上 下
55 / 86
第二章 白鳥になれるのか?

18  内乱の終わり

しおりを挟む
 南部同盟の旗頭であるエドモンド公が解放され、首都シェフィールドの護りの城を任されているオルフェン伯爵が味方について、戦況は一気に動いた。

 アドルフ王は首都に逃げ帰ろうとしたが、待ち伏せに逢ってかなりの軍勢を失ってしまう。その上、頼みにしていたシェフィールドに住んでいる貴族や商人達は、劣勢と見るや手のひらを反した。

「なんだって! 軍資金や兵站を出さないと言うのか! あれほど保護してやったというのに……ええぃ、出さぬというなら、強制的に取るだけだ」

 アドルフ王は、最後に残った味方とは言えないまでも、敵ではなかったシェフィールドの住民を、自分の愚かな決定で失った。

 アドルフ王におべんちゃらを言って、甘い汁を飲んでいたずる賢い貴族や商人は、とっとと見放して財産を纏めて逃げ出していた。先見の明の無い愚か者と、逃げようにも財産もない市民達は、アドルフ王の兵達の被害に逢った。

「止めて! それを持っていかれたら、家族が餓えてしまう」

 オルフェンからの街道が封鎖され、シェフィールドには食糧が不足していた。北部の領主達も、アドルフ王の劣勢を感じて、どんどんと南部同盟に参加していたので、首都は陸の孤島になっていたのだ。


 水晶宮に閉じ籠っていた精霊使い達は、自国の首都を荒らすアドルフ王軍に我慢ができなかった。

「カリースト師、無力な民をお護り下さい」

 精霊達がいずこにか消えたシェフィールドには、カリーストが名前を聞いた闇の精霊しか残っていない。しかし、名前を持つほど強力な闇の精霊を扱うのは、自分も闇の精霊使いになる危険があるのだ。精神が弱いと、闇の精霊に飲み込まれてしまう。

「そうだなぁ……これ以上、王の名前を辱しめてはいけない」

 カリーストは水晶宮の地下深くに眠る闇の精霊を解き放つ決意を固める。

『オンブラよ! シェフィールドの民を苦しめている兵達を眠らせておくれ』

 地下から闇の精霊オンブラが、ゆらりと立ち上がる。

『カリースト、兵達を眠らせるだけで良いのか? 自国の民を苦しめているアドルフを始末してやろうか?』

 オンブラなら、アドルフ王を深い眠りにつかせ、二度と目覚めぬ死の眠りに誘えるのだ。カリーストは長年の我慢の日々を思い出し、ぐらりと気持ちが動いた。アドルフ王を逃したら、内乱の火種が残るのだ。

『いや、アドルフ王の始末はエドモンド公に任せよう。オンブラ、民を苦しめている兵達を眠らせておくれ!』

 誘惑を退ける精神の強さが気に入って、カリーストに自分の名前を預けたのだ。オンブラはスッと闇に消えた。

 シェフィールドの街で、民達から食糧や金品を強奪していた兵達が、ばたばたと倒れていく。戦場に駆り出されなかった年取った男達が指示し、少年達や女達にも手伝わせて、縄で手足を括っていく。

「何をしている! 起きろ!」

 王宮の兵達もばたばたと倒れていった。アドルフ王は、すやすや眠る兵達を怒って蹴ってみたが、起きそうにない。

 日頃は威張っているが、アドルフは小心者だ。侍女だけで王宮が護れる筈はない。

「こうなったら、シェフィールドから撤退するしかない。金目の物を纏めろ!」

 侍女に命じて、蔑ろにしていた王妃を連れて逃げようと考える。王妃の実家のダベンポート伯爵領に逃げ込む算段をする。

「クラリッサ! どこにいる?」

 ガランとした王妃の部屋を唖然として眺める。政略結婚の相手である王妃を蔑ろにしたツケを、アドルフは今夜払うことになった。解放されたエドモンド公から、書簡を貰ったクラリッサ王妃は、実家のダベンポート伯爵家に退避したのだ。

 広い王宮で、孤立無援になったアドルフ王は、侍女が集めた銀製の食器や金目の物を引ったくると、シェフィールドの闇の中に消えていった。


「アドルフ王は何処に?」

 王宮を制覇したエドモンド公の前に引き出された、侍女達は、どうなるのだろうと、固まってぶるぶる震えていた。

「存じません……」

 エドモンド公は、イオニア王国中に、アドルフ王を見つけ出すお触れを出した。しかし、なかなかアドルフ王は見つからなかった。

 逃げたアドルフ王だけでなく、エドモンド公には数多くの問題があった。レオナルド公子と共に、自分に恭順を誓う諸侯に会見していく。しかし、エドモンド公はオルフェン城から解放された時から、果たしたい夢があった。

「ゲチスバーモンド伯爵、未だジュリアはシェフィールドに到着しないのか?」

 南部同盟の盟主としての顔を忘れて、早く孫娘に会いたいと焦れる。

「グローリアと共に、もうすぐシェフィールドに着きます」

 一日に何度、この会話を繰り返すのだろうと、ゲチスバーモンド伯爵は苦笑するが、自分もサリンジャーから孫娘が生きていたと手紙で知らされた時は、同じ思いだったと苦笑する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

異世界行ったらステータス最弱の上にジョブが謎過ぎたからスローライフ隠居してたはずなのに、気づいたらヤバいことになってた

カホ
ファンタジー
タイトル通りに進む予定です。 キャッチコピー 「チートはもうお腹いっぱいです」 ちょっと今まで投稿した作品を整理しようと思ってます。今読んでくださっている方、これから読もうとしていらっしゃる方、ご指摘があればどなたでも感想をください!参考にします! 注)感想のネタバレ処理をしていません。感想を読まれる方は十分気をつけてください(ギャフン

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

忍びの末裔の俺、異世界でも多忙に候ふ

たぬきち25番
ファンタジー
 忍びの術は血に記憶される。  忍びの術を受け継ぐ【現代の忍び】藤池 蓮(ふじいけ れん)は、かなり多忙だ。  現代社会において、忍びの需要は無くなるどころか人手が足りない状況だ。そんな多忙な蓮は任務を終えた帰りに、異世界に転移させられてしまった。  異世界で、人の未来を左右する【選択肢】を見れるレアスキルを手にしてしまった蓮は、通りすがりの訳アリの令嬢からすがられ、血に刻まれた【獣使役】の力で討伐対象である猛獣からも懐かれ、相変わらず忙しい毎日を過ごすことになったのだった。 ※週一更新を予定しております!

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

処理中です...