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第二章 白鳥になれるのか?

1  ここがイオニア王国なのね!

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 祖母のグローリアはジュリアが船酔いしないかと心配したが、サリンジャーと二人も精霊使いが乗っているからか、酷く揺れもせずにすいすいと進む。

「ジュリア様、船は揺れるものだと思ってましたが、馬車よりも快適ですね」

 侍女のルーシーも船に乗るのは初めてなので、少し船酔いするのではと不安だったが、馬車にずっと座りっぱなしより、こうして甲板を歩いたりできるので楽だと笑う。

「ルーシー、それはサリンジャー師がシルフィードに頼んで下さっているからよ」

 ジュリアは空を見上げて、帆に風を送っているシルフィードに手を振った。サリンジャーはシルフィードが喜んで風をもっと帆に送るのを見て、やはりジュリアは精霊に愛されていると笑う。

 ゲチスバーモンド伯爵一行を乗船させている船長は、精霊使いが常に居てくれたら航海は楽勝なのにと溜め息をついた。

「お祖母様、イオニア王国まで何日かかるのですか?」

 グローリアは行きは10日はかかったが、この調子なら一週間で着くだろうと笑う。

「船旅はお風呂に入れなくて不自由ですが、ゲチスバーモンドに着いたら、温泉が城内にも引いてあります。暖かなお湯につかって、ゆっくりと寛ぐことができますよ」

 風が寒いのではと、ショールをジュリアにかける。

「私が育ったゲチスバーグは寒い土地だったから、このくらいの風は気持ち良いぐらいです。お祖母様こそ、ショールをかけて下さい」

 自分ではかくしゃくとしているつもりだが、もう年なのだとジュリアに労られて、グローリアは苦笑する。

『孫に労れる年になったのね……フィッツジェラルドが亡くなってからは、ずっと復讐を考えて生きてきたけど、この孫娘を護っていかなければ』

 アドルフ王には虫酸が走るが、グローリアは内乱には飽き飽きしていたし、こうして孫娘と一緒にいると護ってやりたいという気持ちが込み上げてくる。

「そろそろ日も陰るから、船室に入りましょう」

 ジュリアは船室にいるより、甲板でシルフィードや海のオンディーネ達を眺めていたかったが、お祖母様の言いつけに従う。

「やれやれ、グローリアはジュリアを一瞬たりとも側から離しそうにないな」

 ゲチスバーモンド伯爵は妻の過保護を笑ったが、サリンジャーは愛情をたっぷりと与えられるのはジュリアにとって自我の確立につながるのではと考えた。

「今はジュリアも身内が出来た喜びで反抗もする気も起きないでしょう。でも、たっぷりと愛情を注がれて満足したら、きっとお祖母様離れしたくなりますよ」

 そうだと良いのだかと、グローリアの支配力を知っているゲチスバーモンド伯爵は肩を竦める。



「ほら、あの岬はイオニア王国ですよ!」

 はるか遠くに緑の陸地が見えて来たのを指差して、グローリアはジュリアに教えてやる。

「良かったですわね~」とルーシーは船旅に飽きてきたので、やっと陸地に着くと聞いてホッとする。

 グローリアは孫娘のジュリアからの反応が無いのに、少し不審を覚えて振り向いた。

 ジュリアはサリンジャー師から話は聞いてはいたが、イオニア王国の精霊達の多さに驚いてしまい、お祖母様の言葉に返事をするどころでは無かった。

『ここがイオニア王国なのね! あなた達は私達を歓迎してくれるの?』

 ジュリアとサリンジャーの帰国を祝うように、岬からシルフィード達が船の上まで出迎えに来ていたのだ。見知らぬ精霊使いと、前にいた精霊使いを歓迎して、帆の上には大勢のシルフィードが舞っている。

『久しぶりだね』サリンジャーは懐かしい自国のシルフィード達に挨拶する。

『港まで連れて行ってくれるかい?』

 帆はぱんぱんに風を受けて、ゲチスバーモンドの港へと一直線に突き進む。

「一寸、加減して貰わないと、帆が破れてしまいます」

 船長の悲鳴に、サリンジャーがシルフィードにもう少しゆっくりと風を送ってくれと頼みなおしたりと大騒動だ。



 そんな間にも、陸からは精霊達が集まってくる。

『貴女は誰?』ジュリアの髪の毛を巻き上げながら、若いシルフィードが名前を聞いた。

『私はジュリアよ』

 未だ若いシルフィードは『ジュリア? 違うわ! マリエールよ』と言い返す。

『覚えているわ! 赤ちゃんだったの』

 サリンジャーとジュリアは、この若いシルフィードが間違えてゲチスバーグに運んだのだと気づいた。

『あなたが私を助けてくれたのね! ありがとう』

 礼を言われたシルフィードは嬉しそうにくるくると舞った。

『そんなに感謝しているなら、私に名前をちょうだい! マリエールが良いわ! もう使わないのでしょ!』

 周りの大きなシルフィード達は、若いくせに名前を持つだなんて生意気だと撥ね飛ばそうとしたが、ジュリアは手を伸ばして若いシルフィードを庇った。

『あなたはマリエールよ! これからは、そう名乗ると良いわ!』

 年若いシルフィードが嬉しそうに舞い上がると、他のシルフィード達もジュリアと仲良くして名前を貰おうと騒ぎだす。

「ジュリア! 貴女はやはり巫女姫の娘さんなんですね。精霊に名前を教えて貰える事も稀な話なのに、名前をつけるだなんて聞いたことがありませんよ!」

「ええっ! そうなんですが? ではマリエールと名付けてはいけなかったの?」

 驚くジュリアに、今更名前を取り上げたら、怒って大変ですとサリンジャーは慌てて止める。

「私は名前を教えて貰えるという事しか知りません。しかし、こんなにシルフィード達が望んでいるという事は、誰かが今までも名前をつけてやっていたのでしょう」

 つけてしまったマリエールは取り消せないが、他のシルフィード達に気楽に名前をつけて良いものかサリンジャーも判断できなかったので、今は止めておきなさいと忠告する。

 そんな様子をゲチスバーモンド伯爵は笑いながら、妻のグローリアに説明した。

「ジュリアとサリンジャーは今は出迎えの精霊達との挨拶で忙しそうだよ。さぁ、ゲチスバーモンドの港まではあと少しだ!」

 精霊使いとしての能力は低いが、現実面の処理能力の高いゲチスバーモンド伯爵は、召使い達に荷物の整理を命じる。グローリアもぼんやりと空を見上げて、あれこれ話している孫娘が巫女姫の娘なのだと改めて気づいた。

「ほら、ルーシーもジュリアの荷物を纏めておきなさい。港に着いたら、すぐにでも城へ帰ってお風呂に入らなくては!」

 髪が潮風で傷んでしまったと、ぶつぶつ文句を言いながら、ジュリアにはルーシー以外にも家庭教師や友人が必要だと色々な手配を頭で考える。
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