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第一章 醜いあひるの子

28  ジュリアの困惑

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 ジュリアは、自分の両親の話を聞いて、赤ん坊を捨てるような酷い親ではなかったことに安堵した。そして、悲恋ではあるが、愛し合っていたと知り、少し自信が持てるようになった。

『お父様、お母様、今まで赤ん坊の私を捨てた酷い人間だと、恨んでいて、ごめんなさい』

 両親へのわだかまりは消えたが、その死の原因になったアドルフ王への恨みを心に抱いてしまった。

『アドルフ王、いつか仇をとってやる!』

 ジュリアは、母親を無理やり側室にしたアドルフ王に嫌悪感を持ち、両親を殺したことが許せなかった。精霊達が逃げ惑う様子を見て、ジュリアは自分の溢れる怒りを抑えたが、心の奥底にはマグマのような塊を抱いていた。


 まだ、サリンジャーはジュリアに内乱の原因や、エミリア姫の親がアドルフ王に投獄されている事などは、話していなかった。ゲチスバーモンド伯爵がジュリアに会う前に、イオニア王国の内乱の事情も話せば良いと考えたのだ。

 そして、ジュリアが両親の話を聞いて、衝撃を受けたのには気づいていたが、アドルフ王への復讐を胸に抱いているとは、考えてもいなかった。何故なら、サリンジャーは女の子が両親の死を聞いて、悲しんだりするのは理解できても、まさか仇をとるとかは考えないだろうと思い込んでいたからだ。


 ジュリアは、サリンジャー師の思いとは違うが、自分で考えるようになった。精霊使いの修行にも、積極的になり、今までみたいに魅入られて、ぼんやりすることも少なくなった。

『海のウンディーネ、魚をとって欲しいの』

 あの名乗った海のウンディーネは、その後姿を現さず、煌めく海の精霊達を実体化させた海のウンディーネに、ジュリアは自分の願いを叶えさせる。海のウンディーネが魚を何匹も海岸に投げてくれたので、ジュリアは夕食には充分だと、笑いながらお礼を言う。

「ジュリアの精霊使いの能力は凄いとは思うけど、海のウンディーネに魚を取って貰わなくても良いのでは?」

 相変わらず、実体化させるのも、成功したり、失敗したりの、ルーファス王子は、何か違うと首を傾げる。

「今は、精霊を実体化させて、自分の願いを叶えて貰う練習ですからね。これが終了したら、各々の精霊が出来る技について、勉強します。でも、まだ一番気性の荒い火の精霊と、気を抜くと危険な闇の精霊の実体化も修行してませんから、なかなか技の修得までの道程は厳しいですよ」

 穏やかなサリンジャー師だが、精霊使いの修行に関しては厳しく、ルーファス王子とセドリックは、さぁ、貴方達も海のウンディーネを実体化させなさい! とびしばし指導される。



 その日の夕食には、海のウンディーネが取ってくれた魚が調理されて出された。

「何か、この料理に問題でも? ルーファス王子様はお魚はお好きでしたわよね」

 さんざん、海のウンディーネを実体化させる練習をさせられて、失敗し続けたルーファスは、目の前の魚を恨めしく眺めていたが、女主人の伯爵夫人に怪訝な顔をされて、好物ですと食べ始める。セドリックも、微妙な気持ちで眺めていたが、母上に尋ねられる前に、ナイフで切り始めた。

 サリンジャー師は思わず、不出来な弟子達の微妙な表情を見て、吹き出してしまい、アンブローシア伯爵夫人に謝る。

「申し訳ありません、この魚はジュリアが海のウンディーネに取ってもらったのです。二人は、海のウンディーネに振られてしまったので、複雑な気持ちなのでしょう」

 伯爵夫人は、自分の屋敷のもてなしに問題が無かったと、安堵したが、伯爵は自国に精霊使いをとの国王陛下の願いの成就は難しそうだと眉をしかめた。

 食後はサロンへ移動して、コーヒーや会話を楽しむのだが、ジュリアは苦手だ。両親のことを知り、自分が価値の無い捨て子では無かったと、少しは自信を持つようになったし、伯爵夫人の頼みで男性陣はレディとして接していたので、前よりはおどおどしなくなったが、教養不足を感じていたし、場馴れしていなかった。

 アンブローシア伯爵夫人は、サロンでは令嬢も気のきいた会話を楽しむものだと考えていたので、ジュリアが黙って座っているだけなのを見て、鍛え上げる必要を感じる。勿論、若い令嬢が目上の方達の会話に割り込んだり、自分しか興味の無い話題を延々と話すような無作法を許すつもりはない。

「そう言えば、ジュリアはお兄様の結婚式に行きたいと言ってましたね。結婚式は何時でしたかしら?」

 全員が、伯爵夫人がジュリアに話を振ったのだと気づいた。

「結婚式は明後日ですが、できれば明日にはゲチスバーグに帰って、手伝いをしたいのです」

 伯爵夫人は、養家の結婚式だから参列は許可したが、手伝いとか、泊まるのには難色を示す。

「結婚式には、貴女以外の女の人も来られるのでしょう? 前日から手伝いに行かなくても、よろしいのでは?」

 サリンジャーも、ジュリアを養育してくれた家族には感謝していたし、ゲチスバーモンド伯爵もお礼をするだろうと思ったが、農家に泊まると言うのに困惑を感じる。

「遠くの親戚とかも、結婚式に来られるのでは無いですか? 部屋とかも満杯になるのでは……」

 ルーファス王子とセドリックは、二人がジュリアが結婚式に行くのは仕方ないが、養家との関係を考え直すべきだと指摘しているのだと気づいた。

「お姉ちゃん達は、同じ村に嫁いでいるから泊まりません。お兄ちゃん達は、出稼ぎ先から帰って来るけど……」

 血のつながらない若い男と農家に泊まるのかと、伯爵も難しい顔をする。

「私は、環境が変わったことを、両親に簡単にしか手紙で知らせて無いのです。あまり、難しい文字は読めませんし、まだ……だから、家に帰った時に、両親に直接話したいと思っているのです」

 サリンジャーは、祖父のゲチスバーモンド伯爵と会うまでは、ジュリアが孫と認めて貰えないのではと恐れているのを感じた。

「ジュリア、貴女はゲチスバーモンド伯爵の孫なのです。そして、エミリア姫の娘なのですから、農家に泊まるのは考えなおした方が良いです」

 ベーカーヒル伯爵は、サリンジャー師がジュリアをイオニア王国の伯爵令嬢として扱うのに、難色を示した。

「そうは言っても、ジュリアも両親とゆっくりと話し合いたいだろう。結婚式の当日は、慌ただしいから、こんな重要な話をしている暇などないかもしれない。ゲチスバーグ卿の屋敷に泊まらせて貰えば良いのだ」

 賢いアンブローシアは、夫が何を考えているのかピンときた。

「そうですわね、ゲチスバーグ卿なら、ジュリアを泊めて下さるわ」

 これで話はついたと、伯爵夫人は手紙を届けさせれば良いと微笑む。

「ゲチスバーグ卿のお屋敷に……そんなぁ! 領主様のお屋敷になんて泊まれません!」

 滅相も無いと、ぶるぶる身震いするジュリアに、全員が呆れる。ルーファス王子や伯爵子息のセドリックと精霊使いの修行をしているのに、騎士階級のゲチスバーグ卿を畏れる必要など、サロンにいる全員がないと思った。

「そんな卑屈な態度は許しませんよ! 確かに、前はゲチスバーグ卿の領民だったかも知れませんが、今は違うのです。まぁ、今回はセドリックを付き添わしましょう」

 アンブローシアとしては、親切で言ったのだが、ジュリアは、そんな畏れ多いと、口にした。アンブローシア伯爵夫人とサリンジャー師は、ジュリアのレディ教育は一筋縄ではいかないと、大きな溜め息をついた。
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