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第十二章 新たな問題
21 ニアミス
しおりを挟むショウの胃の重たい感じは、薬を飲んで休んだら回復したが、心配したサンズとレーベン大使から小言を貰った。
「シャンパンはそんなに飲まなかったけど、ジェナス王子に悪酔いして、胃がもたれたのかも」
レーベン大使は、確かに悪酔いしそうなジェナスの姿と態度だと頷いたが、本当はザイクロフトの話が胃を重たくさせたのだとわかっていた。
しかし、サンズはなかなかショウを簡単には開放してくれなかった。
『サバナ王国で倒れたのに、又こんなに身体を酷使するだなんて! ショウが自分を大事にしないということは、私も大事に思って無いことになるんだよ!』
ショウは自分が死んだら、絆を結んでいるサンズも死んでしまうのだと、改めて反省した。
『ごめんね、これからは本当に気をつけるよ』
サンズはお詫びの印に、目の周りを掻いて貰いながら、ショウはきっと又無茶をすると思った。
『ショウは人の為に魔力を使うのを止めないだろう。なら、私がそれをカバーしなければいけないんだ……』
サンズの言葉に抗議しようとしたショウだが、騎竜の眠気に捲き込まれて眠ってしまった。
「こんなに、お疲れになっていたのか……」
夕食に呼びに来たレーベン大使は、騎竜に寄りかかって眠っているショウを見て、少し予定を調整しなおす必要を感じた。
「ゼリア王女とのんびりデートでもさせてあげよう……」
のらりくらりと返答を伸ばす官僚との話し合いなど、レーベン大使は平気で付き合える。
「ヘリオスの野望は、あのジェナス王子の様子を見ると望み薄にも感じるが、子どもが二人はいたはずだ。独立した当初は、アルジェ女王がつけた召使い達がいたので、今みたいには好き勝手ができなかったのだろう」
転んでもただでは起きない東南諸島連合王国の大使は、ショウに休養が必要なら、次代の女王とより親密になって貰おうとほくそえむ。
ショウがゼリアと、のんびりとデートしたり、それぞれの考え方を話し合っている頃、ザイクロフトはやっと馬鹿なヘルナンデス公子を説得して、スーラ王国に向かって航海の途中だった。
一応はサラム王国の商船となっているが、船長をはじめとして乗組員達は胡散臭い連中だ。
「私が乗船している間は、あまり変な行動はしないようにしろ」
マルタ公国で若い娘達を何人か奴隷として売った事に、ザイクロフトは文句をつけた。
「商船らしく、商売をしているだけさ。サラム王国には、売れる物など無いからな」
カザリア王国の北西部や、ローラン王国の難民の娘達を合法、非合法に買い、マルタ公国に運ぶ方が、サラム王国の毛織物を売るより儲けが多いのは確かだ。
「スーラ王国では、真っ当な商品を買うさ」
娘達を売り飛ばした金でスーラ王国の香辛料や米を買えば、サラム王国で高く売れると、船長は睨みつけるザイクロフトに弁明する。風の魔力持ちのザイクロフトのご機嫌を損ねるのはまずいのだ。
「なぁ、もうちょっとスピードをあげてくれないか? イルバニア王国のチーズを買ったんだ。早くサリザンへ着かないと、カビがはえてしまうぜ」
勝手なことを言う船長に、ザイクロフトは嫌味で返す。
「イルバニア産のチーズなら、東南諸島の商船がマルタ公国経由ではなく、直接本国から安く仕入れてサリザンで売ってるだろうに、何故そんな物を買ったのだ」
船長も買ったもののさほど利益がでそうにないと焦っていたので、痛いところを突かれて、ウッと口ごもる。
「チェッ! 東南諸島の船に大きな顔をさせておくな!」
ザイクロフトの容姿を見れば、東南諸島の血が流れているのは明らかだ。船長は、静かに怒りを籠めた黒い眼で睨み付けられて、ゾクゾクッとした。
「いつまでも偉そうにさせてはおかないさ! 東南諸島のお宝を満載した商船も、いずれは奪い取ってやる。そして、イズマル大陸の東部は、サラム王国の植民地として支配するぞ!」
威勢の良い言葉だが、海の覇者である東南諸島の軍艦と真っ向勝負しては、勝ち目がないのが明らかだ。
「その前に、さっさとサリザンへ行こうぜ、チーズの商品価値は下がる一方だぜ」
ザイクロフトは帆に風を送りながら、自分の不利な立場にきりきりと歯ぎしりをする。
スーラ王国の後宮で、ショウとゼリアは、お互いに次代の王位を継ぐ者として、似た立場にあると話し合っていた。
「ゼリアには協力してくれる王族はいないの?」
厄介者のジェナスは論外としても、他の王族はどうしているのかとショウは疑問を持つ。
「母上は……ジェナス兄上を政治にかかわらせたく無いと考えられた時に、他の王族も退けてしまわれたの。賄賂を貰っていたからと、聞いているけど……」
ゼリアは深い溜め息をついた。
「あの怠け者の官僚達が、賄賂の温床になっているね。賄賂を渡さないと、何も話が進まないし、許可も下りないからなぁ」
東南諸島の官僚も目を離すと、何をしでかすか信用できないと、ショウは眉を顰めた。
スーラ王国の官僚は怠け者が多いが、東南諸島連合王国の官僚は儲けに走る。目を離すととんでもない事をしでかすが、しっかりと見張れば仕事も早い。
「母上がお叱りになると、少しは仕事のスピードも上がるのですけど、直ぐに怠けてしまうの。これはスーラ王国の国民性だから、仕方ないのかしら」
温暖なスーラ王国では、米が年に何度でも収穫できる。東南諸島の国民なら、より多く儲けようとするだろうが、怠け者が多いからか、皆ばらばらと稲を刈ったり、田植えをしたりと、田園風景からしていい加減さが表れている。
「そう言えば、東南諸島でも南国の島では、魚をとり、果物や芋を食べれば飢えないので、のんびりと暮らしている人達もいるんだ。私の祖父ものんびりとした生活をおくっているよ」
ゼリアも、自分が王女でなければ、食べるだけ米を作れば良いと考えるだろうと笑った。
「忙がしいショウ様も、本当はのんびりと魚をとって暮らしたいのですか?」
ショウは、マリオ島で暮らしたらどう感じるか考えた。
「今が忙がしいから、そんな生活をしたいと憧れるけど、実際には退屈しそうだな。あっ、そうか! だから、母上は父上についてレイテに行ったんだ」
ゼリアはショウの立太子式の為にレイテを訪問した時に、ルビィに挨拶をしに出向いたので、ロマンチックな想像をしていた。
「ショウ様のお母様は、とても美しい方でしたから、アスラン王が好きになられて島から連れて来られたと思ってましたわ」
ショウは、妹のパメラ王女とスーラ王国のゼリア王女が訪問されていると、ラシンドから手紙を貰って、慌てて屋敷に駆けつけたのを思い出した。
「私も子どもの頃、何故父上が孤島の島首の娘を妻にしたのか疑問に思ったんだ。しかし、祖父に聞いて呆れてしまったよ。祖父は父上がとても綺麗な顔立ちをしているから、娘を嫁にやったんだって! 面食いなんだよ」
ゼリアはショウも綺麗な顔立ちをしていると、頬を染めた。夕暮れの気持ちの良い風を楽しみながら、婚約している二人は、お堅い政事の話をこれ以上はしなかった。
レーベン大使がショウが疲れていると判断したお陰で、ゼリアとゆっくり話し合ってお互いの考え方を確認できたし、親密になった。
「これから、チェンナイを視察して、サンズ島に向かう。そこから、イズマル島のモリソンへと北上する」
ショウはブレイブス号のワンダー艦長に、これからの予定を告げた。
「リアンとサリザンで長期の休暇を取ったので、チェンナイは短めにしたいですね」
前よりは、チェンナイの風紀も改善されたが、船乗り達の歓楽街となっているので、真面目なワンダー艦長としては、長居させたくないと提案する。
「まぁ、サンズ島で温泉につかるのも良いかもね」
相変わらずお堅いワンダーをショウは笑ったが、地図でサラム王国を見ると、気持ちがちりちりと燃える。
「ウォンビン島とサンズ島の防衛を強化しなくてはいけない! ここを押さえられると、イズマル島への航海が難しくなる」
まだイズマル島には未開の土地が多く、他国の実行支配や植民地化を退けたいと、ショウは地図で確認する。
「軍艦が足りませんよ……アルジエ海のパトロールを強化していますし、イズマル島の測量はやっと終わったばかりです。カザリア北部の海賊も活発ですし……」
ショウは、そのためにもチェンナイの造船所も視察しなくてはと、出航の準備を急がせた。
ブレイブス号が威風堂々とサリザンの港を後にした、数時間後、サラム王国の商船が入港した。
「どうにかチーズがカビる前に着けたぜ!」
馴れ馴れしく肩を叩かれたザイクロフトは、ぱっぱっと汚れをはたき落とし、サリザンの街を眺めた。
「相変わらず悪趣味な神殿だ! 蛇など何故飾るのか理解できない!」
ザイクロフトは蛇が大嫌いだった。
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