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七海と礼司
しおりを挟む水筒、タオル、釣竿やバケツ、網などの準備を整えた俺達は、靴へと履き替えて外に出る。
「じゃあ、行ってくる」
「おばさん、行ってきまーす!」
「ちょっと待って。帽子―!」
俺達がそう言うと、母さんが慌てて出てきた。
七海に赤色の帽子を被せて、俺には青色の帽子を手渡してくる。
「おー! 帽子だ!」
被せてもらった帽子のツバを軽く持ち上げながら嬉しそうにはしゃぐ七海。
帽子の後ろからはポニーテールが出ており、ボーイッシュさが見える中でも、どこか女性らしい可愛さが垣間見えていた。
七海は帽子がとても似合うな。
帽子さえ被っていれば日差しを大分軽減することができる。帽子なんて久しく被っていなかったものだったから母さんに言われるまで存在すら忘れていた。
恐らく昔に被っていたものを引っ張り出してくれたのだろう。
さすがに昔とは頭の大きさが違うので、大きさを調節してから被る。
すると、降り注ぐ日光が少し緩和されたように感じた。
帽子もバカにできないものである。
「あたしと色違いだね」
「そうだな」
こちらを見上げながらにひひと笑う七海。
俺と七海の帽子は色が違うだけでデザインは同じだ。
似たような帽子を被っている様は、まるで兄妹のようでどこか照れ臭かった。
「それと日焼け止めも塗っておきなさい」
母さんが持ってきたのは帽子だけでなく、さらに日焼け止めまで出てくる。
「えー? 別にあたし平気だよ?」
「ダメよ。女の子なんだからお肌を大切にしないと。子供の頃から大切にしないと大人になってから苦労するわよ?」
「じゃあ、今からこれ塗っておけば大人になってもおばさんみたいに綺麗でいられる?」
純粋な表情で尋ねる七海。
このような素直な台詞が言えてしまうのは、余程純粋な子供か、女の扱いが上手いタラシくらいのものであろう。
これには母さんも驚いたように目を丸くして、嬉しそうに微笑んだ。
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。ええ、夏はちゃんと日焼け止めを塗っておけば、将来きっと綺麗でいられるわ」
「じゃあ、塗るー!」
四十歳を超えているというのに三十代のような若々しさを持っている母さんが言うと、説得力が違うな。
七海は素直に日焼け止めを受け取って、それを肌に塗っていく。
「はい、忠宏も塗っておきなさい。肌はもう手遅れだけど今晩のお風呂には快適に浸かれるはずよ」
「別にそこまで酷いわけでもないから……」
俺は子供の頃からこういうのに無頓着だったけど、そこまで肌は手遅れではないはずだ。
とはいえ、日焼けするとお風呂に入った時に辛いのできちんと塗ることにする。
実際昨日は少しヒリッとしたし、これ以上の悪化はできれば避けたいからな。
「帽子も被ったし日焼け止めも塗った! 水筒もタオルもある!」
「なら、大丈夫ね。田んぼや用水路にはまらないように気を付けて釣ってくるのよ」
「うん! 行ってきます!」
母さんの許可が得られたところで、俺と七海は改めて出発する。
今日も空はとても晴れており、いい天気だ。遠くで浮かんでいる白い雲が悠々と空を漂っている。辺りからは蝉の鳴き声が聞こえており、夏真っ盛りだと言えるだろう。
コンクリートの道に日陰はなく、日差しも昨日と同じように暑い。だけど、母さんが持ってきてくれた帽子がそれを見事に防いでくれていた。
「帽子があるとちょっと涼しいね!」
ちょうど七海もそう思ったのか、ご機嫌そうに言う。
「ああ、そうだな。あるのとないのと全然違うな」
単純だけどここまで効果があると、もう手放せないアイテムになるな。
これから日差しがキツイ時はできるだけ被ることにしよう。
「あれ? 昨日と同じ場所に行かないの?」
そんなことを考えていると、七海が袖を引っ張りながら尋ねてくる。
そう、今歩いている道は、昨日用水路で見かけた方向とは少し違う。
早く釣りに行きたい七海はどこか不満げな様子だ。
「ああ、道具は大体揃っているけど餌がなくてね。ちょっと駄菓子屋で買ってから向かうよ」
「駄菓子屋!? 早く行こう!」
駄菓子屋と言った途端、曇らせていた表情がパアッと明るくなる。そして、今度は率先して駄菓子屋の方へと向かい始める。
七海は表情が豊かなので見ていてとても面白いな。
俺は七海に急かされながら駄菓子屋へと向かう。
車の中で軽く話したけど、多分今の礼司を見たら七海は驚くだろうな。
◆
駄菓子屋へとたどり着くと俺は竿やバケツなどの大きな荷物を置いて、開き戸をガラガラと開ける。
すると、中に充満していた冷気がこちらに漂ってきた。
「「あ~、涼しい」」
暑い日差しの中歩いてきた俺達は、思わず冷気の心地良さに声を上げて立ち止まる。
「おいおい、気持ちはわかるけど部屋の温度が上がるから閉めてくれよな」
すると、寛ぎスペースでノートパソコンを触っている礼司がそんな声を上げた。
今日も金髪に派手なアロハシャツを着ており、室内にいながらサングラスをかけるという意味不明なことをやっている。
逆にパソコンの画面が見にくくはないのだろうか。
「おー、悪い悪い」
そんな疑問を抱きながら俺は開き戸を閉めた。
「忠宏兄ちゃん、あの人誰?」
「昨日車で言っただろ? 元黒髪で細い目をした……」
「……礼司!」
俺がヒントを与えるように言うと、思い出したのか七海がはっとして叫ぶ。
「おお、そういうお嬢ちゃんは、昨日忠宏の家にやってきた従妹の七海ちゃんだな? 俺のこと覚えててくれたのか?」
「うん! でも、礼司がチャラくなったからすぐにわからなかった!」
嬉しそうに笑っていた礼司だが、七海の言葉を聞くなりガクッとなった。
「ちょ、チャラいって。……忠宏、変な言葉教えるなよ」
「いや、俺が言うまでもなくチャラいって七海が言ったんだよ」
「マジかよ。最近の十歳はそんな言葉も使うんだな」
そうなのだ。俺も車の中で聞いた時は驚いたものだ。
沙苗さんの教育のせいか、学校などで聞いて覚えたのかわからないけど。
「にしても、随分大きくなったし可愛らしくなったな。前はこんなちんちくりんだったのに」
「むう、前に来た時でももう少し大きかった!」
礼司が手で示す高さを見て抗議する七海。
礼司が示した高さは七十センチもない。五歳児の平均身長よりも遥かに小さいな。
「ん? こんくらいだったか?」
「違う! なんで下げるの! こんくらい!」
礼司がわざと手の位置を下げると、今度は七海が正すように礼司の手を持ち上げる。
しかし、それは昔の身長の高さではなく、明らかに今の身長の高さのもの。
「いやいや、それは今の身長だろう。さすがにそれは盛り過ぎだ」
「あはは、バレた」
礼司が突っ込むと、七海はおどけるように笑った。
七海が礼司のことを覚えているのは知っていたけど、それは昔のこと。
今も仲良くできるかは不明だったけど、問題なさそうで何よりだ。
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