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第三十五話『新たな出会い』

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 イライザに別れを告げネイラーン砦を抜けた俺達は、グリフィンシェル帝国領内に入る。
 まずはグリフィンの情報を集めるべく、北にある帝都ガルザスを目指す。
 冒険者ともなれば、事前にヴェルスタット王都で地図を購入しておくべきなのだが、俺達にはエルザがいるのでその必要はなかった。
 今まではヴェルスタット王国内で定期馬車に乗ったり、他の冒険者と共に行動していた関係で、エルザの【世界地図】を使用する機会はなかったが、これからは違う。
 町までの距離、方角、地形などが分かるというのはそれだけで大きな強みになるし、今後はエルザに頼る機会も増えてくるだろう。

「んふふ~。任せなさいよねっ。どんな場所だろうと私の能力で一発よ!」

 頼りにされているエルザは、胸に手をやりドンと叩いてみせる。
 その顔はやる気に満ち溢れていた。
 エルザの【世界地図】によると、ネイラーン砦から帝都ガルザスまでは、馬を走らせておよそ四日程度の場所にあるようだ。
 馬車で行く俺達ならば六日もあれば着くだろう。

 ちなみに【世界地図】の使用方法だが、エルザの話では地名や町の名前を意識しながら能力を使用すると、文章として頭の中に浮かび上がってくるらしい。
 意識しながら、というのが肝で、場所を指定せずに能力を使っても何も反応しないそうだ。
 


 グリフィンシェル帝国領内に入ってから三日目。
 街道沿いに面した場所にリコリスという村があり、物資の補給も兼ねて立ち寄る。
 村の規模はワール村よりは大きく、かと言って町と呼べるほど大きくもない。
 村にある唯一の宿屋に泊まったのだが、そこの主人の話ではこの村の住人は四百人ほどだそうだ。
 宿屋の主人は元・冒険者だそうで、思いがけずグリフィンの生息している場所についての話を聞くことが出来た。
 帝都ガルザスから更に馬を使って五日ほど北上したエヴァンゼ盆地という場所に棲息しているらしい。
 但し、グリフィン以外にも強力な魔物も多く棲息しており、人はあまり近寄らないという。
 後は街道沿いで稀にだが魔物も出現するとのことで、気をつけたほうがいいと言われた。

 次の日の朝、宿屋の主人に金を払いつつ礼を言って、村を後にする。
 村を出てからも暫くは平野が続く。
 気候自体はヴェルスタットと大して変わらないものの、徐々に空気は冷たくなっているようで、窓から見える御者台のエルリックが吐く息も若干白い。
 目の前に広がる草原は風に吹かれて波打っている。
 空を見上げると澄み切った青い空がどこまでも広がっており、とても綺麗だ。
 馬車はガラガラ、ゴトゴトを音を立てて街道を進んでいく。



「皆! 魔物だ! 魔物の群れがいるぞ!」

 今まで何事もなく順調に進んでいたのだが、帝都ガルザスまで後一日というところで、エルリックが異変に気付く。
 まだ距離はあるが、街道から少し外れた草原にいる多数の魔物を発見したのだ。
 一旦馬車を停止させ、俺達は備え付けてある窓から魔物を確認する。
 正確な数までは分からないが少なくとも三十以上は確実だろう。
 どれもヴェルスタットでは見たことがない魔物ばかりだ。

 まず見えるのは梟頭の熊のような姿をした凶暴な魔物。
 次に見えるのがオークを一回り大きくしたような魔物。
 人間には問題なく通用したアニエスの【大地の抱擁】だが、魔物相手にどれだけ通用するかは実際に使ってみないことには分からない。
 それにあれだけ有用な魔法だ。使用回数は限られているはずだ。
 
「どうする? 一旦退いて時間が経ってからにするか?」
「そうね。数が数だし、それがいいかもしれないわね」
「――二人ともッ。あそこをよく見るんだ!」

 一旦退く話に進んでいた俺達だったが、エルリックがそれを遮る。
 エルリックが指差す方を見た俺とエルザは思わず目を見開いてしまった。
 何故なら、魔物の群れの中にあって一人で戦う男の姿を発見してしまったからだ。 
 魔物が囲んでいたから今まで見えなかったのかっ。
 よく見ると、男の周囲には既に何匹もの魔物の死体が見える。
 俺達以外に人がいるのであれば話は別だ。

「皆! 助けに行くぞ。リルは危険だから馬車の中で待機だっ」

 皆の頷きを確認し、俺達は馬車をその場に置いたまま男の元へと駆け寄った。



「アニエス! 【大地の抱擁】をオークみたいな魔物に使ってくれっ。エルザと兄さんは梟頭の魔物を! 俺は皆を援護するっ」
「……分かった」
「分かったわっ!」
「了解だ!」
「よし、いくぞ!」

 魔物の群れまで後少しというところで魔物達が俺達に気付く。
 その内オークに似た魔物五匹が俺達目掛けて襲ってきた。
 襲ってくる魔物目掛けてアニエスが魔法を使う。

「……『大地の抱擁』」
「「「「「ッッ!?」」」」」

 【大地の抱擁】により五匹は、身動きが取れなくなる。
 俺はホッと息を吐く。
 どうやら魔物にも効果はあるようだ。
 俺は鞘から引き抜いた剣を、五匹の首目掛けて順番に振り抜き絶命させていく。
 エルザとエルリックは、剣を構え梟頭の魔物目掛けて突進した。
 と、そこで俺達に気付いた男がこちらに目を向ける。
 
「ん? 何だ、手伝ってくれるのか?」
「ええ! 余計でしたか? っと!」

 顔の見える位置まで近づくと男の表情に焦りといったものは何も感じられない。
 これは余計なお世話だったかな? と思う間もなく、近くにいた梟頭の魔物が腕を振り回してきたので、剣で腕ごと斬り裂く。

「いや。流石に少々数が多くてな。辟易としてたところだ。助かる」

 男の手には見たことがない武器が握られていた。
 槍? いや、それにしては両端が剣のようになっているが、これは一体――。
 そう思っていたら、男は槍らしき武器を両手に持つと、ちょうど真ん中辺りが二つに分離し、二本の長剣へと姿を変える。
 二つに分離してなお長い剣は、一本がゆうに百二十センチを超えていた。
 男は両手に二本の剣を握り締める。
 片手だけで持つにはかなりの重量であるはずの剣を軽々と振り回して構える男の姿に、俺だけでなく、その場に居たエルザにエルリック、アニエスまでもが思わず息を飲む。
 戦闘中であるというのに見とれてしまったのだ。

「凄いな……」

 思わず漏れ出た俺の言葉を肯定するかの如く、皆が頷き返す。
 だが、周囲の魔物はその凄さが分かっていないようだ。
 オークに似た一匹が、男にそのまま突撃する。
 互いの距離が迫り、手に持つ棍棒を振り上げ男に襲いかかった。
 棍棒が男に当たると思った瞬間、男が踏み込みそれ以上の速さで両手に握り締められた剣が、空間を断つかのごとく十字に走った。

 男が別の魔物へと目標を変える。
 目の前にいた魔物は一瞬何をされたのか、分からないようだったが、後ろを見せた男に再度襲いかかろうとしたが――動き出そうとした瞬間、魔物の身体が四つに身体が分かれ、物言わぬ骸と化した。
 
 ――凄いな。あれだけの腕を持つ者は今まで見たことがない。
 執事のミルノも凄かったが、目の前の強さは別物だ。
 これなら手助けなど必要なかったかもしれないな……。
 呆気にとられていた俺達だったが、未だ魔物の数は多く、先ほどの光景を見ただけで逃げ出すような魔物はいなかった。
 
「ウオオオオォッ!!」

 一匹の魔物の雄叫びに我に返った俺達は、視線を男から魔物に戻し、一斉に攻撃に移る。
 全ての魔物を殲滅し終えるのに時間は掛からなかった。



 全ての魔物を倒し終えた俺達と男は魔物の討伐部位を斬り取る。
 オークに似た魔物はオーク・ハイ、梟頭の魔物は梟熊アウル・ベアと言うそうだ。

「すまんな。手伝ってもらって」
「いえ、正直必要なかったような気もしますがね」
「そんなことはねえ……と言っても信じられんだろうが、助かったのは事実だ。ありがとよ」

 そう言って俺達に向かってニカっと笑う男の顔は、歴戦の猛者を思わせる風貌だった。
 身長は百九十センチはあるだろうか。
 俺やエルリックから見ても大きい。
 髪は黒みがかった茶色の長髪で、後ろに流した髪型をしている。
 服装は胸当てをしているものの、上下ともに黒一色の服を身につけていた。
 右眼は魔物に傷つけられたのか、縦に一筋の線のような傷跡が残っており、開いた左眼を俺達に向ける。
 
「ん? あぁ、こいつか。昔ちょっとした魔物とやりあった時に出来た傷だ。ま、片目でも大して不自由はねぇから問題ないけどな」

 俺達の視線に気付いた男はそう言って笑い飛ばす。
 その顔は本当に何でもないといった感じに見えるし、実際にあれだけ魔物とやりあえるんだ。
 片目だろうと問題ないのだろう。
 と、そこで俺達は自己紹介をしていなかったことに気付き、お互いに自己紹介をする。

「俺はカーマインと言います。こっちはエルザ、その隣が兄のエルリック。そしてこの子はアニエスです」
「俺はクーガーってんだ。一人ソロで流れの冒険者をやってる」

 そう言って見せてくれた冒険者証はクーガーがミスリル級であることを示していた。
 ミスリル級であれば、先ほどの力も納得がいく。
 一人であってもそれなりに稼ぐことは出来るのだろう。
 年齢は三十五歳だそうだ。
 俺達も冒険者証を見せて、金等級になる為にグリフィンの爪が必要なことを伝える。

「ほう。グリフィンか、懐かしいな。俺の昇級試験の時もグリフィンだったんだ。――よし、こんな場所で出会ったのも何かの縁だろう。俺もついてってやるよ」
「え? いいんですか? 俺達には有難い申し出ですが、クーガーさんも何か目的があって旅をしてるんじゃ?」
「ん? あぁ、まあそうなんだがな……。急ぐ旅でもないし、アテがあるわけでもないんだ。それにどの道、帝都には行こうとしてたところでな。そのついでだと思ってくれればいい」

 苦笑まじりに告げるクーガーの言葉を聞いた俺達は、有り難く受けることにする。
 彼ほどの男が同行してくれるのであればこれほど心強いことはない。
 念の為使用している【真実の瞳】でも反応はないから、悪意がないのも確かだ。
 それにミスリル級の冒険者とともに行動することで、何か感じ取れるものもあるかもしれないからな。

「有難うございます。それじゃあ、宜しくお願いします、クーガーさん」
「おう、宜しくな。それと――堅苦しいのは苦手でな、クーガーでいいぜ」
「ふふ、分かったよ。宜しく、クーガー」

 俺達は笑みを浮かべながらそれぞれクーガーと握手を交わす。
 こうして俺達はクーガーと一緒に帝都ガルザスを目指すことになったのだった。
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