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第十九話『エルザの正体』

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 翌日。
 宿屋を一旦引き払い、王都を出た俺達は、話を交わしながら馬車に揺られていた。

「ノルダール伯爵領?」
「えぇ。私の実家がある場所よ。出来ることならあまり戻りたくは無かったんだけど……」
「エルザがそこまで嫌そうな顔をするのも珍しいな。
 ――一体何があるんだ?」
「……行けば分かるわ。はぁ……」

 戸惑いつつ、隣のエルザに問いかけるが返ってくる答えは「行けば分かる」の一点張りだ。
 あの後、他に手がかりは無いのだし、それならばエルザの提案に乗ってみようということになり、
 早速ノルダール伯爵領に向かっているというわけだ。

 エルザの実家があるノルダール伯爵領は、俺達が最初に出会った場所から、南に徒歩でおよそ一日の場所にある。
 エルザの話では人口は五万人ほどで、肥沃な大地に恵まれており、農業が盛んに行われているそうだ。
 ヴェルスタット王国の食料基盤の一翼を担う場所でもあるらしい。
 
 アニエス大森林に行くのとは違い距離がある為、今回俺達は定期的に出ている馬車を利用している。
 一人当たり銀貨三枚とそれなりの出費ではあったが、歩いていけば三日以上掛かってしまう距離だ。
 一日で着くことを考えれば、許容範囲内の出費だといえる。



 馬車が停まり、御者がドアを開ける。

「お客さん。ノルダール伯爵領ダーニックに着きましたよ」
「そうか、ありがとう」

 馬車を降りると、目の前には街を守るべき外壁と入口である門が見える。
 外壁のすぐ隣には、見渡す限り一面に畑が広がっていた。
 これだけの広さの畑は見たことがない。
 畑の周りには、農作業をしている人の姿も見える。
 畑の真ん中に湖があった。
 そこから水を汲み、畑に水やりをしている人もいる。
 雨が降らずに作物が育たないといった心配はしなくていいというわけだ。
 のどかな風景に心を和ませていると、エルザとエルリック、ファラが降りてきた。

「んー、歩くのに比べたら楽なんだろうけど、馬車に揺られっぱなしなのは、流石に疲れるわね」

 エルザは大きく背伸びをして、長時間同じ姿勢でいたりをほぐす。
 エルリックも首を左右に振って、コキコキと音を鳴らしていた。
 俺は御者に代金を手渡す。

「ここまでありがとう。
 これが三人分の代金だ」
「はい、確かに。
 またのご利用をお待ちしてます。
 良い旅を」

 御者は代金を受け取り、門番に身分証を提示し、馬車を引き連れて街の中へと入っていった。
 ここでまた乗車する客を集めてから王都に向かうのだろう。
 俺達も街へ入るべく、門番のもとへ近づく。

「やぁ! 冒険者かい?
 ノルダール伯爵領ダーニックへようこ……そ?」

 門番は二人いたのだが、二人とも俺達を見るなり、目をこれでもかというくらい大きく見開いている。
 視線の先からどうやら俺達、ではなくエルザの顔を見て驚いているようだ。
 何をそんなに驚くことがあるのだろうかと首を傾げていたのだが、急に門番達が大声を上げる。

「は、伯爵様! お帰りなさいませっ!」
「お、おい! 伯爵様の屋敷に行ってガレフ様にご報告しないと!」
「っっ! そうだな、俺が行ってくるからここは任せたぞっ」
「おう!」

 そう言って門番の一人が街の中へと駆け出した。

「伯爵……様?」

 俺とエルリックは伯爵様と呼ばれた人物に顔を向ける。
 顔を向けた先に居るのはもちろんエルザしかいない。エルザは気まずそうな表情をしている。

「エルザ……お前、貴族だったのか?」
「……そうよ。今まで黙っていてゴメンなさい。
 あまり知られたくはないことだったの……」

 エルザの表情は硬い。
 恐らくだが、今まで言えなかったことを気にしているのだろう。
 しかし、俺もだがエルリックの表情に然程変化はない。
 
「おいおい、何を謝ることがあるんだ?
 兄さん、何か謝られるようなことがあったかな?」
「いいや。何もないと思うけど?」
「え? だ、だって。私は今まで黙って――」
「それを言うなら俺達だって同じようなものだろ? 
 何も気にするようなことじゃないさ」
「ぁ、その……ありがとう」

 俺達の言葉に、赤くなった顔を下に向けて小さな声で礼をいうエルザ。
 と、そこまでは温かい雰囲気に包まれていたのだが、その様子を見ていた門番が急に声を荒げてきた。

「貴様ら! 伯爵様になんたる態度!
 牢屋にでも放り込んでやろうかっ」
「ちょ! ちょっと待ちなさい!
 この二人はいいのっ。私の大事な……そう、客人だから!
 丁重に扱うように! いいわね?」
「……伯爵様がそう仰られるのでしたら。……チッ!」

 表面上はエルザに従うような返事をした門番だったが、表情は今にも殴りかかってきそうなほど険しい。
 それに最後のチッってなんだ、チッって……。

「伯爵様! 皆、伯爵様のお帰りを待っておりました。
 さぁ! 中へお入り下さい!」
 
 門番は表情を柔らかなものに変え、エルザに話しかけた。
 こうまで態度がハッキリしていると逆に清々しいものがある。
 
 街の中へ入ると、周囲から口々に「伯爵様ー!」「お帰りなさいませ、伯爵様!」「うおおおおおお! 我らの女神エルザ様が戻られたぞおぉ!」と、エルザが帰ってきたことを祝う言葉を浴びせられた。
 ……最後の言葉は気にしないようにした方が良さそうだ。
 エルザの方に目をやると、恥かしそうに顔を赤らめつつも手だけは振っている。
 あまりにもエルザが恥ずかしそうにしているので、俺は話をふって気を紛らわせることにした。

「そう言えば気になったんだが、エルザはノルダール伯爵なんだよな?」
「そうだけど?」
「じゃあ、エルザのお父上はどうされているんだ?」
「それは……」

 俺の言葉を聞いたエルザは動きを止めた。
 先程まで赤くなっていた顔が、今は少し青褪めたものに変わっている。

「すまない、聞いちゃいけないことだったか?」
「いいえ、どうせ屋敷に着いたら分かることだしね。
 先に話しておくわ。
 お父様は私が十四歳の時に……殺されたわ」
「こ、殺されただって!?」

 驚愕の事実に俺達は息を呑む。

「えぇ。ただし、お父様を殺した犯人の正体は未だに分かっていないわ。
 ……いえ、お母様だけは知っているようだったけど……」
「――その口ぶりだとエルザのお母上は、今は何処に?」
「分からない。お父様を殺した犯人を追って、屋敷を飛び出してからそれきりよ。
 もう二年近く経つけど、その間一切連絡は無いわ」
 
 沈んだ顔でそう告げるエルザ。
 更に話を聞くと、エルザの母親の名前は、セレナ・ノルダール。
 何とヴェルスタット王国の先代剣聖で、歴代の中でも最強と呼ばれる程、凄まじい剣の使い手らしい。
 エルザの両親は、周りから見てもとても仲の良い夫婦だったそうだ。
 そんな彼女が夫を殺されてしまったのであれば、復讐心に駆られて飛び出すのも仕方のないことかもしれない。

「お母様は自分にも周囲にも厳しい人だったけど、厳しい中に優しさを持っていらしたわ。
 だけど、屋敷を飛び出す前のお母様には、そんな優しさは微塵も感じられなかった。
 あの時のお母様の顔は、今でも忘れられない……」
「エルザ……」
「……って、暗い話をしちゃったわね!
 私が以前話した、冒険者になりたい理由というのは、この事よ。
 冒険者として有名になれば、お母様の耳にも入るかもしれない。依頼をこなしている時に見つける事が出来るかもしれない。
 そんな単純な理由なの」

 無理をして笑顔を作るエルザだが、その表情は痛々しい。
 俺とエルリックはお互いの顔を見て、一つ頷く。

「エルザ。俺達も勿論力を貸す。
 有名になって、きっとエルザのお母上を探し出そう」
「二人とも……ありがとう! 本当に、ありがとう」

 そう言って目に薄らと涙を浮かべるエルザの顔は、先程までとは違い、屈託のない笑みへ変わっていた。
 弛緩した空気の中、俺はあることを思い出す。

「あ! でもいいのか?
 俺の夢は、今の身分制度とは真逆のことをしようとしている。
 もしかしたら貴族と対立、なんてことも十分に考えられる。
 だから――」
「ふふ。言ったでしょ? 貴方と出会ったのも何かの縁だし、面白そうだって。
 私が伯爵であろうと関係ないわ。貴方の夢に賛成したのは私自身なんだから。
 ノルダール伯爵領全体での支持となると、領民の考えもあるから約束出来ないけどね」
「エルザ……ありがとう」
「もぅ! 気にしないでって言ったでしょっ。
 ――大事な仲間……なんでしょ?」

 くすぐったそうな表情をしながら言うエルザに、俺は目を丸くする。
 
「あぁ! そうだな。
 大事な仲間だ」
 
 俺は破顔する。
 その光景を、エルリックは眩いものを見るような目をしながら頷いていた。
 ファラも何だか嬉しそうな顔をして俺の周りを飛び回る。
 


 暫く歩くと、ノルダール伯爵の屋敷に到着した。
 見上げるほどに大きな二階建ての石造りの邸宅で、屋敷の周りには石畳の舗装がされている。
 敷地は背の高い鉄柵で囲まれており、中庭には噴水まで備わっていた。
 屋敷の入口には、三人の人影が見える。
 一人は体格の良い歴戦の戦士を思わせる、老年に差し掛かるであろう、白髪の男性。
 一人は眉目秀麗な執事。
 そしてもう一人は、エルザに似た顔立ちの少年だ。

 すると白髪の男性がこちらに気付き、ものすごい速さで駆け寄ってくる。
 ミノタウロスより速いんじゃないかと思うほどの速さだ。
 突進といってもいいその速さで、俺達の目の前に到着すると、いきなりエルザを抱き上げた。

「うおおおおおおおおお! エルザよぉっ!
 お祖父ちゃんは! お祖父ちゃんは会いたかったぞおおおおおッ!」
「イタタタタッ! 痛いわ、お祖父様!
 あ、ちょっと、ホントに痛いっ!」

 叫びながらエルザを抱きしめる白髪の男性と、抱き上げられ涙目になるエルザ。
 どうやらこの男性がエルザの祖父のようだ。
 門番達の話から推測するに、この方がガレフ・ノルダールなのだろう。
 身長はかなり高く、俺の頭一つ分は高そうだ。
 如何にも貴族、という格好をしているが、服の上からでも筋肉が盛り上がっているのが見て取れる。
 破顔した表情だけ見ると、かなりの祖父ジジバカ、もとい孫想いの方のようだ。
 エルザが抱き上げられている様子を呆然と眺めていた俺達に近寄ってきたのは、執事と少年だった。

「ノルダール伯爵領へようこそ。
 僕はダリル・ノルダールです。
 姉上がお世話になっているようですね。
 有難うございます」

 まず俺達に挨拶をしてきたのは少年の方だった。
 エルザに似た顔立ちの少年は、エルザの弟のようだ。
 見目麗しい少年だった。
 女性的な容姿というわけではなく、いかにも貴公子然とした涼やかな容貌の持ち主だ。
 身長ももちろんエルザより高く、百七十センチはあるだろう。
 俺達はダリルに軽く会釈をしながら挨拶を交わす。

 次に話しかけてきたのは執事なのだが、近くで見ると何か違和感がある。
 その理由は直ぐに分かった。

「ノルダール伯爵家の屋敷へ、ようこそいらっしゃいました。
 私はノルダール伯爵家に仕える、執事のミルノと申します」

 きちんと折り目正しい会釈をして、俺達に挨拶をしてきた執事だが、何と女性だったのだ。
 首の辺りで切り揃えられた美しい金髪に、紫がかった蒼く切れ長の瞳。
 全身を黒の燕尾服で固めている。
 胸元にはリボンが施されており、その部分だけやけに盛り上がっているのだが、気にしたら負けだ。
 男装をした女性執事というのも珍しいのだが、ここは突っ込まないほうがいいのだろう。
 ミルノにも軽く会釈して挨拶を交わす。

 俺達がお互いの挨拶を終えた頃、ようやくエルザはガレフから解放された。
 余程思い切り抱きしめられたのだろう、エルザは目に涙を浮かべている。

「もぅ! お祖父様ったら、屋敷を出てまだ一月も経っていないではないですかっ。
 それなのに興奮し過ぎです!」
「はっはっは! いやあ、すまんすまん。
 エルザの可愛い顔を見たら居ても立っても居られなくてのぅ。
 つい、我を忘れてしもうたわい」
「つい、じゃありません! もう少しで意識が飛んでしまうところでした!」

 エルザは怒り心頭といった感じで、ガレフをジト目で睨んでいるが、当のガレフは全く堪えていないようだ。
 ダリルもミルノも苦笑いを浮かべていた。
 と、不意にガレフが俺達の方へと顔を向ける。

「お主らがエルザと一緒にパーティを組んでいるという冒険者か。
 儂の可愛いエルザが世話になっとるようじゃのぅ」

 一見すると礼を述べられている様にも思えるが、その目は鋭く、今にも襲いかからんと殺気を放っている。
 何故か分からないが、警戒されまくっているようだ。

「ふむ。儂の殺気にも怯まんとは、それなりに見込みはあるということか」
「お祖父様! 妙なことはしないで下さいっ。
 彼らは大事な仲間なんですから!」
「仲間――か。じゃあエルザは此奴らのことは好きでもなんでもないのじゃな?」
「ひぇっ!? そ、それは……その、あの……」

 ガレフの問いに激しく動揺し、おろおろと視線を彷徨わせながらも、何故か俺の顔をチラチラ見るエルザ。
 
「ぬっ! やはり好きなのかっ!?
 お祖父ちゃんは、お祖父ちゃんは許さんぞおおおお――って、イタッ!」

 興奮しかけたガレフの頭を叩いて諌めたのは、ミルノだった。
 執事が主の頭を叩いていいのかと疑問が湧き上がるが、ダリルが表情を変えていないので、きっといつものことなのだろう。

「ガレフ様。話が進みませんし、話の続きは、皆様をお屋敷の中へお通ししてからに致しましょう」
「むぅ。致し方あるまい。エルザが連れてきた客人でもあるしな。
 よし! お主ら我が屋敷に招待するので入るが良い!」

 言葉と裏腹に威圧感を放つガレフ。
 そのガレフの頭をエルザが叩く。

「何をするんじゃ、エルザよっ!
 痛いではないか!」
「お祖父様こそ大人気ない真似はお止めになって下さい!
 もう! ――さぁ皆、中へ入ってっ。ミルノ、案内をお願い」
「畏まりました。さぁ、皆様こちらへどうぞ」

 俺達は苦笑しつつ、ミルノの案内でノルダール伯爵家の屋敷へ入っていった。
 
 
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