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第五章 カザリア王国へ

11  特使歓迎舞踏会

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 舞踏会にはユーリはレースの少し胸の開いたドレスを大使夫人のコーディネートで着付けて貰った。

「やはり、マダム・フォンテーヌのドレスは素敵ねぇ」

「少し胸が開きすぎではありませんか?」

 ユーリは鏡に映ったドレスの胸元を少し気にする。しかし、セリーナ大使夫人のドレスはグラマーな胸が半分露わになっているセクシーな物だったので、自分の微かな胸の谷間がチラリとのぞいてるぐらいで騒ぐのは子供っぽいのかもと思う。

 舞踏会なので髪を結い上げて、ロザリモンド姫の小さなダイヤのティアラを付け、ユーリにしては開いている胸元には華奢なダイヤのネックレスをつけた姿は、とてもエドアルドと迂闊に昼寝したとは思えない、お姫様そのものだった。

 グレゴリウスはジークフリートから、エドアルドが竜達の海水浴に飛び入りで参加したと聞かされた。

『チェッ、エドアルドに先を越されたよ。私はまだユーリと竜達の海水浴に行ってないのに……ユーリやフランツはエドアルドと一緒に楽しんだんだぁ』

 自分だけ、仲間外れにされた腹立ちを感じていたが、ユーリのいつもより大人びて見えるドレス姿に魅了されて、不機嫌さは消え失せる。

『わぁ~! ユーリの胸が……』

 微かな胸の谷間に見とれていたグレゴリウスだが、ジークフリートに注意される前にエスコートする。

「ユーリ、とても綺麗ですね」

 流石に立太子式の舞踏会の時みたいに、グレゴリウスがドレスを誉めたのではないとユーリは気づく。胸の開いたドレスを着ているのが恥ずかしくなって、頬を染めた。

 ユーリの珍しく令嬢らしい態度に、ジークフリートやユージーンやフランツは驚き、この変化がグレゴリウスに良い方に作用すればよいがと願った。



 ヘンリー国王主催の舞踏会は、国王夫妻と主賓のグレゴリウス皇太子とユーリのダンスで口切られた。  

 ユーリのレースのドレスは、グレゴリウスにリードされてターンするごとに、指に掛けている裾が華のように広がって、見ていた方々はユングフラウのドレスは洗練されていると感嘆した。エドアルドも決められたお相手とダンスしながら、ユーリのドレス姿から目を離すのが難しく感じる。

『凄く綺麗だなぁ! 余所見をしていたら駄目だ……でも……つい、見てしまう』

 しかし、マゼラン卿に注意されるまでもなく、お相手の令嬢に失礼のないようには気をつけていた。二曲目は、エドアルドとユーリのダンスと決められていた。

「ユーリ嬢、さぁ踊りましょう」

 エスコートしにきたエドアルドと、今まで踊っていたグレゴリウスは、舞踏会の席なのでお互いに礼儀正しくは振る舞っていたが、内心ではユーリを巡って火花が散っていた。

「今日は、竜達の海水浴に連れて行って下さり、ありがとうございます。マルスもとても喜んでました」

 エドアルドの感謝の言葉を、素直にユーリは受けとめた。

「竜達は海水浴が好きですから、マルスをまた連れて行って下さいね。私はイリスとよく泳ぎますの。空中から海にダイブするのも、少し怖いですけど面白いですよ」

 今日、初めて見た竜の豪快な海へのダイブに、腕の中にすっぽりと収まっている華奢な姫君が参加していると聞かされて、エドアルドはダンスのステップを間違えそうになった。

「竜が海にダイブする時に、乗っていらっしゃるのですか?
 一緒に海にダイブなさるのですか」

 ユーリは少しもたついたダンスに驚いたが、エドアルドのリードが立ち直ったので安心して答える。

「ええ、イリスに乗って海にダイブするのです。しっかりとつかまって、息をいっぱい吸いこんでおけば大丈夫ですよ。皇太子殿下も試してごらんになれば、日頃の嫌なことも忘れてしまわれますわ」

 エドアルドは「試してみます」と答えたが、こんなに自由奔放なユーリの日頃の嫌なこととは何だろう? と好奇心がわいてきた。

 エドアルドが質問しようとした時に曲が終わり、ユーリを後見人の大使夫人の座っている場所にエスコートしながら、あっという間に終わった曲が短すぎるのではないかと内心で不満を持つ。

 グレゴリウスもエドアルドも、決められた令嬢方とのダンスをこなしながらも、ユーリが誰と踊るのか気になって仕方がない。

 セリーナはユーリとダンスしたいと許可を求める独身貴族達をさばくのに忙しく頭を働かせていた。ユーリは社交界に慣れていないし、ダンスが好きではないのをセリーナは知っている。だから、必要のない方とのダンスを許可して、体力を消耗させるつもりは無かった。

 セリーナは、群がる独身貴族達には手厳しい後見人だ。それでもユーリが二人の皇太子とのダンスを終えて、セリーナが座っている場所に帰ってきた時には、ダンススケジュールが、かなりビッシリと決められていた。

 ユーリは次々と大使夫人が決めたお相手とダンスをこなしたが、皆がお世辞を言うのにウンザリする。

 ユーリと踊りたいと殺到した独身貴族達のほとんどは後見人の大使夫人に振り落とされていたので、スケジュールに載っているのは知り合いの貴婦人から紹介された身元もしっかりした名門の子息だけだった。

 当然、振り落とされた独身貴族達は、黙って美しい令嬢がダンスしているのを指を咥えて見ているだけでは満足せず、割り込んできた。セリーナはにこやかにユーリのダンスを眺めながらも、夫の大使や後ろに控えさせている大使館員に割り込んできた相手の素姓のチェックで忙しい。

 今のところは問題のある相手はいなかったが、ややこしい相手が割り込んできたら、フランツや、ジークフリートや、ユージーンに割り込み返して貰わないといけないので、彼らのうち少なくとも一人は大使夫人の側で待機していた。

 若いフランツは大使夫人や大使に飲み物を取ってきたり、何人かの令嬢方とダンスするように指示された通りにダンスしたりと、忙しく舞踏会を過ごしていた。

 フランツは外国の王宮なので知り合いがいないからか、緊張感を常に感じる。ユングフラウの名門貴族として育った自分ですら神経が疲れるのだから、フォン・フォレストの田舎で自由に育って、社交界が嫌いだと言っているユーリが、知らない相手とのダンスに疲れているだろうと同情する。

 何人かの相手とダンスして、少しの休憩を貰ったユーリは、舞踏会が始まったばかりだというのに音をあげる。

「大使夫人、少し疲れてしまいました。控え室へ下がらしていただけませんか?」

「まだ控え室に行くのは早過ぎるわ。フランツ卿、ユーリ嬢に冷たい飲み物を取って来てあげて」

 ユーリはフランツから冷たいレモネードを貰い、少し喉を潤す。

「なんで、こんなに疲れるのかしら?」

 ユーリの疲れた様子に、大使夫人はあっと思い当った。

「海水浴だわ、夏の海岸の日差しで疲れたのよ。さっさと切り上げて昼寝すべきだったのに」

 昼寝なら海水浴で少し取ったとは、ユーリは蒸し返したく無いので黙る。

「大使夫人、外国で全く知らない相手とのダンスだから、ユーリは疲れるのだと思います。デビューの舞踏会では身内とかなり踊りましたから、知らない相手とは少ししか踊ってないのです。それに知らないと言っても、王妃様が選ばれた相手なので、名前は聞き覚えのある方達でしたから。私も、外国での名前も聞き覚えのない方々ばかりの社交界で、神経が疲れますから、ユーリには辛いかもしれません」

 フランツの言葉にセリーナは納得して、少しダンスのスケジュールを手直しする。

 かなり楽なダンススケジュールになったが、ユーリは結局踊り疲れて12時をまわる頃には大使夫妻と明日の会議に備えて早く帰るユージーンと共に大使館へと帰った。

 大使夫人はダンススケジュールを楽にしたが、ユーリが休憩していると、グレゴリウスとエドアルドが争ってダンスに誘うので、余り休憩が取れなかったのだ。

 二人の皇太子殿下のユーリを巡る争いには、舞踏会に出席していた全員が気づいて、マゼラン卿とジークフリート卿はお互いにどうにかしろと視線を送りあった。 

『今夜はグレゴリウス皇太子の歓迎舞踏会なのだ。ユーリ嬢はグレゴリウス皇太子のパートナーとして舞踏会に来られている。少し、エドアルド皇太子に注意したらどうですか!』

『ユーリ嬢には縁談を申し込んでいるのですよ! グレゴリウス皇太子は遠慮すべきでしょう』

 しかし、どちらも相手が引くべきだと思っていたので抑制が効かなくなった。

 ユーリが大使夫妻と舞踏会から退出すると、二人の皇太子はお行儀よく令嬢方とのダンスを続けたが、出席していた全員が気の抜けたものになったと感じた。

 大使夫妻達を乗せた馬車が王宮の門をくぐる際に、窓から甘いバラの香りが漂ってきた。ユーリの緑の魔力を知らない大使夫人の今年のニューパロマは花盛りですわねとの独り言に、クレスト大使とユージーンはドキリとして、カザリア王国の人が勘づかなければ良いがと願う。

「今度、大使館で開く舞踏会では途中退出なんて許されませんから、その日はちゃんとお昼寝して万全の態勢で迎えなくてはいけませんよ」

 大使夫人の言葉にユーリからの返事は無く、ユージーンに寄りかかってスヤスヤ寝ていた。年頃の令嬢とは思えない無防備なあどけない寝顔に、大使夫妻はまだ15才の少女なのだと思い出した。

「すみません、ユーリ、起きなさい」

 ユージーンが寝てしまったユーリを起こそうとするのを、大使夫人は止めて寝さしてあげなさいと言った。ユーリが望んで二人の皇太子の好意を引き寄せたのではないと、大使夫人にもわかっており、舞踏会で全員から注目を浴びて神経が疲れたのだと思う。

 馬車が大使館に着くと、セリーナもユーリを起こしたが、熟睡しているのか起きようとしない。

「ユーリは一旦寝たら、なかなか起きません」

 ユージーンは慣れた様子でユーリを抱き上げると部屋まで運ぶ。セリーナはユージーンがユーリのことを好きなのでは? と感じたが、血が濃すぎるわよねと否定した。

 侍女達にユーリのドレスを脱がすように指示すると、セリーナも朝からのエドアルド皇太子殿下の突然の訪問から始まった1日に疲れて自室に引き上げた。

 うとうとしながら、侍女に手伝って貰って子供のようにドレスを着替えさせて貰うとユーリは爆睡態勢に入る。

 お付きの侍女は髪に飾ってあるティアラとダイヤのネックレスを寝ているお嬢様から、そっと外すと机の上に置いて、蝋燭の灯りを消すと部屋から出て行った。

 ユーリが夢の中にいた頃、まだ舞踏会は続いており、二人の皇太子はまだ踊っていない令嬢方は何人いるのだろうと、ウンザリしながらも礼儀正しくダンスを続けていた。

 早々に退出した外務次官や、大使夫妻や、ユージーンを羨ましく感じながら、ジークフリートとフランツは皇太子殿下のダンススケジュールが終わるのを待っている。

「ユーリ嬢がいないと、冷や冷やはしなくてすみますが、少し退屈ですね」

 朝から会議に出席していたジークフリートは、欠伸をかみ殺して呟く。

「皇太子殿下に比べたら、私達は楽ですから」

 フランツはそれぞれ名門貴族の令嬢でお淑やかで礼儀正しい相手と、退屈なダンスを続けているグレゴリウスに同情した。

「なるほど、彼らがユーリに惹かれるのは、退屈に縁遠い彼女の性格の奇天烈さだ」

 年頃の見目麗しい令嬢に奇天烈は無いだろうとジークフリートは感じたが、自分の意見も似ていたので、思わず吹き出してしまう。

「そうですね、お相手の令嬢方はそれぞれ美しい方です。しかし、全員がお淑やかで、礼儀正しい方ばかりなので、同じ型で作った人形のように感じるのかも。私達のようにお一人と交際するなら個性もわかってきますが、あのように大勢のお相手をする皇太子殿下は個性に気づく暇も無いでしょうね」

 ジークフリートの艶聞を知っているフランツは、お一人ですか? と突っ込みたかったが、不発に終わった。暇になったマゼラン卿が、二人の皇太子がユーリを巡って今夜のような争いをしないように話し合いをしようと近づいて来たのだ。

「少し、お時間を頂いて宜しいですか?」

 二人の教育係は、お互いの皇太子に公衆の面前での振る舞いに注意を与える件は同意できた。

「ユーリ嬢はグレゴリウス皇太子殿下のパートナーとしてパーティーに参加されているのだから、エドアルド皇太子殿下が遠慮するべきですね」

「イルバニア王国はユーリ嬢との縁談を申し込んでいるエドアルド皇太子殿下に、知り合う機会を与えないつもりですか?」

 二人の話し合いは平行線をたどった。外交官としての経験を積んでいるので、にこやかな表情のまま言い争う。

 舞踏会に出席していた人達は両国の教育係が和やかな会話をしているようにしか思わなかったが、逃げそびれたフランツは段々エキサイトしてくる会話に冷や汗をかく。

 この夏のニューパロマの社交界は、ユーリ嬢を巡る二人の皇太子の恋の話題で持ち切りになり、どちらが恋の勝者になるのか賭けをする不埒者も出てくる始末だ。

 カザリア王国からの報告書を読んだ外務相は、同盟締結の会議が順調なのに満足したが、ユーリと二人の皇太子の三角関係に賭けが発生して、ニューパロマではエドアルドが優勢だと書いてあるのに激怒した。

「すぐにクレスト大使にグレゴリウス皇太子殿下が恋の勝者になる方に賭けさせたまえ」

 至急の密書をカザリア王国に飛ばしながら、どこか間違っていると外務省の高官は感じた。
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