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手長エビを釣ろう!
しおりを挟む「だっは! やっと仕事が終わったぜ!」
当たりのグリグリ君を食べ終わると、礼司が倒れ込んで喜びの声を上げた。
先程までずっとノートパソコンとにらみ合って唸っていたようだが、ようやく仕事が終わったらしい。
「お疲れ」
「ああ、本当に疲れたぜ。こっちはプロのコンサルタントだっていうのに、知識のない素人が偉そうに口を出してくるんだぜ? 自分の思うようにやりたければ最初から頼むなって話だ」
労いの言葉をかけると、ストレスを吐き出すかのように言葉が出てくる。
結構面倒な取引先を相手にしていたようだな。
そういうことは会社に所属していてもよくあること。礼司の気持ちが理解できる俺は、ただ頷いたり、相槌を打ってやる。
「あー、なんか愚痴ったらスッキリしたわ。ありがとな」
「いいよ。そういう時もあるからな」
「んじゃあ、仕事も終わったことだし何かして遊ぼうぜ!」
礼司は一通り愚痴を吐き出すとスッキリとしたのか、活き活きと表情で言ってきた。
面倒な仕事によるストレスから解放されて、思いっきり遊びたくなってきたのだろう。
「じゃあ、礼司の家でゲームでもするか?」
「いや、それじゃいつもと変わらんだろ」
フワリとしたことを言った癖に、選り好みをするのか。
どうやら今日は礼司の気分に合わせて、遊びが決まるようだ。
「じゃあ、ザリガニ釣りはどう?」
この間、三人でやったザリガニ釣りが楽しかったのだろう。七海がザリガニ釣りを提案してくる。
「ザリガニ釣り……それも悪くないな」
「でしょ?」
「でも、それはこの間やった! だから、今度はこれにするぞ!」
移動した礼司が掴み取ったものはエビ煎餅だ。
「エビ煎餅? それで何するの? タコ煎餅作るとか?」
「違う! 今日はこいつを釣るんだ!」
そう言って礼司が指をさしたのは、エビ煎餅のビニールに書いている赤いエビ。
それがどういう事か付き合いの長い俺は理解する。ここら辺で釣れるエビなど一つしかいない。
「なるほど、手長エビを釣るんだな」
「ええっ!? エビが釣れるの!?」
七海の過度な驚き様から、手長エビがどのようなものか知らないのだろう。
「ちなみに海にいるようなデカいエビとかじゃないからな?」
「えっ? そうなの? 伊勢エビみたいなものかと思ってた」
やはり七海は、スケールの違うものを想像していたらしい。
そんなものが近所で釣れたら、今頃ここは人で賑わっていただろうな。
「手長エビっていうのは、小さなやつでこんな風に手が長い奴だ」
「あ、本当だ! 小さくて手が長い!」
スマホで検索して画像を見せてやると、七海が実に素直な感想を漏らす。
ちなみに主な生息場所は、淡水と海水の混ざる河口などの汽水域。繁殖期の初夏から秋口は岸辺でよく釣れる。
昔はこの時期になると、皆で鉄橋の下にある汽水域に繰り出して釣ったものだ。
それが酷く懐かしい。
「手長エビを釣るのって楽しいの?」
「ああ、楽しいぜ? ザリガニみたいに簡単には釣れねえけど、駆け引きもあるし気軽にできるからな! それに釣った後は、素揚げにして美味しく食べられるんだぜ?」
「ええ、手長エビって食べられるの!? やりたい! 釣って食べよう!」
釣って食べられるという言葉が魅力的だったのか、七海の興味は即座に手長エビに向かった。
手長エビ釣りの何よりの魅力は、釣った後に食べられることだからな。あのパリッとした食感とエビの甘みは堪らなく美味しい。
ザリガニも一応食べることができるけど、見た目がちょっとアレだからな。外国では高級食材扱いであるが、日本ではあまり食べる文化はないし、食用に育てられたものではないので食べる気が起きない。
同じような見た目をしているのに、どうしてエビとこのような差がついてしまったのだろうな。
そんなことを考えていると、礼司が確認するように尋ねてくる。
「忠宏もそれでいいよな?」
「ああ、今日の晩ご飯は素揚げに決まりだな」
本当ならば一日砂を吐かせるのがいいが、うちの川は非常に綺麗なので数時間吐かせるだけで十分だ。今から準備して釣ったら、夕食に間に合う。
「よし、じゃあ準備したら忠宏の家の前で集合な! 餌のカニカマはうちにあるから大丈夫だ!」
「わかった。じゃあ、俺達は先に家に戻って準備するか」
「うん!」
◆
礼司と手長エビ釣りの約束をした俺と七海は、準備をするために一度家に戻る。
「あら、アイスを買ってきたんじゃないの? 私のアイスは?」
すると、母さんが当然のようにアイスの催促をしてきた。
俺達が家を出る時は、ミステリードラマに夢中で全く意識を向けていないかと思ったが、しっかりと把握はしていたらしい。
「はいはい、ちゃんと買ってきたよ」
「なら、いいのよ」
ちゃんと買い置き用のアイスは買ってきたのだが何か不服だな。
買ってきたアイスを冷凍庫へ入れる。
「ちょっと、これから七海と出かけてくる」
「今帰ってきたばかりなのに、今度はどこに行くの?」
「手長エビを釣りに行くんだ!」
「あら、そう。じゃあ、今晩はメニューに素揚げを追加ね」
七海の言葉を聞いて俺と同じような事を言っている母さん。
母さんも手長エビの素揚げは大好きだからな。
「母さん、水槽用ポンプとか竿とか手長エビのようのセットがあったよね?」
手長エビ釣りは昔から友達や父さんとやっていた。だから、道具も一通り纏めて置いてあるはずだ。
釣った手長エビを新鮮なまま持ち帰るには空気が必要だ。礼司が持っているかもしれないが、万が一のために自分でも用意しておきたいところ。
「ええ、確か父さんの部屋の押し入れにあったはずよ」
心当たりのあるらしい母さんに付いていって、父さんの部屋に入る。
そして、押し入れの中を開くとクーラーボックスや水槽用ポンプに釣り竿といった手長エビセットが揃っていた。
その他にも色々な釣り竿や道具があることから、俺がいない間にたくさんの釣りをしていたようだ。
釣り竿の確認や、水槽用ポンプがきちんと動くことを確認したら準備は問題なしだな。
「クーラーボックスの中にポカリ二本入れとくわよ」
「おお、ありがとう」
危ない危ない、また飲み物を忘れるところだった。
母さんのフォローに感謝だ。
「忠宏兄ちゃん、準備できた?」
道具を持って部屋を出ると、帽子を被った七海が玄関でスタンバイしている。
早く行きたくて仕方がないといった様子だ。
「帽子を被ったら準備完了だ」
「じゃあ、早く被って!」
そう言うと、玄関に置いてある俺の帽子を持って七海が被せてこようとする。
荷物を持っていた俺は身をかがめて大人しく帽子を被せて貰った。
少し帽子が斜めになっているけど、別にいいか。
「おっ、忠宏も準備できたか?」
七海に急かされるように靴を履いて外へ出ると、待ち合わせを予定していた礼司がやってきた。向こうも同じように準備を整えてやってきたらしい。
今日もサングラスにアロハシャツを着ているものだから、これから南国に釣りに行くのではないかと思ってしまうな。
「ああ、準備完了だ」
「おっし、それじゃあ手長エビを釣りに行くか!」
礼司と合流して歩き出そうとすると、玄関から見送る母さんからの指令がきた。
「二人で二十匹は釣ってくるのよ」
「わかった! 釣ってくる!」
「善処します」
こういう時は言質を与えないのが大切なのだ。社会で働いて、俺はそのことを学んだ。
さすがにザリガニのように入れ食いとはならないからな。
とはいえ、少なければ夕食の一品が物足りなくなるのは事実。母さんの言う通り、一人十匹は釣っておきたいところだな。
「ははは、一人十匹なら何とかなるだろ。俺なんて母ちゃんに二十匹は釣ってこいって言われたし」
どうやら礼司も母親から指令を受けているようだ。お互いそれをこなせるように頑張らないとな。
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