アシュレイの桜

梨香

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21 買い物!

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 召使い部屋でアンナを見つけたアシュレイは「俺も食べてないんだ」と空腹を訴えて、なんとか昼食にありつけた。

「魔法使いの弟子なら、彼方で食べたら良いんじゃないの?」

 アンナは不思議に思うが、アシュレイは口の中のパンを飲み込むと首を横に振る。

「館でも朝と昼は師匠と一緒に食べているけど、ナイフとかフォークとか面倒なんだよ」

「まぁ、そのくらい使えないと困るわよ。ほら、ここでもちゃんとナイフとフォークで食べなさい」

 アンナはちゃんとナイフとフォークで食べていたし、ヨークドシャー城の召使いの殆どはスプーンだけでは食べていない。

「ええっ、面倒臭いよ。それに俺は腹ペコなんだもん。次からは頑張るからさぁ」

 スプーンで肉を掬って食べているアシュレイにアンナは呆れる。

「魔法使いになったら、貴族様と一緒に食事をする機会も増えるのよ。マナーを覚えないと恥をかくわ。その恥は貴方だけでは済まないのよ。ベケット様やマクドガル卿にも恥をかかせる事になるの!」

 アシュレイはアンナにスプーンを取り上げられて、仕方なくナイフとフォークで食べる。

「もっと小さく切るのよ。口一杯に入れないの!」

 召使い部屋での食事なのに、アシュレイはキッチリとマナーを守って食べる事になった。ぶーぶー内心で文句を言っていたアシュレイだが、ふと思いついて質問する。

「ねぇ、アンナさんはヨークドシャーに何回も来たことあるんだよね。お祖母ちゃんに肩掛けを買いたいんだけど、良い店知らないかな?」

 アンナは買い物が大好きだ。侍女の賃金では買い物もあまりできないが、それだからこそ店を比較してより良い物をより安く買っていた。

「安い肩掛けなら、大通りを右に入った緑色の看板の店がお勧めよ。もう少しお金を出せるなら、大通りのメナード商店に行くと良いわ。あそこなら何でも揃っているわ。アシュレイ、貴方はブラシを買わなきゃダメよ!」

 ブラシなら持っているし、一応は朝にブラシをかけているのだ。ただ、すぐにボアボアになってしまう。

「アンナ、ありがとう。夕食はいつなのかな?」

 アンナは食べたばかりなのにと呆れる。

「召使い達は食べる時間は遅いわよ。今はヨーク伯爵の寄子の貴族達が大勢来ているから、晩餐会が終わってからになるんじゃないかしら」

 アシュレイは食卓の上に置いてあったパンを2つポケットの中に入れておく事にした。

「もう、行儀が悪いわよ。ハンカチに包みなさい」

 アンナは自分のハンカチにパンを包んで渡してやる。

「へぇ、ハンカチって便利だね」

「貴方もハンカチぐらい持ってないと女の子にモテないわよ」

 アシュレイは女の子とハンカチの関係が分からなかったが、パンを持ち歩くには便利だと思った。

「ハンカチも買わなきゃね」

 アシュレイは師匠を探して自分達に割り振られた部屋に行ったり、食堂を覗いて見たりしたが見つけられなかった。

「もうお城って広すぎるよ!」

 あちこち走り回って探すのに疲れたアシュレイは、ベケット師匠を魔法で探す。草原にいた師匠は簡単に探せたけど、城の中には人が大勢いて分かりにくい。

「あっ、見つけた! 違う、この人はヨーク伯爵のところの魔法使いだ。師匠は……えっ、一緒にいるんじゃないか」

 ややこしいなぁと愚痴りながら、師匠の所へ急ぐ。早くお祖母ちゃんの肩掛けを買いたかったからだ。2日ほど居るとは聞いていたが、明日、何があるかも分からない。

「この部屋の中に師匠はいるんだな」

 流石のアシュレイでも、師匠が他の魔法使いと話している邪魔はしない。それに今はサリンジャー伯爵の具合が良くないのだ。治療について話し合っているのかもしれない。両親を流行病で亡くしたアシュレイは、治療については凄く真剣に考えている。

「師匠、早く出て来ないかな?」

 アシュレイが退屈して部屋の外で待っていた時、部屋の中ではベケットとカスパルがサリンジャー伯爵の治療について話し合っていた。

「昨夜の方が状態が良かった。馬車の振動が堪えたのでしょうか?」

「それもあるが、やはり内蔵の損傷が治りきっていないのが問題だと思う。私はこの薬湯を与えたのだか、試してみられるか?」

 差し出された薬草の中にカスパルが知らない種類があった。星の形のままに干してある薬草を指で摘み出して、匂いを嗅いでみる。

「この薬草は知りません。何という名前なのでしょう?」

 ベケットは肩を竦める。

「これはマディソン村の奥の山で取れる薬草なのだ。名前は私も知らない。フローラ村のイルマというもぐりの治療師が冬の病に効くと言っていたとアシュレイがくれたのだ。私も試してみたが、弱った身体によく効く」

 他の薬草は自分の薬湯にも入れている。つまり、この星の形の薬草が重要なのだとカスパルは注目する。

「私も試してみます。分けて頂けませんか?」

 ベケットは黒い治療鞄の中から星の形の薬草を干したのが入った紙袋をそのまま渡してやる。アシュレイに頼めば採って来てくれるからだ。

 カスパルは自分の薬草と星の形の薬草をガリガリと潰して、薬湯を煮出す。その手順に迷いが無いのを見て、ベケットは優れた魔法使いだと感じる。

「やはり苦いですね」

 匙で一口飲んで、顔を顰めるが、身体の奥からスッキリした感じがする。カスパルは昨夜の徹夜で疲れていたが、元気が沸いてきて驚く。

「こんな薬草があるのを知らなかったなんて!」

 まだまだ知らない事は多いのだとベケットは竜の存在を言わないのを負担に感じた。しかし、アシュレイがもう少し大人になり落ち着くまでは内緒にしておきたかった。

「また手に入ったらお分けしましょう」

「お願いします!」と頭を下げるカスパルの部屋をベケットは出て行った。未だアシュレイの事を知らないカスパルとの接触は少ない方が良いのだ。

「師匠!」

 部屋を出た途端にアシュレイに「買い物に行こう」と強請られて、この弟子が落ち着く事があるのだろうかと溜息をつくベケットだ。

 ヨークドシャーの街でアシュレイはアンナのお勧めのメナード商会で、祖母の肩掛け、祖父には刻みタバコ、そして自分の帽子とハンカチを買った。

「お前がハンカチを買うとは珍しいな。だが、これからは鼻水はハンカチで拭くのだぞ」

 アシュレイは服は要らないと拒否したが、ベケットは聞く耳を持たず貴族に仕えるのに相応しい服を一式買い揃えた。その新品の服の袖で鼻水を拭いて欲しくない。

「えっ、ハンカチはパンを包んでおくために買ったんだよ。召使いの夕食は遅くなるとアンナが言うんだもん」

 なる程、マナーの為にハンカチを買うなんてアシュレイらしくないと思っていたベケットは納得したが、がっかりもした。

「なら、もう一枚ハンカチを買いなさい。そして、それで鼻や手を洗ったら拭くのだぞ」

 それとアシュレイにベケットは肩から下げる鞄を買ってやる。今の袋は古びていたからだ。そのいつ肩紐が切れるか分からない袋に貴重な竜の卵を5個入れて持ち歩いている。アシュレイの人間離れした魔力を体験したベケットは、竜の魔力を貰ったのだと信じている。つまり、竜の卵も本物なのだ。それをあんな袋に入れさせておけないとベケットは考えたのだ。

「買い物は疲れるね」

 マディソン村にも1軒店があるが、見渡したら全部分かるぐらいの小ささだ。それでも、アシュレイ達には魅力的で、たまにお小遣いを貰ったらそこで飴を買うのが楽しみだった。でも、メナード商会は2階建てで、アシュレイは見て回るだけで疲れたのだ。

「アシュレイ、もう少し世間に慣れないといけないぞ」

 ベケットはいずれはシラス王国で知らぬ者がいない魔法使いになるだろう弟子を思って忠告する。

「ええぇ、良いよ。俺は竜の卵が孵せれば良いだけなんだ。後はマディソン村で治療師しながら、農作業をするよ」

 野心の欠片も感じないアシュレイの言葉にガッカリきたが、その竜の卵を孵す事ができるのかどうかはベケットにも分からなかった。
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