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第三十四話『白のイライザ』

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 ネイラーン砦を訪れる者は、少ない。
 というのも、冒険者はヴェルスタットで活動するものが多く、次いでウェーレスト、そしてヴェノムと続く。
 グリフィンシェルに向かう冒険者もいない訳ではないのだが、グリフィンシェルで出現する魔物は総じて手強いものが多く、金等級以上の冒険者でないと満足に稼ぐことは出来ない。
 つまり、ここを訪れるのは専ら商人ということになるのだが、物資の移動に制限が掛かっている為、商人達の通行量も決して多くは無いのだ。
 だからこそ、目の前にいる白の鎧を身に纏った女性騎士のような、明らかに身分が高いと思える者がわざわざ検問に同席しているのだろう。

「【栄光ある五色の将】?」

 俺は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
 俺の態度が気に食わなかったのか、検問の兵士の表情が途端に険しいものに変わる。
 反面、イライザと名乗った白騎士の口元は僅かに緩み、苦笑した。

「あら? 聞いたことがないかしら? それなりに知られていると思っていたのだけれど、そうでもなかったようね」
「ちょ、ちょっとカーマイン、貴方【栄光ある五色の将】を知らないのっ!?」
「ん? あぁ」

 エルザは俺が【栄光ある五色の将】のことを知らないのが余程信じられないのか、目を大きく見開き、声を張り上げる。
 エルリックの方を見ると、どうやらエルリックは知っていたようで軽く頭をかかえていた。
 知ってたのなら、教えてくれよ……。
 リルとアニエスを見るが――もちろん知っているはずもない。二人とも小首を傾げている。
 エルザは頬を膨らませ「……もうっ」と言った。
 子供のようだな、と思ったのは内緒にしておこう。

「【栄光ある五色の将】と言ったら、グリフィンシェル帝国が誇る近衛騎士のことよ。武勇、知識、忠誠、品格などの全てにおいて、特に優れた騎士が任命されるわ。言ってみれば皇帝直属の将軍ね。それだけでも凄い事だけど、イライザ・ミッシェルリンク将軍は五人いる【栄光ある五色の将】の中で唯一の女性の将軍なのよっ!」
「そ、そうか……」
「ふふっ、そう言われると何だかこそばゆいものがあるわね。ありがとう。えーと――」
「エ、エルザです! 【白のイライザ】にお会い出来て、光栄です……!」

 穏やかな微笑と凛としたよく通る声に、エルザは頬を紅潮させ、目をきらめかせ、上ずった声でそう言ってペコリと頭を下げた。

「可愛らしい剣士さんね。同行しているメンバーから察するに冒険者で間違いないかしら?」
「はい! 昇級試験の為にグリフィンシェル帝国に入りたくて来ました! これ、冒険者証ですっ」

 エルザはそう言って、勢いよく冒険者証をイライザに手渡す。
 イライザの柔らかな視線がエルザの頬を撫で、通り過ぎて冒険者証へと移る。
 一つ頷くと、冒険者証をエルザに返した。

「確認しました。そちらの方々の冒険者証も拝見していいかしら? これも規則なのよ」
「分かりました。それと、こちらの書面も証としてお見せしておきます」

 俺は冒険者証とともに金等級昇級試験内容について書かれた書面を、イライザに手渡す。
 続いてエルリックとアニエスも冒険者証とイライザに手渡した。
 三人の冒険者証を確認すると、イライザは微笑を崩さぬまま、冒険者証を俺達に返してくれる。

「確かに。特に問題ないようだし、通行を許可します」
「有難うございます」

 俺達がイライザに一礼すると、イライザは俺達の姿を見てくすりと、おかしそうに笑った。

「ふふ。……あまり冒険者らしくないパーティーね」

 彼女の一言に、アニエスを除く俺達は皆固まる。
 これでも冒険者になり、初心者ルーキーと呼ばれる時期は過ぎたはずだ。
 それなりに場数を踏んで、冒険者らしくなってきたと自分の中では思っていたんだが……。
 内心冷や汗をかいていると、イライザは何がおかしかったのか、声に出して笑い出す。

「ふふ。ごめんなさいね。なんて言えばいいのかしら……そうね、貴方達が纏っている空気が冒険者には似つかわしくない、品のようなものを感じたの」

 イライザの言葉が的を得ているだけに、俺達は何も言えなくなる。
 ――鋭い。流石に一国の将軍ともなると勘といったものも優れているのだろうか?
 だが、元・王族であり、死亡した事になっている俺やエルリックについて、知られる訳にはいかない。
 どうしたものか、考えていると不意にエルザが口を開く。

「あのっ……私が貴族なんです!」
「へぇ? ……何故隠していたのかしら?」

 イライザが目を細めて俺達を見つめる。
 瞬間――ゾクリと背筋が震えた。
 周囲の空気が大きく揺れたような感覚に襲われる。
 エルザの回答次第では即座に俺達は拘束されてしまうだろう。
 エルザの額に大量の汗が噴出する。
 俺の服の裾をエルザが掴んで俺を見た。
 俺はエルザの顔を見て、頷いてやると、エルザは目を閉じ、そして開く。

「実は親戚のお姉様が、グリフィンシェル帝国に向かったと聞いて……。ただ、お姉様は少し有名なので知られたくなかったんです」
「お姉様? 気になるわね。そのお姉様とやらの名前は?」

 イライザが視線で先を促す。

「……シャルローネです。シャルローネ・クロムウェル」
「えっ!?」

 エルザの回答を聞いたイライザは仰天している。
 先程までの空気が嘘のように霧散していく。

「シャルローネって……あの剣聖シャルローネのことかしら!?」
「え、えぇ、そうですけど。お姉様の事を知っているんですか?」
「知ってるもなにも、彼女とは二ヶ月前に手合わせしているのよ」
「えっ!? お姉様と手合わせ……ですか? その、どうして?」
「あら? 理由が必要かしら? 目の前に心を揺さぶる強者が現れたんですもの。戦いたくなるのは武人として当然のサガね」
「そ、そうなんですか……。ちなみにその時の勝敗は……?」
「ふふ。残念ながら決着はつかなかったわ。――彼女とはもう一度手合わせしたいわね」

 イライザは誰もいない空を見つめながら優しげな笑みを浮かべた。
 打って変わったように機嫌良さそうにしているイライザの表情に、俺達は危機を乗り越えたのを確信するとともに、イライザに対してある二文字が頭に浮かぶ。
 戦闘狂バトルマニア――。
 決着がつかなかったということは、少なくとも剣聖と互角に戦えるだけの力を持っているということだ。
 俺達はその事実に驚き、愕然とした表情になる。
 イライザの次の言葉を待っていると、不意に彼女はエルザに目をやり、口を開く。
 
「――シャルローネの血縁なのであれば、知られたくないのも無理はないわね。いいわ。身分の事を黙っていたことについては不問にしてあげましょう」
「あ、有難うございます!」

 エルザが思い切り頭を下げる。
 それを見たイライザはゆっくりと首を縦に振った。
 彼女の黄金色の双眸からは和らぎが感じられる。

「いいのよ。その代わりと言ってはなんだけど、シャルローネに会えたら、私が手合わせしたがってたって伝えてくれるかしら?」
「分かりました! 必ず伝えますっ」

 しっかりと頷き返事を返すエルザに、イライザは満面の笑みを浮かべて「有難う」と告げた。
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