上 下
58 / 86
第二章 白鳥になれるのか?

21  シェフィールドの新生活

しおりを挟む
 王宮を辞したグローリアとジュリアは、ゲチスバーモンド伯爵邸に向かう。シェフィールドの街は、アドルフ王の略奪の被害から立ち直りかけている。

 しかし、食糧はまだ十分庶民にまでは行き届いていなそうだと、グローリアは歩く人影もまばらなシェフィールドを見て悲しくなる。内乱が起こる前は、精霊達が集う華やかな都だったのだ。

「まぁ、庭が荒れ果ててしまってますわ!」

 ゲチスバーモンド伯爵邸は、アドルフ王に追従していた貴族に下げ渡されていたが、シェフィールド解放前に逃げ出していた。荒れた庭を見て、この調子では屋敷の中も酷い有り様だろうとグローリアは溜め息をつく。

「奥様、お帰りなさい」

 執事のセバスチャンは、屋敷を片付けるのを一時止めて、伯爵夫人とジュリア様を出迎える。

「まぁ、セバスチャン! これは酷いわねぇ。急いで部屋を整えて下さいね。アルバートときたら、こんな酷い屋敷でよくも暮らしていたものだわ」

 内乱の後始末で、屋敷の掃除や調度品のことなど考えていなかったのだろうと、グローリアは殿方には任せておけないと考える。

「クローク先生、ジュリアを部屋に連れていって休ませて下さい。ルーシー、メアリー、夜には王宮へ行きますから、荷物をほどいてドレスの皺を伸ばしておきなさい」

 てきぱきと指示を出すグローリアには誰も逆らえない。

「お祖母様はお疲れにならないのかしら?」

 ジュリアの部屋には、緑蔭城から持ってきた清潔な寝具がベッドにセットしてあった。簡単な食事を家庭教師のクローク先生と食べると、ベッドに押し込まれる。

「伯爵夫人はしっかりされてます。今ごろは、お風呂に入って休息をおとりですよ。さぁさ、夕方には起こして差し上げますから、ゆっくりとお休み下さい」

 クローク先生は、王孫になったジュリア様には、これから山ほど縁談が舞い込むのがわかっていた。今宵、王宮での食事会には身内しか呼ばれないとは思うが、もしかしたらエドモンド公が協力を得たいと考えている貴族が招待されているかもしれないのだ。

 衣装櫃からドレスを出して、アイロンをかけているルーシーとメアリーは、これからどうなるのかしらと、こそこそ話していたが、クローク先生が来たので口をつぐむ。

「今夜の食事会のドレスは、どれかしら?」

 ルーシーは、春らしい薄い水色のドレスを見せる。家庭教師にドレスのチェックをされるのは少し不満だが、イオニア王国での慣習は知らないのだ。

「それなら、エドモンド公との食事会に相応しいですわ。ルーシーはドレスのセンスが良いし、ジュリア様に似合う物がわかってますわね。これからは、忙しくなりますよ」

 クローク先生は、ドレスはセンスの良いルーシーに任せて大丈夫だと安堵する。伯爵令嬢としての立ち振舞いを、ジュリア様に急いで教えなくてはいけないのだ。家庭教師の腕の見せどころだと、武者震いする。


 夕刻までに、屋敷の召し使い達は、シェフィールドから逃げる時に金目の物を持って逃げた貴族に悪態をつきながらも、どうにか玄関ホール、応接室、サロン、食堂などを整え終わった。

「庭は後回しにするしか無いだろう」

 春になった途端に戦闘が開始され、水晶宮の精霊使いがアドルフ王の命に従うのを拒否して立て籠った時から、ここを拝領した貴族は庭の手入れをさせるどころでは無かったのだろう。代々、執事としてゲチスバーモンド伯爵家に仕えているセバスチャンは、雑草が生えた庭を見て情けなくなる。

「本当は素敵な庭なのでしょうね」

 お昼寝をしたジュリアは、庭を眺めに出て、大きな溜め息をついているセバスチャンの横に立った。

「これは、ジュリア様に余計なことをお聞かせしました。王宮での食事会に行かれるのでしょう? そろそろ、お着替えをなさらないといけませんよ」

 ジュリアは豪華な王宮や、荒れているとはいえ大きな屋敷に圧倒され、気が詰まる気持ちになって庭に出たのだ。

「緑蔭城が懐かしいわ。シェフィールドは屋敷がいっぱいなんですもの」

 今頃は、バラが緑蔭城を包み込んでいるだろう。一冬過ごしただけなのに、自分の故郷になっていると笑う。

『バラなら私たちが咲かせてあげるよ!』

 土の中からノームが顔を出し、ジュリアに話しかける。

『まぁ! ノーム、お願いします! 荒れ果てた庭を見ていると、寂しくなっちゃうわ』

 執事は腰を抜かしそうになった。みるみる間に、バラの蔦は伸びていき、蕾をつけたかと思うと、一斉に開き始める。

『これで、寂しくない?』

 自慢げなノームに、ジュリアは笑いながらお礼を言う。

『ええ、とても綺麗な庭になったわ!』

 一陣の風が吹き、バラの香りが庭に立ち込める。

『良い香りでしょ!』と、マリエールがクルクルと庭を飛び回る。

 ジュリアは、ノームの機嫌を損ねないように、マリエールを抱き寄せて、そっと褒めてやる。

『ありがとう。マリエールが居てくれるから、とても心丈夫だわ』

 ノームは、ジュリアを喜ばせたいと張りきって、シェフィールド中の庭や公園のバラを咲かせる。春といえど、一夜でバラの街になったシェフールドの市民達は、まるで巫女姫様が生きておられた頃のようだと囁きあう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...