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第五章 カザリア王国へ

13  紛糾する会議

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 今日は同盟の条約を話し合うことになっていたので、国王の代わりに相談役のジュリアーニ卿が出席していた。

 マゼラン卿はジュリアーニ卿とカザリア王国側の条約を纏めた書類をチェックしていたが、会議室に入って来たイルバニア王国のメンバーにグレゴリウスとジークフリートがいないの気づいて舌打ちしたくなる。

『折角、エドアルド皇太子とユーリ嬢を二人っきりにしようとしたのに、ジークフリート卿がついていては口説くのは無理だな……』

 両国の出席者は礼儀正しく挨拶を交わす。全員が着席して、ジュリアーニ卿が会議を開始するように合図をしかけた時、クレスト大使が立ち上がった。

「おはようございます、少し今日は別の案件を話し合いたいと思うのです。グレゴリウス皇太子殿下が欠席のうちに、ユーリ嬢の縁談について話し合いを持ちたいのですが」

 カザリア王国側もグレゴリウスのユーリへの恋心は知っていたし、エドアルドも好意を持っているので、縁談を話し合うのは歓迎だ。ジュリアーニ卿が頷くのを見て、話を進める。

「カザリア王国からユーリ嬢との縁談が同盟締結の条件の一つとして申し込まれていますが、これを一旦は棚上げにして頂きたいのです」

 不満の声をあげるカザリア王国の出席者を、ジュリアーニ卿は目で制する。

「クレスト大使、ユーリ嬢とエドアルド皇太子殿下の婚姻により、両国の同盟関係はより親密になると思うのですが。それに、こんな重要な話を一旦棚上げだなんて、イルバニア王国の誠意を疑いたくなります」

『まぁ、ジュリアーニ卿の反応は想定内だな……さてさて、どう切り出すか?』

 尤もな意見を、クレスト大使はうんうんと頷きながら聞いていたが、残念そうな顔をする。  

「私どもはカザリア王国との同盟の為に、エドアルド皇太子殿下とユーリ嬢の縁談が成立すれば喜ばしいと思ってます。ただ、まだ幼いのか、ユーリ嬢は結婚する意志が無いようです」

 突然の話に、カザリア王国の外交官達は一瞬呆気にとられた。

「クレスト大使、社交界にデビューされた令嬢が幼いとは言えないのではないですか? それとも、イルバニア王国はカザリア王国からの縁談を断るのですか?」

 反撃してきたマゼラン卿に、クレスト大使は誤解しないで下さいと、話を続ける。

「一般的には社交界にデビューされたユーリ嬢は、幼いとは言えません。マゼラン卿の仰ることは尤もです。ただ、彼女は絆の竜騎士ですから……」

 カザリア王国側はそれだからエドアルドの妃に欲しいのだと、クレスト大使の言葉が何を意図しているのか理解できない。

「騎竜のイリスは、ユーリ嬢がまだ結婚適齢期に達してないと宣言しました。その上で、絆の竜騎士のユーリ嬢を無理やり結婚させるなんて、怖ろしい事はできかねます」

 イルバニア王国の大使のしゃあしゃあとした言い分を、カザリア王国の外交官達が飲み込む訳もなく、会議は爆発寸前だ。

「クレスト大使は竜騎士では無いのに、何故イリスが宣言したなどと仰るのか?」

 失礼な発言に、これを提案したユージーンは補足説明をする。

「私は、イリスから直接聞きました。私の言葉に納得できないなら、マゼラン卿、ご自分の騎竜を連れて来られたらどうでしょう。カザリア王国の全竜に、イリスに尋ねさせて下さって結構です。竜は嘘はつきませんから、信じて下さるでしょう」

 ユージーンの言葉に自信のほどを感じたが、鵜呑みにする訳にはいかない。

「ユージーン卿、確かに竜は嘘はつきませんが、質問によっては都合の良い答えを引き出せるのでは無いですか? 失礼ですが、イリスが貴方に宣言したというのも、貴方が望む答えに誘導する聞き方をされたからではないでしょうか?」

 マゼラン卿の疑惑は、カザリア王国の全員が思いついた事だったので、各自が抗議の声をあげた。

「私は、エドアルド皇太子殿下とユーリ嬢の婚姻は、両国の同盟締結と友好関係樹立に有意義だと考えておりました。しかし、ユージーン卿からイリスの宣言を聞かされて、同盟締結は同盟締結、結婚問題とは切り離して考えるべきだと考え直しました。ユーリ嬢が大人になるのが何時かわからないのに、待っておられませんからな」

 マッカートニー外務次官の言葉は、カザリア王国側の全面譲歩を求めるのに等しいので、受け入れられなかった。

「だから、好きなだけの竜と竜騎士や外交官の方々に、イリスにそちらの好きなように質問なされば良いでしょう。納得されると思いますから」

 ユージーンの言葉は自信に満ちていたので、カザリア王国側は少し動揺する。だが、質問の仕方で都合の良い答えをこちらが引き出せば良いのだと考えた。

「では、私達がイリスに直接質問しても良いのですね。私達の騎竜も同席して、質問に参加してもよろしいのですね」

 マゼラン卿の厳しい条件にもユージーンが「お好きなように」と、平然としているので、国王の名代で出席していたジュリアーニ卿はイルバニア王国側の自信を感じた。

「皇太子妃の問題は、カザリア王国の世継ぎ問題でもありますから重要です。国王陛下と私も、質問に参加させていただきましょう」

 ジュリアーニ卿の決定で、イリスへの質問会が行われることになり、午前中の休憩になった。



 昼からの質問会までに、カザリア王国の外交官達は、イリスから都合の良い答えを引き出す質問の仕方を考えたり、メンバーを決定した。

 マゼラン卿はエドアルドの教育係として、国王陛下、ジュリアーニ卿とともに参加のメンバーに選ばれたが、休憩時間に東屋まで皇太子殿下に会いに行く。エドアルドはまだ東屋でユーリのことを思い浮かべて、うっとりとしていた。

「まだ、ここにいらしたのですか?」

 マゼラン卿は残された茶器に目をやり、二人っきりになれなかったのを確認した。

『イルバニア王国に勝手なことばかりさせません! 今更、縁談を白紙になんかさせないぞ! 昼からは少し反撃にでなくては……』

「皇太子殿下、昼からグレゴリウス皇太子殿下にニューパロマの街を案内して下さい。今日は会議に出席されてませんから、パロマ大学でも案内して、旧帝国時代からの学問の都だと教えて差し上げては如何でしょう。勿論、ユーリ嬢とフランツ卿も案内して下さい」

「やったぁ! ユーリ嬢をニューパロマの街の素敵な場所に案内できる! でも、グレゴリウス皇太子やフランツ卿のお荷物は要らないなぁ」

 鉄仮面と呼ばれるマゼラン卿だが、子供の頃から見守っているエドアルドに愛情と誇りを持っている。

『エドアルド皇太子殿下の妃に、ユーリ嬢になって頂きたい。政略結婚ではあるが、御本人も恋しく思われているのだから』

 そう思いながらも、他国の皇太子に不作法な真似をしないように教育係として注意する。

「これこれ、外国からの賓客をもてなすのも、皇太子としての勤めですよ」

 マゼラン卿に窘められて少し不満に感じたが、兎も角ユーリをニューパロマの街に連れ出せると考え直す。マゼラン卿がなぜ急にこんな事を言い出したのか考えず、どこを案内しようか? お茶はどこで飲もうか? と考えるのに熱中していた。


 イルバニア王国側は、ユーリにイリスの質問会が開かれるのを内緒にしておきたかったので、休憩時間も何事もないように過ごしていた。ユージーンはジークフリートに会議中の細かい話をしたいと離れた場所で親密に話し合った。

「何でそんな事を提案されたのですか。ユーリ嬢のプライベートな情報を公開するなんて、気の毒過ぎます。彼女は未婚の令嬢なのですよ」

 ジークフリートは、ユージーンがカザリア王国に提案したイリスへの質問会に難色を示した。

「では、ジークフリート卿はエドアルド皇太子殿下がユーリに直接プロポーズされたらどうなさるつもりなのですか?」

 エドアルドの積極的なアプローチに真剣さを感じていたジークフリートは、直接のプロポーズが有り得ると眉をしかめた。

「エドアルド皇太子殿下は17才、婚約されてもおかしくはありません。本来は、皇太子殿下が直接プロポーズなんて、外交上有り得ない行為です。でも、あのエドアルド皇太子殿下のユーリ嬢に夢中な様子なら、非常識な行為をされるかも。駄目だ、ユーリ嬢はエドアルド皇太子殿下のプロポーズを断るだろう」

 ジークフリートはユージーンがユーリがプロポーズを断るのが目に見えているので、エドアルドにプロポーズさせないように非情な予防策を取ったのだと悟る。

「でも、イリスはユーリ嬢が結婚適齢期ではないと宣言してくれるのでしょうか?」

 ジークフリートはユーリのプライベートな情報が知られるのに心が痛んだが、カザリア王国との同盟締結とエドアルドとの縁談を分けるには、確かな一手ではあると認めた。

「昨夜、私はユーリのまだ幼い寝顔を見て、彼女が精神的に子どもだと思ったのです。イリスにユーリが結婚適齢期であるか尋ねたら、まだだと明確に答えました。そして、ユーリが結婚したくない相手との結婚は許さないと宣言しましたから、誰もユーリが気にいらない縁談を勧められません」

 ユージーンの言葉に、ジークフリートは女性の竜騎士と絆を結んだイリスの強い保護欲を感じる。

「イリスは、ユーリ嬢の結婚を認めるのでしょうか? 竜は普通あんなに嫉妬深くありませんが、イリスはユーリ嬢が他の竜と話すのすら嫉妬します。ユーリ嬢の結婚を許さないと宣言されるのも困るのですが」

 エドアルドのみならず、グレゴリウスともイリスがユーリが結婚するのを許さないと宣言したら、困った状態に陥ると心配した。

「ああ、ご心配無用です。私もイリスが嫉妬深いのは知っています。尋ねてみましたが、ユーリが結婚したい相手なら、結婚しても良いと言いました。イリスが嫉妬するのは、他の竜だけで、ユーリが好きな相手と結婚しても嫉妬はしない、それどころか……」

 ユージーンは昨夜のあからさまなイリスの言葉を思いだして赤面する。

「ユージーン卿?」

 訝しんでいるジークフリートに、気を取り直してイリスの言葉を伝えた。

「イリスはユーリが子どもを沢山生んでくれるのを待っていると言っていました」

 ジークフリートはユージーンが省いた言葉を想像して、プレーボーイらしくなく赤面する。

「それは、余りにもユーリ嬢の個人的な情報が知られすぎるのではないでしょうか? せめて、私達が質問するのに限れば、イリスがあからさまな表現をしないように聞く事もできますが、カザリア王国の人達にユーリ嬢のプライベートな事を質問されたくありません」

 女性に甘いジークフリートの言葉は、ユージーンにも理解できる。ユーリのプライベートな情報を好きで公開するのではなかった。

「私もユーリの個人的な情報を、ましてやカザリア王国の人達に公開したくはありません。しかし、皇太子殿下の結婚は一国の後継者問題であり、相手の方の健康状態、子どもを生める身体であるか、素行や、男女関係まで調べるのが常識なのですから、仕方ないのではないかと思います」

 ユージーンの非情な言葉は、ジークフリートにも理解できた。もし、グレゴリウスが外国の姫君と結婚するとなれば、外交官として一番に調べあげる事だからだ。

 でも、子どもの頃からユーリの成長を見守ってきたジークフリートには辛く感じる。そして、ユージーンが自分よりもユーリと深く関わって来たのを思いだした。

 外交官として平然とした態度のユージーンが、休憩時間なので少し気をぬいたのか、ジークフリートと話しながらユーリが傷つくのを辛く感じているのをキツく握り締めた拳が表していた。

『妹のように接している彼が辛く感じて無いわけがない。ユージーン卿は見た目は冷たく感じるし、ユーリ嬢へも厳しく指導しているが、内心に愛情を隠している』

 ウィリアム卿に似ている明るいフランツ卿とは違い、ジークフリートはユージーン卿の真面目で優秀なのは前から評価していたが、付き合い難くも感じていた。

 しかし、ユージーン卿の肩をポンと叩いて、昼からのイリスへの質問会を乗り切ろうと声を掛けた。
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