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第十三章 迫る影
12 ヌートン大使の悩み
しおりを挟む「それで、ルカの交尾飛行は無事に終わったのですね」
昨夜はヌートン大使と話もしないで、エスメラルダと部屋に籠ってしまったのをチクリと非難されて、ショウはかなりイルバニア王国との話し合いというか、キャベツの争奪戦が激しくなってるなと肩を竦める。
「なんなら、エスメにレイテでキャベツ畑を作って貰おうか?」
そういう問題ではない! とヌートン大使の鼻の穴がぷくぅと膨れたので、ショウはキャベツの交渉は任せると言って、朝食をぱくぱく食べる。
ヌートン大使は、交渉は三度の食事よりも好きだし、強気に出られる案件なので楽しんでいるのに、ショウ王太子は全く理解してないと呆れる。
問題はマウリッツ外務大臣との交渉ではなく、ご婦人達の要求の強さと必死さで、古狐の外交官のヌートン大使も調子が崩されているのだ。
「ショウ王太子にも招待状や手紙が届いていますよ」
バサバサとテーブルに書状を積み上げられて、食べかけていたフルーツが喉に詰まりかける。
「ええっ! これは……もしかして……」
ちらっと招待状をチェックした後、大量の手紙を手に取ると、ヌートン大使の顔を不審そうに眺める。
「イルバニア王国ではキャベツ畑の呪いは有名ですからね。
勿論、グレゴリウス国王やサザーランド公爵家にも頼みに行っているでしょう。
しかし、この大使館は東南諸島連合王国の土地なのです。
このような要求には応えられません! いえ、応える必要はないのです」
ユーリ王妃がキャベツ畑の呪いをしなくなってから何年も経つので、赤ちゃんを欲しがっている夫婦は新たなキャベツ畑の噂を聞き付けて嘆願書を送ってきたのだ。
「では、キャサリン様以外は断れば良いじゃないか」
普段は考えを顔に出さないヌートン大使が百面相をするのを見て、ユングフラウで親密に付き合っている貴族からも頼まれているのだろうと、ショウは察した。
ヌートン大使が、それはそうと、とにこやかに話題を変える。
「実は、ローラン王国や、カザリア王国からも……エスメラルダ様にキャベツ畑を作って頂ければ、かなり譲歩してくると思うのですが」
揉み手をしているヌートン大使を睨み付け、ショウはイルバニア王国の王女が嫁いだ二国には情報が筒抜けだなぁと溜め息をつく。
「今回はルカの交尾飛行のお礼だから仕方ないけど、エスメラルダにキャベツ畑をそんなに作らせるつもりは無いからね」
今回のは例外だと宣言されて、ヌートン大使は美味しいお菓子を取りあげられた気分になる。
「そんなぁ……まぁ、この件は私にお任せ下さい」
強固なショウ王太子の説得はレイテのバッカス外務大臣に任せたら良いと、そそくさと嘆願書を束ねて脇のテーブルに乗せる。
気を取り直したヌートン大使は、食後のお茶を飲んでいるショウ王太子と、イルバニア王国からの招待状を検討する。
「国王夫妻の晩餐会には出席しなくてはいけませんし、フィリップ皇太子夫妻との昼食会も勿論断れません。
後、此方の大使館にもフィリップ皇太子夫妻を招いて、晩餐会を開くべきですね」
ショウはその件もヌートン大使とカミラ夫人に任せると席を立ち、朝からルカの側に付いているエスメラルダと可愛い雛竜フルールの様子を見に行く。
「本当にもう! 竜馬鹿なのは困ったものです!」
東南諸島連合王国では竜を重要視していなかったが、アスラン王、ショウ王太子と、竜騎士が続いている。イズマル島の開発で、竜は便利な存在だと評価が上がったし、その機動力の高さはムートン大使も認めている。
しかし、旧帝国から分裂した三国の、竜騎士でないと王位に就けないという不文律は馬鹿げたことだとヌートン大使は考えていたので、ショウ王太子が竜を愛するあまり、優れた後継者を撰び損ねることが無いようにと溜め息をつく。
「あのう……」大使夫人として、イルバニア王国での外交や、エリカ王女の後見人の役目まで引き受けてくれているカミラが、困った顔をして食堂に入ってくる。
「まさか、キャベツを欲しいと頼まれたのですか?」
長年、駐在大使をしているので、イルバニア王国の貴族とも親交を深めていたが、勝手な横車は押させないと、ヌートン大使は断ろうも考えていた。しかし、カミラ夫人には弱かった。
「だって、ユーリ王妃がキャベツ畑を作られなくなってから、十年ちかく経ちますもの……仲良くしている貴婦人に頼まれると、断り難くて……」
マウリッツ外務大臣には強気の交渉が出来るヌートン大使だが、いつも支えてくれている愛妻には溜め息しかでない。
「それにショウ王太子は、レイテでキャベツ畑を作って貰うとか話しておいででしたわね」
いつもながら東南諸島連合王国の女性は、諜報部員にしたくなる程だと、食堂の側にはいなかった筈なのに、大使館の中のことは自分より良く知っているとヌートン大使は呆れる。
「今回のキャベツは1つしかイルバニア王国には渡しません!
ここは東南諸島連合の土地なのですよ」
そんなブラフに引っ掛かるカミラ夫人では無い。
「まぁ! 半分はイルバニア王国に渡すおつもりでしょう。
私の所に頼みに来られた方々から聞いていますわ。
後15個も残っているのですから、少しぐらいは私の顔を立てて下さっても……
だって、来年はエリカ王女の社交界デビューもありますのよ! ここで恩を売っておいた方が良い貴婦人もいらっしゃいます」
交渉力もそこらへんの外交官より高いのではと、ヌートン大使は溜め息しか出ない。
カミラ夫人から、頼みを聞き入れた方が良いと言う貴婦人のリストを聞きながら、ふと気になる名前があった。
「ラバーン男爵夫人? 貴女は嫌っていたと思いますが」
ユングフラウには身分不相応な派手で贅沢な暮らしをする馬鹿な貴族がいて、ラバーン男爵夫人もその一味だ。そんな馬鹿な貴族にかぎって、東南諸島の一夫多妻制を見下した態度をとるので、カミラ夫人は普段は近づきもしない。
「勿論、嫌いですわ! でも、この頃ラバーン男爵夫人は社交界で幅をきかせているのですもの。
さほど裕福とは思っていませんでしたが、派手なパーティを開いては、有力者と昵懇になっているのです。
まるで社交界を牛耳っているような態度なのですよ」
ヌートン大使はラバーン男爵家の領地収入では、そんな贅沢なパーティなど何度も開けないだろうと眉を上げる。
「それに、そんなの無理だとは思いますけど、リリアナ皇太子妃の側近になるとか言ってましたわ」
ヌートン大使は、ラバーン男爵夫人のような愚かな貴婦人をマウリッツ外務大臣が娘のリリアナ妃に近づけはしないだろうと笑った。
「でも、男爵夫人はリリアナ妃に素敵なプレゼントを贈ったとか、あれこれ自慢してましたわ」
馬鹿馬鹿しいと、ヌートン大使は男爵夫人は頭が可笑しいのでは無いかと肩を竦める。
「リリアナ皇太子妃はマウリッツ公爵家で何不自由なく育ったのだよ。
宝石やドレスは山ほど持っておられる……しかし、怪しいなぁ?」
何か怪しい! と外交官の勘が告げ、ヌートン大使はあれこれ可能性を考える。
「リリアナ皇太子妃もキャベツを欲しがられるだろうか?」
カミラ夫人は、マキシウス王子は2歳になられたのだから、そろそろ第二子を欲しいと思っても不思議では無いと頷く。
「男爵夫人がキャベツを欲しがるのは、第二王子の学友狙いもあるのだろうが……」
赤ちゃんの性別は運任せだが、ラバーン男爵夫人の野心の強さにヌートン大使は呆れる。
「確か、キャベツ畑の呪いで産まれた赤ちゃんは竜騎士になる率が高いとか……まぁ、竜騎士や魔力を持つ者は子供が出来にくいから、キャベツを優先的に貰ったという事もあるが……」
竜騎士が重んじられるイルバニア王国では、キャベツの呪いは赤ちゃんを授かるだけでなく付帯価値があると、ヌートン大使は唸る。
カミラ夫人にラバーン男爵夫人に返事は保留にしておくようにと指示して、急に羽振りが良くなった理由を調査させる。
……何だか嫌な予感がする! イルバニア王国の屋台骨を崩すのは、馬鹿な貴族どもだ! その中でもラバーン男爵夫人は怪し過ぎるな……
次の日、ざっとした調査が上がり、ヌートン大使はザイクロフト卿という若いサラム王国の外交官の名前を知る。
「何故、あの貧しい国の外交官との交流で、ラバーン男爵夫人は羽振りが良くなったのか?」
もっと詳しく調査しろ! と命じながら、そのザイクロフト卿の容姿が北国のサラム王国らしからぬ浅黒く整っているとの一文に、ヌートン大使はゾクッと嫌な予感がした。
「何かあったのか?」
竜舎からご機嫌で大使館に帰ったショウ王太子に、手に持っていた調査報告書を取り上げられ、たちまち険しい顔になったのを見て、ヌートン大使はやはり予感が適中したと悟った。
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