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続きはまた今度
しおりを挟む……だ、誰だ? などとは言いにくい。向こうは俺の名前を知っており、声をかけてきたのだ。となると、俺の面識がある人物の可能性が高い。
どこかで見たような覚えがあるんだよな。この丸っこいお餅のような――あっ、思い出した。
「もしかして、尾持さんですか?」
「あら、覚えていてくれたの? 嬉しいわね!」
恐る恐る過去の記憶と照らし合わせて名前を呼ぶと、おばちゃんは嬉しそうに笑った。
うん、丸っこい顔をしたお餅みたいな人、尾持。子供の頃の俺は、このおばちゃんをそのように認識して覚えていたのだ。とても失礼ではあったが、今気まずい思いをしなくて済んだので昔の俺を褒めてやりたい。
「そこの女の子は誰かしら?」
心の中でホッとしていると、尾持さんの視線が七海の方へと移る。
見覚えのない七海が気になるようだ。
「この子は真宮七海です。俺の従妹で、今日からしばらくこちらに住むことになりました」
「真宮七海です! よろしくお願いします!」
俺が紹介すると、七海はぺこりと頭を下げて挨拶する。
「七海ちゃんっていうのね。元気のいい子だわ。顔立ちからして香苗さんの親族の方かしら?」
「はい、母さんの妹である沙苗さんの子供なんです」
「あら、やっぱり?」
などと会話して、俺と尾持さんは笑い合う。
父さんの親族に、これほど可愛らしい従妹がいるとは思えないからな。
「にしても、香苗さんも嬉しいでしょうね。従妹さんだけじゃなく、久し振りに息子さんまで帰ってきてくれるなんて。忠宏君は、しばらくは帰ってきてなかったみたいだけど、仕事は落ち着いたってことかしら? それともおめでたい報告とか?」
まさしくおばちゃんの鏡のように手を振って、冗談めかして言ってくる尾持さん。
あはは、おめでたい話なんて一つもないな、むしろ、一般的な人からすれば、逆な理由で帰ってきたことだと言えるだろう。
どう答えたものかと悩んでいると、七海が口を開いた。
「忠宏兄ちゃんは仕事辞めたから帰ってこれたんだよ」
「……えっ? 仕事を辞めた?」
本来ならば言い淀むだろう言葉をきっぱりと、それも嬉しそうに語る七海。
言葉の重さと表情の軽さがあまりにも違うからか、尾持さんは戸惑ったような視線を向けてくる。
俺が仕事を辞めたことで一緒にいられるから七海は嬉しい。そんな思考をしてくれる人は中々いないだろうから、意味を推しはかるというのは難しいだろうな。
七海が言ってしまった以上、俺が変に誤魔化したり、暗く言ったりしたらダメだな。
「ええ、そうです。最近仕事辞めて、ここに帰ってきました」
「そ、そうなの」
七海の言ったことをきっぱりと肯定すると、尾持さんは驚きながらも理解したようだ。
順風満帆に昇進し、お金も稼いで、長期休暇をより、綺麗な彼女を連れて帰ってくる。などという、仕事も恋も上手くいっていれば胸を張れたことだろうな。
仕事を辞めて帰ってきた俺に、どう声をかけたらいいのかわからないのか、先程までよく喋っていた尾持さんも黙ってしまう。
俺は空気を振り払うように明るい声を上げる。
「あの、喉が渇いたんですけど、ここら辺で自販機ってありませんでしたっけ? 前のことなので朧げで……」
「ああ、それなら、ちょうど飲み物買ってあるから飲んでちょうだい!」
「ええ? いいんですか?」
「いいのよ!」
俺が尋ねると、尾持さんはビニールの中を漁って五百ミリリットルのペットボトルを二つ押し付けるように渡してくれる。
この人の好さとお節介好きは記憶の中にいた尾持さんと全く変わっていないな。
断るのも悪いし、喉も渇いていたので俺は素直に受け取ることにする。
ちなみに飲み物はスポーツ飲料水のポカリであり、汗を多く流した俺達にはとても有難い。
「じゃあ、再就職頑張って。後は帰ってきたのを機に、ここで農家をやるのもいいかもね」
「はい、ありがとうございます。ゆっくり考えてみます」
本当はまだ何も考えていないし、あまり考えるつもりもないけど、こう言葉を返す他はない。
俺は軽く頭を下げて、にこやかな笑みを浮かべながら去っていく尾持さんを見送る。
にしても、尾持さんに仕事を辞めたと知られてしまったな。
お節介焼きで人のいい尾持さんは村の人との繋がりが強い。
人と話すのが大好きだから、俺が無職になって帰ってきたという事はあっという間に広がるだろうな。
そんなことを考えていると、隣にいる七海が袖を引っ張ってくる。
「……言っちゃダメだった?」
「えっ?」
「忠宏兄ちゃんが仕事辞めたってこと」
どこか不安そうにこちらを見上げてくる七海。
さっきの会話の事を気にしているらしい。無邪気な子供だと思ってはいたが、こういう空気にも敏感なようだ。
……まあ、俺がどうして帰ってきたかは知り合いに会えば聞かれること。長いことここにいれば、嘘をついてもバレることは当たり前。
ここで堂々と言っておけばさっきのような気まずいような雰囲気にもならないだろう。
「いや、いいよ。むしろ、言ってくれて助かったよ」
「そうなの?」
別に犯罪者になったわけでもないし、自分の貯金も持っている。
こちらからあけすけにしておけば、相手だってとっつきやすいだろうから。
七海が言ってくれて、踏ん切りがついた。
俺は七海に感謝するように頭を撫でてやる。
「ほい、ポカリ」
それからポカリを渡すと、七海は嬉しそうに蓋を開けて、ポカリを飲んでいく。
俺も喉が渇いていたので一気にポカリを飲む。
買ったばかりなのか、少し冷ためのポカリが気持ちいい。
汗をかいて塩分などが失われていたからか、記憶の中にある味よりも断然美味しく感じられた。
「「ぷはぁっ!」」
ペットボトルから口を離して、息を吐く。
それが全く同じタイミングだったもので、俺と七海は思わず笑い合う。
「さて、あとちょっと散歩したら帰るか」
「えー? まだ時間もあるし、あたしはまだ疲れてないよ」
「七海が元気でも俺がダメなんだ」
運動もロクにしていなかった俺に一時間半以上の散歩は少しキツイ。足も重くなってきたし、疲れが出てきてだるくなってきた。
これ以上遠くまで行ってしまうと帰ることができなくなってしまう。
「もう、しょうがないなぁ。その代わり、また今度一緒に散歩してね」
「おう」
七海の言葉に返事しながら、俺はもう少し体力をつけることを決めた。
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