上 下
10 / 39

第九話『護衛任務 後編』

しおりを挟む
 ルークは里に戻ると、クロエをそのまま叔父の家に連れて行った。クロエがこのあとも里に残るのであれば、他の者にもそう伝えなければならない。とりあえず、一番身近な叔父一家に伝えておくべきだと考えた。ノックして扉を開けると、食卓を囲んでいた叔父一家は二人を見て、驚いた声をあげた。

「ルーク? その子は」

「クロエだ。森にいた」

 ブルーノの問いにルークは簡単に答えた。それだけで回答としては十分だった。誰かを連れてくるとしたら、それはつがいということだ。ルークはクロエを椅子におろしながら言った。

「叔父のブルーノと、その番のリーシャ。あと、娘のレナと息子のティム」

 リーシャは呆れた様な声を出した。

「最近こちらに来ないと思ったら、どうして早く私たちに会わせてくれなかったの。それに服も……、これあなたのよね。私のをあげるからきちんとしたのを着せてあげなさいよ」

 にっこりと微笑みながらクロエの顔を覗きこむ。

「よろしくね」

 クロエは「よろしくお願いしま」と途中まで声を出しかけて、息を飲んだ。
 目の前で微笑む一回り程年上だと思われる彼女の顔は、右半分は痘痕あばたで覆われていて、腫れたまぶたが右目を隠していたからだ。

「ああ――あなたも『外』から来たのだものね。驚くわよね」

 リーシャは顔の右側に手を当てると、視線を落とした。番の心に浮かんだ波を察知したブルーノは彼女の肩に手を回し、抱き寄せた。状況を把握していないルークは視線を泳がし、首を傾げる。

「ごめんなさい……」

 口ごもるクロエに、リーシャは再び視線を上げて微笑んだ。

「いいのよ」

 それからクロエの首元に顔を近づけると不思議そうな顔をした。

「――あら、『あかし』はまだなのね」

「『証』?」

「番の、証」

 リーシャは自分の首元を見せた。そこには噛み跡のような赤い痣があった。

「――クロエは怪我がまだ治っていないから。そういうのは彼女の足が良くなってから、とりあえず、二人には紹介しておこうと思って」

 ルークが間に入る。

「番って」
 
 クロエは呟いた。

(妻のことって言ってたわよね。その証ってなんのこと)

 状況が理解できなかったが、自分がその言葉を快く感じていることに気がついて、顔を両手で押さえた。顔が熱い気がする。クロエの反応にブルーノとリーシャは怪訝な顔をする。
 
一瞬沈黙が流れる。椅子に座ってじっと大人のやりとりを見ていた姪っ子が「ご飯食べようよ!」とスプーンで卓上の器を叩いたのでクロエは噴き出した。ルークも笑った。

「食事一緒にいい?」

「冷めちゃうものね。着替えはご飯を食べてからね」

 リーシャは慌ててかまどへ向かうと、湯気が立った鍋を運んできた。リーシャ、娘、クロエの前にはスープとふかした芋が並べられる。ブルーノは立ち上がると奥に行き、肉の塊を抱えてくると半分に裂き、ルークの前にどんと置いた。

「寝かしといたこの前の熊だ。まあ、とにかく祝いだな。酒も出すか」

 ルークは苦笑した。

「そういうのは、きちんと今度でいいよ」

「そうか?」

 ブルーノは、まだ小さい息子を膝に乗せると、肉を千切ってその小さい赤茶の狼の口元に運んだ。クロエはその子どもを見て目を瞬いた。

「かわいい。その子は赤毛なのね」

 ルークとブルーノは銀色の毛並みだ。リーシャは顔を綻ばせると娘の赤毛の頭を撫でた。

「子どもたちは私似ね」

 子狼は口元に運ばれる肉をがじがじとかじると、喉奥から「もっとー」と声を漏らした。口元には白い小さい牙が見える。姪の少女はクロエの隣に座ると興味深々といった風に聞いてきた。

「おねえさんは外から来たの?お母さんと一緒?」

「そうね。外から」

「外はどんなところ?」

「――大きな家に住んでいたわ」

「どのくらい?」

「このお部屋が100くらいはあるかしら」

「ひゃく」

 少女は指を律義に10回折ると、目を広げた。

「すごーい」

 クロエはくすりと笑った。誰と温かい食事を囲むのはいつぶりだろうか。

 食事が終わると、クロエは奥の部屋に運ばれた。リーシャがルークを外に追い払うと、麻でできたドレスを持ったきた。袖と襟元に刺繍がされている。
「私のだけど、いいかしら」

「ありがとうございます」

 ルークの上衣をワンピースのように着ていたので、きちんとしたものを着れるのは有難かった。ルークに見せると、彼は「いいんじゃないか」と頷いた。

「ここの人たちは、あんまり衣装を気にしないのよね」

 リーシャはふふ、と笑った。

 ***

 ルークはクロエを背負って家に戻った。その道すがら聞いてみる。

「ねえ、番の証って、」

「番になるとき、首に噛み跡を残すんだ。――ここにいるのは、俺たちとその番と、その子どもだけだ。子どもも皆将来のだれかの番で――だから、ここに住むなら、俺の番ってことにしないと――」

(『番ってことにしないと』ってのはおかしいよな)とルークは言いながら唸った。番ははじめから決まっている相手、する・しないではないはずだ。

「噛む」

 クロエは思わず背中から、自分を背負う狼の口元を見た。牙が光る。

「――嫌なら、別にしなくても」

「嫌じゃないわ」

「え」

「――嫌じゃないわ」

 目の前の灰色の毛に顔を押し付けた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でのキャンピングカー生活【車両召喚】は有用でした

そう
ファンタジー
ブラック企業に務める霧島透は二十七歳にして念願のキャンピングカーを手に入れた。  早速、キャンピングカーでキャンプをするが、突如として異世界のオセロニア王国に召喚されてしまう。  王国が求めているのは魔王軍に対抗できる勇者であったが霧島は勇者ではなかったので放逐される。しかし、霧島には【車両召喚】という固有スキルがあり、キャンピングカーを召喚することができた。  早速、霧島はキャンピングカーで王国を脱出。さらにキャンピングカーに付随していた【ショップ】機能により前世の品物を購入できることが発覚した。

手札看破とフェンリルさんで最強へ~魔法はカードだと真理に到達してない世界でデッキ構築!~

白慨 揶揄
ファンタジー
弓使いのユライは、「勘だけで実力が伴っていない」と追放されてしまう。  だが、仲間たちが攻撃や回避のタイミングが分かっていたのは、ユライのお陰だと誰も気づいていなかった。  ユライの勘。  それは、相手が何枚の魔法(カード)を持っているか見える能力だった。  未来では魔法はカードバトルと称されていることを、一匹の獣から聞いたユライ。  魔法の手に入れ方も知り、デッキを組み上げ人々を助け、お礼の品を受け取るが魔物を討伐した金銭は寄付することから「真のヒーロー」と崇められていく。  一方、魔物を倒せていたのは全て自分達のお陰だと信じてやまないパーティーは、お偉方の前で失敗を繰り返し、次第に責任を擦り付け合っていく。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

底辺召喚士の俺が召喚するのは何故かSSSランクばかりなんだが〜トンビが鷹を生みまくる物語〜

ああああ
ファンタジー
召喚士学校の卒業式を歴代最低点で迎えたウィルは、卒業記念召喚の際にSSSランクの魔王を召喚してしまう。 同級生との差を一気に広げたウィルは、様々なパーティーから誘われる事になった。 そこでウィルが悩みに悩んだ結果―― 自分の召喚したモンスターだけでパーティーを作ることにしました。 この物語は、底辺召喚士がSSSランクの従僕と冒険したりスローライフを送ったりするものです。 【一話1000文字ほどで読めるようにしています】 召喚する話には、タイトルに☆が入っています。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

絶対に見つかってはいけない! 〜異世界は怖い場所でした〜

白雪なこ
ファンタジー
気がつけば、異世界転生を果たしていたエリザの人生は、その時から恐怖、破滅と隣り合わせなものとなった。 一瞬たりとも気を抜いてはいけない。気付かれてはいけない、知られてはいけない。なのに、異世界転生者の本能なのか、全てを忘れたように純異世界人として生きることもできなくて。 そんなエリザの隠密転生者ライフをコソコソっとお届けしようと思います。 *外部サイトにも掲載しています。

正しい竜の育て方

夜鷹@若葉
ファンタジー
『竜騎士』――飛竜を従え、戦場をかける騎士。 かつて竜騎士として叙任され竜騎士となったアーネストは、ある戦場からの帰りに悪竜の群れと遭遇し部下と飛竜の両方を失ってしまう。そのショックからアーネストは、竜騎士である自分を否定するようになる。 そんな中、アーネストはかつての恩師の頼みから竜騎士育成機関――マイクリクス王立竜騎学舎で竜騎士の卵たちへの剣術の指南を請け負うこととなる。そこで再び飛竜とふれあい、竜騎士としての自分を見つめ直すこととなる。 ※毎週水曜日更新を目標にやっていきたいです!

処理中です...