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第十一話『買い物という名のデート……そして、遭遇』

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 ――翌朝、一階に降りて食事を摂ろうと席を探すと、先に来ていたエルザを発見する。

「おはよう。昨日はよく寝れたか?」
「うぐッ………。カーマイン。
 昨日は、その、何というか……ごめん」

 昨日、酔った間に取った行動や発言を覚えていたようで、エルザの顔は赤く、視線は泳いでいる。
 まあ、確かに宿屋に戻ってからも、ベッドに寝かせようとした際に首に抱きつかれて大変だったしな……耐え抜いた俺自身を褒めてやりたい。

「謝ることはないさ。ただ、次からは気をつけてくれよ? 
 晒し者にされるのは今回限りで頼む」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、エルザの頭をポンっと軽く撫でる。
 エルザは「ふみゅ……」と何とも情けない声を上げるが、俺も恥ずかしかったのだから、これくらいは許されるだろう。

「っと、そういえば今日は買い物に行くんじゃなかったのか?」

 エルザがあまりにも恥ずかしがって顔を下に向けたままにするものだから、昨日約束した買い物の話を振る。 
 するとエルザが助かったとばかりに、慌てて俺の方を向く。

「そ、そうよ! 朝食を採ったら行くから付き合ってよねっ」
「ははっ。分かりましたよ、お嬢様」
「おじょっ!? 違うわよッ! 私はお嬢様なんかじゃないからね!」
「悪い悪い、そんなに怒るなよ。
 ちょっとからかっただけだろ?」
「そ、それならいいのよ……」

 やけに過剰に反応したが何かあるのか? それともやはり? 気にはなったが、ひとまずはこの話は終わっておく。
 すると二階からエルリックが降りてきた。

「兄さん、おはよう」
「エルリック、おはよう」
「二人共、おはよう。ん? まだ朝食は摂っていないようだね。
 それなら三人で食べようか?」

 ちょうど壁際の丸いテーブルが空いているので三人で席に着く。
 周囲には、他に数名の寝起きの冒険者が席に着き朝食を採っている。
 ボルグ達とは同じ宿なのだが、昨日はあの後もかなり飲んだのだろう、誰も降りてきてはいないようだ。

 朝食は、鳥の卵をふんだんに使い、炒めたものとベーコン、それにパンと野菜の入ったスープだ。
 塩気の効いた肉は、カリカリになるまで焼いてあり、卵と一緒に食べると、卵のふんわりした触感と絶妙に合う。
 パンは手で一口サイズに千切り、野菜のスープに浸して口に含むと、スープの旨みを吸ったパンが口中に広がり、これがまた美味い。

 朝食を終えると一旦部屋に戻り、身嗜みを整える。

「兄さんは一緒に来ないのかい?」
「おいおい、俺もそこまで野暮じゃないさ」

 エルリックはひらひらと手を振って、困ったように笑う。
 野暮? 何のことだ?

「はぁ……本当にエルザは苦労しそうだよ。ほら! エルザが下で待ってるんだろう? 
 俺は一人で町をブラブラしてるから、行ってきなよ」

 部屋から追い出された形だが、確かに待たせるのも良くない。
 階段を降りると宿屋の入口には既にエルザの姿があった。

「悪い。待たせたか?」
「う、ううん! 今来たところよ!」

 エルザはこちらに振り向いて、微笑みながらそう言った。

「さぁ早速行きましょう!」

 エルザの指が俺の手を絡め取って町へと誘う。剣を握っている割には柔らかいな、などと思ってしまったのは勿論内緒だ。



 町の規模は小さいながらも大通りに並ぶ出店は活気があり、どこも賑わいをみせている。
 売り出されているものは、小物にアクセサリー、歩きながら食べられるように手で持つことが出来る料理など様々だ。
 王都と違い、武器や防具まで屋台で並べられている。その間も勿論手は繋がれたままだ。

「あー、エルザ? ちなみにどこに行くかは決めているのか?」
「ええ! 防具の下に着る服が欲しいのよ。
 この通りで店を見つけたから行きたくて。
 それに……カーマインの意見も聞きたかったの」

 喋りながらコロコロと表情を変えるエルザは、年相応と言うと可笑しいかもしれないが、幼い容姿通りの振る舞いを見せている。
 とてもじゃないが十六歳には見えない。

 出会ってから今まで張り詰めた状態だったのだろう、雰囲気がいつもと違って微笑ましくもあり、何というか、とても可愛らしい。
 十六歳の女性に可愛らしいは失礼かもしれないが、この表現が一番しっくりくる。

 エルザの表情に目を奪われている間に、どうやら目的地に到着したようだ。
 目の前の店を見上げると『女性専用』と書かれた看板が見える。んん? 女性専用……?

「ほぁッ! エ、エルザ! ここは『女性専用』と書かれてるが……俺も入っていいの、か?」

 俺は素っ頓狂な声を上げ、目を大きく見開いたままエルザに尋ねる。

「いいのかって……んー、大丈夫でしょ? 多分」
「多分!? 多分てなんだ!? 本当に大丈夫なんだろうな?」
「その時はその時よ! さあ! いいから入るわよっ」

 慌てふためく俺を尻目に、エルザは繋いだ手を引っ張って俺を店へ誘う……。



「こ、これは……」

 ――今、俺の目の前には女性物の赤い上下の下着がある。かなり際どく、申し訳程度に胸部と下腹部が隠せる程度の布面積しかない。
 あれで隠すものを隠せるのか、甚だ疑問なのだが大丈夫なのだろうか。っと、いかんいかん。
   俺は目を逸らすが、逸らした先にも女性物の下着が視界に入る。
 勿論、店内には普通に下着の上に着る服も陳列してあるのだが、看板が示す通りこの店は紛うこと無き『女性専用』の雑貨屋であった。

「エルザ。俺はここに居ないといけないのか? 外で待ってるとか……」
「絶対ダメ!」

 エルザが人差し指をこちらに突きつける。

「冒険者だって一人の女性なんだから。
 身嗜みには気をつけなきゃ!」
「いや、それは十分理解できるんだが、俺がこの場にいる必要性を感じないぞ?」

 見回したくはないが、周囲を見ると俺達以外にももちろん客はいる。
 エルザだけであれば何ら問題はないのだが、周囲の俺を見る目は冷たい。
 ヒソヒソと話し声がするのだが、俺の事を言っているような気がする。
 喜んで入ってるわけでもないのに……。

「それは、その……色々あるのよっ!」

 うん、全く分からん。分からんがエルザが譲る気がないということだけは分かったので、結局最後まで店内での買い物に付き合わされる羽目にあった。
 ――当然エルザがどんな下着を買ったかは知らないよ? 



 俺の精神をガリガリと削っていった買い物を終え、店を出る。
 げんなりしている俺とは対照的にエルザは満面の笑みを浮かべている。

「うーん。いい買い物が出来たわ。
 付き合ってくれてありがとね」

 エルザは背伸びした後、くるりとこちらに振り返り、頬を少し染め、穏やかな顔で微笑んだ。
 その笑みに不覚にも釘付けになった俺は、反射的に目を逸らす。

「そうか。満足したのなら良かったよ」
「ええ! 本当に買えて良かったわ。さ、次は出店で何か食べましょ!」
「おいおい、まだ行くのか?」
「当然でしょ? こうやって二人で出歩くなんて初めてなんだから!」

 そう言ってエルザは再び俺の手を握り引き寄せる。
 ……参ったな。気付くと俺の口は自然に笑みを浮かべている。
 なんだかんだ言いつつ俺もこの状況を楽しんでいるようだ。
 そうだな、こうしてのんびりすることなんて王族の頃には考えられなかったことだし、たまには悪くないか。



 その後エルザと何件かの出店を見て回り、陽が傾き始めたので宿屋に戻ることにした。

「今日は本当に楽しかったわ。有難う! カーマイン」
「いや、俺も楽しかったから良かったよ」

 目を細めながら微笑むエルザに俺も笑みを返す。
 不意に、遠くから何か聞こえた気がした。

「――――――ん?」
「……カーマイン? どうしたの?」

 急に歩くのを止めた俺を、前を歩いていたエルザが振り返る。

「いや、今確かに声が……」
「声……?」

 そう、声だ。誰かの声が聞こえた気がした。普通の声じゃない。
 周りの喧騒と明らかに違う……何というか鋭い、悲鳴のような声が。

 ふと、左を見るとそこは夕陽の当たらない暗がりの通路。
 ……何かが気になる。暗がりの通路に向けて右手を伸ばす。

「『輝く光』」

 効果範囲は七メートル程度だが、これで多少は奥も――――見えたッ!

 通路の奥には二人組の男が歩いており、その内の一人が木箱を持って歩いている。
 三十センチくらいの小さな木箱だ。それだけであれば何ら不自然ではない。
 問題なのは、その木箱から叫び声が聞こえているということだ。
 箱の大きさからして人間ではないのは確かだが、この状況で素通り出来るほど俺は暢気じゃない。

「『英雄領域』!」

 エルザをその場に置いたまま、俺は【英雄領域】を発動させて、一気に二人組の男まで距離を詰める。

「な、何だ!?」
「誰だテメエ!?」

 急に現れた俺に、驚きを隠せない様子の男達。一人が大事そうに木箱を抱えている。

「なに、その木箱の中から叫び声が聞こえたものでね。……気になるよな」

 木箱を持ってる男を睨みつけると、男は怯む。もう一人が腰から短剣を取り出し、俺に向ける。
 その間も木箱の中からは声が聞こえる。うまく聞き取れないが、叫び声であることだけは分かる。

「おう、坊主! 悪いことは言わねえから、このまま何も見なかったことにして帰りな」
「そうだぜ……何も痛い目にあいたい訳じゃねえだろ?」

 短剣を俺に向けたまま凄む二人。俺の視線と二人の視線が絡み合う。

「――――ふっ!」

 俺は一気に短剣を持っている方の男に駆け寄り、手首目掛けて手刀を放つ。
 【英雄領域】によって強化された身体による手刀は、魔物相手であれば効果は薄いが、人間であればひとたまりもない。
 男は手首に感じる激痛から思わず短剣を手放す。その隙に、今度は男の腹に向かって拳を振り抜く。
 無防備な状態で腹に拳を受けた男は、その場に崩れ落ちた。

「ヒッ!?」

 木箱を持っている男は、瞬時の光景に目を剥き、後ずさりをする。
 振り返って逃げようとするが、遅い! 俺は同じように腹に拳を入れて、男を沈める。
 木箱は放り出される形になったが、追いかけてきたエルザが地面に落ちる前に掴んでくれた。

「助かったよ、エルザ」
「これは、一体……こいつらは何なの?」
「よく分からん」
「はあ!? よく分からないのに倒しちゃったの?」

 エルザは木箱に目をやりながら、僅かに嘆息した。

「この木箱が理由かしら?」
「あぁ。その木箱の中から叫び声がしたんでな」
「木箱から、声が……?」

 訝しげな顔でこちらを見るが、本当なのだから仕方ない。
 エルザから木箱を受け取ると、思い切って木箱を開ける。すると中から出てきたのは…………

「はぁ~、助かったぁ! 貴方が助けてくれたのね! 有難う!」

 俺の周りを飛び回る、二十センチくらいの小さな妖精の女の子だった。
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