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第二十三話『帰還』
しおりを挟む 転移によってマモンが消え去った後、俺はその場に倒れ込む。
「ぐ……ぅ――っ」
「カーマイン!?」
エルザが悲鳴を上げる。
身体中の筋肉が軋むが、俺は地面にへばりついている上半身を震える腕で起こす。
【限界突破】を使った状態でさえ、押し切ることが出来なかった。
いや、マモンは少し本気を出すと言っていた。
まだ余力を残していたはずだ。それを考えるなら全く歯が立たなかったといっていい。実際は勝負にもなっていない。
視界の中の地面を見下ろしながら、身体中を襲う痛みと悔しさ、己の不甲斐なさを噛み締める。
何とか立ち上がろうと足に力を入れたところに、エルザ達が駆け寄ってきて、俺を支えてくれた。
「……カーマインっ、無事なの!?」
「ぁ、あぁ、何とかな……」
エルザが不安げな表情で安否を確かめてきた。
俺は痛みを堪えながらも、しっかりとした応えを返す。
エルザの表情は安堵に変わるが、それも一瞬のことで直ぐに声を張り上げた。
「もぅっ、無茶はしないでよね!? あんな大きな炎の塊を避けもしないで、しかも斬るだなんて!
私がどれだけ心配したと思ってるのよ……!」
エルザの顔が曇り、今にも泣き出しそうな悲痛なものへと変わる。
傍にいるエルリックやファラも同じような表情で俺を見つめていた。
ミルノだけは万一に備えてか、周囲の警戒を続けている。
「すまなかった。
……だが、他に方法が思い浮かばなかったんだ。
それに――アレを避けてエルザ達を危険な目に合わせることなんて、出来るはずがないじゃないか」
「カーマイン……でも、それで貴方が傷ついたら私もエルリックも、それにファラだって悲しいわ」
エルザが心底から心配した声を俺に向けてくれる。エルリックとファラが当然とばかりに頷く。
胸の奥底から熱いものが込み上げる。
こんなにも自分のことを心配してくれる人がいる。想ってくれる人がいる。
それが、ただただ嬉しかった。
目から熱いものが零れ落ちそうになるのを必死で堪え、俺はエルザ達の顔を見る。
「――そうだな。俺だってエルザ達が同じ目にあったら悲しいからな。
次からは気をつけるよ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
「――ん。信じるわ」
エルザは頬を緩め口元を和らげた。俺もそんな彼女の顔を見て安堵する。
「でも、本当に無事で良かったわ。
あのマモンって女魔族が退いてなかったら、カーマインもだけど私達もやられていたわよね?」
「あぁ……俺の事を良い研究対象とか言ってたが……」
「研究対象――ね。よく分からないけど、ロクでもない事なのは間違いないわね」
「そうだな。出来ることなら二度と会いたくはないが……」
マモンは『また』と言っていたからな。
奴とは必ず対峙するだろう――そんな予感めいたものを俺は感じていた。
◇
無事を確認しあった俺達は、奥にある部屋へ向かう事になったのだが――。
以前【限界突破】を使用した時と違い、俺は気を失うということはなかった。
しかし、エルザの支えを借りて立ち上がることは出来たものの、歩きだそうとすると身体中に激痛が走る。
何とか前に出ようとするのだが、その場から一歩を踏み出すことが出来ない。
申し訳なく思いつつ、またもやエルリックに背負ってもらう。
「兄さん、すまない」
「おいおい、責任を感じる必要はないって言っただろ?
それに、こういう時くらいしか兄らしい事をしてやれていないんだから、頼ってくれよ」
柔らかい口調で話しかけるエルリックに、俺はまた暖かいものがこみ上げてくる。
「……有難う。それじゃあ遠慮なく頼らせてもらうよ」
「あぁ、それでいい」
「では、私が先行致します」
「お願いね、ミルノ」
ミルノが先頭に立ち、扉を開ける。
そこは、さながら礼拝堂のような場所だった。
先程までいた部屋が城の大広間ほどの広さだとすれば、この室内は驚く程小ぢんまりとしている。
石から掘り出された台座が幾つも並び、奥には祭壇。
祭壇の中央には魔法陣が描かれていた。これで魔力を吸い取っていたのだろうか。
よく見ると、台座の上には鳥籠のようなものが置かれており、その中には妖精が捕らえられていた。
「皆っ、大丈夫!?」
ファラが鳥籠の傍へ飛んでいく。
エルリックは俺を一旦床に降ろし、俺以外の三人で手分けして鳥籠を開けて妖精を助け出す。
妖精達は身動き一つ取れない程衰弱していたが、マモンの言っていた通り死んでいる者は一人も居なかった。
その中にはリルの姿もあり、エルザから手渡された俺は、安堵からホッと息を吐く。
「ぁ、…………?」
微かにリルの瞼が開いた。
血の気の失せた唇が微かに動き、はぁ、とか細い声が漏れる。
「カー、マ、イン……?」
「そうだ、大丈夫か?」
俺は痛みを堪えつつ右手を伸ばし、リルの頭を指でゆっくりと撫でる。
リルは目を細めて、微かに笑みを浮かべた。
「……あ……りが、と……う」
「気にするな」
「これだけ多いと一回で連れ出すのは難しいわ。
――ミルノ。馬車をこの近くまで持ってきて頂戴。
その後に手分けして馬車まで運びましょう」
「畏まりました」
「さぁ、カーマインも一緒に行こうか」
俺はエルリックに背負われ、地上へ戻る。
外へ出ると太陽の位置はかなり高くなっていた。
思っていた以上に時間が経っていたようだ。
雨が降っていたのか、地面が濡れていた。
少しすると、ミルノが馬車を引き連れて戻って来る。
俺を馬車に乗せたエルリックは地下へ戻り、エルザやミルノと手分けして妖精を連れ出す。
全ての妖精を馬車に乗せ終わると、皆も馬車に乗り込む。
「では、ダーニックへ戻ります。
到着するまで皆様はごゆっくりとお休みになって下さい」
ミルノの言葉に頷き、俺達は目を瞑る。
広野を真っ直ぐに通る街道を、がたごとと音を立てて馬車が行く中、俺の意識は微睡みに包まれていった。
◇
「――――イン、カーマイン」
「――んっ」
目が覚めると、ノルダール伯爵の屋敷に到着していた。
エルザが覗き込むようにして俺を見る。
「ふふ、やっと起きたわね」
「着いたんだな」
「ええ。ついさっきだけどね」
僅かに笑みを零しながら、エルザは応える。
「身体の調子はやっぱりまだ――?」
「あぁ。少なくとも今日一日はこのままだろうな」
「そう……。まぁ仕方ないわよね。
目的は達成したんだし、今日はゆっくり屋敷で休んでちょうだい」
「お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう、エルザ」
頬を緩め、弾んだ声で話しかけるエルザに俺は礼を言う。
エルリックに背負ってもらい馬車を降りると、ガレフとダリルが居た。
二人とも俺の姿を見て、驚きで目を見張っている。
「このような格好で申し訳ありません」
「それは構わんが、――お主、随分とボロボロのようじゃが大丈夫なのか?」
「えぇ。こんな状態ですが今日一日休めば大丈夫ですので。
お気遣い頂き、有難うございます」
「――ふんっ! 別に心配などしておらぬわっ。
部屋なら余っておるから好きに使え! ――ミルノ!」
「はっ。――エルリック様、こちらでございます」
ミルノに案内された部屋へエルリックに背負われたまま運ばれた俺は、備え付けられたベッドに寝かされる。
先ほどまで眠っていたというのに、身体がまだ休息を望んでいるのか、瞼は次第に重くなっていく。
「ふふ。ゆっくり休むといいよ」
エルリックが優しい声色で俺に告げる。
「あり、がと……う。じゃあ、ちょっと、だけ、眠る、よ」
「ああ。お休み、カーマイン」
「ぐ……ぅ――っ」
「カーマイン!?」
エルザが悲鳴を上げる。
身体中の筋肉が軋むが、俺は地面にへばりついている上半身を震える腕で起こす。
【限界突破】を使った状態でさえ、押し切ることが出来なかった。
いや、マモンは少し本気を出すと言っていた。
まだ余力を残していたはずだ。それを考えるなら全く歯が立たなかったといっていい。実際は勝負にもなっていない。
視界の中の地面を見下ろしながら、身体中を襲う痛みと悔しさ、己の不甲斐なさを噛み締める。
何とか立ち上がろうと足に力を入れたところに、エルザ達が駆け寄ってきて、俺を支えてくれた。
「……カーマインっ、無事なの!?」
「ぁ、あぁ、何とかな……」
エルザが不安げな表情で安否を確かめてきた。
俺は痛みを堪えながらも、しっかりとした応えを返す。
エルザの表情は安堵に変わるが、それも一瞬のことで直ぐに声を張り上げた。
「もぅっ、無茶はしないでよね!? あんな大きな炎の塊を避けもしないで、しかも斬るだなんて!
私がどれだけ心配したと思ってるのよ……!」
エルザの顔が曇り、今にも泣き出しそうな悲痛なものへと変わる。
傍にいるエルリックやファラも同じような表情で俺を見つめていた。
ミルノだけは万一に備えてか、周囲の警戒を続けている。
「すまなかった。
……だが、他に方法が思い浮かばなかったんだ。
それに――アレを避けてエルザ達を危険な目に合わせることなんて、出来るはずがないじゃないか」
「カーマイン……でも、それで貴方が傷ついたら私もエルリックも、それにファラだって悲しいわ」
エルザが心底から心配した声を俺に向けてくれる。エルリックとファラが当然とばかりに頷く。
胸の奥底から熱いものが込み上げる。
こんなにも自分のことを心配してくれる人がいる。想ってくれる人がいる。
それが、ただただ嬉しかった。
目から熱いものが零れ落ちそうになるのを必死で堪え、俺はエルザ達の顔を見る。
「――そうだな。俺だってエルザ達が同じ目にあったら悲しいからな。
次からは気をつけるよ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
「――ん。信じるわ」
エルザは頬を緩め口元を和らげた。俺もそんな彼女の顔を見て安堵する。
「でも、本当に無事で良かったわ。
あのマモンって女魔族が退いてなかったら、カーマインもだけど私達もやられていたわよね?」
「あぁ……俺の事を良い研究対象とか言ってたが……」
「研究対象――ね。よく分からないけど、ロクでもない事なのは間違いないわね」
「そうだな。出来ることなら二度と会いたくはないが……」
マモンは『また』と言っていたからな。
奴とは必ず対峙するだろう――そんな予感めいたものを俺は感じていた。
◇
無事を確認しあった俺達は、奥にある部屋へ向かう事になったのだが――。
以前【限界突破】を使用した時と違い、俺は気を失うということはなかった。
しかし、エルザの支えを借りて立ち上がることは出来たものの、歩きだそうとすると身体中に激痛が走る。
何とか前に出ようとするのだが、その場から一歩を踏み出すことが出来ない。
申し訳なく思いつつ、またもやエルリックに背負ってもらう。
「兄さん、すまない」
「おいおい、責任を感じる必要はないって言っただろ?
それに、こういう時くらいしか兄らしい事をしてやれていないんだから、頼ってくれよ」
柔らかい口調で話しかけるエルリックに、俺はまた暖かいものがこみ上げてくる。
「……有難う。それじゃあ遠慮なく頼らせてもらうよ」
「あぁ、それでいい」
「では、私が先行致します」
「お願いね、ミルノ」
ミルノが先頭に立ち、扉を開ける。
そこは、さながら礼拝堂のような場所だった。
先程までいた部屋が城の大広間ほどの広さだとすれば、この室内は驚く程小ぢんまりとしている。
石から掘り出された台座が幾つも並び、奥には祭壇。
祭壇の中央には魔法陣が描かれていた。これで魔力を吸い取っていたのだろうか。
よく見ると、台座の上には鳥籠のようなものが置かれており、その中には妖精が捕らえられていた。
「皆っ、大丈夫!?」
ファラが鳥籠の傍へ飛んでいく。
エルリックは俺を一旦床に降ろし、俺以外の三人で手分けして鳥籠を開けて妖精を助け出す。
妖精達は身動き一つ取れない程衰弱していたが、マモンの言っていた通り死んでいる者は一人も居なかった。
その中にはリルの姿もあり、エルザから手渡された俺は、安堵からホッと息を吐く。
「ぁ、…………?」
微かにリルの瞼が開いた。
血の気の失せた唇が微かに動き、はぁ、とか細い声が漏れる。
「カー、マ、イン……?」
「そうだ、大丈夫か?」
俺は痛みを堪えつつ右手を伸ばし、リルの頭を指でゆっくりと撫でる。
リルは目を細めて、微かに笑みを浮かべた。
「……あ……りが、と……う」
「気にするな」
「これだけ多いと一回で連れ出すのは難しいわ。
――ミルノ。馬車をこの近くまで持ってきて頂戴。
その後に手分けして馬車まで運びましょう」
「畏まりました」
「さぁ、カーマインも一緒に行こうか」
俺はエルリックに背負われ、地上へ戻る。
外へ出ると太陽の位置はかなり高くなっていた。
思っていた以上に時間が経っていたようだ。
雨が降っていたのか、地面が濡れていた。
少しすると、ミルノが馬車を引き連れて戻って来る。
俺を馬車に乗せたエルリックは地下へ戻り、エルザやミルノと手分けして妖精を連れ出す。
全ての妖精を馬車に乗せ終わると、皆も馬車に乗り込む。
「では、ダーニックへ戻ります。
到着するまで皆様はごゆっくりとお休みになって下さい」
ミルノの言葉に頷き、俺達は目を瞑る。
広野を真っ直ぐに通る街道を、がたごとと音を立てて馬車が行く中、俺の意識は微睡みに包まれていった。
◇
「――――イン、カーマイン」
「――んっ」
目が覚めると、ノルダール伯爵の屋敷に到着していた。
エルザが覗き込むようにして俺を見る。
「ふふ、やっと起きたわね」
「着いたんだな」
「ええ。ついさっきだけどね」
僅かに笑みを零しながら、エルザは応える。
「身体の調子はやっぱりまだ――?」
「あぁ。少なくとも今日一日はこのままだろうな」
「そう……。まぁ仕方ないわよね。
目的は達成したんだし、今日はゆっくり屋敷で休んでちょうだい」
「お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう、エルザ」
頬を緩め、弾んだ声で話しかけるエルザに俺は礼を言う。
エルリックに背負ってもらい馬車を降りると、ガレフとダリルが居た。
二人とも俺の姿を見て、驚きで目を見張っている。
「このような格好で申し訳ありません」
「それは構わんが、――お主、随分とボロボロのようじゃが大丈夫なのか?」
「えぇ。こんな状態ですが今日一日休めば大丈夫ですので。
お気遣い頂き、有難うございます」
「――ふんっ! 別に心配などしておらぬわっ。
部屋なら余っておるから好きに使え! ――ミルノ!」
「はっ。――エルリック様、こちらでございます」
ミルノに案内された部屋へエルリックに背負われたまま運ばれた俺は、備え付けられたベッドに寝かされる。
先ほどまで眠っていたというのに、身体がまだ休息を望んでいるのか、瞼は次第に重くなっていく。
「ふふ。ゆっくり休むといいよ」
エルリックが優しい声色で俺に告げる。
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