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第ニ章 逆恨み

11  ルミに惚れた男

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 マスカレードはキャバクラとしては落ち着いた高級な店だったが、胡蝶や木蓮とは比べようもない。しかし、キャバ嬢達の年齢は若く、政宗は浮き浮きする。

「これは東三条様、マスカレードにようこそ」

 上客を出迎えたマネージャーに「ルミちゃんはいるか?」と尋ねる東三条の上の黒い影を政宗は黒縁の眼鏡を外して観察する。ここのルミが原因だと思って足を運んだのに、小さくなってブルブル震えている。

『留美さんが東三条さんに近づいても嫉妬したのに、何故だろう?』

 店の奥から「東三条さぁん」と金色の巻き髪を翻しながら、ルミがやってきた。銀蝶は、やれやれと東三条に呆れた視線を送る。ルミはミニのワンピースにそれでよく歩けるものだと政宗が呆れる程の金色の華奢なミュールで、東三条の腕にすがりつく。

「このハンサムさんはだぁれ?」

 銀狐の美貌に目を付けたルミに、東三条は苦笑する。

「こちらは銀さん、政宗さん、そして胡蝶の銀蝶ママだよ」

「よろしく! ルミでぇす!」

 可愛いし、元気は良いが、このルミが原因なのか? と政宗は首を捻る。

「ルミさん、少しお話を聞いても良いかしら?」

 ルミも迫力ある銀蝶ママに、少しテンションを落として「はい」と答える。政宗の出番がない。

「その腕時計は何方から頂いた物なの?」

 政宗はルミの細い腕に煌めく腕時計を眺め、黒い影に覆われているのに遅まきながら気づく。

「ああ、これは前によく指名してくれていたお客様にプレゼントされたの……名前は……ええっと?」

 ちょっと待ってね! とスマホを出して「武藤慎二」と答えた。

 ルミに名前を呼ばれたのが嬉しいのか、黒い影はポアンポアンと跳ねる。

『名前もスマホを見ないと思い出せない相手でも良いのか?』

 政宗は呆れるが「慎ちゃん、この頃顔を見せてくれないのよねぇ」なんて言われると、黒い影なのに何故かピンク色めいてくる。

「その武藤慎二さんは、何をしておられるのかしら?」

 銀蝶ママが主導権を持ってルミに質問する。

「さぁ、確かIT関連の会社の社長さんだとか? でも、この頃はご無沙汰だし、本当の話かどうかもわからないわ」

 つれない言葉に黒い影はシュルルルルと小さくなる。

「どうやら、武藤慎二さんがこの黒い影の主みたいですね」

 東三条は、同じIT関係の社長と聞いても武藤慎二という名前には聞き覚えが無かった。

「ルミちゃん、その武藤慎二さんと会いたいのだけど、連絡してくれるかな?」

 上客の頼みとはいえ、他の客と会わせるのをルミは躊躇する。

「前に欲しいと言っていたバッグを買ってあげるから」

「えっ! 本当に? じゃあ、呼び出しちゃう?」

 銀蝶は、躾のなっていないルミを睨みつけるが、政宗はここに「呼んで下さい!」と頼む。

「武藤慎二さんは、ルミちゃんに弱いみたいですから、ここで話し合った方が良いでしょう」

「でも、ここに東三条様がいらっしゃるとわかっているのに来るでしょうか?」

 銀狐は心配するが、ルミの呼び出しに武藤慎二は浮き浮きとやってきた。

「ルミちゃん! 今すぐ会いたいだなんて、困った子だなぁ」

 三十過ぎなのにぶくぶく太って髪の毛も寂しい武藤は、どう見ても東三条のライバルにはなり得ない。

『それにしても、何故、恨みを持つ東三条がいるのに出てきたのか?』

 政宗には理解できないが、武藤はルミしか目に入ってないようだ。席に案内されて、やっと憎き東三条の存在に気づく。

「ふん! IT産業の曹操さんか!」

 憎々しげに言う武藤だが、黒い影は変化がない。政宗は、この影は武藤なのか? と疑問を持つ。

「そちらもIT関連の社長さんだとルミちゃんから聞きましたが……」

 名刺を差し出した東三条に、武藤も渋々名刺を渡す。

「古い名刺しかないけどな……」

「この住所は? あのビルに会社があったのですか?」

「借りていたオフィスを追い出されるわ、仕事は横取りされるわ。その上、ルミちゃんまで!」

 黒い影が一気に巨大化する。その黒い影は武藤の感情のままに東三条の上に被さる。

「きゃあ~! 何? 東三条さん、どうしたの?」

 倒れこんだ東三条に驚くルミの甲高い声に武藤も怯む。

「ルミちゃん、少しテンションを落としてくれないか?」

 黒い影は小さくなり、意識を失いかけた東三条も回復する。

「どうやら、この武藤さんは東三条さんを恨むあまり、無意識に魂を飛ばしていたみたいですね。でも、こんなことをしていたら武藤さんにも良い結果はもたらさないでしょう」

 政宗は、きょとんとしている武藤が何か呪詛を使ったのではなく、無意識の内に魂を飛ばしていたのだと驚いた。

「東三条さん、ルミちゃんにバッグを買ってあげたら、この店には来ない方が宜しいですよ」

 銀蝶ママに言われるまでもなく、こんな呪いを掛けられた原因がルミにあるのなら、距離を置きたいと頷く。

「ええっ! 東三条さんが来ないと寂しいわぁ」

「ルミちゃん、僕が来るから……でも、仕事もうまく行ってないから、毎晩は来られないんだ」

 政宗はあんな呪いを掛けられるぐらいなら仕事の斡旋ぐらいしてやれば良いだろうと、東三条に目配せする。

「武藤さんにはビルの件で迷惑をお掛けしたようだ。そのお詫びを兼ねて、何か仕事のオファーをしたいと考えています。それでルミちゃんに呼び出して貰ったのです」

「なんだ……ルミちゃんが会いたいと俺なんかにメールくれるわけないよな」

 ルミが自分に会いたかった訳ではないと肩を落とす武藤に、全員が呆れる。

「まぁ、オファーは歓迎ですよ! 儲ければ、ルミちゃんに会いに来れるし」

 東三条の上の黒い影が消えたのを政宗は確認して、折角のキャバクラを楽しもうとキャバ嬢を物色する。

「さぁ、これで解決したみたいですから、私達は帰りましょう」

「いや、銀蝶ママはお帰りになっても結構ですが……」

「政宗様、明日からマスターの修行をして頂きます」

 銀蝶ママと銀狐に両方から腕を取られて、政宗はマスカレードから連れ出された。

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