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第二章 白鳥になれるのか?

23  水晶宮の巫女姫

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 ジュリアが荒れ果てた庭をノームに頼んでバラを咲かして貰った余波が、シェフィールド中の庭や公園のバラが満開にさせた。

「まぁ! まるで巫女姫様がおられた頃みたいだわ」

 平和だった昔を懐かしむ人々に、そのエミリア巫女姫の娘が生きていたという噂が広まっていった。もちろん、水晶宮の精霊使い達は、アドルフ王に人質にされていた家族から、ジュリアの話を聞いていた。

「カリースト師、今朝のシェフィールドをご覧になりましたか?」

 もちろん、カリースト師は風の精霊シルフィードや、土の精霊ノームから、ジュリアの話は聞いていたし、弟子のサリンジャーから教育を頼まれていた。

「ああ、とてもバラがきれいだ。ノームは凄く張り切ったみたいだな」

 そんな呑気な事を言ってる場合ですか? と新たな精霊使いの長になったケインズ師は呆れるが、カリースト師には考えがあるのだろうと口をつぐむ。それに、確かにカリーストは、強いジュリアの魔力を心配していたのだ。


「おお! エミリア巫女姫の娘が生きていたのか!」

 シェフィールドが解放されて、サリンジャーが水晶宮のカリースト師を訪ねて来た時、ジュリアの事を詳しく聞いていた。

「ええ、ジュリアは精霊に愛される巫女姫の能力をエミリア姫から受け継いでいます」

 カリーストは、もしかしたらシェフィールドの精霊を呼び集めたのはジュリアなのか? と、凄まじい魔力だと感嘆する。

「何か問題があるのか?」

 サリンジャーが修行させたジュリアが、見事に作戦を成功させたと言うのに、どこか心配そうな顔をしているのが、カリーストには気になった。

「ジュリアは、ルキアス王国の貧しい農家で捨て子として育ちました。両親は他の子と区別せず育ててくれたと感謝していますが、メイドに出されるような生活だったのです。人の命令に黙って従うのが美徳とされる暮らしに慣れています」

 カリースト師は、エミリア巫女姫の娘がメイドだったと聞いて、驚きを隠せなかった。それから、サリンジャーはジュリアの魔力の強さに反比例するような精神の弱さを話した。

「ジュリアは何の修行もしていないうちから、精霊を集めていましたし、自分の感情を伝えてました。ジュリアの怒りや、悲しみが、精霊達にはダイレクトに伝わるのです」

 サリンジャーの危惧が、カリースト師にも理解できた。

「普通の精霊使いは、修行をしながら精神と魔力を鍛えていくが、巫女姫の血をひくジュリアは魔力だけが突出しているのだな。精神を鍛えないと、闇の精霊使いになるのでは? そう、そなたは恐れているのか?」

 自分の心配を見抜いたカリースト師なら、ジュリアの教育を安心して任せられるとサリンジャーは安堵する。

「師匠には、まだまだ敵いませんね。私はジュリアに闇の精霊を実体化させるのは教えてません。もう少し精神的に成長してからにしたいと考えたからです」

 これから北部の復興を手助けしに行くと言う弟子に、身体に気を付けろと忠告する。次の精霊使いの長に相応しく成長したサリンジャーが、身体を壊したりしたら困るのだ。

「師匠こそ、お身体を大切にして下さい! 精霊使いの長として、イオニア王国をお願いします」

 カリーストは老人をこき使うような事を言うなと、叱りつける。

「精霊使いの長など、こんな年寄りにできるものか! ケインズ師が適任じゃ。私はジュリアの教育係で十分だ。これだけは、きちんとしないとエミリア姫とフィッツジェラルド卿に顔向けができないからな」

 サリンジャーは、カリースト師は二人を知っていたのだと、当たり前の事に今更気づいた。

「もしかして……フィッツジェラルド卿は……」

 カリースト師は悲しそうな目をして頷く。

「ああ、フィッツジェラルドは私の弟子だった。あの頃は、私は巫女姫の教育もしていたので、そこで二人が出会ったのだ」

 なるほど! と、サリンジャーは、師匠が精霊使いの長を固辞して、ジュリアの教育を優先する理由が理解できた。それに、ケインズ師は、カリースト師ほどでは無いが、優れた精霊使いだ。

「ケインズなら、お前も上手く付き合えるだろう。少し呑気な所が欠点なぐらいだから、補佐してやりなさい」

 サリンジャーは、アドルフ王の下で国民を虐げる手助けなどできるか! と亡命した自分とは違い、家族を人質にとられ、サボることで抵抗していたケインズ師と上手く付き合えるのかと疑問を持った。

 しかし、北部の復興計画を話し合ううちに、お互いの長所を認めあえるようになった。

「サリンジャー師、貴方は自分の身体を壊したりしないように気をつけて下さいね。焦っては事を仕損じます」

 穏やかなケインズ師に諭されると、サリンジャーは自分の若さを感じる。中年の落ち着きが羨ましくなるが、少し呑気な気もする。

「少しでも復興の手助けができるように、水晶宮での精霊使い達の修行を始めましょう!」

 平和だった頃には、水晶宮に全国から優れた精霊使いの能力をもつ子ども達が集まって、修行をしていたのだ。

「それは、そうだが……まだまだシェフィールドは復興の途中だよ。食糧だって不足しているし……」

 サリンジャーは、食糧事情は南部から運び込まれるので回復するとケインズ師を説得して、修行の開始を始めて貰う。


 カリーストは、ケインズ師とサリンジャーが協力して精霊使い達を指導していってくれたら安心だと肩の荷を下ろした気持ちになった。しかし、巫女姫を教育していかなければならないのだ。

「ジュリアに会ってみたい。サリンジャーが北部へ行く前に、紹介して貰おうかのう」

 サリンジャー師も、初めての相手には緊張するジュリアを、カリースト師に紹介してから北部へ行きたいと考えていたので、ゲチスバーモンド伯爵に伺いをたてる。

「もちろん、カリースト師に指導して貰えるだなんて願ってもないことです。フィッツジェラルドも弟子として可愛がって貰ったのです」

 本来なら精霊使いの長として、水晶宮の精霊使い達を導いていくべきカリースト師がなぜ固辞したのか、ゲチスバーモンド伯爵は理解した。孫娘を巫女姫へと導く為なのだ。

 ジュリアは、サリンジャー師に水晶宮に連れて行って貰い、カリースト師と引き合わされた。

「カリースト師、宜しくご指導お願いいたします」

 お淑やかにドレスを摘まんで、お辞儀をするジュリアの手を取って、カリースト師は椅子に座らせる。

「私は、貴女の両親をよく知っています。二人の為にも、ジュリアを立派な精霊使いにしなくてはいけないと思っている」

 優しげなお爺ちゃんのカリースト師だが、しっかりと修行しようとジュリアは頷いた。

『ジュリア! 私も一緒に修行するわ』

『えっ? マリエール、シルフィードにも修行は必要なの?』

 パッとマリエールが現れて、ジュリアの膝に座る。慌てるジュリアと若いシルフィードを見て、カリースト師はクスクスと笑った。

『そのシルフィードは名前を持つには若いように思えるなぁ。よしよし、一緒に修行をすれば良いよ』

 サリンジャーは、穏やかなカリースト師なら、ジュリアを精神的に成長させてくれるだろうと安心して北部へ旅立った。

 ジュリアは、ジョージは緑蔭城に帰ってしまうし、サリンジャー師は北部へ向かったので、何となく寂しく感じる。しかし、午前中はクラーク先生と一般教養や伯爵令嬢としての嗜みを習い、午後からは水晶宮でカリースト師の指導を受ける日々の忙しさに気も紛れていった。

 それに、時々は王宮に祖父のエドモンド公や叔父のレオナルド公子と会ったりもする。

「あれがジュリア巫女姫様だ!」

 14歳なのに小柄で幼く見えるが、少しずつシェフィールドでジュリアは有力な結婚相手として注目を集めるようになっていった。豊かな南部のゲチスバーモンド伯爵家の相続人であり、エドモンド公の孫娘、そして巫女姫の再来となれば、どの独身貴族もあわよくばと考える。

 しかし、まだアドルフ王は捕まっておらず、エドモンド公は王位に就いて無かった。春から夏まで、ジュリアは落ち着いた学びの日々を送った。
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