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第五章 カザリア王国へ

17  ユージーンは許せない

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 次の朝、眠れぬ夜を過ごしたユージーンは、簡単に食べれる物を用意させて竜舎に向かった。

『おはよう、イリス。ユーリはまだ寝ているのですか?』

 イリスは翼を上げて、寝ているユーリをユージーンに見せる。スヤスヤと寝ているユーリを見て、改めて傷つけて悪かったと反省したが、でも他の方法を思いつかなかったんだと自分に言い訳をした。

『ユーリが起きたら、怒りが納まるまで、自由にしてて良いと伝えて下さい。それと、食事を取るように言って下さい』

 軽食を置いて立ち去ろうとしたユージーンに、イリスは持って行けと言う。

『ユーリは起きたら凄くお腹が空いてると思うよ。昨日は、怒ったり、泣いたりして体力を使ったし、無茶苦茶なやり方で結界を張ったから魔力も使い果たしてる。魔力を使うと、お腹が空くんだ』

 イリスも少し空腹なのか、お腹が空くという言葉に力が入る。

『お腹が空いてるなら、置いておいた方が良いでしょう』

 魔力を使うとお腹が空くと言う言葉に驚いたが、何故イリスが食事を下げさせるのか意味がわからず尋ねる。

『お腹が空いたら、ユーリは我慢できずに大使館に行くよ。ユーリはセリーナが好きだから、任せたら良いと思う。ここに食べ物があったら、竜舎から出て行くきっかけが無くなるよ』

 なるほどと納得して、ユージーンは食べ物を持って帰った。


 食堂では、夕食をほとんど食べなかったので、いつも通りとはいえないまでも朝食をとっていた。ユージーンがユーリにと持って行った軽食を召使いに渡して、朝食のテーブルに付くのを、他のメンバー達は訝しそうに眺める。

「ユージーン卿、ユーリは食べ物を拒否したのですか?」

 気まずい沈黙の中、グレゴリウスは心配して尋ねたが、他のメンバー達も同じく注目する。

「いえ、イリスに下げるように言われたから、持って帰ったのです。ユーリは起きたら、凄く空腹だそうですから、食べ物が無ければ大使館に行くだろうと言ってました。セリーナ大使夫人、イリスはユーリを貴女にお任せすれば良いと言ってましたよ。ユーリは貴女が好きだから、言うことをきくだろうと。ユーリをお任せします。怒りが納まるまで、自由にしていいと伝えて下さい。あと、食事を取らして下されば、後は貴女が良いと思うようにして下さい」

 セリーナは自分を巨大な竜が指名したのに驚いたが、ユーリの怒りを自分が解けるのか自信が無かった。

「ユージーン卿、私はユーリ嬢を説得する自信がありませんわ」

 大使夫人の戸惑いに、ユージーンは心配いらないと答える。

「大丈夫ですよ、ユーリは女の人に怒っていませんから。それに、説得は必要ありません。ユーリに食事をさせて、面倒を見て下されば良いのです。話したがれば、話を聞いてやって下さい。ユーリは賢い子ですから、自分で何故イリスへの質問会が必要だったかわかるでしょう。まぁ、理解したからといって怒りが納まるかどうかはわなりませんが、許して貰えるまで謝りますから」

 セリーナはユーリが当分誰とも会いたくないと言った気持ちが理解できたし、世話をするだけなら自分でもできると引き受けた。

 会議があるので皆が王宮へと出かけたあと、セリーナはユーリのために、料理長にお腹に優しい具沢山のスープを作るように言って、イリスが言ったようにユーリが空腹の為に大使館に来るのを待った。


 皆が出て行く馬車の音で目覚めたユーリは、ハッと自分が寝過ごしたと焦ったが、昨夜の事を思い出して誰にも会いたくないという思いがこみ上げる。

『ユーリ、起きたのか?』

 イリスにもたれて寝ていたユーリは、ごそごそと起き上がる。

『おはよう、イリス』

 目が泣きすぎてゴロゴロするし、怒ったからか、結界を無茶苦茶なやり方で張ったからか、頭痛もしていたが、立ち上がると目眩がするほどの空腹がユーリを襲う。

『お腹が空いたわ! イリスもお腹空いてるの?』

 今まで感じたことのないような空腹感に、自分だけではなくイリスの空腹感を感じているのかとユーリは思ったのだ。

『ちょっとはお腹空いてるけど、ユーリがお腹空いてるのは、昨夜無茶苦茶なやり方で結界を張って魔力をいっぱい使ったからだよ。あんな力任せの使い方したら、お腹が空くの無理ないよ』

 ぐぅ~とお腹が鳴るのに驚いて、お腹を手で押さえる。ユーリは空腹ではあるが、昨夜の怒りも残っていたし、他の人達にどんな顔で会えば良いのか気まずかったので、大使館に行く気になれない。

『あ~、やっぱり、嫌だわ! 誰にも会いたくない! イリス、もう絶対に私のプライベートな事を話さないでね』

 折角、立ち上がったのにユーリは、また座ってイリスにもたれかかる。

『もう言わないって約束したじゃないか。まだ、私のこと怒ってるの?』

 イリスの拗ねた言葉に『怒ってないわ』と答えたが、やはり少しはまだ怒っているのかもとユーリは心の中で考える。 

 竜は嘘を付かないし、自分がまだ恋愛をしたいとも、結婚したいとも思っていないのは事実だ。でも、身体が子供を産める状態だとか、それは15才なのだから当たり前の成長だけど、ユージーンやジークフリートや大使や外務次官や、ましてやカザリア王国の国王、ジュリアーニ卿、マゼラン卿の前で宣言しなくてもと腹が立った。

 思い出すだけで恥ずかしくて、どんな顔で会ったら良いのかわからない。それに、この話をグレゴリウスやフランツ、そしてエドアルドも知っているとしたら、か~っと全身が熱くなるような羞恥心に襲われる。

 そして自分がこんなに恥ずかしく感じるような目に合わせた、ユージーンとジークフリート達に、今まで持っていた信頼や好意を裏切られた怒りを感じた。

『もう二度と彼らの顔を見たくないわ!』

 恥ずかしさと怒りとで、ごちゃ混ぜの感情がわいてきて、ユーリは叫んだが、お腹のぐぅ~と鳴る音は止まらない。

『皆、会議に出かけていないよ。ご飯を食べてきたら?』
   
『あっ、会議なんだわ』

 変に生真面目なユーリは、一瞬サボった罪悪感を持った。でも、自分が会議の控え室にいても、別に何の役に立つわけでもないし、そもそも外務省勤務を希望していた訳ではない。

 グレゴリウスの社交のパートナー役と、エドアルドとの縁談の為にカザリア王国への特使随行に選ばれたにすぎないと愚痴る。

『私、全然、役にたってないわね。イルバニア王国に帰ろうかしら? 途中で帰ったりしたら、見習い竜騎士クビかもね。駄目だわ! そんなことしたら、きっと皆に迷惑をかけることになるわ』

 今も役にたってはいないが、途中で帰ったりすると、エドアルドとの縁談を嫌って帰ったように思われる。カザリア王国の人達が気を悪くすることは明らかで、同盟締結の足を引っ張ることだけはできないとユーリは考えた。

『ユージーンが怒りが納まるまで自由にしていて良いと言っていたから、控え室に行かなくてもいいさ。何だったら、ず~っと怒ってる事にしてサボれば良いんじゃない? そしたら、見習い竜騎士はクビにならないよ。指導の竜騎士のユージーンが、サボって良いと許可をくれてるんだから』

 これからまだ1ヶ月ちかくサボる程の根性が自分にあるとは思えなかったが、イリスの言葉で気は楽になった。取りあえず、他のメンバーと顔を会わさなくても良いと安心すると、ぐぅ~と空腹感が激しく襲ってくる。

『お腹が空いてるなら、食事をとってよ! 私までお腹が空いた感じがするよ。今なら、大使館にはセリーナしかいないよ』


 自分の子供じみた態度をセリーナがどう思っているかと、大使館へ行くのをためらったが、空腹に負けてユーリは食堂に入っていった。

「ユーリ嬢、おはよう」

 食堂で自分を待っていたセリーナが、何事も無かったように振る舞ってくれたのに感謝して、挨拶して席につくと、運んでこられたスープを飲みだす。

 セリーナはユーリが朝食を食べ終わるまで、お茶を飲みながら待っていたが、泣き疲れた顔に同情した。

 大使から簡単な説明を受けて事情は知っていたが、改めてユーリの傷ついた様子に、自分が15才の乙女だったらやはりプライベートな事を公表されたくないと思っただろうと、男の人達の鈍感さに腹を立てる。

 しかし、セリーナは外交官の伴侶として長年過ごしてきていたので、ユーリには気の毒だが、王家の婚姻には世継ぎを産めるかどうかは重大な問題であり、相手のプライベートな情報も開示されるのが常識であるのもわかっていた。

 ユーリが食べ終わると、部屋でお風呂に入ったらと勧めて、当分はほっておく方が良いだろうと判断する。


 ユーリは大使夫人にお説教や、他のメンバー達との取りなしをされるのではと覚悟していた。でも、何も言わないセリーナに感謝して、部屋に戻りお風呂に入った。

 お腹もいっぱいになり、お風呂にも入ってサッパリしたユーリは、何となく見習い竜騎士の制服を着るのを躊躇って、昼用のカジュアルなドレスを着る。

 会議の控え室で待機するのをサボっているのに、見習い竜騎士の制服を着るのが変に感じて、白地に緑の模様の入ったドレスを着たら、気分が何となく解放された。

 怒りが納まるまで自由にして良いとユージーンに言われていたが、お腹がいっぱいになり、お風呂に入ってサッパリしたら、かなり怒りは解けているのをユーリは感じて、自分の単純さに呆れる。

『冷静に考えたら、エドアルド皇太子殿下の妃候補なのだから、子供が産めるかどうかは公表されても仕方ないかもね。それに公表されて困るような男性関係もないし……でも、やはりユージーンには腹が立つわ!』

 自分に内緒にしていた事と、イリスにプライベートな問題を質問したのは、やはり許せない。

『私をイリスに近づかせない為に、エドアルド皇太子にニューパロマの案内をさせたのね! 私ったら、何も知らないで楽しんだのよ。ユージーンに騙されていたのに、馬鹿みたい!』

 ユーリが行儀悪くベットの上に寝っ転がっていると、セリーナが入室の許可を求めてきた。

 慌ててベットから降りて、セリーナを招き入れたが、ベットカバーがグシャグシャで行儀悪く寝っ転がっていたのはばればれだと恥ずかしく思う。セリーナもベットカバーから、寝ていたのは気づいて、庭でお茶でもしようと誘った。


 ニューパロマの夏の気候は、ユングフラウよりも過ごしやすく、大使館の庭もバラが花盛りで美しい。ユーリは深呼吸して、バラの薫りを楽しむ。

「今日のドレス、夏らしくて素敵だわ」

 余計な事を言わずに、さりげない会話をしてくれる大使夫人に感謝して、ユーリはどうせ暇なのだから、ちょっとしたかった事をニューパロマで始めてみようと思いついた。

「大使夫人、少しニューパロマの街に出かけたいのですが、よろしいでしょうか? 買い物と、作って貰いたい物があって」

 後見人の大使夫人に許可を貰わないと外出できない不便さに、ユーリはユングフラウで自分がどれほど自由に振る舞っていたのか痛感する。

 何を買いに行くのかと聞く大使夫人に、説明し難くて口ごもっていると、外で気晴らしも良いでしょうとアッサリ許可は下りた。

「でも、侍女を付き添わしますわよ。年頃の令嬢が街を一人で歩くものではありませんからね」

 ユーリは侍女付きで外出なんかしたことが無かったので窮屈に感じたが、後見人に逆らうわけにもいかないし、荷物持ちになるわと気持ちを切り替える。

 遅い朝食だったのでお昼はいらないと言うユーリに、一瞬外出許可を出したのを躊躇ったが、お茶までには帰るよう言い聞かせて見送った。

 勿論、馬車には御者と警備の者を二名乗せていたし、付き添いの侍女も信用のおけるしっかりした者を選んだ。

 それにしても何を買いに行ったのかしら? とセリーナ大使夫人は不思議に思う。夫の大使が柄にもなくユーリを傷つけたと落ち込んでいたので、食事をとって買い物に出かけたとメモに書き、大使館員に大使に届けさせる。
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