・フォレストであるのに気づいた。

 エドアルド皇太子の妃候補であることや、グレゴリウス皇太子も思いを寄せているとのスキャンダラスな噂に賭けまでエキサイトしていて、アンは折角の女性竜騎士なのに浮ついた話ばかり耳に入るので、少しがっかりしていたのだ。

 しかし、可憐な竜騎士とは思えない容貌に反して、反対派を論破する頭脳と、下らない野次を一瞥で黙らせたお手並に、ユーリをすっかり気にいった。

「あらあら、マーカス君、議論で勝ち目がないと思って、下らないこと言ったわね。貴方の男性優位主義的な発想が、午後からの授業で少しでも和らげれば良いのだけど。丁度、議論も出尽くしたみたいですから、ここでお昼にしましょう。昼からは、もう少し人数を区切って、午前中あまり発言しなかった生徒にも、活発な議論に参加できるようにしますわ」

 ユーリはグレンジャー講師に個人的に質問したかったので、教壇で女生徒達に囲まれている講師に近づいていく。

「貴女が、ユーリ・フォン・フォレストなのね」

 ユーリに気づいたグレンジャー講師は握手をしながら、笑いかける。

「グレンジャー講師の授業を受けたくて、サマースクールに参加させて頂きました。昼食後、少し個人的に質問があるのですが、お時間を割いて頂けますか」

 アンは昼食後なんて言わずに、一緒に食べながら話しましょうと、ユーリを教授専用の食堂に招待する。

 ユーリは連れのグレゴリウスやフランツを振り返ったが、どうぞと合図されて、グレンジャー講師と連れだって教室を後にしようとした。

 だが、先ほど野次を飛ばしたマーカスが引き止めようと、後ろから手をつかんできた。

 エドアルドとグレゴリウスはユーリの元に駆けつけたが、マーカスが床に投げ飛ばされて唖然としているのを見ることになった。

 ユーリがマーカスの鳩尾に肘鉄を喰らわせ、つかまれた手を反動にして投げ飛ばしたのだ。

「あら、すみません! 反射的に投げ飛ばしてしまって……大丈夫ですか?」

 床に呆然と寝ころんでいるマーカスの手を持って起こそうとしているユーリの方が、明らかに体重が軽いのでバランスを崩しかけたのをグレゴリウスは支えて立ち上がらせる。

「大丈夫です! こちらこそ、失礼いたしました。授業中の無礼を、謝りたいと思ったのです。引き止めるのに、いきなりレディの手をつかむなんて無礼をいたしました。すみませんでした」

 真っ赤になって謝るマーカスは、ユーリが自分の肩位までしかない身長と華奢な身体つきなのに、自分を軽々と投げ飛ばしたのに改めて驚く。

 周りの学生達も本当に驚いて、やはり女性竜騎士だから武術に優れているのだろうと感嘆したり、マーカスの無礼を咎めたり大騒動になる。

「マーカス君、少しは懲りたみたいね。さぁ、皆さん、早く食堂に行かないとパロマ大学名物のサンドイッチしか残ってないわよ!」

 残っていた学生達は、ひぇ~と悲鳴をあげて食堂へ駆けつける。
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