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名探偵忠宏
しおりを挟む昼を程よく回ったところ。何となくアイスが食べたくなった俺は自分の部屋から一階に降りる。
リビングに入ると七海と母さんがソファーに座っており、所謂昼ドラを見ていた。
内容はミステリーものであるが、七海には少し内容が難しかったのか食い入るように眺めている母さんとは対照的にどこか退屈そうだった。
それを察した俺は、助け舟を出すように声をかける。
「七海、アイスでも食べるか?」
「うん、食べる!」
ぐでっとソファーに座っていた七海が、嬉しそうに頷いてこちらを向いた。
さっきまでの眠そうな表情は吹き飛び、今ではソファーの背もたれに顎を乗せてこちらを見ている。ミステリーの結末よりもアイスの方がよっぽど楽しみなようだ。
そんな七海を微笑ましく思いながら、俺は冷凍庫を開く。
しかし、そこにはいくつかの冷凍食品とジップロックに入れて保存された野菜、保冷剤などしかなかった。
「あれ? アイスどこにいった?」
奥に埋もれている可能性があるので、手で冷凍食品などを退かしてみる。
しかし、アイスはどこにもない。
七海だけでなく、俺はアイスクリームの類が大好きだ。
きちんと買い貯めて、切らさないようにいくつかキープしている。それだというのに目の前の冷凍庫にはアイスが一つもないではないか。
これはおかしい。
「どしたの?」
冷蔵庫の前で立ち尽くしていると、七海が小首を傾げながら聞いてくる。
「いや、アイスがないんだ」
「ええっ!?」
きっぱりとそう告げると、七海が驚愕と悲しみの入り混じった声を上げる。
無理もない。アイスが食べられると思って七海はとても楽しみにしていたはずだ。既に頭の中では冷たいアイスを食べることを想像して期待に胸を膨らませていただろう。胃袋もアイスの気分になっていたはずだ。
それだというのにアイスがないという突然の知らせ。
七海の悲しさが非常によくわかる。というか、一番楽しみにしていた俺がショックだ。
「忠宏兄ちゃん、それは事件だよ!」
そう、七海の言う通りこれは事件だ。
買っておいたアイスが密室から無くなるという重大なもの。
名探偵忠宏は、この事件の真相を解明しなければならない。そうしないとアイスを楽しみにしていた俺の気が済まない。
アイスは自分で移動したり、消えたりしないので誰かがやったもの。
一体、誰がどのような目的で犯行に及んだのだろうか。
家に住んでいるのは七海と母さん、父さん。
この中の誰かが犯人ということになる。
俺は昨日も今日もアイスを食べていないし、七海はアイスが無くなっていることに気付いていなかった。
あの驚きの仕草が演技だということや、普通に気付いていないという線もあり得るが、今は不確定なので置いておこう。
まずは全体像の把握。それぞれのアリバイからだ。
「母さん、俺の買っておいたアイス知らない?」
「…………」
推理を進めるために、容疑者の一人である母さんに質問するが返事がこない。
聞こえていないのだろうか?
「母さん、俺の買ったアイス――」
「父さんが近所の人と食べた。わかったら、黙ってて。今、いいところなんだから」
名探偵忠宏の推理は終わった。
目撃者がおり、即座に犯人が特定されてしまったからだ。
何という短い推理劇。もうちょっと犯人が誰かとか、どのような動機だったのか考察して答えに行きつくまでの仮定を楽しみたかった。
「おじさんが犯人だったんだね」
「みたいだな」
アイスが無くなったくらいで怒りはしないが、食べたなら食べたで一言くらい欲しかったな。
「仕方がない。礼司の店にアイスを買いに行こうかな」
「あたしも行くー」
こうして小さな事件は解決し、俺と七海はアイスを買いに行くことになった。
◆
家を出ると、夏の日差しが庭の木々の合間から降り注ぎ、熱気が身体を包み込んだ。
比較的涼しい玄関でもこれだったら、道路はもっと暑いのだろうな。
「あ、ちょっと待って。日焼け止め塗るから!」
日光の眩しさに目を細めていると、七海がそう言って靴箱の上に置いてある日焼け止めを手に取る。
礼司の駄菓子屋までは歩いて十分もかからない。
それだというのに七海は、母さんとの会話を覚えてか日焼け止めクリームを肌に塗り込んでいた。
日焼け止めにしては少し上品なクリームの匂いが、ほんのりと漂ってくる。
日焼け止めを塗る姿を見ると、十歳の子供である七海が少しだけ女性らしく見えるから不思議なものだな。
子供、子供と思っていても毎日少しずつ成長しているのかもしれない。
「忠宏兄ちゃんは塗らないの?」
「んー、せっかくだし俺も少し塗っておこうかな」
特に気にしていなかったが、こうして目の前にあると大した手間でもない。
手を出すと、七海が日焼け止めのクリームを出してくれたので、腕や首周り、顔などに馴染ませるように塗った。
「これでオッケーだね」
「ああ、紫外線も怖くない」
今度こそ準備が整った俺達は玄関を出て道路へ。
すると、体感的に二度くらい温度が上昇したように思えた。
やはり、家の周りは木々や土などのお陰で暑さが緩和されていたようだな。
「あはは、今日も暑いね」
七海はそうは言うも、全然暑さを感じさせないような軽やかな足取り。
俺はそれに遅れないように、暑さに参って重くなりそうな足を速く動かした。
あまりダラダラと歩いていると引き返したくなってしまうからな。
こういう暑い時こそ、冷たいアイスが美味しいってものだ。
遠くで聞こえる蝉の鳴き声を聞きながら進むことしばらく。程なくして礼司の駄菓子屋が見えてきた。
そこに入れば冷房が効いており、アイスが食べられる。
「アイスー!」
同じことを考えたのか七海が走り出す。そして、俺も遅れながらもそれについていく。
ガラガラと開き戸を開けると、中に籠っていた冷気が俺達の肌を撫でる。
思わずホッとするような息が漏れるが、前のようにここでボーっとしていると礼司に怒られるので素早く中に入って、開き戸を締める。
「礼司、アイスちょうだい!」
「おお、お金と交換ならそこにある冷凍庫から取っていいぜ」
俺達が突然来るのも最早慣れたもの。いつものように畳スペースにいる礼司が投げやりな言葉で指さす。
ノートパソコンを開いてキーボードを叩いていることから、今はWEBコンサルタントの仕事中らしい。
集中しているようなので声をかけるのは止めて、七海と同じように冷凍庫に向かう。
室内の左端には長方形型の大きな冷凍庫が置かれており、ウィーンという駆動音を漏らしていた。
「アイスがいっぱい! 夢のようだね!」
「まったくだな」
何種類ものアイスがこれだけたくさん入っている光景は、七海の言う通り夢のよう。
たとえ、これをお金で再現できるほどの財力があったとしても、目の前にあるアイスの山は俺にとって夢であり、今でも宝箱だ。
「よーし、この中から好きなものを選んでいいぞ」
「うん! どれにしようかなー」
既に食べるものを決めていた俺は、冷凍庫の中からチョコバーを手に取る。
そして、七海は少し悩んだ末にグリグリ君を手に取った。
「別にもっと高いのでもいいんだぞ?」
「ううん、これがいいの!」
気を遣っているのかと思ったが、今はグリグリ君が食べたい気分らしい。
わかる。そのソーダ味が無性に食べたくなる時があるよな。
「礼司、代金置いとくぞー」
「おー」
テーブルに代金を置くと、礼司は生返事をした。
生返事でも返事なので、これで支払いは完了ということでいいだろう。
俺と七海は畳スペースに上がらずに、腰をかけてアイスを食べ始める。
ビニールをめくってゴミ箱に入れて、チョコバーを食べる。
程よい苦さのチョコ味が広がり、口の中が冷たくなる。
ああ、このわざとらしいチョコの味がいいんだよな。何故だかわからないけど、
時々この味が食べたくなるんだよ。
冷房の効いた涼しい室内で、冷たいアイスを食べるのは格別だ。
日差しで汗をかいて火照っていた身体がゆっくりと冷まされていくのがわかる。
俺と七海はしばらく無言のままにアイスを食べ進める。
すると、先に俺がチョコバーを食べ終わってしまった。
美味しくて安いのはいいのだが、量が少ないのが難点だな。
今の調子なら軽く五本くらいは食べてしまえそうだ。
七海の方は大きいグリグリ君だけあって、まだ半分も食べ終わっていない模様。 美味しそうに食べる七海を見ていると、量もあるグリグリ君を食べればよかったのではないかと思ってしまう。
そんな風に思いながら見ていると、ふと棒部分に何か書いているのが見えた。
「ん? 七海のグリグリ君、何か書いてないか?」
「え? 本当?」
俺がそう言うと、七海は棒の部分を凝視する。
そして、表情をぱあっと輝かせた。
「当たりだ! もう一本貰える!」
「お、本当か! それは良かったな!」
「うん! でも、もう一本グリグリ君は多いから半分こして食べよう!」
おお、当たった方のグリグリ君を分けてくれるなんて、何てできた子供なのだ。俺が子供の頃であったら、絶対に一人で食べていたに違いない。
アイスが家になくて、ガックリとした俺達であったが、買いにくるといいことがあるもんだ。
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