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遠藤は俺のことが好きらしい

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遠藤は大抵教室にいない。それでも気まぐれに現れることはあったし、「メガネくん」というお気に入りを発見してからはふらりと現れることも増えていた。それにプリントを回収するために、必ず午後のどこかのタイミングで教室に顔を出していた。

ここ二日ほど、それがない。

時々連絡をして、
時々一緒にサボって、
時々一緒に帰って、
時々家に遊びに行く。

顔を合わせない日だってざらにある。そんな距離の友人関係を築いていたので、二日くらい姿を見なくても山崎は「風邪かなぁ」で済ませていた。

流石に三日目ともなると気になったので、帰る前に「今日も学校来てないのか?」と連絡を入れてみる。

タツオミ:ごめん、しばらくガッコ行けない
山崎龍平:見舞いに行こうか?プリント溜まってるぞ
タツオミ:んー
タツオミ:ロッカー移しといてくれる?
タツオミ:中空っぽだから
山崎龍平:分かった

これは遠回しに断られたのか?と山崎は首を捻った。とりあえず頼まれた通りロッカーに移してやろうとプリントを引っ張り出して、少し魔が差して一纏めにしたそれを自分のリュックに突っ込んだ。

「ザッキー、遠藤のお見舞い?」

突然後ろからのしかかってきた牧原に驚かずに、山崎はよっと掛け声を上げて牧原を振り落とす。牧原も慣れているので、笑いながら山崎から手を離した。

「家知ってるから届けてやろうかと。」
「最近見ないよな。風邪?」
「かなぁ。詳しくは知らないんだ。」
「ザッキー、これも。」

差し出されたプリントを持つ手の先を見れば、野田が眠そうな目でこちらを見ている。

「英語、さっき返却された。」

英語はホームルームとは別にクラス分けされていて、野田と遠藤は同じクラスだ。このテストがあった時は、遠藤が気まぐれに英語に参加していた日だったんだろう。

「最近いないな、遠藤。」
「今ザッキーと風邪かなーって話してた。」
「風邪、流行る時期だしな。まぁマッキーは心配いらないが。」
「ねぇ待ってノダちゃんどういう意味?」
「ははは。」

二人がじゃれ合っているのを横目に増えたプリントもリュックに詰め、山崎は二人と別れて教室を出た。

途中、曲がり角ですれ違った人影にぶつかりそうになって慌てて頭を下げる。

「すみません、」

なんだか一瞬相手が遠藤のような気がして、山崎は足を止めて相手の顔を見上げた。見上げた時点で既に遠藤でないことは確かだったのに、なぜそう思ったのか。

「あ、山崎くん。ごめん、大丈夫?」

そっと距離を取ってくれた養護教諭に、山崎はもう一度頭を下げる。マスク越しで風通しのある場所だったからか、匂いは気にならずに済んだようだ。

「大丈夫です、神堂先生。」
「良かった。あぁそうだ、最近遠藤くん見ないんだけど、彼教室にいるの?」

仲良かったよねと尋ねられて、山崎は苦笑いを浮かべた。

「最近彼、休んでるんですよ。理由は俺も知らなくて。今日、ちょっとお見舞いに行ってみます。」
「そうなんだ。まぁ、風邪かなんかだとは思うけど……気になることあったら、教えて。ノックしてくれれば保健室から出るからさ。担任よりは頼りになると思うんだよね、遠藤くんに関しては。」
「そう、ですね。それは本当に。」

大抵、誰かが欠席したら担任はそのことに触れる。でも遠藤がホームルームにいないことは当たり前で、誰も何も言わない。

担任と神堂先生のどちらが真面目に遠藤について話を聞いてくれるかは、想像に容易い。

「じゃあ、遠藤くんに会えたらよろしく。山崎くんも気をつけて帰ってね。」
「はい、さようなら。」

学校を出て、お邪魔した時の道順を思い出しながら進む。片手で足りるほどしか行ったことがなかったから少し自信はなかったが、無事山崎は住宅地に建つ遠藤の家の前で立ち止まった。

基本的に遠藤のお父さんがいるはずだ、と山崎はインターホンを鳴らした。顔が見えるよう、マスクを外す。

「はぁい。」
「えっと、タツオミくんの友人の、山崎です。」
「あ、山崎くん!いらっしゃい!どうしたの?」
「学校のプリント、届けに来ました。休みが続いているので。」
「わざわざありがとね、ちょっと待ってね~!」

インターホン越しで最初は確信がなかったが、ぽわぽわした話し方を聞くにやはりお父さんが出たらしい。じゃあお父さんに渡せばいいかな、せっかく来たんだし遠藤の顔が見れた方がいいはいいけど、と考えていた山崎の耳に家から響いた大声が入った。

「タツー、ちょ、玄関!受け取って!」
「なにぃ、郵便?」
「待たせてるから早く!今ホットケーキが佳境なの!」
「わぁかったよとぉちゃん、うるせーから叫ばないで!」

ドタバタと足音が響いて、ドアが開く。印鑑を構えた遠藤と目が合って、山崎はしまったと固まった。

まずすぐ気がついたのは、遠藤の頬にある大きな絆創膏。それから、印鑑を持つ左手には包帯。もう片方の腕も、緩い部屋着から包帯が覗いている。

怪我だったんだ、と山崎は目を丸くした。

せいぜい冷えピタくらいを耐えればちょっとした会話くらい出来ると踏んでいた。でも風邪じゃなくて怪我となると、多分今遠藤に近づくのはよくないんじゃないか?

ドアの前に立っている山崎と、ドアを開けた遠藤の距離はあまりない。

「え?あれ?メガネくん?」
「えぇと、プリント、やっぱり届けようかと思ってさ。ほら、心配だったし、ちょっと会話してから帰ろうかなと……思ったんだが……怪我で休んでたんだな、」

ずるずると後ろに下がりながら、山崎はリュックからプリントの束を引き出そうとした。

(あぁクソ、マスク直しておきゃ良かった。)

思わずしゃがみこむ。とりあえず手に持ったプリントを、遠藤の方に差し出した。顔は見れない。

「こ、れ……マジでごめん、」
「いやオレがごめん!怪我だって言えば良かったね、ちょっと見栄張っちゃった、ど、どうしよ、立てる?」

プリントが取られる。包帯の無い方の手が山崎を引っ張りあげるが、どう支えるか迷って遠藤はわたわたと目線を泳がせた。

「タツ、長く話すなら上がってもらえば?」
「えぇーっと、そう、そうする!オレの部屋行くわ!」

父親の声に返事をしてから、落ちていた山崎のリュックを拾って、遠藤はぐっと眉を寄せた。手を伸ばして山崎のマスクを元に戻してやる。

「ちょっと、五分くらい、我慢してね。」

遠藤は自分より大きい山崎を持ち上げて、足で押えていたドアから家の中に入った。体格差があるから、多少乱暴ではあるが担ぎあげてしまうのが一番持ち上げやすいのだ。殆ど肩に担ぎ上げるようにしたまま階段を駆け上がって、自分のベッドに山崎を下ろす。

「待っててね、マジですぐ戻るから。」

丸まってしまった山崎から返事はないが、遠藤は部屋から飛び出して階段を駆け下る。ホットケーキの焼き色と格闘する父親がいるキッチンに走り込んで、冷蔵庫を開けながら父親に声をかけた。

「とぉちゃん、メガネくん脱水症状かも、具合悪そう。」
「え!?ホント!?」
「とりあえず部屋で休ませるから、とぉちゃんこっち来んなよ。メガネくん気ぃ使うからさ。」
「分かった、やばそうだったら病院連れてくか家に連絡するかするから言ってね。」
「ん、多分休んだら落ち着きそうだけどね。」

適当な嘘を並べながら冷蔵庫に入っていたスポドリを取って、遠藤は階段を駆け上がる。

落ち着いたら飲ませようとペットボトルは机に放って、ベッドの上で体育座りで丸まっている山崎を恐る恐る突いた。

「メガネくん、」
「大丈夫、おさまる、から、」
「そぉ……?」

とても大丈夫とは思えない声音が返ってきて、遠藤は眉を下げる。このまま放っておくのは心苦しいのだが、山崎が何か言ってくれないと遠藤にはどうしてあげるのがいいのかさっぱり分からないのだ。前回……は参考にならないし。

「なんかこの方が楽とかある?」

もう一度肩を叩けば、山崎が遠藤の手を掴んだ。怒らせたかな、と遠藤は固まったが山崎は何も言わない。手を握られたままにっちもさっちも動けずにフリーズしていると、山崎が小さい声で呟く。

「なんか、触ってた方がいいかも……」

じゃあ近づいた方がいいのかな。でもオレ今めっちゃ保健室の匂いするじゃんね。どうするのがベスト?

ひとしきり悩んでから、遠藤はそっと握られていた手を引き抜いてベッドの隅に丸めていたブランケットを広げて山崎を包んだ。ベットに乗って山崎の後ろにまわって、その包みごと後ろから抱える。

「これでどう!?」

少しはマシだろうと尋ねれば、ブランケットの団子の中から山崎の笑い声がした。まだ息が荒いからか、いつもよりも少し掠れた笑い声に遠藤はちょっと動揺する。

「遠藤、気を使ってくれたところ、悪いんだが。」
「な、何?」
「お前……このブランケットも、だいぶ、湿布の匂いだぞ。」
「え、あ、そうじゃん!オレ昨日寝てた時も湿布塗れだったわ!」

盲点だったと遠藤が慌てていると、ごそごそと向きを変えた山崎がブランケットから出て遠藤に抱きついた。

「どうせなら、この方が、楽。」

反射で言われた通りに正面から山崎を抱える。抱えた直後に遠藤の頭の中はパニックになった。

待って待って待ってこれ心臓に悪い、近いって、なんなら前のキスよりやばくない、オレもう自覚してんだけど、体温高いねメガネくんっていやそれはいいんだよくないかよくないなまた具合悪いのメガネくん、いやでもこれが楽なら楽な方がいいよね、耐えろオレ、ちょっとの間だ、

ごちゃごちゃ考えていた思考は、耳元で早い呼吸が聞こえたことで吹き飛んだ。

「……だいじょーぶ、ここにいっからね。だいじょーぶ。」

背中を繰り返し撫でて、大丈夫、と唱え続けた。

どれくらいそうしていただろう。

「……ちょっと待て、ちょっと待てごめんマジでごめん!」

落ち着いて正気に戻るなり、山崎は叫んでがばりと身を起こした。気にしなくていーよ、と遠藤は笑ってベッドから下りる。

「もう平気?多分この部屋凄い病院臭いよね。」
「あぁ、うん、大丈夫。一回落ち着けばしばらく気にならないんだ。」
「そぉ?」

机からスポドリを取って渡せば、山崎は一気にそれを半分くらい飲み干す。完全に混乱しているらしい。しばらく遠藤は黙って山崎の百面相を眺めていた。

コロコロ表情を変えながら目を泳がせていた山崎は、最終的に死にそうな顔でもごもごと謝罪を口にする。

「ほんっとうに申し訳ない、見舞いに来なくていいって言われた時にもう少し考えれば良かった……」
「いやいやいやいや、オレが説明しなかったのが悪いんだって!」
「ずっと迷惑かけてばかりで……」

再び丸まってしまった山崎に、遠藤は苦笑いを浮かべる。ちょっとの間何を言うか悩んでから、努めて落ち着いた声で山崎に話しかけた。

「……ゆったらメガネくんますます気ぃ使うかなーとか、そうはいっても男から男に告白すんのは珍しいよなー、とか思って黙ってたんだけど。多分黙ってる方がメガネくん要らないこと考えて萎縮すっから白状するね。あのねぇメガネくん、オレは嫌じゃないよ。迷惑じゃねーよ。なんなら役得なんだよこれ。」

山崎が訝しげに遠藤の顔を伺う。にっと笑って、遠藤ははっきりと言葉を続ける。

「オレね、メガネくんが好き。」

山崎の目がまんまるに見開かれるのに、遠藤は頭をかいた。流石に少し居心地が悪そうに目線を逸らす。

「だからお礼参りされてめっちゃ怪我したとかダサくて言いたくなかったんだよね。」
「……平気なのか、それ。」
「え、気になるのそこなの?」
「いや、怪我とか、その後とか平気なのかなって。また誰か来たりするのか?」
「みんな叩きのめして来たしもう平気!切り傷と打ち身だけで骨折ったわけじゃないし。落ち着くまであんま派手に動くなーって病院で言われちゃったから、家にいたんだぁ。あやべ、メガネくん運んだのはノーカンにならないかな。」

傷開いてないからセーフ、と包帯を巻いた手を閉じたり開いたりと動かす遠藤に、山崎は小さな笑い声を上げた。とりあえず引かれたり思い切り拒絶されることは無さそうだ。ほっと息をついて、遠藤は山崎に改めて宣言した。

「だからメガネくんはメガネくんが困るか困らないかだけ気にして、好きにオレのこと利用していいからね。返事とか気にしなくていーから。」

これでメガネくんの罪悪感が減るといいけどと思いながら伝える。しばし目を伏せて考え込んでいた山崎は、恐る恐るといった様子で遠藤の顔を見た。

「なんで、俺なんか?」
「あっは、さっきから気にするところちょっと違くねぇ?なんで好きって話すと長くなるよ。それはまた今度でいーじゃん、とりあえず……」

手を差し出せば、山崎は特に気にしない様子で遠藤の手を取ってベッドから立ち上がった。大きなメガネとマスクで相変わらず何を考えているか分からないが、手を取ってくれたあたり脈ゼロでは無さそう。ならまぁ後は押すだけだよねと遠藤はひとつ頷いた。首を傾げた山崎に、いつも通りの笑顔で提案する。

「……下降りてホットケーキ食わねぇ?」
「お、おう。いいのか?」
「うん。オレの半分あげる。」

ドアを開けて、「とぉちゃんメガネくん落ち着いたんだけどメガネくんもおやつ一緒でいいー!?」と叫びながら階段を降りていく遠藤の背中を、山崎はしばしペットボトルを握りしめながら見つめる。自分のリュックを拾ってから部屋を出て階段を降りるうちに、徐々に状況が飲み込めてきた。飲み込めてくると同時に、この状況下でのこのこホットケーキを食べようとしている自分に首を傾げる。なんでこんなに警戒心がないんだ、俺。

「あ、メガネくんほらここ座って。」

ぺちぺちと椅子を叩く遠藤に頷いて、山崎は大人しく腰を下ろした。半分は多分、遠藤に気を許し過ぎたから。お皿を持ってきた遠藤のお父さんに挨拶をしながら、内心首を捻る。残り半分は?

「メガネくんメガネくん。」
「なん、」

出かけている答えのまわりをぐるぐるとまわっていた山崎の口に、遠藤がホットケーキを突っ込んだ。

「おいしーでしょ。」

楽しそうに笑う遠藤に、山崎は口をむぐむぐ動かしながら内心白旗を上げた。

残り半分は、多分。
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