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第一章 醜いあひるの子
20 お祖父様?
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ジュリアの精霊使いの修行は、ルーファス王子とセドリックが、学問や武術の合間にサリンジャー師の元へ行ける時間にあわせることになった。
「もっと詰めて、精霊使いの修行をするべきなのですが……」
王子としての学問も大切だが、イオニア王国では能力のある若者は精霊使いの修行にもっと専念したのだ。
「せめて、ジュリアだけでも毎日修行をすれば良いのに……」
セドリックは精霊使いの師匠としては、サリンジャー師を尊敬していたが、できればジュリアをルキアス王国に留めておきたいので、自分の目の届く所で修行させたかった。
「ジュリアは一般教養を身につけなくてはいけませんから」
一般教養なら自分でも教えられると言うサリンジャー師に、音楽やダンスや刺繍もですかと質問しかえす。
「音楽やダンスなら……でも、刺繍とかは……」
レディとしての嗜みとかは、自分ではお手上げだとサリンジャー師は渋々認めたが、内乱状態のイオニア王国のことを思うとチリチリと胸の奥が焦げる気持ちになる。
「せめて、ジュリアが生きていることをゲチスバーモンド伯爵にお伝えしたい」
ジュリアが離れに来てから、今までよりも多くの精霊達が集まっている。サリンジャーは庭に出ると、精神を集中させる。沢山の風の精霊達が集まって来たので、満足そうに深呼吸すると、胸のポケットから手紙を取り出して高く掲げた。
「シルフィード! イオニア王国のゲチスバーモンド伯爵にこの手紙を届けておくれ!」
沢山の風の精霊達は半透明なシルフィードになり、手紙を手に取ると、一陣の風となって消えた。
「無事に着けばよいが……」
万が一、アドルフ王の精霊使いに手紙を横取りされても良いように、ジュリアの存在を簿かして書いていた。
「水晶宮に仕える、いや、アドルフ王に無理やり使役されている精霊使いなら、この内乱をおさめたいと願っている筈だ」
故国の方を眺めて、シルフィードが手紙を届けてくれることを祈った。
サリンジャーの心配通り、アドルフ王は支配下に置いている精霊使い達に、国内外からの通信を妨害させていた。自国の内乱状態につけこまれるのを防ぐ為と、反乱を起こした南部の貴族達が精霊を使って情報をやりとりするのを妨害していたのだ。
王宮の横にある、精霊使い達が修行したり、イオニア王国の為に仕える水晶宮の通信塔で、一人の年老いた精霊使いが、戦いの血の臭いに弱ったシルフィードを保護した。
「おや、お前さんは遠くから来たのだねぇ」
ほぼ消えかけていたシルフィードは、年老いた精霊使いに癒された。半透明な手を伸ばし、年老いた精霊使いに手紙を差し出す。
「おやおや、お前さんはこの手紙を届けなくてはいけないのじゃないのかい?」
この地を離れたいという気持ちだけで、本来のお使いを途中放棄しようとしているシルフィードの気儘さと、それほど現在のイオニア王国は居心地が悪いのだと指摘されて、年老いた精霊使いは苦笑する。
「ちょっとお待ち、私がどうにか本来の受取人に手紙を……おお! サリンジャーではないか!……あの子は無事に亡命できたのだな!……ゲチスバーモンド伯爵? あの子の親戚だったかのう?」
アドルフ王に従うつもりのない年老いた精霊使いは、昔の弟子に簡単な手紙を持たせてシルフィードをルキアス王国に帰らせた。
「さてさて、この手紙を内密にゲチスバーモンド伯爵に届けるのは難儀だぞ……」
年老いた精霊使いは、水色の瞳を空に向けて、少ししか見えない精霊達に溜め息をつく。
「昔は常に精霊達がこの水晶宮の上で、精霊使いの呼び声に応えようと、気持ち良さそうに舞っていたものだが……」
それでも、熟練の精霊使いはシルフィードを実体化させて、かつての弟子の手紙をゲチスバーモンド伯爵に届けさせた。
「カリースト師! 今、精霊を集めておられたのでは?」
全ての精霊使いが、無能なアドルフ王に従っているわけではないが、このように権力になびく馬鹿者もいると、精霊使いの長を名乗るタニスンに溜め息をついた。
「いや、少し精霊達と戯れていたのだ。昔の水晶宮には精霊達が……」
年寄りの戯言に付き合っている暇は無いと、話の途中で背を向けたタニスンが高い塔から降りる。
「おや、カリースト師? 何かありましたか? タニスンがわざわざ通信塔に来るだなんて、王宮でアドルフ王におべんちゃらを言うのに忙がしいだろうに」
アドルフ王が任命した精霊使いの長タニスンを、ほとんど精霊使いは認めていない。
「誰かが精霊使い長にならなくてはいけなかったのだ。タニスンは貧乏くじをひいたのだから、そのように言っては可哀想だぞ」
南部の内乱をおさめるどころか、全国に広がらせたアドルフ王の無能には、精霊使い達はうんざりして、誰も長になりたがらなかったのだ。
「タニスンは精霊使いではありません!」
精霊使いとしては三流のタニスンは、アドルフ王の甘い言葉に籠絡された。
「いや、タニスンも精霊使いじゃよ……」
精霊を集めていたのを察知して、塔まで登って来たのだと、カリーストはタニスンを馬鹿にしている精霊使いを諌めた。
「そうですね、私も慢心してました」
謝る精霊使いを手で制すると、ゆっくりと塔を降りながら、真っ直ぐな気性過ぎて、アドルフ王の遣り方が我慢できずに亡命したサリンジャーは、何をゲチスバーモンド伯爵に知らせたのだろうと呟いた。
イオニア王国の南部は、反乱を起こしたゲチスバーモンド伯爵や、その同盟者達が治めている。豊かな大地と、清らかな川、そして南に良港を持つゲチスバーモンドは、本来は精霊が集う場所だ。
しかし、長年の内乱で、血の臭いを嫌う精霊達はめっきり少なくなっている。ゲチスバーモンド伯爵は精霊使いの能力は息子のフィッツジェラルドほどは恵まれていなかったが、城の物見にいた時に、フッと風の精霊シルフィードが現れたと思うと、ヒラリと手紙を落とした。
「おや、シルフィード! 手紙を届けてくれたのかい、ありがとう」
近頃はすっかり見ることも稀になった精霊にお礼を言うと、手紙を拾い上げる。
「サリンジャー? 確か、ルキアス王国に亡命した精霊使いが、そのような名前だったと思うが……」
名前ぐらいしか知らない精霊使いからの手紙を、書斎で開けて読み始めたゲチスバーモンド伯爵は、わなわなと手を震わせた。
「これは! まさか、フィッツジェラルドの娘が生きていたと言うのか?」
精霊使いになると、王都シェフィールドに出掛けた息子が、巫女姫エミリアと恋に落ちたと噂に聞いた時は驚いた。そして、アドルフ王に結婚許可を求めると手紙が来たまま、国を揺るがすスキャンダルに巻き込まれたのだ。娘程も年の離れたエミリア姫を、アドルフ王が側室にしたとの噂がゲチスバーモンドまで届いた時、フィッツジェラルドを呼び戻そうとしたが、遅かった。
二人はアドルフ王の目を盗んで、何処へか逃げ失せたのだ。
その後のフィッツジェラルドとエミリア姫、そして産まれたばかりの孫娘マリエールが惨殺された事件が、元々アドルフ王の圧政に苦しんでいた南部の貴族達が立ち上がる切っ掛けになったのだ。
「マリエールはルキアス王国にいるのか?」
手紙が他の人間に奪われる危険性を考えたからなのか、サリンジャーの書いた内容ははっきりしていない。
「孫娘が生きているなら、罠の可能性があろうと、是非会わなくては! マリエールはフィッツジェラルドとエミリア姫の娘なのだから!」
ゲチスバーモンド伯爵は若くして亡くなった息子の忘れ形見を思い、ルキアス王国に行くことを決意した。
「ジュリア! 君のお祖父様がルキアス王国に来られると返事があったよ」
いつものように離れに、精霊使いの修行に来たジュリアは、興奮したサリンジャー師の言葉に驚いた。
「ええっ? でも、イオニア王国からヘレナまでは遠いのでしょ? お年寄りなのに、大丈夫なのかしら?」
血の繋がった祖父に会いたいとは思うが、本当にイオニア王国の伯爵様が孫と認めてくれるのかと、少しジュリアは不安にもなる。
『シルビアお嬢様みたいな美少女とまでは望まないけど……せめて、私が妹のマリアみたいに可愛ければ、お祖父様をがっかりさせないのだけど……』
侍女のルーシーに髪に香油をつけてブラッシングして貰い、服や髪型もセンス良く着付けて、前よりは女の子らしくなっているが、鏡に映る自分を見ると溜め息がもれる。
『精霊達は私がガリガリでも気にしないけど、お祖父様はどうかしら? それに、精霊が間違って他国のゲチスバーグに私を運んだだなんて、私もまだ信じることが難しいのに……お金目当てだと疑われないかしら?』
未だ見ぬ祖父を思うと、ジュリアは期待と不安で心が揺れ動き、精霊達も落ち着かなかった。
「もっと詰めて、精霊使いの修行をするべきなのですが……」
王子としての学問も大切だが、イオニア王国では能力のある若者は精霊使いの修行にもっと専念したのだ。
「せめて、ジュリアだけでも毎日修行をすれば良いのに……」
セドリックは精霊使いの師匠としては、サリンジャー師を尊敬していたが、できればジュリアをルキアス王国に留めておきたいので、自分の目の届く所で修行させたかった。
「ジュリアは一般教養を身につけなくてはいけませんから」
一般教養なら自分でも教えられると言うサリンジャー師に、音楽やダンスや刺繍もですかと質問しかえす。
「音楽やダンスなら……でも、刺繍とかは……」
レディとしての嗜みとかは、自分ではお手上げだとサリンジャー師は渋々認めたが、内乱状態のイオニア王国のことを思うとチリチリと胸の奥が焦げる気持ちになる。
「せめて、ジュリアが生きていることをゲチスバーモンド伯爵にお伝えしたい」
ジュリアが離れに来てから、今までよりも多くの精霊達が集まっている。サリンジャーは庭に出ると、精神を集中させる。沢山の風の精霊達が集まって来たので、満足そうに深呼吸すると、胸のポケットから手紙を取り出して高く掲げた。
「シルフィード! イオニア王国のゲチスバーモンド伯爵にこの手紙を届けておくれ!」
沢山の風の精霊達は半透明なシルフィードになり、手紙を手に取ると、一陣の風となって消えた。
「無事に着けばよいが……」
万が一、アドルフ王の精霊使いに手紙を横取りされても良いように、ジュリアの存在を簿かして書いていた。
「水晶宮に仕える、いや、アドルフ王に無理やり使役されている精霊使いなら、この内乱をおさめたいと願っている筈だ」
故国の方を眺めて、シルフィードが手紙を届けてくれることを祈った。
サリンジャーの心配通り、アドルフ王は支配下に置いている精霊使い達に、国内外からの通信を妨害させていた。自国の内乱状態につけこまれるのを防ぐ為と、反乱を起こした南部の貴族達が精霊を使って情報をやりとりするのを妨害していたのだ。
王宮の横にある、精霊使い達が修行したり、イオニア王国の為に仕える水晶宮の通信塔で、一人の年老いた精霊使いが、戦いの血の臭いに弱ったシルフィードを保護した。
「おや、お前さんは遠くから来たのだねぇ」
ほぼ消えかけていたシルフィードは、年老いた精霊使いに癒された。半透明な手を伸ばし、年老いた精霊使いに手紙を差し出す。
「おやおや、お前さんはこの手紙を届けなくてはいけないのじゃないのかい?」
この地を離れたいという気持ちだけで、本来のお使いを途中放棄しようとしているシルフィードの気儘さと、それほど現在のイオニア王国は居心地が悪いのだと指摘されて、年老いた精霊使いは苦笑する。
「ちょっとお待ち、私がどうにか本来の受取人に手紙を……おお! サリンジャーではないか!……あの子は無事に亡命できたのだな!……ゲチスバーモンド伯爵? あの子の親戚だったかのう?」
アドルフ王に従うつもりのない年老いた精霊使いは、昔の弟子に簡単な手紙を持たせてシルフィードをルキアス王国に帰らせた。
「さてさて、この手紙を内密にゲチスバーモンド伯爵に届けるのは難儀だぞ……」
年老いた精霊使いは、水色の瞳を空に向けて、少ししか見えない精霊達に溜め息をつく。
「昔は常に精霊達がこの水晶宮の上で、精霊使いの呼び声に応えようと、気持ち良さそうに舞っていたものだが……」
それでも、熟練の精霊使いはシルフィードを実体化させて、かつての弟子の手紙をゲチスバーモンド伯爵に届けさせた。
「カリースト師! 今、精霊を集めておられたのでは?」
全ての精霊使いが、無能なアドルフ王に従っているわけではないが、このように権力になびく馬鹿者もいると、精霊使いの長を名乗るタニスンに溜め息をついた。
「いや、少し精霊達と戯れていたのだ。昔の水晶宮には精霊達が……」
年寄りの戯言に付き合っている暇は無いと、話の途中で背を向けたタニスンが高い塔から降りる。
「おや、カリースト師? 何かありましたか? タニスンがわざわざ通信塔に来るだなんて、王宮でアドルフ王におべんちゃらを言うのに忙がしいだろうに」
アドルフ王が任命した精霊使いの長タニスンを、ほとんど精霊使いは認めていない。
「誰かが精霊使い長にならなくてはいけなかったのだ。タニスンは貧乏くじをひいたのだから、そのように言っては可哀想だぞ」
南部の内乱をおさめるどころか、全国に広がらせたアドルフ王の無能には、精霊使い達はうんざりして、誰も長になりたがらなかったのだ。
「タニスンは精霊使いではありません!」
精霊使いとしては三流のタニスンは、アドルフ王の甘い言葉に籠絡された。
「いや、タニスンも精霊使いじゃよ……」
精霊を集めていたのを察知して、塔まで登って来たのだと、カリーストはタニスンを馬鹿にしている精霊使いを諌めた。
「そうですね、私も慢心してました」
謝る精霊使いを手で制すると、ゆっくりと塔を降りながら、真っ直ぐな気性過ぎて、アドルフ王の遣り方が我慢できずに亡命したサリンジャーは、何をゲチスバーモンド伯爵に知らせたのだろうと呟いた。
イオニア王国の南部は、反乱を起こしたゲチスバーモンド伯爵や、その同盟者達が治めている。豊かな大地と、清らかな川、そして南に良港を持つゲチスバーモンドは、本来は精霊が集う場所だ。
しかし、長年の内乱で、血の臭いを嫌う精霊達はめっきり少なくなっている。ゲチスバーモンド伯爵は精霊使いの能力は息子のフィッツジェラルドほどは恵まれていなかったが、城の物見にいた時に、フッと風の精霊シルフィードが現れたと思うと、ヒラリと手紙を落とした。
「おや、シルフィード! 手紙を届けてくれたのかい、ありがとう」
近頃はすっかり見ることも稀になった精霊にお礼を言うと、手紙を拾い上げる。
「サリンジャー? 確か、ルキアス王国に亡命した精霊使いが、そのような名前だったと思うが……」
名前ぐらいしか知らない精霊使いからの手紙を、書斎で開けて読み始めたゲチスバーモンド伯爵は、わなわなと手を震わせた。
「これは! まさか、フィッツジェラルドの娘が生きていたと言うのか?」
精霊使いになると、王都シェフィールドに出掛けた息子が、巫女姫エミリアと恋に落ちたと噂に聞いた時は驚いた。そして、アドルフ王に結婚許可を求めると手紙が来たまま、国を揺るがすスキャンダルに巻き込まれたのだ。娘程も年の離れたエミリア姫を、アドルフ王が側室にしたとの噂がゲチスバーモンドまで届いた時、フィッツジェラルドを呼び戻そうとしたが、遅かった。
二人はアドルフ王の目を盗んで、何処へか逃げ失せたのだ。
その後のフィッツジェラルドとエミリア姫、そして産まれたばかりの孫娘マリエールが惨殺された事件が、元々アドルフ王の圧政に苦しんでいた南部の貴族達が立ち上がる切っ掛けになったのだ。
「マリエールはルキアス王国にいるのか?」
手紙が他の人間に奪われる危険性を考えたからなのか、サリンジャーの書いた内容ははっきりしていない。
「孫娘が生きているなら、罠の可能性があろうと、是非会わなくては! マリエールはフィッツジェラルドとエミリア姫の娘なのだから!」
ゲチスバーモンド伯爵は若くして亡くなった息子の忘れ形見を思い、ルキアス王国に行くことを決意した。
「ジュリア! 君のお祖父様がルキアス王国に来られると返事があったよ」
いつものように離れに、精霊使いの修行に来たジュリアは、興奮したサリンジャー師の言葉に驚いた。
「ええっ? でも、イオニア王国からヘレナまでは遠いのでしょ? お年寄りなのに、大丈夫なのかしら?」
血の繋がった祖父に会いたいとは思うが、本当にイオニア王国の伯爵様が孫と認めてくれるのかと、少しジュリアは不安にもなる。
『シルビアお嬢様みたいな美少女とまでは望まないけど……せめて、私が妹のマリアみたいに可愛ければ、お祖父様をがっかりさせないのだけど……』
侍女のルーシーに髪に香油をつけてブラッシングして貰い、服や髪型もセンス良く着付けて、前よりは女の子らしくなっているが、鏡に映る自分を見ると溜め息がもれる。
『精霊達は私がガリガリでも気にしないけど、お祖父様はどうかしら? それに、精霊が間違って他国のゲチスバーグに私を運んだだなんて、私もまだ信じることが難しいのに……お金目当てだと疑われないかしら?』
未だ見ぬ祖父を思うと、ジュリアは期待と不安で心が揺れ動き、精霊達も落ち着かなかった。
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