上 下
15 / 39

第十四話『侵入者 中編』

しおりを挟む
 ――袋の中から飛び出してきたのは、リルと同じ妖精だった。
 飛び出してきた瞬間、俺を攻撃しようと飛びかかってきたので、すんでのところで避ける。
 妖精は避けられたのが意外だったのか、慌てた表情をしているが直ぐにキッと、俺達を睨み、警戒心を隠すことなく威嚇してきた。

「コノヤロー! 私はタダじゃやられないからなッ!」

 これは……どうやら村を襲った犯人だと思われているらしいな。

「ちょっと待ってくれ。俺達は村を襲ったやつとは何も関係ない。
 用事があってここに来たら、村が襲撃されていたから魔物を倒してたんだ」
「……用事ぃ? はんッ! そう言いながら隙をついて襲う気だろ!
 騙されないぞ!」

 一度捕まったせいか、元々疑いやすい正確なのか、中々信じてもらえないな。
 そうだ!

「本当だ。この村に住んでたリルと一緒に来たんだけど、それでも信じてもらえないか?」
「リル? えっ! リル? リルが帰ってきたの!?」
「あぁ。売られそうになっているところを助けて、この村まで連れてきたんだ」

 俺がそう言うと、警戒していた妖精は俺の周りを飛び回りだした。
 一体何だ?
 よく分からないが、何度か飛び回ったところで納得したらしい、表情は先程までと違い、友好的な笑顔に変わっていた。
 
「――うん、微かにだけどリルの魔力が感じられる。
 捕まったんだとしたら名前なんて教えるはずないし、貴方の事を信じるよっ」

 妖精の言葉にホッと息を吐く。信じてもらえたようで良かった。
 だが、本題はこれからだ。
 
「信じてもらえて良かったよ。――大事な事を聞くが、一体どうして襲われてるんだ?
 周囲の魔物は大概倒したが、魔物だけで村を襲ったのか?」
「分からない……。気づいたら魔物が村に侵入してきて。捕まえられて食べられるッて思ったら、袋の中に入れられたから。
 ただ、袋の中で『妖精を袋に入れて集めておけ』って言う声だけは聞こえたよ。
 ――そうだ! 皆も危ない! ねぇ! 私を助けてくれたんでしょ?
 なら、他の皆も助けてよっ。このままじゃ皆連れて行かれちゃう!」

 妖精は親とはぐれた子供のような顔を浮かべて、俺達に懇願する。
 周囲を見回す。荒れた焼け野原のようになっており、足元には先ほど倒したオーガを始めとした大量の魔物の死骸。
 見える範囲では妖精も魔物も視認は出来ないが、奥はまだ火の手が上がっていない。
 ――確かリルも奥に向かっていたな。

 後ろにいるエルザとエルリックに顔を向ける。
 二人とも『分かってる』といった表情をして頷いてくれる。その力強い頷きが頼もしい。
 そして俺は妖精に向き直る。

「大丈夫だ。俺達に任せておけ!」



 助けた妖精と共に奥に向かって行く。妖精は自分のことを『ファラ』と名乗った。
 奥に進むに連れて、火の手は小さくなっていった。
 まだ奥にまでは魔物は入ってきていないんだろうか?
 そう思っていたのだが、それが間違いであることに気付く。
 何故なら歩を進むごとに、空気が張り詰めていくのが分かるからだ。
 これ程の圧力プレッシャーは生まれてから一度も感じたことはない。
 息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐く。

「カーマイン? どうしたの?」
「――恐らくだが、この奥にいるやつは、オーガなんかよりも比べものにならないくらい強い」
「えっ!?」

 エルザとエルリックの目が大きく開く。
 俺は無駄に力の入ってしまった拳に目をやる。緊張しているのか身体が強張っているのも分かるほどだ。
 オーガであれば、俺達三人で何体いようと問題ない。
 【咆哮】は確かに厄介だし、攻撃を直接喰らえばひとたまりもないが、それは【生命癒術】でどうとでもなる。
 例え十匹いようと脅威とは感じないだろう。
 
 だが、少なくともこの先にいるやつは違う。【英雄領域】と【生命癒術】だけじゃ、キツイかもしれない。
 それほどの相手が、この先にいる。
 ――今使ってる能力だけじゃ厳しいかもしれないな。

 最悪の状況も想定しつつ、俺達は奥へ進んでいった。

◇ 

 さて、どれくらい進んだだろうか。
 火の手は全く上がっておらず、豊かな森が広がっている。
 一面が豊かな木々で覆われているせいか、太陽の光が当たるはずもなく、辺りは薄暗い。
 と、不意に開けた場所に出る。
 そこに一つの影が現れた。
 ――魔物じゃない?

 それは全身を黒づくめの衣服とフードで覆っていた。
 人の形をしているので、少なくとも魔物ではないだろうが、はたして性別や種族までは分からない。
 ここから見る限りではそれほど大きくはないようだ。
 すると、黒づくめの人物は俺達に気づいたようで、ゆっくりと振り返り、視線を俺達に向けたように見えた。

「おや? こんな場所まで来るものがいるなんてねぇ。
 それなりに魔物を放っていたはずなんだがねぇ。
 ねぇ君達。ボクが放った魔物はどうしたんだい?」
「なっ!?」

 発せられた声は、男にも女にも聞こえる奇妙な声だった。
 だが、驚いたのはそこではない。
 目の前の黒づくめの人物からは、今まで感じたことがないほどの威圧感。

 正直なところ立っているのも辛い。
 威圧感に耐えることができないのか、エルザとエルリックが一歩後ずさる。
 ファラもその後ろで震えているのが分かる。
 俺は剣を思わず抜きかけて、思いとどまる。

「俺達が全て倒した。――逆に聞くが、お前は何者で妖精達をどこへやった?」
「へぇ。そうかいそうかい。まぁ、あの程度の魔物じゃヤられても仕方ないかもねぇ」

 くっくっ、と喉を鳴らして笑う。

「そうそう。ボクが何者かっていう質問だったねぇ。答えは……ナイショ。
 ――フフ、そんなに睨まないで欲しいねぇ。代わりに、妖精達をどこへやったのかという質問には答えてあげよう。
 妖精達にはちょっと用事があってねぇ、ある場所に転移させてるんだねぇ」
「……ある場所?」
「そう。どこかは勿論秘密だねぇ。ちょっと事情があってね。大量の魔力が必要なんだよねぇ」
「……大量の魔力と妖精を連れて行くのと一体何の関係があるっていうんだ?」
「オヤ? 知らないのかい? 妖精の魔力はとても純度が高くてねぇ。
 しかも魔力を抜き取りやすいのさ。
 魔力を大量に抽出する材料にはうってつけというワケだねぇ」

 俺達は絶句した。
 妖精から魔力を抽出? そんな事が可能なのか? いや、それよりも気になることがある。

「おい! そんな事をして、魔力を抜き取られた妖精はどうなる!」
「どんな種族でも魔力が枯渇したら、生命を維持することは出来ないから、抽出し尽くしたら当然死ぬんじゃないかねぇ。
 ――もったいないから、ギリギリまで抽出したら回復するまで待って、回復したらまた抽出するとは思うけどねぇ。
 魔力抽出タンクってやつだねぇ、フフ」
「どちらにしろ妖精達には地獄じゃないかっ!」
「そこは見解の違いというやつだねぇ。まぁあらかた妖精達は転移させたし、頃合かねぇ。
 最後にちょうど活きのいいのを捕まえたところだしねぇ」

 そう言われて初めて気付く。
 黒づくめの人物の近くをよく見ると、そこにはリルが魔力の糸のようなもので縛られていた。
 気を失っているのか、瞳は閉じており何も喋る様子はない。

「リルっ!」

 瞬間、俺は黒づくめの人物目掛けて地を蹴る。その速度はオーガに相対した時よりも早い。
 一瞬で距離が縮む。
 
「へぇ。中々早いけどそれじゃ当たらないんだねぇ」

 剣の有効範囲まで近づき、思い切り剣を振るうが、その切っ先は届かない。
 気づくと先ほどと同じくらいには距離が離れていた。
 ――早い!
 
 剣が掠りもしなかったことに苦渋の表情を浮かべる。
 【英雄領域】を使っての攻撃でも捉えきれないのか――。

「へえ、中々興味深い能力を持っていそうだねぇ。
 面白そうだし、少し遊んであげてもいいんだけど――――どうやら時間のようだねぇ」



「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 森の奥から現れた狂牛が咆哮した。

「ミノタウロスだとッ!」

 牛の頭を持ち、人のように二足歩行をする魔物。
 体長四メートルを超えるその姿は赤黒く、見るものを恐怖に陥れる。
 オーガと同じタイプの魔物だが、その強さは比べるまでもなくミノタウロスの方が強い。
 俺の身長と同じくらいはあるだろう巨大な両刃斧を持ち、その赤く染まった双眸は、俺を完全に捉えていた。

「時間ピッタリのようだねぇ。そこの妖精だけは残しておいてあげるよ。
 ――じゃあ、運が良ければまた会えるといいねぇ」
「待ッ……」

 俺が言う間もなく黒づくめの人物は、転移魔法を使用し、リルとともにこの場から姿を消す。

「――ッ、リル!」
 
 残るは俺達三人と妖精、そして――ミノタウロス。
 リルを連れて行かれた事に憤りと後悔の念に駆られるが、ミノタウロスは待ってくれそうもない。
 
「フゥウウウウウウウウウッ!」
 
 顔を振り上げて、蹄を持つ二本の足を踏み鳴らしながら、俺達を威嚇する。
 先ほどの黒づくめの人物に比べれば大したことはないが、それでも洒落にならないほどの威圧と迫力だ。
 対峙するものの戦意を奪うだけの圧力がそこにあった。
 
「ヴゥウウウウウウウウウッ!」

 だが、ここでやられる訳にはいかないのだ。
 まだ俺は、俺の夢の一端すら到達出来ていない。
 迫り来るミノタウロスを見て、俺達は覚悟を決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

SSS級宮廷錬金術師のダンジョン配信スローライフ

桜井正宗
ファンタジー
 帝国領の田舎に住む辺境伯令嬢アザレア・グラジオラスは、父親の紹介で知らない田舎貴族と婚約させられそうになった。けれど、アザレアは宮廷錬金術師に憧れていた。  こっそりと家出をしたアザレアは、右も左も分からないままポインセチア帝国を目指す。  SSS級宮廷錬金術師になるべく、他の錬金術師とは違う独自のポーションを開発していく。  やがて帝国から目をつけられたアザレアは、念願が叶う!?  人生逆転して、のんびりスローライフ!

処理中です...