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第十三話『侵入者 前編』
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翌日。
俺達はアニエス大森林の前へやって来ていた。
昨夜は、エルリックに何故カイルが死んだ事になっているのか、根掘り葉掘り聞かれて大変だった。
仕方ないじゃないか、手紙の事を言い忘れていたのだから。
最終的に「うちの弟はホント、想像の斜め上の事をしてくれるよ……」と、諦め顔で呟いていたが。
その後は、エルザとリルを交えて、アニエス大森林に行く為の作戦会議を行った。
リルの話によると、アニエス大森林には、妖精の結界が張られており、悪意を持った侵入者を迷わせる魔術が発動しているそうだ。
悪意、というのがどの程度までの事を指しているかは確認できなかったが、ここ数百年の間、一人も辿り着けていないことを考えると、かなり厳しい制約がかけられた魔術なのだと思われる。
そんな迷路じみた森に、俺達が入って辿り着く事が出来るのか、リルに聞くと「妖精が一緒にいれば大丈夫」だそうなので、今回に限って言えば何も問題はない。
◇
「さて、と。なぁリル? ここからだとリルの住んでた村までどれくらい掛かる?」
「うんとねー。結界は問題ないから――三時間もあれば村に着くはずだよっ」
「そうか。村には妖精が住んでるんだよな? 数は多いのか?」
「んー、正確に数えた事はないけど、百人くらいじゃないかな?
これでも妖精の集まってる場所にしては大きいって聞いたことがあるよ。
あまり大勢で集まってると敵に見つけられ易くなるから、普通は三十から五十くらいなんだって」
「敵? リルを捕まえて売ろうとしてた人間とかか?」
「うーん、そういう人達もだけど、一番注意しないといけないのは魔族かな?」
「魔族? あの魔大陸に住んでる種族だろ? 何で魔族に注意しないといけないんだ?」
「私もよく知らないんだけど、魔族と遭遇した他の妖精は、必ず連れて行かれてそのまま戻ってこないんだって……」
――魔族、か。
魔族は、人族が住んでいるバルフレア大陸から、遠く離れた南に位置する、魔大陸に住んでいる種族だ。
個体の総数は人族に比べて数十分の一程度しかいないが、代わりに強靭な肉体と膨大な魔力を有しており、強さはこの世界の種族の中では最強に位置する。
魔族に国家というものが存在しないが、その時代で一番強い者が『魔王』と呼ばれ、魔王の意思決定がそのまま魔族の方針になるという。
身分制度が確率されている人族では、考えられないことが、魔族の間では当然のように成り立っている。
強者に従う、というある意味分かりやすい構図ではあるが、人族とは考え方が根本的に異なるので、昔からしばしば衝突が起きていた。
特に血の気の多い者が魔王となった時代では、人族と魔族との大陸間戦争にまで発展するほど激しいものであったと、城の古い書物に記されていたのを思い出す。
確か最後に人族と魔族の争いが起こったのは、約四百年前。
当時の魔王『ゼノス・ヴォルデモート』が、数千の魔族と数万の魔物を率いて、バルフレア大陸最南端で、当時の最大国家『ヴェノム』に侵略戦争を仕掛けてきた。
この時は全ての人族が纏まり、勇者が魔王を討伐して終戦したそうだが、魔族による瘴気汚染の被害は甚大で、そのせいでヴェノムは現在も残っているものの、当時の五分の一にまで縮小せざるを得なくなったそうだ。
また、魔王を討伐したという勇者についてだが、何故かどの国の書物にも名前が残っていない。
何処の国の出身なのか、男なのか女なのか、若かったのか年を取っていたのか、全てが謎に包まれている。
中には勇者なんていなかったんじゃないか、とさえ書かれた書物があるくらいだ。
そんな魔族が妖精を連れ去るというのだから、何かしらの目的があるに違いない。
遭遇するかどうかは別にして、注意しておくに越したことはないだろう。
◇
リルの案内に従って森の中をゆるゆると進んでいく。
数百年もの間侵入者を拒んでいた森は、枝が張り出され、蔓が絡まり、草木も鬱蒼と生い繁った道なき道だ。
そんな森の中心に向かって歩き続けておよそ二時間。
急にその場に止まり、首を傾げるリル。
「あれぇ? おかしいなぁ……」
「どうしたリル?」
「あのね、ここから結界が破られてるんだ。それもかなり乱暴に」
「何だって? ……結界は簡単に破れるものなのか?」
「ううん、そんなはずはないよっ。少なくともこの森にいる魔物程度じゃ無理だよっ。
たまに訪れる冒険者だって破れないよ」
「――てことは、かなりマズイ状況なんじゃないか?」
俺は後ろを振り返ると、緊張の面持ちをしている二人に話しかける。
「エルザ、兄さん。ペースを上げるぞ。――嫌な予感がする」
「分かったわ」
「了解」
俺の言葉を合図に、前方に広がる暗がりの森の中心へ向かって駆け出す――。
◇
森の切れ目に到着する。
木が伐り倒され、辺り一面に散らばっている。
一部の倒れた木からは炎が上がっており、枯れた大地のような無残な状況だ。
どうやら、ここが妖精の村の入口らしいが……。
「酷い……あっ! 皆は!?」
リルが俺達を置いて慌てたように飛び出す。
「リル! くっ、待つんだっ!」
俺達は急いでリルの後を追いかける。
すると、百メートルほど進んだところで奥から大量の魔物を発見した。
ゴブリンやオークが中心だが、中にはオーガも数匹混じっている。
こいつらが、ここを襲っていたようだが――。
「おかしい。魔物にしては何かを探すような素振りだ。
何を探して……まさかっ!?」
「ちょっと! カーマイン!?」
俺は即座に【英雄領域】を発動させ、身体能力を引き上げる。
そしてミスリルの剣を抜きながら、魔物の群れに向かってその場を飛び出す。
エルザが何か言っているが、俺の考えが正しければ、アレはっ!
村を蹂躙しているゴブリンやオークを全て一太刀で蹴散らしつつ、目的のオーガに肉薄する。
「グオォ!?」
オーガは急に現れた俺に反応出来ていない。
「おおおおおおッ!」
渾身の一撃で振り下ろした刃は、オーガの体躯を問答無用で真っ二つにする。これで後三匹ッ。
俺を視界に収めた三匹のオーガが、一斉に俺の方に向かってくるが構うものか。
「ああああああぁッ!」
猛り声とともに繰り出した俺の一閃で、直線上にいたオーガの上半身と下半身が二つに分かれた。
――後二匹。
オーガ二匹は左右から俺を挟むようにして、分厚い拳を繰り出す。
近づいてくる風圧は凄まじく、直撃すれば一瞬で行動不能に追い込まれるだろう。
俺は瞬時に左にいるオーガの脇をすり抜ける。
空振りしたオーガの動きが一瞬止まる。
「――ふッッ!」
すかさず足が止まったオーガの首目掛けて剣を振るう。
閃光と見紛う斬撃に、首を切断されるオーガ。
首のない体躯から鮮血が噴出する。
グラリと傾き、地に沈む巨躯を横目に、最後のオーガに双眸を向けると、殺意の眼光を向けてくるオーガの口が大きく開くのが見えた。――来るッ。
「『生命癒術』!」
「グオオオオオオオオオォッ!」
一瞬早く【生命癒術】の発動速度がオーガの【咆哮】を上回り、無効化に成功した。
俺は地面を蹴りつけ、オーガに向かって加速する。
「はァッ!!」
接敵したオーガの頭部を刈り飛ばし、全てのオーガが絶命したところで俺は周囲を見渡す。
残っているはずのゴブリンとオークは、エルザとエルリックによって全て鏖殺されており、地に伏していた。
「もうっ! 突撃するなら突撃するって言ってよねっ」
「いきなりオーガに突っ込む姿を見た時は、生きた心地がしなかったよ……」
「すまない。どうしても気になることがあったんだ」
「気になること?」
気になることがあると言った俺に首を傾げる二人。
「あぁ。これだよ」
俺はオーガの傍に落ちている麻袋を拾い上げる。
袋の口は締められている為、覗い知ることは出来ないが、何かが動いている。
「これって――まさか!?」
徐ろに封を解くと中から出てきたものは――――リルと同じ妖精だった。
俺達はアニエス大森林の前へやって来ていた。
昨夜は、エルリックに何故カイルが死んだ事になっているのか、根掘り葉掘り聞かれて大変だった。
仕方ないじゃないか、手紙の事を言い忘れていたのだから。
最終的に「うちの弟はホント、想像の斜め上の事をしてくれるよ……」と、諦め顔で呟いていたが。
その後は、エルザとリルを交えて、アニエス大森林に行く為の作戦会議を行った。
リルの話によると、アニエス大森林には、妖精の結界が張られており、悪意を持った侵入者を迷わせる魔術が発動しているそうだ。
悪意、というのがどの程度までの事を指しているかは確認できなかったが、ここ数百年の間、一人も辿り着けていないことを考えると、かなり厳しい制約がかけられた魔術なのだと思われる。
そんな迷路じみた森に、俺達が入って辿り着く事が出来るのか、リルに聞くと「妖精が一緒にいれば大丈夫」だそうなので、今回に限って言えば何も問題はない。
◇
「さて、と。なぁリル? ここからだとリルの住んでた村までどれくらい掛かる?」
「うんとねー。結界は問題ないから――三時間もあれば村に着くはずだよっ」
「そうか。村には妖精が住んでるんだよな? 数は多いのか?」
「んー、正確に数えた事はないけど、百人くらいじゃないかな?
これでも妖精の集まってる場所にしては大きいって聞いたことがあるよ。
あまり大勢で集まってると敵に見つけられ易くなるから、普通は三十から五十くらいなんだって」
「敵? リルを捕まえて売ろうとしてた人間とかか?」
「うーん、そういう人達もだけど、一番注意しないといけないのは魔族かな?」
「魔族? あの魔大陸に住んでる種族だろ? 何で魔族に注意しないといけないんだ?」
「私もよく知らないんだけど、魔族と遭遇した他の妖精は、必ず連れて行かれてそのまま戻ってこないんだって……」
――魔族、か。
魔族は、人族が住んでいるバルフレア大陸から、遠く離れた南に位置する、魔大陸に住んでいる種族だ。
個体の総数は人族に比べて数十分の一程度しかいないが、代わりに強靭な肉体と膨大な魔力を有しており、強さはこの世界の種族の中では最強に位置する。
魔族に国家というものが存在しないが、その時代で一番強い者が『魔王』と呼ばれ、魔王の意思決定がそのまま魔族の方針になるという。
身分制度が確率されている人族では、考えられないことが、魔族の間では当然のように成り立っている。
強者に従う、というある意味分かりやすい構図ではあるが、人族とは考え方が根本的に異なるので、昔からしばしば衝突が起きていた。
特に血の気の多い者が魔王となった時代では、人族と魔族との大陸間戦争にまで発展するほど激しいものであったと、城の古い書物に記されていたのを思い出す。
確か最後に人族と魔族の争いが起こったのは、約四百年前。
当時の魔王『ゼノス・ヴォルデモート』が、数千の魔族と数万の魔物を率いて、バルフレア大陸最南端で、当時の最大国家『ヴェノム』に侵略戦争を仕掛けてきた。
この時は全ての人族が纏まり、勇者が魔王を討伐して終戦したそうだが、魔族による瘴気汚染の被害は甚大で、そのせいでヴェノムは現在も残っているものの、当時の五分の一にまで縮小せざるを得なくなったそうだ。
また、魔王を討伐したという勇者についてだが、何故かどの国の書物にも名前が残っていない。
何処の国の出身なのか、男なのか女なのか、若かったのか年を取っていたのか、全てが謎に包まれている。
中には勇者なんていなかったんじゃないか、とさえ書かれた書物があるくらいだ。
そんな魔族が妖精を連れ去るというのだから、何かしらの目的があるに違いない。
遭遇するかどうかは別にして、注意しておくに越したことはないだろう。
◇
リルの案内に従って森の中をゆるゆると進んでいく。
数百年もの間侵入者を拒んでいた森は、枝が張り出され、蔓が絡まり、草木も鬱蒼と生い繁った道なき道だ。
そんな森の中心に向かって歩き続けておよそ二時間。
急にその場に止まり、首を傾げるリル。
「あれぇ? おかしいなぁ……」
「どうしたリル?」
「あのね、ここから結界が破られてるんだ。それもかなり乱暴に」
「何だって? ……結界は簡単に破れるものなのか?」
「ううん、そんなはずはないよっ。少なくともこの森にいる魔物程度じゃ無理だよっ。
たまに訪れる冒険者だって破れないよ」
「――てことは、かなりマズイ状況なんじゃないか?」
俺は後ろを振り返ると、緊張の面持ちをしている二人に話しかける。
「エルザ、兄さん。ペースを上げるぞ。――嫌な予感がする」
「分かったわ」
「了解」
俺の言葉を合図に、前方に広がる暗がりの森の中心へ向かって駆け出す――。
◇
森の切れ目に到着する。
木が伐り倒され、辺り一面に散らばっている。
一部の倒れた木からは炎が上がっており、枯れた大地のような無残な状況だ。
どうやら、ここが妖精の村の入口らしいが……。
「酷い……あっ! 皆は!?」
リルが俺達を置いて慌てたように飛び出す。
「リル! くっ、待つんだっ!」
俺達は急いでリルの後を追いかける。
すると、百メートルほど進んだところで奥から大量の魔物を発見した。
ゴブリンやオークが中心だが、中にはオーガも数匹混じっている。
こいつらが、ここを襲っていたようだが――。
「おかしい。魔物にしては何かを探すような素振りだ。
何を探して……まさかっ!?」
「ちょっと! カーマイン!?」
俺は即座に【英雄領域】を発動させ、身体能力を引き上げる。
そしてミスリルの剣を抜きながら、魔物の群れに向かってその場を飛び出す。
エルザが何か言っているが、俺の考えが正しければ、アレはっ!
村を蹂躙しているゴブリンやオークを全て一太刀で蹴散らしつつ、目的のオーガに肉薄する。
「グオォ!?」
オーガは急に現れた俺に反応出来ていない。
「おおおおおおッ!」
渾身の一撃で振り下ろした刃は、オーガの体躯を問答無用で真っ二つにする。これで後三匹ッ。
俺を視界に収めた三匹のオーガが、一斉に俺の方に向かってくるが構うものか。
「ああああああぁッ!」
猛り声とともに繰り出した俺の一閃で、直線上にいたオーガの上半身と下半身が二つに分かれた。
――後二匹。
オーガ二匹は左右から俺を挟むようにして、分厚い拳を繰り出す。
近づいてくる風圧は凄まじく、直撃すれば一瞬で行動不能に追い込まれるだろう。
俺は瞬時に左にいるオーガの脇をすり抜ける。
空振りしたオーガの動きが一瞬止まる。
「――ふッッ!」
すかさず足が止まったオーガの首目掛けて剣を振るう。
閃光と見紛う斬撃に、首を切断されるオーガ。
首のない体躯から鮮血が噴出する。
グラリと傾き、地に沈む巨躯を横目に、最後のオーガに双眸を向けると、殺意の眼光を向けてくるオーガの口が大きく開くのが見えた。――来るッ。
「『生命癒術』!」
「グオオオオオオオオオォッ!」
一瞬早く【生命癒術】の発動速度がオーガの【咆哮】を上回り、無効化に成功した。
俺は地面を蹴りつけ、オーガに向かって加速する。
「はァッ!!」
接敵したオーガの頭部を刈り飛ばし、全てのオーガが絶命したところで俺は周囲を見渡す。
残っているはずのゴブリンとオークは、エルザとエルリックによって全て鏖殺されており、地に伏していた。
「もうっ! 突撃するなら突撃するって言ってよねっ」
「いきなりオーガに突っ込む姿を見た時は、生きた心地がしなかったよ……」
「すまない。どうしても気になることがあったんだ」
「気になること?」
気になることがあると言った俺に首を傾げる二人。
「あぁ。これだよ」
俺はオーガの傍に落ちている麻袋を拾い上げる。
袋の口は締められている為、覗い知ることは出来ないが、何かが動いている。
「これって――まさか!?」
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