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第四章 見習い竜騎士

5  外務相と国務相

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 ユーリを帰すと、国王陛下も、外務相も、ジークフリートも、ユージーンも、どっと疲れて椅子に座りこんだ。

「ユージーン卿、すまないが、国務相を至急呼んできてくれないか。それと、ざっとで良いからこの十年のヒースヒル、フォン・フォレスト、ユングフラウ周辺の農家からの税収の推移を、スピード重視で集めてくれ。詳細な報告は後で良いから、兎に角、緑の魔力の証拠を目にしたい。ああ、証拠なら、私は王宮がバラに埋もれているのを目にしてるではないか」

 落ち込む外務相を後にして、ユージーンは国務相を呼び出しに急ぐ。勿論、ユージーンは優秀な外交官だから、急いでる風は感じさせず優雅に早足で国務相のもとに向かった。

 部屋に残った三人は、気を利かしたジークフリートが何処から調達した、お酒をグラスで飲み干して人心地つく。

 黄昏がせまる部屋の中、疲れきった表情で酒を飲んでいる国王陛下と外務相とジークフリートを見て、ユージーンに急いで部屋に行くように言われた国務相のミハエル・フォン・マキャベリは驚いた。

 多分、カザリア王国への特使派遣の件か、今朝方届いたローランド王国の件での呼び出しだと察して来たのだが、いつもポーカーフェイスの外務相が疲れを全身に表しているのに心の底から驚愕する。

 皇太孫殿下、フランツ、ユーリが礼装に着替える競争をさせられたのは、今日の王宮のトピックスになっていた。秘密の会合を持つのを知られたくない外務相の悪知恵だと勘づいていたので、何事がその会合で起こったのだろうと疑問を持つ。

「国務相、貴方も私と同罪です。私達はとんでもない大失態をやらかしたのです」

 いつも辛辣だが、この様に直撃な言い方をすることのない外務相から、酷い中傷を受けて国務相は真っ赤になって抗議する。

「外務相は何をもって私を中傷なさるのでしょうか? 大失態をやらかしたとは、一体何事でしょう?」

 国王は国務相に酒を勧めて、暫く待つようにと命じる。部屋にいる三人が心底疲れ果ててるのに気づき、国務相は外務相への怒りより、不審に思う気持ちが増してきた。

 夕暮れが迫り、侍従が恐る恐る燭台を持ってきたが、ジークフリートは入り口で燭台のみ受け取って、誰にも近寄らせないように厳密に命じた。国務相は秘密の会合を持つのを知らせない為に見習い竜騎士の三人に茶番を演じさせたのに、これでは台無しだろうと思ったが、ジークフリートの思い詰めた表情に口を閉じた。

 暫くして、ユージーンが数枚の書類を手にして部屋に帰ってきた。不審に思う国務相をよそに、国王、外務相、ジークフリートは、その書類に飛びつく。

「一体、何事ですか? 私だけ茅の外に置かれるのは心外です。誰か、説明をして頂けませんか?」

 書類を真剣に読んでいる三人は、国務相の言葉が耳に届いてない様子なので、ユージーンは代わりに説明をしないといけないのかと憂鬱に思う。

「国務相、ユーリ・フォン・フォレスト嬢は、ロザリモンド姫から緑の魔力を受け継いでいるのです。今、ざっとですが彼女が住んでいたヒースヒル、フォン・フォレスト、ユングフラウ周辺の農家からの税収の変化を調べてきましたが、これほど顕著だとは思いもよりませんでした」

 ユージーンはざっと説明すると疲れて果てて、椅子にぐったりと座る。ジークフリートは書類から目を離さないまま、自分のグラスをユージーンに滑らし、ユージーンは一気に飲み干した。普段だったら礼儀正しい二人の自堕落な行為を、誰一人咎める者はいない。

 国務相はユージーンのざっとした説明で全てを理解して、机に残っていた書類に飛びつく。無言で書類を読み終えると、国務相は真っ青になって、自分の不明を国王陛下に詫び辞職を口にする。

「外務相と国務相の二人に辞められては、王国はたちゆかぬ。二人とも、馬鹿げた事を言うのを止めて、これからの事を話し合うべきではないか」

 国王陛下の珍しく厳しい叱責に、二人は頭を下げた。

「こんなに疲れていては、良い案も浮かばないだろう。暫し、食事をとり休憩にしよう。しかし、この件を話し終えるまで眠れるとは思えぬ。今夜中には新しい方針を考えて欲しい」 

 国王の退室後も、外務相、国務相、ジークフリート、ユージーンの四人は当分の間、椅子から立ち上がれなかった。

「私とユージーン卿で、軽食を用意して参ります。お二人は、私達には聞かせたくないお話でもなさっていて下さい」

 外務相と国務相は二人きりで部屋に残されて、溜め息しかつけない状況に苦笑した。

「貴方の所のユージーン・フォン・マウリッツはなかなか仕事が早いですな。私を呼びに来た後で、ざっくりとはしてますが、この報告書をつくったのですから。どうです? 国務省に彼を渡してくれませんか」

 三ヶ所の明らかに不審な税収の伸びを見落としていたショックに、辞任を口にした国務相だったが、ユーリを外国の皇太子妃にしようとしていた外務相より立ち直りは早かった。長年のライバルの軽いジャブに、外務相は気持ちが切り替わる。

「ハハハ! ユージーン卿の代わりに、サーシャ・フォン・シュミット卿を頂けるなら、考えてもいいですなぁ。あっ、シュミット卿にはこれからの会合に参加して貰わなくて良いのですか?」

『国務相の懐刀、国務省を仕切っている冷血の金庫番シュミット卿をくれても、ユージーンは渡さない!』

『ユージーンを渡すつもりはないくせに、嫌みな糞爺!』

「お心遣い感謝いたしますが、シュミット卿には、私から後で説明しておきますから大丈夫です。それより、ユーリ嬢は元々こちらの所属になるはずでしたよね。確か、カザリア王国への特使派遣の随行期間だけだったはずです」

 とっとと、うちの見習い竜騎士を返せと言わんばかりの態度で、二人の闘いの火蓋は切られる。ユージーンとジークフリートが、四人分の軽食を運んで来た時には、積年の恨みが大爆発していた。

「大体、外務省は金食い虫なんですよ。こちらが節約に節約を重ねている税金を、湯水のごとく使って」

「何を仰るやら! 国務省こそ、無能な役人を沢山雇っているでは有りませんか。それこそ税金の無駄使いでしょうが」

 二人とも若手の前ではお互いの身分を考えて、余りにも低俗な罵り合いをやめた。

 ユージーンは二人きりでいる間に、ユーリの他の能力について説明し、当分の間は外務省の管轄に置いて貰う件が話し合われて無かったのにがっくりきた。四人分のカラトリーと食器を手早く並べ、コーヒーを注ぐと、大皿から自分のサンドイッチや、コールドチキンなどを取り分けると、さっさと食事を開始する。

 ユージーンに引き続き、ジークフリートも無言で食べ始めると、外務相は国務相に愛想よく食事を勧めて、国王陛下が来られる前にユーリの他の能力と所属の件を話し合っておこうと試みた。

「ところでマキャベリ国務相、ユーリ嬢を暫くの間、皇太孫殿下と同じく外務省の管轄に留めて貰えないでしょうか? 皇太孫殿下も外務省での見習い竜騎士の実習の後は、国務省での実習に移ります。お二人の縁を結びたい私達としては、一緒にいる時間を多くした方が宜しいかと」

 食事をしながら友好的な態度で皇太孫殿下の為ですからと、話を外務省有利に進めようとした外務相の言葉に、国務相は食事を手早く終えて反撃に転じる。

「それは、話がおかしいですな。ユーリ嬢が緑の魔力を、それも住む地域が大豊作になるほどの力を持っていると判明した段階で、カザリア王国への特使随行をやめるべきでは無いでしょうか。元々、ユーリ嬢は国務省での見習い竜騎士の実習を希望されていたのですし、緑の魔力を持っているとカザリア王国に知らせたく無いでしょう。早々に国務省の管轄に返して頂きたいですな」

 うっと痛い所を突かれて、外務相は食事中のパンが喉に詰まった気分になった。確かにユーリがカザリア王国に滞在中に緑の魔力持ちだとばれるのは、非常にまずい。

 しかし、ローラン王国の南下戦略を阻止するには、カザリア王国との同盟を絶対に締結したかったので、その危険を侵す覚悟を決めた。

 外務相と国務相の睨み合いの最中に、王妃との素早い食事を終えた国王が部屋に帰ってきた。

「まだ、食事が終わってないなら続けるがよい」

 国王の鷹揚な言葉に、食事は終わりましたと、テーブルの上の食事の残骸をユージーンとジークフリートは手早く片付けて、ワゴンに乗せると外に出す。ユージーンは近くに侍従達の接近を禁止していたので、一番若手の自分がワゴンを王宮の台所近くまで押していかないといけないのかとうんざりした。

 幸い、途中で公爵家の若君が食事のワゴンを押している姿に驚いて、侍従が受け取った。部屋に帰ると、ユーリの他の能力について国王が国務相に教えている最中だった。

 国務相は緑の魔力のみを自分に教えて、他の魔力については秘密にしようと画策していた外務相に腹を立てながらも、国王の説明を真剣に聞いた。

「では、ユーリ嬢は風を読む能力も持っているのですね。海軍の連中には絶対知られないようにしないといけませんな。海にいては緑の魔力は宝の持ち腐れですから」

 海軍の関係者が聞いたら、激怒しそうな言葉を国王以外は当然だと受け止める。アルフォンスは陸軍、海軍、竜騎士隊を統べる立場なので、少し外務相と国務相の意見には引っかかりを感じる。しかし、ユーリが軍務に向かないのは、弓以外は地を這うような武術の成績表を見て明らかだったので、抗議はしない。

「後は、呼び寄せだと言ったか。全竜と会話出来るし、呼び寄せられるようだ。そう言えば、前からギャランスはユーリとよく話をしていた。ジークフリート卿、ユージーン卿、君達の竜はどうかね?」

「そうですね、パリスはユーリが大好きで、よく話してますね。ハリンリッヒ卿のキリエはイリスの親竜だから、よくユーリと話しているのを見ていました。でも、まさかユーリ嬢が全竜と話せるとは知りませんでした。前に竜騎士隊長のアリスト卿が全竜と話せるとの噂を聞きましたが、まさかと思ってましたが本当かもしれませんね」

 国王も竜騎士なので、他の動物の事よりどうしても竜中心に関心がいってしまう。

「私はアトスと絆を結んでいませんので、お二方ほど竜との会話はスムーズに出来ないのです。竜騎士に叙される前、アトスから何度となく何かを訴えかけられているような感じがして、でもはっきりとはわからなくてユーリに仲介役をして貰いました。アトスは私と絆を結びたいとは思っていましたが、微妙なニュアンスが通じないので無理だと詫びていたのです。大多数の竜騎士が絆を結べないのは、簡単な会話しか竜と出来ないからではないでしょうか? ユーリは人間と話すのと同程度の会話をアトスと交わしていましたよ」

 ユージーンの告白にアルフォンスとジークフリートは胸を打たれる。二人は幸いにも竜と絆を結べたが、大多数の竜騎士が絆を結べないのは何故なのか、はっきり述べたユージーンの勇気に感動した。それと同時に、自分達が騎竜と人間と同程度の会話が出来ていないのに気づき、ユーリの能力の高さに改めて感嘆した。

 竜騎士ではない、両大臣は単にユーリの竜騎士としての能力が高いと心に留め、次の念写の実例のユーリとイリスの見事な精密画に関心を移していた。

「これは便利な能力ですね。相手が強く念じている事を写すのですか? どの程度の内容なら写せるのか、実験してみないといけませんね。交渉時、相手の要求を念写できたら、凄く有利ですよね。それとも、画像しか念写できないのでしょうか? ジークフリート卿、この時どのように考えていたのですか」

 これこそ外務省がユーリを留めたかった能力だ。そこに、国務相も注目したので、外務省の一員であるジークフリートは言いよどんだ。

「さぁ、ユーリ嬢に姿を思い浮かべて下さいと言われて、イリスと一緒にいる姿を頭に描いていたのです。どの程度の強さ、どの様な内容が念写できるのかは、まだわかっていません」

 ふーむと考え込んだ国務相に、追い討ちをかけるように、国王陛下はユーリが竜心石を使って、王宮に結界を張るやり方を教えてくれると言ったと、重大発言を投げかけた。

「何ですって! 竜心石で結界を張る? 国王陛下に教えると言うことは、ユーリ嬢は竜心石で結界を張れるのですね。そして、竜心石も持っていると言う事ですか? 私は、もう驚き疲れてしまいましたよ。ランドルフ外務相閣下、貴方はそれでもユーリ嬢をカザリア王国への特使随行として、外国に派遣されるおつもりですか? 万が一、ユーリ嬢がカザリア王国の皇太子殿下と恋に落ちたらどうなさるおつもりですか? いえ、皇太子殿下でなくても、外国人と恋におちたら………大変だ! 外国人と駆け落ちでもされたら、目もあてられない。国王陛下、皇太孫殿下とユーリ嬢を今すぐ婚約させる勅命をお願いします」

 国務相の大暴走に国王陛下は苦笑して、絆の竜騎士のユーリに結婚を無理強いできないと答える。

「カザリア王国の皇太子とは、一瞬たりとも二人きりにしてはならない。旅の途中では、日常生活とは違い開放感もあるだろう。皇太孫殿下とユーリ嬢がなるべく一緒に過ごせるように計らい、二人が恋仲になるよう尽力してくれたまえ」

 昼過ぎのカザリア王国の皇太子殿下と引っ付けろという言葉を全面的に取り消した外務相の命令を、ジークフリートとユージーンは皇太孫のユーリへの恋心に同情していただけに素直に拝命する。しかし、二人ともユーリの普通の貴族の令嬢とは全く違う性格も熟知していたので、難問を命じられたと気を引き締めた。

 外務省の面々がユーリの特使随行を既成事実として押し通そうとしているのを、国務相は苦々しく思う。まだ派遣まで一週間以上あるので、国王陛下を説得しようと決心していた。
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