上 下
4 / 19
第一章 やる気の無い喫茶店のオーナー

4  バイトは募集していません!

しおりを挟む
 やっと電車を乗り継いで喫茶店に帰ってきた政宗は、やれやれと紅茶を飲んでいた。

「ねぇ、あのくらいの影なら瑠美って子も死んだりはしないだろ?」

 ランチタイムに向けて、準備に忙しい銀狐は、あんな無礼な一家が取り憑かれて死んでも全く気にならないと言い放つ。この点では、やはり人間とは違う感性だと政宗は肩を竦める。

「本当は除霊とかを修行したら良いんだろうけど……そんなに頑張ったりしたら、妙な噂を聞きつけて厄介な客が増えちゃうしなぁ」

「政宗様には除霊は無理ですね。覇気が足りません」

「やっぱりねぇ。そうだと思っていたんだ! 修行なんて御免だし……ねぇ、それより今日のランチは何?」

 モーニングを食べ損ねた政宗は、銀弧が準備しているランチは何だろう? と期待する。グリーンガーデンのランチは日替わりで一種類だ。一種類では客は選べないが、好みで無いのならサンドイッチしかない。何処までも、やる気が感じられない営業方針だが、銀弧の作るランチは絶品なのだ。

「あんな邪魔が入ったので、お手軽にソバ粉のガレットとサラダとスープです。はい、はい、少し待ってて下さい。オーナーのは先に作りますよ」

 餌を貰って無い犬のように涎を垂らしている政宗に呆れるが、天狐の焼くソバ粉のガレットは、本当に美味しいのだ。

「輝正様は料理も上手でしたのに、政宗様は食べる専門ですね」

 そう嫌味を言いながらも、銀弧は平たいフライパンでソバ粉のガレットを焼いてやる。ソバ粉のガレットの上にハムと卵を割りいれると、ゴダーチーズをチーズ下ろしで削って掛ける。丸いガレット生地を四角に折って、焼き上げたらできあがりだ。

「今は何を言われても許せる! ああ、良い薫りだ!」

 ジュウジュウとガレットが焼ける音を聞きながら、野菜が細かく刻まれたスープを飲んでいた政宗は、背後のチリン、チリン、チリン、チリンという銀鈴の音で振り返る。

「げっ! また瑠美についてやがる!」

 前よりは小さくなった影だが、瑠美にべったりとくっついている。心配そうな母親は、さっきの態度とはうって変わって卑屈なまでに低姿勢だ。

「あのう、先ほどは失礼いたしました。主人も、この通り反省していますし、どうにかして頂けないでしょうか?」

 父親も、またぼんやりとしている娘が心配なので、怪しげな喫茶店の若いオーナーに頭を下げる。

 しかし、目の前には焼きたてのガレットが良い香りをさせているのだ。

「ええっと、これを食べてからでも良いですか? あっ、銀さん、三人さんを席に案内して!」

 美夜に憑かれてる瑠美以外から、酷い! と白い目で見られたが、昨日の夜から何も食べていないのだ。

「あっ、そうだ! 皆さんもソバ粉のガレット、食べませんか? とても美味しいですよ」

 娘が心配で、ソバ粉のガレットを食べる気分ではないが、オーナーには逆らえない。渋々、三人前のオーダーが通る。

 これからランチタイムなので、厄介な客はさっさと退散して欲しい銀狐は、三人の目の前にソバ粉のガレット、スープ、サラダ、紅茶を置いていく。

「瑠美ちゃん、食べてみる?」

 お人形のように無表情な瑠美に、母親はガレットを一口大に切って口に運ぶ。さっさとガレットを食べ終わった政宗は、こうして娘の命を護ってきたのだと胸が少し痛む。

 フォークにさされたガレットが口の前に持ってこられると、瑠美は最低限の生命維持本能に導かれて口を開ける。

「こんな事をしている場合じゃないだろう」

 妻が娘にガレットを食べさせているのを、父親は苦々しく見つめる。自分の姉が何故? そればかり考えながら、このグリーンガーデンまでの道のりを過ごしたのだ。

『都姉さん、何が不満でこんなことを?』

 手持ち無沙汰なので、父親もガレットを一口大に切って口にする。

「「美味しい!」」

 父親と瑠美は同時に叫んだ。

「瑠美ちゃん?」驚く母親からナイフとフォークを取り上げると、瑠美はソバ粉のガレットを一気に食べる。

「あれれ? 美夜は何処に行ったのだ?」

 政宗が黒ぶちの眼鏡を外して眺めると、瑠美の頭の上で小さくなった黒い影が震えていた。

「はぁ~! やはり女子大生の食欲には負けちゃうよね!」

 父親と母親も「悪霊払いのガレットだ!」と、泣いたり笑ったりしながら食べている。

「まだ、私には黒い影がついているのですか?」

 食事を終えた瑠美は、両親がどれほどこの1ヶ月の間、自分を心配していたのか、黒い影に支配されていたが何となく感じていたので尋ねる。

「まぁ、小さくはなっているけどね」

 瑠美は、真面目な顔でとんでもないことを言い出した。

「お願いします! ここでバイトさせて下さい! きっと、こんなに美味しいガレットを食べていたら、黒い影になんかつけこまれないと思うの」

「瑠美、こんな喫茶店でバイトだなんて!」

 反対する父親と、おろおろする母親を、政宗は一言で切って捨てる。

「うちではバイトは募集していません!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

あやかしとシャチとお嬢様の美味しいご飯日和

二位関りをん
キャラ文芸
昭和17年。ある島の別荘にて病弱な財閥令嬢の千恵子は華族出の母親・ヨシとお手伝いであやかし・濡れ女の沼霧と一緒に暮らしていた。 この別荘及びすぐ近くの海にはあやかし達と、人語を話せるシャチがいる。 「ぜいたくは敵だ」というスローガンはあるが、令嬢らしく時々ぜいたくをしてあやかしやシャチが取ってきた海の幸に山の幸を調理して頂きつつ、薬膳や漢方に詳しい沼霧の手も借りて療養生活を送る千恵子。 戦争を忘れ、ゆっくりとあやかし達と共に美味しいご飯を作って食べる。そんなお話。 ※表紙はaipictorsで生成したものを使用しております。

元禿の下級妃、花の園と言われる後宮で花の手入れを行います

猫石
キャラ文芸
イレイシェン国の後宮『四節の苑』に、一人の下級妃が入内した。 名はメイ コウシュン。 現在『主上様』が持てる妃の席は満席にもかかわらず、彼女の入内がかなったのは、彼女の噂を聞きつけた主上様が彼女に興味を持ち、初めて自分から後宮入りを願ったというのがその理由だった。 色とりどり、形も様々な大輪の花たちが、その美を競う女の園に現われた下級妃は、後宮にある大きな池の浮島の、金鳳花の花に囲まれた小さな小さな四阿のような庵を与えられ、四季の女たちはそれを厳しく見張ると言う日が始まった。 そんな中、庵の中の少女は鍵のかかった箪笥を撫でてながら遠い目をして呟いた。 「あ~ぁ、とんだ貧乏くじ、ひいちゃったなぁ……」 ⚠️注意書き⚠️ ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。あらすじは滅茶苦茶冒頭部分だけです。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆中華風の後宮の様相を呈していますが、様々な世界・様式の後宮&花街(遊郭)設定もりもりです。史実、資料と違う! など突込みは不要です。 ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ☆ゆるっふわっ設定です。 ☆小説家になろう様にも投稿しています

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ
キャラ文芸
両親を亡くし、たった一人の兄と二人暮らしをしている椎名巫寿(15)は、高校受験の日、兄・祝寿が何者かに襲われて意識不明の重体になったことを知らされる。 病院へ駆け付けた帰り道、巫寿も背後から迫り来る何かに気がつく。 二人を狙ったのは、妖と呼ばれる異形であった。 「私の娘に、近付くな。」 妖に襲われた巫寿を助けたのは、後見人を名乗る男。 「もし巫寿が本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」 神役修詞高等学校、そこは神役────神社に仕える巫女神主を育てる学校だった。 「ここはね、ちょっと不思議な力がある子供たちを、神主と巫女に育てるちょっと不思議な学校だよ。あはは、面白いよね〜」 そこで出会う新しい仲間たち。 そして巫寿は自分の運命について知ることとなる────。 学園ファンタジーいざ開幕。 ▼参考文献 菅田正昭『面白いほどよくわかる 神道のすべて』日本文芸社 大宮司郎『古神道行法秘伝』ビイングネットプレス 櫻井治男『神社入門』幻冬舎 仙岳坊那沙『呪い完全マニュアル』国書刊行会 豊嶋泰國『憑物呪法全書』原書房 豊嶋泰國『日本呪術全書』原書房 西牟田崇生『平成新編 祝詞事典 (増補改訂版)』戎光祥出版

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

【完結】返してください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。 私が愛されていない事は感じていた。 だけど、信じたくなかった。 いつかは私を見てくれると思っていた。 妹は私から全てを奪って行った。 なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、 母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。 もういい。 もう諦めた。 貴方達は私の家族じゃない。 私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。 だから、、、、 私に全てを、、、 返してください。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...