上 下
13 / 39

第十二話『妖精リル』

しおりを挟む
 ――怪しい二人組を倒して奪った箱から出てきたのは、小さな妖精だった。

 長く伸びた桃色の髪に、深い藍色の瞳。真っ白なドレスのような装いをしており、透き通るように白くて綺麗な羽根が背中から四枚生えている。

 そして、その妖精は今も俺の周りをグルグルと飛び回っている。

「えーと。君は妖精、で間違いないか?」
「うん! 妖精のリルだよっ。貴方の名前はなんて言うの? 教えて教えて」
「俺か? 俺はカーマインって言うんだ。宜しくな、リル」
「カーマインね! ありがとう、これはお礼の印だよっ」

 そう言うなり、リルは俺の肩に止まり、頬にキスをした。

「ちょっ! あっー!?」

 エルザがリルを指差し、怒りと羞恥を綯い交ぜにしたような赤い顔をしている。

「ちょっと! あんた何してんのよっ」
「え? お礼のキスだけど? 妖精はねー、助けてもらった相手にキスをするんだよっ」
「えっ? ホントなの!?」
「今決めたルールなんだけどね。てへっ」
「てへっ。じゃ、ないわよおおお!」

 眼前で可愛く舌を出す仕草をするリルに、大爆発するエルザ。――これは、完全に遊ばれてるな。
 妖精というのは悪戯イタズラ好きと聞いたことがあるが、その通りのようだ。

「ええっと、リル。君はどうしてこいつらに捕まってたんだい?」

 このままだと、確実にエルザの精神が崩壊する。そう思った俺は強引に話を切り替えることにした。
 実際、こいつらが何故リルを箱の中に捕まえていたのかも気になるからな。

「うーんとね、それがよく分からないんだ。
 森に居たはずなんだけど、いつの間にか皆とはぐれちゃって。
 一人で飛んでたところを捕まえられちゃったんだ。
 けど、この人間達が私を捕まえた理由なら分かるよっ。
 多分、売るためだと思う。私の仲間も、何人か捕まえられたことがあるから……」

 妖精は森や洞窟、迷宮などの奥深くに住んでいることが多く、人前に姿を現すことは滅多にない。
 また、妖精は傍にいるだけで幸運をもたらすと伝えられており、その為、非常に高値で取引されるそうだ。
 
「そうだったのか。こいつらは冒険者ギルドにでも突き出しておくとして、リルはどうする?」
「私? 私はカーマインについて行くよっ。一人じゃどうしていいか分かんないし、それに、カーマインの事が気に入っちゃった!」
「わ、私は反対よっ! 断固反対!」

 大声で喚き散らすエルザに、俺は苦笑する。

「エルザ。リルをこのままにしておいたら、他の誰かにまた捕まえられてしまうかもしれない。
 なら、せめて住んでた森までは送ってやったほうがいいだろ? 違うか?」
「うぐっ。それは、そうだけど……」

 言葉を詰まらせたエルザだったが、最終的には渋々承諾する。
 
「じゃあ、決まりだ。――リル。君の住んでた森が何処かは分かるか?」
「んーとね、アニエス様が住んでる森だよっ」
「大地の女神アニエスが住んでる森? もしかして『アニエス大森林』のことか?」
「そうそう! その森の中心に私達の村があるよっ」
「そうか。じゃあ、リルが住んでた村まで連れて行くから案内してくれるか?」
「うん! もちろんいいよっ」

 リルは俺の周りを飛びながら、表情をキラキラと輝かせた。



 男達を冒険者ギルドに突き出した後、俺達は宿屋に戻り、その場にいたエルリックに事情を告げる。

 胡乱げな目で俺とリルを見るエルリックだったが、暫くすると深々と溜息を吐いた。

「はぁ、仕方ないな。これがカーマイン、と言ってしまえば簡単なんだろうけど。
 但し、まずは護衛任務を完全に終わらせてからだよ? いいね?」
「あぁ、分かってるよ。有難う、兄さん」



 翌朝、俺達は商業ギルドの前に集まっていた。

 俺の肩に乗っているリルの姿に、ボルグやアンナ、『氷虎』と『風精霊』の面々や商人達が目を丸くしている。まぁ、誰だって驚くよな。

「おい! カーマイン。そいつは妖精……だよな? 一体どうしたんだ?」
「か、可愛いわねっ。ねぇ! 触ってもいい?」

 興奮している二人を鎮めながら、昨日あったことを説明する。昨日のエルリックと同様に、胡乱げな目で見るボルグとアンナ。

「はぁ~。なんつーか、お前は自分から厄介事に首を突っ込むのが好きだな? 
 お人好し、とも言えるんだろうが、冒険者としちゃ致命的だぜ?
 お前なら何でも蹴散らしちまいそうな気がするけどよ」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて告げるボルグ。周囲も、違いないと同じく笑う。
 ――お人好しか、よく分からないな。

「カーマインはそれでいいと思うわよ」
「え?」

 声のした方に目をやると、エルザが発した言葉だったようだ。

「貴方のその行動で助けられた人がいるってことよ。
 だからカーマインは今のままでいいと思うわ」
「そうか。――有難う」
「はぅっ! ……別にいいのよ!」

 俺が微笑みながら礼を言うと、エルザは目を見開き、頬を赤らめながら顔を背ける。
 リルが「ほほぅ」と呟いているのが聞こえたような気がする。



 王都までの帰りの道中は、行きと違って何も起こることは無く、馬車は三日目の昼前に無事に王都に到着した。

 商人達と別れ、ボルグ達と冒険者ギルドに入る。
 昼食の時間ではあるのだが、王都の冒険者ギルドはやはり人が多い。受付はどこもいっぱいだ。

 ここまで混んでいると受付まで一緒というわけにはいかない。ボルグ達と別れの挨拶を交わし、俺達は空いている受付を探すのだが……。

「カーマインくーん。こっち、こっちが空いてるわよ!」

 ジーナが、俺を呼びながら手招きしている。横ではエルザが「あそこだけは絶対ダメ!」と言っているが、周りを見渡すと、何故かジーナのところが一番空いている。
 何故・・かが、とても気になるところではあるが、空いているのであればいかない手はない。

 エルザを宥めつつ、俺達はジーナのいる受付に足を運ぶ。

「ふふ、お帰りなさい。無事に護衛任務は達成出来たようね? 大丈夫だった?」
「そうですね。オーガが二匹出て来た時はビックリしましたけど、何とか無事に依頼主をシリウスまで送り届けることが出来ましたよ」
「ふぇ? オーガ? オーガが出たのっ!? よく無事だったわね……」
「えぇ、まあ……」

 俺は苦笑しつつ、言葉を濁す。能力スキル自体は知られて困ることではないが、ペラペラと話すことでもない。
 特に誰が聞いているか分からない場所では。

 いつものように登録証を渡すと、ジーナが今回の依頼の処理を行う。
 護衛任務の報酬である、金貨四枚に銀貨五十枚、そして、ランクポイント三十ポイントを手に入れる。

 ジーナが登録証を俺に渡す際に、指を絡めてきた為、エルザが「何してんのよっ!」と、顔を真っ赤にして言っている。
 俺が苦笑いを浮かべていると、不意にジーナがこちらを向く。

「そういえば、カーマイン君。貴方の肩に乗ってるのって、もしかして?」
「えぇ、妖精のリルです。ちょっとしたことがありまして。
 明日にでも、リルの故郷に連れて行ってやろうと思っているんですよ」

 妖精が何処に住んでいるかについては、知られるわけにはいかないので、場所については口を濁す。

「そうなの? カーマイン君達なら大丈夫だと思うけど、最近は今まで出なかった魔物が急に現れるっていう話も聞くから、気をつけてね?」
「有難うございます、ジーナさん」
「えっ!? その、いいのよ、別に……」

 にっこりと微笑む俺に、顔を赤くしながら視線を逸らすジーナ。
 その表情はいつもと違って、可愛らしさを感じる。――耐え切れなくなったのか、ジーナは露骨に話を変えてきた。

「そ、そういえば! この話は聞いたかしら? 
 何でも隣国のスレイン公国で、カイル・フォン・スレインとかいう第三王子が病気で亡くなったそうよ。
 この間、大々的に葬儀を行われて、国内外に報せたと聞いたわ」
「――へぇ。隣国の王子が、病気で、ですか。それは悲しいことですね」

 よしよし、あの人達は手紙の通りに事を進めてくれたようだ。
 これで、国内外でカイル・フォン・スレインは死んだことになる。俺は口から笑みを零す。

 隣りに目を向けると、エルリックは驚きに目を剥いている。
 あ! そういえばエルリックにはこの事を告げていなかったな。宿屋に戻ったら教えておくか。

 宿屋に戻ったら、リルをアニエス大森林に連れて行く為の作戦会議もしないとな――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

どうも大賢者です。幼女のアッシー始めました

あすたちん
ファンタジー
■あらすじ  主人公(リュート・バナック)は魔導の才能があり、小さい頃から好奇心旺盛に学び、成人後には探究者となり、日々実験をするという充実した毎日を繰り返していた。  その日は、探究者になってからの目標としていた、空間魔法に召喚魔法の陣を応用し、異世界への空間を繋ぐという、いわゆる禁忌である合成魔法の実験を行っていた。  既に理論自体は完成しており、陣の生成も問題無し! よし、魔力を流し、開いた空間に飛び込み、いざ異世界へ! ……というところで、分解されて死亡。  気が付くと知らない空間。  状況確認を行っていると、突然女神が現れ、生き返らせてくれるという……。  しかも、女神曰く、主が新たな才能(スキル)を持たせてくれるらしい。  そんなうまい話が……? と思いつつ生き返りを待っていると、何やらトラブルが発生し、その状況を眺めている間に異世界へ。  しかし、何故か、全裸で森の中。服も無ければ、女神の言っていた新スキルも無い。  当然、食べる物も無ければ住める場所も無く、何故か子連れという状況に。  唯一の頼りは生前極めた魔導の知識のみ。  よし、魔法さえあれば! ……え、レベル? 魔力が足りない?  じゃあ、物理だ! 武器を! え、お金がない? ですよねー。  とりあえず、街に……それより、ここドコ?  服? あぁ、股間に葉っぱじゃ変質者ですよね。  はぁ……魔法の研究に戻りたい……。  泣き笑いのスローライフヒモファンタジー。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...